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六章 ハンティング

五十話 ハンティング⑤

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 青山君の言葉は一尖の希望となって俺の胸に刺さった。


 ──だから、助けが必要なんだ。きっと、神野君はどこかに隠れ潜んでいる


 どうしても思い起こしてしまうのは、皆山さんのことだ。ゾンビに囲まれてしまった俺と久実ちゃんを助けるため、皆山さんは自ら囮になった。そのせいで噛まれ、ゾンビになってしまったのだ。

 その日知り合ったばかりだった皆山さんでも、あんなに心苦しかった。神野君を見捨てれば、一生後悔することになるだろう。

 きっと、救助隊員が来るまでに相当かかる。廃墟公団から電話した時もそうだった。すぐには繋がらないし、繋がったとしても根掘り葉掘り聞かれて、状況を説明しなければならない。
 
 かと言って、俺達だけでゾンビだらけの屋敷内へ入るのは危険過ぎる。

 腕組みし、俺は屋敷を見上げた。二階のバルコニーは枯れた蔦で覆われている。窓ガラスが曇っているため、中を窺い知ることは出来ない。
 突如として、バルコニーの手すりに止まっていたカラス数十匹がバサァッと飛び立った。
 まるで何かを見つけたかのような……
 ……そうか。いいこと思い付いた。


「分かった。神野君を助けに行こう。俺と一緒に来てくれる奴、いたら手を上げてくれ」


 青山君が手を上げた。それ以外の三人は驚いた表情で俺を見る。無謀だと思われてるんだろうな? でも、ちゃんと考えはある。でなければ、助けには行かない。


「青山君だけか……てか、大丈夫かな、何か足手まといになりそう」

「失礼な! 田守君の数倍身軽だからね!」


 体重は関係ないだろう。まあ、いないよりマシか。俺は深呼吸してから、作戦の説明をしようとした。その時……


「俺も行く」
 
 そう言ってくれたのはポッチャリ沢野君だ。


「俺のせいで師匠は屋敷に取り残された。助けに行きたい」


 うん、沢野君なら射撃もうまいし、役に立つぞ。改造ライフル一丁は沢野君に持ってもらおう。

 弾は次のチームの為に千発残してあった。改造して重い弾でも飛ばせる火力を持っているから、弾は金属だ。ゾンビ特措法により改造ガンが流行っているので、最近はホームセンターでも売られている。

 俺は沢野君に弾を渡し、マガジンに装填させた。ライフルのマガジンは四つ。六十から九十発ずつ入れる。


「ゾンビ一匹仕留めるのに大体何発使う?」


 この質問は重要だ。ゾンビの数に対して弾数は圧倒的に足りていない。俺の質問に沢野君は言い淀み、隣に居た清原君を見た。


「うーん、大体連射で倒してたからな……どれぐらいだろ?」

「師匠がハンドガンで四、五発打って仕留めてた気がする……でもあっちはガスガンだから威力に差があるかもしれない……」


 三丁ある改造ガンの内、二丁が電動のアサルトライフルで一丁は神野君が持つガスガンである。
 俺は清原君の曖昧な記憶を信じることにした。中に何匹ゾンビがいるのか見当もつかないが、多く見積もっても百匹くらいだろう。一匹当たり五発で倒すとして、百匹倒すには五百発……千発あるから連射しなければ何とかなるかもしれない。


「弾数が足りないから連射はしないよう頼む。頭を狙ってなるべく単射で仕留めるようにしてくれ。あと、青山君、武器は?」

「え? 今日改造ガン借りれるって聞いてたから何も用意してないよ」

「いやいや、普通用意するだろ。ゾンビ狩るってんだから……金槌なり、ハンマーなりをだな……」


 俺もこの間、忘れたけど……
 自分のことは棚に上げ、青山君を責める。口を尖らせて言い返そうとしている青山君の横にいた痩せ眼鏡水木君が、


「俺のを貸すよ」


 と金属バットを渡してくれたので、丸く収まった。俺は水木君にも弾が五百発入った袋を渡した。手持ちの半分だ。


「メリーさんは当然だが置いていく。それと、外で待機する二人にも協力してほしいんだ……」
 

 俺は作戦の説明を始めた。

 

 二階バルコニーの傍らに大きな木が立っている。幾つも枝分かれしており、枝の幾つかはバルコニーに被さっていた。この木から俺達救助隊はバルコニーへ飛び移る。
 俺達の移動が大体完了したら、残り組、清原君と水木君は勝手口を開け、出口へ猛ダッシュ!! 塀の外へ避難する。門扉をしっかり閉め、今度は音でゾンビを引き寄せる。そして門扉の外からゾンビを狙い撃ちするのだ。


「待った!」

 急に話を遮ったのは水木君だ。


「弾、足りなくない? 駅に確かホームセンターあったよね? 今から俺、買って来るわ。この弾は沢野君が持ってて」
 

 水木君はさっき俺が渡した五百発入りの袋を沢野君に返した。
 水木君は一目散に門を出る。なんだか、シルエットが小学生みたいだ。俺達大人は本来、全速力で走るなんてことないからな……駅まで大体十分くらいか……戻って来るのに三十分は見といた方がいい……

 俺は留守番組の清原君にマガジンを一つだけ装填させた。心許ないが、留守番組はしばらくこれで持ちこたえてもらおう。
 屋敷内に残された神野君に時間はない。弾は水木君が戻ってから補充してもらう。門扉は金属製で頑丈そうだから、大群が押し寄せても何とか保つはず。


「庭へゾンビを誘導することによって、屋敷内は手薄になる。二階バルコニーから沢野君にも銃撃してもらう。俺と青山君は折を見て屋敷内へ侵入する」


 俺は不安を見せぬよう、堂々とした態度で皆の顔を見回した。三人とも頷いたり、腕組みして思考したりしている。反応としては悪くない。


「二階バルコニーから屋敷内へ侵入するタイミングなんだけど……ちゃんと決めておいた方がよくない?」

 青山君が口を開いた。


「うーん、そうだな……じゃ、水木君が戻って来たらにしよう。他に質問は?」

 三人とも首を振ったので、


「それじゃあ、作戦開始だ。清原君、水木君が戻るまで一人だけど、頑張ってくれ!」


 俺は清原君の肩を叩いた。この中で一番しっかりしているのは清原君だから、問題ないだろう。俺の視線はすぐ隣でメリーさんに餌をやろうとしている青山君へ注がれた。

 問題はこいつだ……

 ヘルメットを脱がすと、メリーさんは特徴的な顔立ちをしていた。皮膚は勿論青黒い。目が小さく黒目がちで離れているため、齧歯類を彷彿とさせる。最初に青山君が「可愛い」と言っていたのも何となく分かる気がした。


「青山君さあ、ゾンビ倒したことあんの?」

「ないよ。なんで?」


 ……やっぱりだ。平然と言ってのける青山君を俺は睨んだ。


「中へ入るのはかなり危険だよ。清原君達と外で待ってた方が……」

「大丈夫。この間の苦い経験から色々と学んだんだよ、僕も。ゾンビ関連番組は大体見てるし、下先生のイベントにも行っているから普通にゾンビ、倒せると思う……それにほら……」


 青山君はリュックのファスナーに付けたマスコットを指さした。やに目がキラキラした髪の薄いおっさん……に猫耳が生えてる?

 それは人気ゾンビ評論家、下飯木したいいきだった。


「これはイベント行った人だけもらえる限定ストラップなんだ。虎耳が生えているのは他では手に入らない奴で……」


 あ、これ、猫じゃなくて虎なんだ……? よく見ると虎っぽい縞模様が入っている……てか、こんな情報どうでもいい!


「青山君、もしかしてシタのファンなの?」

「うん。あれ? 前話さなかったっけ?」


 何かこいつ、絶対死ななそうだわ……そんな気がして俺はこれ以上、言うのをやめた。
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