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五章 ボランティア

三十二話 ボランティア②

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「出発前に注意点を三つだけお伝えします」


 ゾンビ未経験者に指導しているリーダーの代わりに、サブリーダーが話した。


「まず、一つ目はなるべく音を出さないこと。皆さんに割り当てられた場所の危険度は低いとはいえ、警戒区域となっております。音を立てることによって、分散しているゾンビを呼び寄せてしまいます。数頭であれば、問題なくても数が増えれば危険です。くれぐれも気をつけてください」


 手順としてはこうだ。家々を回る際はまず、鍵が閉まっているか確認する。開けっ放しの所は避難民がいないと思われるのでスルー。鍵がかかっている場合はチャイムを押し気配をうかがう。チャイムは三回まで。インターホンがある場合は静かに問いかけてみる。


「そして二つ目、車の鍵はかけません。離れるのが短い時間であれば、エンジンをかけっぱなしにしてください。万が一、ゾンビの群れに遭遇した時……まあ、そんなことはないとは思いますが……グループはバラバラになってしまう可能性があります。鍵を持っている人が戻ってこれないと皆が車に入れなくなってしまうので、ロックはしないようお願いいたします」


 俺は周りの顔を見回した。皆、慣れているのか馬鹿なのか、無反応である。

 ヤバいだろ、これ……エンジンまでかけっぱなしだと、先に着いた奴が皆を置いて逃げることだって考えられる。残された場合は自力か、救助を待つしかないんだろう。あの誓約書の内容だと……

 俺は手を上げた。
 

「あの、車の後部座席やトランクって、やっぱり発車するまえに確認するべきですかね?」

「へ?」

「鍵開けっ放しだと、入り込まれてうしろに潜む可能性ありますよね?」


 映画ではやっとのことで車内に逃げ込んだところ、背後から襲われるのはお約束だ。あの、股間がヒュンとなる感覚は絶対に避けたい。逃げ込んだ車の後部座席は絶対に確認すべきだ。するべきだと俺は思う。
 

「……確認したかったら、してもいいと思いますけど……でも、ゾンビって車のドア開けたり、複雑な動作できませんからね。ちゃんとドアが閉まっていれば、そんな神経質にならなくとも……」


 困った様子のサブリーダーに周りはやや白けた感じになった。スイマセン、馬鹿で……
 

「最後に三つ目です。絶対に無理はしないこと。集合住宅など群れの住処になっている場合があります。ゾンビが数匹ではなく、固まっているような場所へは入らない、近づかないようにしてください。地図には、わかるよう印を付けていただければいいので……」



 注意事項の説明が終わったあと、一時的にフェンスを除け、車で出発した。石で重しはしてあるものの、工事現場で使っているのと同じフェンスで囲ってあるだけだ。

 なにが、安全第一だ! 俺は心の中で叫んだ。

 車がゴーストタウン内へ入ると、ビルにいたカラスが一斉に飛び立った。窓から見えるカラスの群れは不気味さを倍増させる。ポスティングの時に入り込んだ公団を彷彿とさせた。

 なにか、悪寒と言うか心霊的にヤバい感じがする。まったく霊感のない俺が言うのもなんだが、ゾンビだけでなく悪霊もいそうな雰囲気だ。

 車は皆山さんが運転した。俺はたまにしか運転しなくて不馴れ。久実ちゃんは免許自体持っていない。



「へぇー。幼なじみで。一緒にボランティア参加を? えらいねぇ」
 

 皆山さんと俺たちは移動中、世間話をした。皆山さんには中学生と高校生のお孫さんがいるそうだ。奥さんは十年前亡くなられ、今は一人暮らしとのこと。


「小さいうちは世話が大変だけど、大きくなっちゃうと、孫もあんまり構ってくれなくなってねぇ。寂しいもんだよ。だから、暇を持て余して、こういうボランティアに行ってるわけ」


 皆山さんは朗らかに笑った。死んだ爺ちゃん、ごめんな。もっとジジイ孝行すりゃ良かった。


「でも、お若いですね。うちの親と同じくらいだと思ってました」


 久実ちゃんがお世辞を言う。いや、言い過ぎだろ、そんなに若くは見えん。


「ゾンビとか出るようなこんな暗い世の中になっちまって……オジサンが若いころはずっと上向きだったからねぇ。なんか、息子や孫たちに申し訳なく思うよ。だけど、君らのような若者がいるのは希望だね。こんな世知辛い世の中だからこそ、オジサンは助け合いの精神が大切だと思うわけよ。世の中を立て直していくにあたって……」


 オジサンの話は長い。普段、一人暮らしで寂しいから会話に飢えているのだろう。しかし、「世の中」ていうワードが何回も出てくるな。

 しゃべっている間に目的地へ着いた。
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