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六章 ハンティング
四十八話 ハンティング③
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「そろそろ着くよ」
神野君の言葉を聞き終わる前に目的地が見えてきた。その屋敷は狭い路地を入った奥の袋小路にあった。
家々がくっつきそうなくらいひしめいているこの住宅街で、異質なほど広い敷地を有している。高いブロック塀に囲まれた庭では草がボウボウと生い茂り、木々の枝は伸び放題。ジャングルと化していた。
敷地は小学校のグラウンド半分くらいあるかもしれない。屋根裏有りの二階建洋館はとても大きかった。所々ひび割れた外壁を枯れた蔦が這っている。割れた窓ガラスから、雑然とした室内が見えた。
廃墟となってから荒らされたのか、元々なのか……衣装箪笥の引き出しは全て開けられ、衣類がぶら下がっている。床には足の踏み場の無いほど物が散乱していた。居住者の気配が残った家は荒れ果てていても、まるで家主の帰りを待っているかのように見える。
霊感など皆無の俺であっても、邪悪な空気を感じずにはいられなかった。嫌な予感がして、前を歩いている神野君に声をかける。
「神野君、ここってまさか?……」
「ガシュピン、気付いた?」
振り返る神野君は薄笑いを浮かべた。
「ここで三年前、殺人事件があった……」
三年前、この屋敷には芸術家が一人住んでいた。美術品は大して売れなかったものの、元々資産家の家に生まれたため生活ぶりは派手だったという。
遊び人という噂の一方で、家主の奇行は目立った。全裸で庭の手入れをしていたり、夜中に奇声をあげながら走り回ったり、注意した近所の人に糞尿を投げつけることもあったそうな。
最初、警察が屋敷に立ち入ったのは窃盗の証拠を押収するためだった。この芸術家には盗癖があり、あちこちで万引きや下着泥棒を繰り返していたのだ。
だが……屋敷の中に入った捜査官達を迎えたのは異様な臭いだった。そして蠅の大群──
この時点で勘のいい何人かは気づいたかもしれない。だが、多くの捜査官はゴミを放置しているせいかと気負わず、ズカズカ中へ入り込んだ。しばらくして何人かの捜査官は具合が悪くなり、外へ出て嘔吐することになる。
死体は屋敷の各所にあった。物置や押し入れ、バスルーム、冷蔵庫の中……部位ごとに切られた遺体は、食肉のごとくラップで丁寧にくるまれていたという……
「そう、ここは連続殺人鬼、坂東照土の屋敷……」
「え! あの有名な!?」
神野君の言葉に一番反応したのは青山君だった。
「僕、ドキュメンタリーとか大好きで結構知ってるんだよ。怖いのは苦手だけど……脳みそをミキサーでスムージーにして飲んでたんだよね? あと、自家製ソーセージも作ってたとか……」
「へぇぇ……それは知らなかったな」
神野君と青山君の会話を聞いて、他の三人はドン引きしている。どうやら神野君は事前に話してなかったようだ。スムージーとかソーセージの情報、いらんから……マジで具合悪くなりそう……
「そんで事件の後、しばらく経って放置された屋敷に不良やホームレスが入り込んでたんだけど、自殺した坂東の霊が出たとか、壁に掛けられた絵画から人が出て来たとか様々な都市伝説が生まれた。屋敷に入ったため呪われて、事故や事件に巻き込まれて死んだ人もいる……まあ、ただの噂だろうけど……」
こえぇよ……限りなくこえぇ……何でこんな場所を選ぶんだよ!?
「そこに何でゾンビがいるの?」
俺は皆が最も知りたいと思われる質問を神野君にぶつけた。神野君は「よくぞ、聞いてくれた」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべる。
「何でかは分からないけど、ゾンビが湧いたんだよねー……俺の考えだと、警察が調べ残した所、隠し部屋とか縁の下に隠した死体がゾンビとなって蘇ったとか……」
「いや、廃墟になってから入り込んだ人がゾンビ化したと考える方が整合性あると思う」
自分から聞いときながら、俺は神野君の言葉を遮った。なら聞くんじゃねーよって話だよな? ごめん。でも恐ぇええんだよ! 元々にせよ、後から入り込んだにせよ、死体に大差ない。だが、殺人事件と無関係の方が心理的に楽なのである。
「もう……田守君てば、ビビってるんじゃないの?」
青山君が後ろから小突いて来た。
「ち、ちげぇよ! 俺は廃墟、経験済みだし、ゾンビが発生しやすい環境下について言及したかっただけであって……」
廃墟の経験って一体……ゾンビが発生しやすい環境って……俺はゾンビ評論家か!? 自分でも何を言っているか分からない……
そうこうしている内に屋敷の門前まで来た。
「着いたぞ。二手に別れて待機組は庭で待機する」
神野君は全く躊躇せず、錆び付いた門に鍵を差し込んだ。
「えっ。神野君、その鍵は……」
「当然だろ? ちゃんとオーナーから許可は取ってある。じゃないと、不法侵入になるからな」
さすが、神野君……
でもこの屋敷のオーナーって……殺人鬼坂東の親族か……
中へ入るなり、うろついていたゾンビが襲いかかって来た。誰も動揺する者はいない。神野君は颯爽と腰袋からハンマーを取り出し、一撃でゾンビを倒した。
「まずは庭の掃除をしよう。建物から出て来ないよう開いてる所がないかチェックする」
まあ、ハンマーは俺の相棒、鉄パイプよりワンランク下だな……あの腰袋は俺も欲しいけど。
神野君が腰に下げている腰袋は、土木屋や美容師が下げているような道具入れでハンマー以外にガスガンも収納されていた。
庭をうろついているゾンビは他に二匹。雑草は腰の高さまで生い茂っている。木に巻き付いた蔦がぶら下がって、地面に付きそうになっていた。
視界は悪く、草むらから急にゾンビが現れるのでヒヤッとする。二匹のゾンビは、毎回サバゲーに参加している清原君と沢野君が倒した。
皆、ゾンビ慣れしている。武器もバットとか金属製ステッキとか、一撃で殺れる物だ。慣れているのが自分だけでないのは、軽く自信喪失させる。
「ガシュピン、見て。あそこ」
神野君が指差す先に、邪悪な気を発す暗黒が見えた。案の定、勝手口が開けっ放しになっている。神野君はゾンビがこれ以上出て来ないよう、しっかりと施錠した。
「さあ、始めようか」
神野君は、ニッコリ微笑んだ。
神野君の言葉を聞き終わる前に目的地が見えてきた。その屋敷は狭い路地を入った奥の袋小路にあった。
家々がくっつきそうなくらいひしめいているこの住宅街で、異質なほど広い敷地を有している。高いブロック塀に囲まれた庭では草がボウボウと生い茂り、木々の枝は伸び放題。ジャングルと化していた。
敷地は小学校のグラウンド半分くらいあるかもしれない。屋根裏有りの二階建洋館はとても大きかった。所々ひび割れた外壁を枯れた蔦が這っている。割れた窓ガラスから、雑然とした室内が見えた。
廃墟となってから荒らされたのか、元々なのか……衣装箪笥の引き出しは全て開けられ、衣類がぶら下がっている。床には足の踏み場の無いほど物が散乱していた。居住者の気配が残った家は荒れ果てていても、まるで家主の帰りを待っているかのように見える。
霊感など皆無の俺であっても、邪悪な空気を感じずにはいられなかった。嫌な予感がして、前を歩いている神野君に声をかける。
「神野君、ここってまさか?……」
「ガシュピン、気付いた?」
振り返る神野君は薄笑いを浮かべた。
「ここで三年前、殺人事件があった……」
三年前、この屋敷には芸術家が一人住んでいた。美術品は大して売れなかったものの、元々資産家の家に生まれたため生活ぶりは派手だったという。
遊び人という噂の一方で、家主の奇行は目立った。全裸で庭の手入れをしていたり、夜中に奇声をあげながら走り回ったり、注意した近所の人に糞尿を投げつけることもあったそうな。
最初、警察が屋敷に立ち入ったのは窃盗の証拠を押収するためだった。この芸術家には盗癖があり、あちこちで万引きや下着泥棒を繰り返していたのだ。
だが……屋敷の中に入った捜査官達を迎えたのは異様な臭いだった。そして蠅の大群──
この時点で勘のいい何人かは気づいたかもしれない。だが、多くの捜査官はゴミを放置しているせいかと気負わず、ズカズカ中へ入り込んだ。しばらくして何人かの捜査官は具合が悪くなり、外へ出て嘔吐することになる。
死体は屋敷の各所にあった。物置や押し入れ、バスルーム、冷蔵庫の中……部位ごとに切られた遺体は、食肉のごとくラップで丁寧にくるまれていたという……
「そう、ここは連続殺人鬼、坂東照土の屋敷……」
「え! あの有名な!?」
神野君の言葉に一番反応したのは青山君だった。
「僕、ドキュメンタリーとか大好きで結構知ってるんだよ。怖いのは苦手だけど……脳みそをミキサーでスムージーにして飲んでたんだよね? あと、自家製ソーセージも作ってたとか……」
「へぇぇ……それは知らなかったな」
神野君と青山君の会話を聞いて、他の三人はドン引きしている。どうやら神野君は事前に話してなかったようだ。スムージーとかソーセージの情報、いらんから……マジで具合悪くなりそう……
「そんで事件の後、しばらく経って放置された屋敷に不良やホームレスが入り込んでたんだけど、自殺した坂東の霊が出たとか、壁に掛けられた絵画から人が出て来たとか様々な都市伝説が生まれた。屋敷に入ったため呪われて、事故や事件に巻き込まれて死んだ人もいる……まあ、ただの噂だろうけど……」
こえぇよ……限りなくこえぇ……何でこんな場所を選ぶんだよ!?
「そこに何でゾンビがいるの?」
俺は皆が最も知りたいと思われる質問を神野君にぶつけた。神野君は「よくぞ、聞いてくれた」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべる。
「何でかは分からないけど、ゾンビが湧いたんだよねー……俺の考えだと、警察が調べ残した所、隠し部屋とか縁の下に隠した死体がゾンビとなって蘇ったとか……」
「いや、廃墟になってから入り込んだ人がゾンビ化したと考える方が整合性あると思う」
自分から聞いときながら、俺は神野君の言葉を遮った。なら聞くんじゃねーよって話だよな? ごめん。でも恐ぇええんだよ! 元々にせよ、後から入り込んだにせよ、死体に大差ない。だが、殺人事件と無関係の方が心理的に楽なのである。
「もう……田守君てば、ビビってるんじゃないの?」
青山君が後ろから小突いて来た。
「ち、ちげぇよ! 俺は廃墟、経験済みだし、ゾンビが発生しやすい環境下について言及したかっただけであって……」
廃墟の経験って一体……ゾンビが発生しやすい環境って……俺はゾンビ評論家か!? 自分でも何を言っているか分からない……
そうこうしている内に屋敷の門前まで来た。
「着いたぞ。二手に別れて待機組は庭で待機する」
神野君は全く躊躇せず、錆び付いた門に鍵を差し込んだ。
「えっ。神野君、その鍵は……」
「当然だろ? ちゃんとオーナーから許可は取ってある。じゃないと、不法侵入になるからな」
さすが、神野君……
でもこの屋敷のオーナーって……殺人鬼坂東の親族か……
中へ入るなり、うろついていたゾンビが襲いかかって来た。誰も動揺する者はいない。神野君は颯爽と腰袋からハンマーを取り出し、一撃でゾンビを倒した。
「まずは庭の掃除をしよう。建物から出て来ないよう開いてる所がないかチェックする」
まあ、ハンマーは俺の相棒、鉄パイプよりワンランク下だな……あの腰袋は俺も欲しいけど。
神野君が腰に下げている腰袋は、土木屋や美容師が下げているような道具入れでハンマー以外にガスガンも収納されていた。
庭をうろついているゾンビは他に二匹。雑草は腰の高さまで生い茂っている。木に巻き付いた蔦がぶら下がって、地面に付きそうになっていた。
視界は悪く、草むらから急にゾンビが現れるのでヒヤッとする。二匹のゾンビは、毎回サバゲーに参加している清原君と沢野君が倒した。
皆、ゾンビ慣れしている。武器もバットとか金属製ステッキとか、一撃で殺れる物だ。慣れているのが自分だけでないのは、軽く自信喪失させる。
「ガシュピン、見て。あそこ」
神野君が指差す先に、邪悪な気を発す暗黒が見えた。案の定、勝手口が開けっ放しになっている。神野君はゾンビがこれ以上出て来ないよう、しっかりと施錠した。
「さあ、始めようか」
神野君は、ニッコリ微笑んだ。
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