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六章 ハンティング

五十四話 ハンティング⑨

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 部屋を出た俺達がまず向かったのは、一階の勝手口だ。庭へ誘導したゾンビが戻って来ないように扉を閉めておきたかった。

 廊下に一匹いたゾンビを鉄パイプで倒し、階段でもう一匹……。屋敷内は二階以外、ほとんどゾンビはいなかった。大方、庭へ流れ出てしまったのだと思われる。
 
 全開の状態だった勝手口を閉め、ようやく一息吐くことが出来た。バルコニー側の二部屋にいた群れは封じたし、単体でうろつくゾンビがちらほらいるだけだ。危険は八割方、回避できたはず。
 
 一部屋一部屋、声を掛け、神野君を探すことになった。ライフルを構えた俺の後ろ、青山君には懐中電灯を持たせる。閉め切っているから室内はかなり薄暗かった。それにゾンビの強烈な腐臭が鼻をつく。


「神野君! 助けに来たよ!」
 

 声をかけるが、どの部屋も反応はなかった。一階を調べるまでにかかった時間は大体十分くらいだ。別れた地下室にも神野君はいなかった。

 ──となると、やはり二階か

 単体でうろつくゾンビしか、もう見かけない。神野君の方から出て来ても良さそうなものだが……嫌な予感が脳裏をよぎる。俺はそれを打ち消すように頭を振った。


「二階、調べる?」


 同じ事を考えてたのか、青山君も暗い顔付きだ。俺はライフルを青山君と交代した。このゾンビの量なら鉄パイプだけでも充分だ。

 ゾンビ化した神野君なんか見たくないよ──

 神野君の頭部を鉄パイプで破壊する映像が思い浮かび、身震いした。懐中電灯を持ち直す。

 殺人鬼が殺人を繰り返していた屋敷の中、ゾンビが蠢いている。室内は窓が少なく、あっても雨戸が閉められていたりと、昼間でも薄暗い。床にはペットボトル、コンビニ弁当の容器、紙くず、空き缶、衣類、菓子袋……あらゆる物が散乱していた。悪い足場のせいで時々転びそうになる。

 殺人鬼、坂東照土が逮捕されてから死体以外は片づけられず、そのまま放置されていたようだ。
 
 壁に茶色いシミが飛び散っているのは、たぶん血だろう。特に台所の壁は汚れているので、そこで死体を解体していたと思われる。
 地下室は薬品の臭いと腐臭がより強かった。坂東は地下室に被害者を監禁。殺害後、死体置き場としても使っていたのかもしれない。

 逮捕直後に自殺してしまったため、詳しい事実はいまだ解明されてないという。屋敷内にまだ見つかっていない隠し部屋があって、遺棄されていた大量の死体がゾンビ化した……そんな仮説すら成り立ってしまいそうだ。

 地下はかなり暗かったので、隅々までよく見ていなかった。大量のゾンビが潜んでいたのは、やはり地下に隠し部屋があるからなのかもしれない……


「青山君、二階調べ終わったら、もう一回地下見てみない?」


 階段を上りながら、俺は青山君の背中に声をかけた。言ってから、自分が冷静に思考していることに気づく。
 
 ここは実際に殺人が行われていた屋敷である。リフォームどころか、室内は当時のまま、壁に飛び散った血痕もそのままの状態だ。

 しかも暗い室内をゾンビが歩き回っている。通常だったら、震え上がって腰を抜かしているところだ。

 おかしいな……遊園地のお化け屋敷はぜってぇ入れないのに。

 最後に遊園地へ行った十年以上前を俺は思い出してみる。確か五人くらいで……卒業旅行だった。
 友達の一人が何故かお化け屋敷に入りたがった。そこのお化け屋敷はメディアに取り上げられるほど怖いと有名だったのだ。

 その時、俺は「ビビり」だと馬鹿にされようが、笑われようが、頑として入ることを拒否したのである。いや、金払ってまで怖い思いするとか、意味分かんないし。廃病院風のお化け屋敷は外観だけでゾッとした。
 
 今、あの時のお化け屋敷に入れと言われてもやっぱり嫌だ。……その時に比べて今の方が絶対的に怖いシチュエーションのはずなんだが、どうして平気なんだろう。お化け屋敷は作り物で、こちらは本物なのに。

 その時、階段の上にチラつく影が見えた。


「青山君……」

「大丈夫。分かってる」


 影は二つ。青山君のライフルだけで対応可能だが、反射的に鉄パイプを握り締める。


「キエーーーーーー!!!」


 青山君が変な雄叫びを上げながら、連射した。二匹のゾンビは膝を撃たれ、ほぼ同時に崩れる。それから青山君は数歩近寄り、ゾンビの脳に銃弾をヒットさせた。
 青山君は終わってから得意気に振り返った。


「見た見た!? 僕の勇姿を!」

「ちょっと、待て。何?? 今の叫び声!?」

「あ、叫んでた? 怖さが紛れるんだよね」

「いや、他のゾンビ引き寄せるだろ? やめなよ」


 他にも弾がもったいないから最初から頭狙えとか色々言いたかったが、我慢した。せっかくライフル持ててご機嫌なのだから、わざわざ険悪な空気にしたくない。

 あ、きっとゾンビのせいなのだ。現実世界で当たり前のようにゾンビが存在しているから、怖くない。どんなに恐ろしい場所であっても、身を守らねばならない。本能的に身体が分かっている。

 縮みあがって動けずにいれば、ただ食われるだけだ。戦うことは最大の防御になる。そして今の俺は戦い方を知っていた。



 二階はバルコニー側の二部屋に閉じ込めているため、ほとんどゾンビはいなかった。二匹、バラで徘徊している所を青山君の銃撃で倒しただけだ。俺だったらなるべく音を立てたくないし、弾を無駄使いしたくないから鉄パイプで倒すところだが……仕方ない。

 部屋数は一階より少なく、ゾンビもほとんどいなかったのでさっさと調べ終わった。

 ……となると、やっぱり地下か。

 さっき行った時に数匹倒したから、もうゾンビはいないと思いたい。真っ暗な地下へは下りたくなかった。
 
 まだ見ていない部屋を見つけたとして、そこに大量のゾンビがいる可能性だってある。あまり考えたくはないが、ゾンビ化した神野君に襲われることだって有り得るのだ。


「田守君、まだだよ。下へ行くには早い。まだ調べてない所がある」

 俺が声をかけるより前に青山君が口を開いた。


「……? まだ調べてないとこって?」

「僕達が最初に入った部屋の隣……バルコニーの部屋だよ」

「でも、あそこは……」


 確かに全く見ていない、入ってもいない部屋が一部屋だけある。突っ張り棒で仕切った手前側、木の枝から侵入した方、安全ゾーンの部屋である。窓ガラスを割って奥の部屋に入った直後、この部屋の扉は青山君が閉めている。


「バルコニーの窓、二カ所に張り付いているのが二十匹ずつぐらい。それ以外、室内をうろついているのが十匹以上いる。最初に侵入した部屋と数は大体同じだと思う。ドア閉める時にチラッと見ただけだけどね」
 

 青山君は言った。

 その話だと、チラッと見ただけで五十匹以上いたことになる。そんなゾンビ密集地で神野君が生きている可能性は低い。


「部屋のどこかに隠れられそうな所は?」

「すぐドアを閉めちゃったから分からないよ。でもクローゼットぐらいはあるだろうね」


 だが、もしあの部屋に神野君がいたとしてどうやって助けるというのだ? このライフル一丁で、一度に五十匹倒すのは不可能だ。


「策ならある。あとは田守君の気持ち次第だ」
 

 普段の甲高い声を青山君は急に低くする。変な凄みを感じて俺は一歩後ずさった。
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