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五章 ボランティア

三十三話 ボランティア③

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 しゃべっている間に目的地へ着いた。担当区域までは車で大体十五分くらいだ。簡素な住宅街で大きな建物はマンションが三棟と三階建てのスーパー、小学校、公民館だけである。
 
 いったん車を停めて、俺たちは手順を確認した。皆山さんの話だと先に大きな建物を片付けてから、住宅地を回ったほうがスムーズではないかとのこと。こういう場合、年配者に従うのが妥当だろう。俺たちはすんなり従うことにした。ただ、小学校だけは区域の一番奥だったので、最後に回すこととなった。


「三人で回るには範囲が広過ぎます。マンション三棟はそんなに離れた位置ではないし、手分けしてやるのがいいと思います」

 久実ちゃんが言った。


「え、久実ちゃん、一人でマンション一棟調べるってこと?」


 久実ちゃんは平然とうなずいた。俺は動揺を隠しきれない。危ねぇだろ。普通に……三人でも怖いぐらいなのに……


「オジサンも同じこと、考えてたんだよ。今、十時だろ? 日が暮れる六時までに全部を回るのは難しいよね。二人がいいならそれで行こう」


 俺は言葉を失った。ゾンビという猛獣が蠢くこのゴーストタウンで単独行動だと!?


「俺はいいけど、久実ちゃんは女の子だし危なくないかな……」

「私、全然平気よ。だって自警団でゾンビ退治慣れてるし……田守君はどうなの?」

「俺も全然大丈夫。色んな所で遭遇してるから、戦歴は結構あるほうかな」


 そう答えるしかねぇじゃないかぁあああ!! 本心は嫌だぁぁあああーーー!!!

 この間の廃墟公団で植え付けられたトラウマからまだ立ち直れていない。マンション系は怖い、怖すぎる……また繭子(某ホラー映画のヒロイン)が出てきたらどうすんだよ!?
 
 俺の心情をおもんぱかることなく、皆山さんはニッコリ笑顔でうなずいた。


「よかったぁ。二人とも経験者で。ゾンビ見たことない子も多いからね。じゃ、三手に別れて、一人一棟を調べることにしよう」


 女性の久実ちゃんが五階建ての最も小さいマンションをやることになった。そのマンションは一番離れた所にあったので、皆山さんが車で送り迎えをする。

 送迎時間があるため、皆山さんは久実ちゃんの次に小規模な七階建てマンションを担当、そして俺は……十階建ての一番ヘビィなマンションを受け持つことになった。さらには、待ち合わせ場所である皆山さんのマンション前まで徒歩十五分かかる。

 それだけではない。移動中、俺は最悪な事実と直面することになる。

 武器を持ってない。

 ボランティアの内容を直前まで知らされてなかった俺は武器を持ってなかった。一応、リュックの中には水筒と汗拭きタオル、ゴム手袋、傷薬、消毒液などが入っている。だって、普通ボランティアって炊き出しとか洗濯とか、荷物運びとかをイメージしてたし……まさかゾンビが徘徊する場所で救助活動するとは思いもしなかったんだもん。

 皆山さんは金属バット、久実ちゃんは十手を持ってきている。今さら、武器を持ってませんとは言い出しづらい。現地調達するしかないよな。廃墟公団の時に現地調達は経験済みである。窃盗にならないかは微妙だが、身を守るために必要な武器を拝借するのだから大目に見てもらいたい。


「田守君、お昼ご飯ちゃんと持ってきた?」

 
 不安そうに久実ちゃんが尋ねたのは、昼飯のことだった。



「ボランティアは自分の物をすべて用意しないと駄目だからね、食事も」
 

 顔色で察して、説教じみた物言いを始めたので、


「ある、ある、大丈夫」


 と俺は嘘をついた。飯も現地調達だ。まったく、ボランティア初心者の俺にちゃんと説明しないのが悪いんだからな? コンビニは防犯カメラがあるから、空き家の冷蔵庫を探してみよう。どうせ、すぐに戻れないから食べ物を腐らせてしまうだろう。



 十階建てマンションは簡単に中へ入れなかった。エントランスでパスワードを入れるか、居住者にロックを外すかしてもらわないと開かない。

 管理人室も鍵がかかっていた。その代わり、エントランスには全室の呼び出しチャイムが据え付けられている。俺は全戸の呼び出しチャイムを鳴らして在宅を確認した。一軒一軒回らなくていいのは、ありがたい。
 
 すぐに終わってしまった。このマンションには誰もいない。避難したのだろう。ヘビィだと思われたマンションが意外にも当たりだった。俺は皆山さんから借りた腕時計を見た。スマホを持っていなかったので、皆山さんが快く貸してくれたのだ。待ち合わせの十二時までにはまだ一時間ある。確か近くにスーパーとそれに隣接するホームセンターがあったはず……そこで武器と食料を調達するか。


 ホームセンターへは五分程度で着いた。来る時、車で通ったので地図がなくとも迷わなかった。当然だが、店内は薄暗い。今日は曇っているし照明が必要だ。スイッチは、おそらくスタッフルームの中だろう。俺は暗い店の奥を見つめた。

 ──ああ、いる


 人気ひとけのない店内から、ドタドタ歩く音が聞こえる。数匹いる。俺は溜め息をついた。店内は暗いし、かなり危険だ。それでも武器を早くゲットしたかった。

 避難の際、普通、家に鍵をかけてから出るだろう。開けっ放しなのはゾンビになってしまったということである。鍵の開いている家を探すより、ここで調達したほうが現実的だと俺は思い直した。
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