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五章 ボランティア

四十四話 ボランティア⑭

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「久実ちゃん、逃げろ!!」

 俺は思わず、叫んでいた。ガードレールにぶつかった状態で停められていた白のファミリーカー。そこからゾンビが這い出している。

 久実ちゃんはすぐに動かなかった。自転車を横倒しにして後ずさっている。ゾンビは久実ちゃんに気付き、即刻向かって来た。

 何やってるんだ!? さっさと倒せよ!!

 突如現れたゾンビに対し、久実ちゃんの動きは鈍かった。一匹だけなのだからさっさと倒してしまえばいいのに、武器を出そうとはしない。後ずさるだけで、走って逃げようともしないのだ。

 俺は自転車を置いて走った。彼女の動作にヤキモキしながら、リュックから鉄パイプを出す。こんな所でもたついていては、ゾンビに囲まれてしまう。

 が、近くまで来て彼女が戸惑っている理由が分かった。呻き声を上げながら、久実ちゃんに掴みかからんとしているゾンビは……皆山さんだったのだ。

 やっぱ噛まれてたんだ──

 久実ちゃんは皆山さんの方を見たまま、後退し続けていた。坂道で後ろ歩きを続けるのは無理がある。バランスを崩し、久実ちゃんは尻餅をついた。すかさず、皆山さんゾンビが覆い被さってくる。

 グチャ……

 ギリギリの所で、俺の鉄パイプが皆山さんの脳天を打ち砕いた。崩れる皆山さんを前に、俺は久実ちゃんを助け起こした。


「大丈夫?」


 久実ちゃんは強張った顔で頷く。しかし、俺達にはショックを受ける時間も、悲しみを共有する余裕すらなかった。
 

「田守君! ゾンビ動いてる!」


 近くまで駆け寄って来ていた陽一が叫んだ。俺はぐいっと足首を掴まれる。足元に倒れていた死体が足に食いつこうとしている。


「わゎっ!!」


 みっともない叫び声を上げて、俺は後ろに倒れた。振り払おうとするも、凄い力だ。倒れている俺に歯を向いて迫って来る。醜く歪み、酷く顔色が悪いが……この顔は久実ちゃんと携帯の番号を交換していた女性だ……
 
 足を掴んできた化け物に転ばされる。映画でよくあるシーンだが、現実だと怖ぇえ。いやもう半端なく……

 途端に握っていた鉄パイプを奪われた。久実ちゃんだ。久実ちゃんはさっきまでの鈍臭さが嘘のように、一寸の迷い無くゾンビの脳天へ打ち下ろした。


「サ、サンキュー……」


 今度は俺が久実ちゃんに助け起こされた。いつの間にか、陽一も隣にいる。何か、女に助けられるのってダサいな……
 

「二人とも、下、見て!!」


 陽一が坂の下を指差した。全く息つく暇もない。安堵する前に俺達は恐怖で固まった。


 群れだ──
 坂の下から呻き声を上げながら、ゾンビの群れが押し寄せて来る。自転車を押して歩いていたのでは、絶対間に合わない。


「久実ちゃん、すぐ自転車に乗るんだ!」


 俺は叫び、置いてきた自転車の元へと走った。間髪入れず、自転車に飛び乗る。後ろに陽一が乗ったのを確認し、発進。坂の途中の横道へ入った。遠回りになっても、坂を上り続けるのはもう諦めた方がいい。

 途中、久実ちゃんがちゃんと付いて来ているか確認しながら、ペダルを必死に漕いだ。再び自転車を降りるのは勇気が要る。俺は上り坂を避け、ただひたすら真っ直ぐに自転車を走らせた。走って、走って、走り抜ける。
 
 
 後ろを確認する余裕が出来たのは、だいぶ経ってからだ。ゾンビの群れは追って来なかった。だが、安心はできない。止まっていればやがて集まってくるだろう。公民館で食事をしている時だって、そうだった。

 奴らの探知能力は優れている。動作が鈍いからといって、決して侮ってはいけない。

 皆山さんには申し訳ないことをした。公民館近くの家に入った時、噛まれたのだろう。俺達を助けるため囮になり、結果噛まれてしまったのだ。そして車の移動中、ゾンビ化したと思われる。きっと車内はパニック状態だったに違いない。

 トランクから這い出した皆山さんは、背を向けて座っている連中に襲いかかったと思われる。不意打ちだ。動揺した運転手により車はガードレールに激突。何とか数人車内から脱出するも、既に噛まれた後。途中で力つきた……そんなところか。

 ああ、ごめんなさい──

 一時でも「地獄へ堕ちろ」と考えてしまったことを俺は後悔した。自分可愛さに他の人をゾンビと一緒に閉じ込めたり、子供を見捨てる人達だ。それでも、こうやって死んでいくのは、目を覆いたくなる。


「田守君、いつ曲がるの?」

 後ろにいた久実ちゃんが横に並んだ。


「ああ、そろそろ曲がるか……」


 帰る方角の東を見ると、アパートに西日が反射して赤々と輝いていた。
 濃いピンク色に見えるそれはとてもメルヘンチックだった。元の壁が白いアパートではあんな色は出ないだろうから、きっと暖色系のペンキが塗られているのだろう。

 酷い時であっても、美しいものを素直に美しいと感じる。不思議なことだ。

 丁度交差点に差し掛かったので、俺は目配せしてから右折した。今度は緩やかな上り坂だから、自転車を降りる必要はなかった。
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