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五章 ボランティア
四十話 ボランティア⑩
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俺は改めてゾンビの恐ろしさを痛感した。人が密集している場所では被害は拡大する。少年の話では、噛まれて数分でゾンビ化すると思われた。避難所には集まらない方がいいのかもしれない。
荷物を取りに行ったり、トイレへ行っていた大人が一人、二人、戻ってきた。
「そういや君、トイレは?」
俺は少年がトイレへ行っていないことに気が付いた。
「出ないよ」
「いや、乗ったら当分行けなくなるんだから行けよ」
車で二十分程度だけど、一応念の為。何が起こるか分からないからな。俺は少年を強制的にトイレへと行かせた。その間に大人達は続々と戻ってくる。
「へぇーーー。ボランティアで。偉いよね」
「全然そんなことないです」
久実ちゃんは女性の避難民と話していた。女性達は武器を持ってなかった。ゾンビと戦ったのは男性二人だけと思われる。二人だけで校舎を制圧したのは驚くべきことだ。
「でも、この広い校舎からゾンビを一匹残らず締め出したって、凄いですね」
俺と同じ事を考えていたのか、久実ちゃんがにこやかに言った。途端に女性の顔が強張る。
「えっ!? ええ……私は何もしてないし……」
そう言うと女性は下を向いた。何か変な空気になった所で少年が戻ってきて、話は中断。俺達は校舎を後にした。
昇降口を出て正門へと早足で向かう。かなり長い時間、皆山さんを放置してしまった。車の周りにゾンビが集まってないといいが……手間でも門の中に車を停めるべきだったと、俺は後悔した。
門を出て車がそこにあることを確認し、ひとまず安堵する。車の近くはゾンビが二匹いるだけだ。門の所で避難民達を待たせ、俺と久実ちゃんで一匹ずつ倒した。くくく……俺達の手際よさに避難民達は目を丸くしている。
災い転じて福と為す……普通に生活していただけなのに、ゾンビに襲われることが多いため、自然と戦い慣れてしまった。
俺はドキドキしながら、車のドアを開けた。皆山さんは……
「皆山さん、大丈夫ですか? 学校に避難していた人達を連れてきました」
「良かった。うん、オジサンのことは気にしなくても大丈夫だよ。君らが中に入っている間、休んでたからだいぶ良くなった」
良かった。生きてた。そうは言っても、顔はまだ蒼白だ。
「すいません。五人いるのでちょっときつくなってしまいますが、つめてください……車の周り、ゾンビに囲まれたりしなくて良かったです」
「いや、君らがいない間、一回囲まれたんだよ。座席の下に屈んでやり過ごしたけどね……いいよ。俺がトランクに入る。そうした方が横になれるし楽だから」
「ありがとうございます。俺らが居ない間、大変だったんですね。でも無事でよかった」
俺達は話しながら、他の皆を車内へと誘導した。久実ちゃんと少年は助手席、他四人は後部席に座ってもらう。ギュウギュウだが、致し方あるまい。運転席へ腰かけて、さあエンジンをかけようとした時、
「待って!」
少年が叫んだ。
「忘れ物しちゃった。取りに行かないと……」
俺はわざとらしく、大きな溜め息を吐いて見せた。いい加減にしろよ、糞ガキ……
「あのな、ここは危険な場所なんだ。すぐに出ないと他の人達まで危ない。忘れ物はゾンビの駆除が終わって町が元通りになってからでもいいだろう?」
しかし、少年は首を縦に振ろうとはしなかった。
「大事な物なんだ。携帯がないと、お母さんと連絡取れなくなっちゃうから」
馬鹿なガキだ。火災現場にも忘れ物を取りに行きそう。人様のお子様を叱り慣れてないので、俺は後部座席の大人達へSOSの視線を送った。
「待ってて貰えるなら、私、取りに行こうか?」
不意に横から久実ちゃんが口を挟んだ。ちょ……何言ってんだよ!? 今までどんだけ怖い目に遭ったと思ってる?
久実ちゃんの申し出に少年は頭を振る。
「ううん。自分で取りに行きたい」
「でも、危ないよ。一人で行かす訳にはいかない。私も付いて行くから」
おい、余計な提案するんじゃねぇ! 俺の心の叫びを無視して、久実ちゃんは後部座席の人達に同意を求めた。
「すぐ戻りますので少しの間、待って頂けないでしょうか?」
後部座席の人達は顔を見合わせる。僅かな間の後、先生風の男性が口を開いた。
「五分程度であれば、私は構わないです」
それを聞いて他の三人も頷いた。
おい……何で拒否しない!? 俺はがっくりと肩を落とした。校内にゾンビは残ってないと思うが……車へ乗り込む際、襲われる可能性がある。久実ちゃんと少年だけで行かせるのは心配だ。車から出ようとしている久実ちゃんと少年を俺は制止した。
「俺も一緒に行く」
全く面倒くさいが仕方ない。
「何かあった時は携帯に連絡して下さい」
久実ちゃんはさっき話していた女性と携帯の番号を交換した。
周りにゾンビが潜んでいないか注意しながら、俺達は車を出た。今の所、目視できる範囲にゾンビはいない。俺は久実ちゃんと少年を先に行かせてから門を閉めた。
誰もいない校庭は静かだ。こんな時、突然ゾンビが現れたりすると心臓に悪いよな……なんてことを考えながら校舎へ入る。唐突に少年が口を開いた。
「僕、あの人達、嫌い」
は!? 突然の台詞に俺は言葉が返せない。
「あの人達と一緒に逃げたくない」
「……あの人達って……一緒に避難してた人達のこと? 教室に隠れていた時、助けてくれたんだよね?」
戸惑いながらも、久実ちゃんが尋ねる。少年は首を横に振った。
「助けて貰ったけど……もしかしたら僕も締め出されてたかも……」
「どういうこと?」
「あの人達は体育館から逃げてきた人達を締め出したんだ。助けてって言ってるのに……後ろからゾンビが沢山来ているのに……」
少年は涙ぐみながら、話し始めた。体育館の各所にゾンビが現れ、パニック状態に陥った時……人の波に押し流され、少年は家族と離れ離れになってしまった。
車に乗る列へ何とか入れた少年は、母親に「今から車に乗る」とメールする。人ごみで身動きが取れなかった両親は、少年が先に逃げたと思っただろう。ゾンビの群れが並ぶ列に襲いかかって来たのはメールした直後だったという。逃げ惑う人々の中、幼い少年は集団から押し出されてしまった。その後、何とか隠れようと校舎内へ逃げ込んだのである。
だが、そのことを知らない両親は運良く別の車に乗れ、学校から脱出してしまう。少年が校内に残っているとはつゆ知らず……
本当の恐怖はここからだ。少年が校舎に逃げ込んで暫くした後、外から怒号が聞こえてきた。叫んでいるのは大勢。助けを求め、泣き叫ぶ声だ。少年は窓から様子をうかがった。まだ教室に徘徊ゾンビは現れていない。
外には地獄絵図が広がっていた。固く閉ざされた昇降口の前で、入れてもらおうと必死に叫び、扉を叩く人々……彼らに容赦なくゾンビの群れが襲いかかっていく。
昇降口の鍵を閉めたのは、さっきまで同じ車に乗っていた四人、校舎へ先に逃げ込んだ人達だった。彼らは体育館と校舎をつなぐ通路にも、防火シャッターを下ろして進入できないようにした。
──そんな映画みたいな話
俺と久実ちゃんには口を挟める余地がなかった。自分達が助かる為に他の人達を締め出したというのか。門扉は最初開放されていて、一晩たってゾンビがいなくなってから閉めたのだという。
この話が本当ならもっと大勢が助かっていたはずだ。少年の話だと、避難所として開放した一部の教室に閉じ込められている人がまだいる──
そんな話をしている内に五階へ着いた。少年が急に走り出したので、俺達は慌てて追いかけた。
行動が突発的だから、こっちはオタオタしてしまう。全速力でなんとかおいつくも、少年は勢いよく引き戸を開けたところだった。ガラガラと派手な音を立てる引き戸の音に、安全だとわかっていようが俺はビクついてしまう。悲しい性としか言いようがない。
「あった!」
少年はロッカーの上に置かれた携帯を見つけ、嬉しそうに叫んだ。だが、これで一件落着というわけにはいかなった。俺は久実ちゃんに袖を引っ張られた。
「田守君、この子の言う通り閉じ込められている人がいるのだとしたら、そのままにしておけないよ」
出た……聞かなかったことにしようと思ってたのに。閉じ込められている人達がいるのは、一階一年生の教室と二年生の教室、合わせて八教室とのこと。不本意ながら、俺は確認に向かうしかなかった。
荷物を取りに行ったり、トイレへ行っていた大人が一人、二人、戻ってきた。
「そういや君、トイレは?」
俺は少年がトイレへ行っていないことに気が付いた。
「出ないよ」
「いや、乗ったら当分行けなくなるんだから行けよ」
車で二十分程度だけど、一応念の為。何が起こるか分からないからな。俺は少年を強制的にトイレへと行かせた。その間に大人達は続々と戻ってくる。
「へぇーーー。ボランティアで。偉いよね」
「全然そんなことないです」
久実ちゃんは女性の避難民と話していた。女性達は武器を持ってなかった。ゾンビと戦ったのは男性二人だけと思われる。二人だけで校舎を制圧したのは驚くべきことだ。
「でも、この広い校舎からゾンビを一匹残らず締め出したって、凄いですね」
俺と同じ事を考えていたのか、久実ちゃんがにこやかに言った。途端に女性の顔が強張る。
「えっ!? ええ……私は何もしてないし……」
そう言うと女性は下を向いた。何か変な空気になった所で少年が戻ってきて、話は中断。俺達は校舎を後にした。
昇降口を出て正門へと早足で向かう。かなり長い時間、皆山さんを放置してしまった。車の周りにゾンビが集まってないといいが……手間でも門の中に車を停めるべきだったと、俺は後悔した。
門を出て車がそこにあることを確認し、ひとまず安堵する。車の近くはゾンビが二匹いるだけだ。門の所で避難民達を待たせ、俺と久実ちゃんで一匹ずつ倒した。くくく……俺達の手際よさに避難民達は目を丸くしている。
災い転じて福と為す……普通に生活していただけなのに、ゾンビに襲われることが多いため、自然と戦い慣れてしまった。
俺はドキドキしながら、車のドアを開けた。皆山さんは……
「皆山さん、大丈夫ですか? 学校に避難していた人達を連れてきました」
「良かった。うん、オジサンのことは気にしなくても大丈夫だよ。君らが中に入っている間、休んでたからだいぶ良くなった」
良かった。生きてた。そうは言っても、顔はまだ蒼白だ。
「すいません。五人いるのでちょっときつくなってしまいますが、つめてください……車の周り、ゾンビに囲まれたりしなくて良かったです」
「いや、君らがいない間、一回囲まれたんだよ。座席の下に屈んでやり過ごしたけどね……いいよ。俺がトランクに入る。そうした方が横になれるし楽だから」
「ありがとうございます。俺らが居ない間、大変だったんですね。でも無事でよかった」
俺達は話しながら、他の皆を車内へと誘導した。久実ちゃんと少年は助手席、他四人は後部席に座ってもらう。ギュウギュウだが、致し方あるまい。運転席へ腰かけて、さあエンジンをかけようとした時、
「待って!」
少年が叫んだ。
「忘れ物しちゃった。取りに行かないと……」
俺はわざとらしく、大きな溜め息を吐いて見せた。いい加減にしろよ、糞ガキ……
「あのな、ここは危険な場所なんだ。すぐに出ないと他の人達まで危ない。忘れ物はゾンビの駆除が終わって町が元通りになってからでもいいだろう?」
しかし、少年は首を縦に振ろうとはしなかった。
「大事な物なんだ。携帯がないと、お母さんと連絡取れなくなっちゃうから」
馬鹿なガキだ。火災現場にも忘れ物を取りに行きそう。人様のお子様を叱り慣れてないので、俺は後部座席の大人達へSOSの視線を送った。
「待ってて貰えるなら、私、取りに行こうか?」
不意に横から久実ちゃんが口を挟んだ。ちょ……何言ってんだよ!? 今までどんだけ怖い目に遭ったと思ってる?
久実ちゃんの申し出に少年は頭を振る。
「ううん。自分で取りに行きたい」
「でも、危ないよ。一人で行かす訳にはいかない。私も付いて行くから」
おい、余計な提案するんじゃねぇ! 俺の心の叫びを無視して、久実ちゃんは後部座席の人達に同意を求めた。
「すぐ戻りますので少しの間、待って頂けないでしょうか?」
後部座席の人達は顔を見合わせる。僅かな間の後、先生風の男性が口を開いた。
「五分程度であれば、私は構わないです」
それを聞いて他の三人も頷いた。
おい……何で拒否しない!? 俺はがっくりと肩を落とした。校内にゾンビは残ってないと思うが……車へ乗り込む際、襲われる可能性がある。久実ちゃんと少年だけで行かせるのは心配だ。車から出ようとしている久実ちゃんと少年を俺は制止した。
「俺も一緒に行く」
全く面倒くさいが仕方ない。
「何かあった時は携帯に連絡して下さい」
久実ちゃんはさっき話していた女性と携帯の番号を交換した。
周りにゾンビが潜んでいないか注意しながら、俺達は車を出た。今の所、目視できる範囲にゾンビはいない。俺は久実ちゃんと少年を先に行かせてから門を閉めた。
誰もいない校庭は静かだ。こんな時、突然ゾンビが現れたりすると心臓に悪いよな……なんてことを考えながら校舎へ入る。唐突に少年が口を開いた。
「僕、あの人達、嫌い」
は!? 突然の台詞に俺は言葉が返せない。
「あの人達と一緒に逃げたくない」
「……あの人達って……一緒に避難してた人達のこと? 教室に隠れていた時、助けてくれたんだよね?」
戸惑いながらも、久実ちゃんが尋ねる。少年は首を横に振った。
「助けて貰ったけど……もしかしたら僕も締め出されてたかも……」
「どういうこと?」
「あの人達は体育館から逃げてきた人達を締め出したんだ。助けてって言ってるのに……後ろからゾンビが沢山来ているのに……」
少年は涙ぐみながら、話し始めた。体育館の各所にゾンビが現れ、パニック状態に陥った時……人の波に押し流され、少年は家族と離れ離れになってしまった。
車に乗る列へ何とか入れた少年は、母親に「今から車に乗る」とメールする。人ごみで身動きが取れなかった両親は、少年が先に逃げたと思っただろう。ゾンビの群れが並ぶ列に襲いかかって来たのはメールした直後だったという。逃げ惑う人々の中、幼い少年は集団から押し出されてしまった。その後、何とか隠れようと校舎内へ逃げ込んだのである。
だが、そのことを知らない両親は運良く別の車に乗れ、学校から脱出してしまう。少年が校内に残っているとはつゆ知らず……
本当の恐怖はここからだ。少年が校舎に逃げ込んで暫くした後、外から怒号が聞こえてきた。叫んでいるのは大勢。助けを求め、泣き叫ぶ声だ。少年は窓から様子をうかがった。まだ教室に徘徊ゾンビは現れていない。
外には地獄絵図が広がっていた。固く閉ざされた昇降口の前で、入れてもらおうと必死に叫び、扉を叩く人々……彼らに容赦なくゾンビの群れが襲いかかっていく。
昇降口の鍵を閉めたのは、さっきまで同じ車に乗っていた四人、校舎へ先に逃げ込んだ人達だった。彼らは体育館と校舎をつなぐ通路にも、防火シャッターを下ろして進入できないようにした。
──そんな映画みたいな話
俺と久実ちゃんには口を挟める余地がなかった。自分達が助かる為に他の人達を締め出したというのか。門扉は最初開放されていて、一晩たってゾンビがいなくなってから閉めたのだという。
この話が本当ならもっと大勢が助かっていたはずだ。少年の話だと、避難所として開放した一部の教室に閉じ込められている人がまだいる──
そんな話をしている内に五階へ着いた。少年が急に走り出したので、俺達は慌てて追いかけた。
行動が突発的だから、こっちはオタオタしてしまう。全速力でなんとかおいつくも、少年は勢いよく引き戸を開けたところだった。ガラガラと派手な音を立てる引き戸の音に、安全だとわかっていようが俺はビクついてしまう。悲しい性としか言いようがない。
「あった!」
少年はロッカーの上に置かれた携帯を見つけ、嬉しそうに叫んだ。だが、これで一件落着というわけにはいかなった。俺は久実ちゃんに袖を引っ張られた。
「田守君、この子の言う通り閉じ込められている人がいるのだとしたら、そのままにしておけないよ」
出た……聞かなかったことにしようと思ってたのに。閉じ込められている人達がいるのは、一階一年生の教室と二年生の教室、合わせて八教室とのこと。不本意ながら、俺は確認に向かうしかなかった。
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