ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

五章 ボランティア

三十一話 ボランティア①

　翌日、俺はＡ県へ行った。　
　結局、アニメ映画の誘惑に負けたのである。まあ、人助けは良いことだし、履歴書にも書けるからな。

　現地までは電車で三時間。Ａ県の広域で電車が止まっている状態なので、ゾンビ災害地の手前でボランティアは集合した。

　まだ、ゾンビの駆除が終わっていない災害地は「安全第一」のバリケードフェンスで囲われている。その物々しい雰囲気に嫌な予感がよぎった。


「あのさ、久実ちゃん、ボランティアの内容って詳しく聞いてなかったよね？」


　集合場所に集まったボランティアの面々を確認しながら、俺は尋ねた。若い学生が多い。次に多いのが高齢者。やっぱり、時間のある人たちが参加するんだな……


「ああ、ごめん。そうだった。ゾンビの駆除が終わっていない地域で、逃げ遅れた人たちを助けに行くんだよ」


　なんだ、それ？　なんか、すげー危険な香りがする。事前に聞いてなかった俺も悪いけど……昨日、久実ちゃんが家に来た時、俺の部屋に落ちていた漫画をいくつか貸したので、移動中はずっとその話をしていた。
　

「大丈夫。私たちボランティアは危険な区域に入らないから。ってか、入れないから。高齢者とか子供のいる世帯とか、逃げるのが難しい人たちを見つけて助けるのが私たちの役目だよ。そんなにゾンビは出ないと思うから大丈夫」


　いや、自力で逃げれないってことは周りにゾンビがいるからじゃねぇか？　助けに行ってゾンビになる可能性はあるってことだよな……

　空は暗鬱に曇っている。バリケードフェンスの向こうでは、絵に描いたようなゴーストタウンが広がっていた。死肉を貪るのだろうか、カラスが数羽、四階建てビル屋上の手すりに止まっているのが見える。他には風に舞う紙屑以外、動くものは見当たらない。


　この風景、どっかで見たことがある。ああ、何年かまえに流行ったホラーゲームだ。
　
　不安が後悔に変わり始めた時、ボランティアリーダーが出欠を取り始めた。何人か来ておらず、人数が合わない。直前になってやめる人の気持ちはよくわかる。どう考えても、通常の災害ボランティアとはちがうからだ。善意でやるボランティアにしては、内容が危険すぎる。

　案の定、俺たちは誓約書にサインをさせられることとなった。ボランティアリーダーがまず配ったのはこの誓約書だった。内容は……


一、ゾンビに噛まれたり死亡した場合の責任は当人が負うこと。当団体は一切責任を負わない。

二、ゾンビに噛まれた時は速やかに報告すること。

三、救助作業中に建物内から出られなくなった場合、当団体は救助に向かわない。自力か行政からの救助を待つこと。

四、救助作業中、負傷した場合、責任は当人が負うこと。当団体は一切責任を負わない。

五、救助作業中の盗難、紛失に関しての責任は当人が負うこと。当団体は一切責任を負わない。
　
　以上の内容に同意し、救助活動に参加するものとする。



　……完全にブラックじゃねぇか！！　ブラックボランティア……これにサインしなければ、ボランティアには参加できないという。
　

「久実ちゃん、これ危なくない？　ケガしても全部自己責任って……」

　小声ながらも、俺は訴えた。


「え、でも普通、ボランティアって自己責任だよ？」


　久実ちゃんはなんとも思っていないようだ。でもさ、わざわざ誓約書書かせるって、危険だと言ってるようなもんじゃん。やめといたほうがいいんじゃ……と俺は喉まで出かかっていた。
　だが、他のボランティアメンバーたちが、一寸の躊躇なしにサインをしているのを見て結局流された。

　次にリーダーは俺たちを二つに分けた。


「今までゾンビを倒したことがある人」


　俺含め三分の一が手を上げる。思っていたより少ない。俺はしょっちゅう遭っているのに……母ちゃんみたいに、見たことがない人は珍しくないんだな。


「では、ゾンビに対して経験ない方は簡単な指導を行いますのでこちらへ集まってください。大丈夫です。経験なくてもそんなに難しくないですから。誰でもできます。ゾンビ、弱いんで」


　ゾンビ、倒すのってそんなに簡単か？　グロ耐性ないと無理だし、単体より群れ移動がスタンダードだぞ？　そんな、交通整理教えるみたいなノリでいいのだろうか……
　
　軽い雰囲気のリーダーに多大な不信感を抱きつつ、サブリーダーの周りに俺たちは集まった。そこで二人以上、五人未満のグループに分けられる。次に災害地の地図を渡された。
　
　経験者の俺たちは早速救助活動へ向かうこととなった。グループごとに渡された地図にはそれぞれの割り当て区画がマーカーで囲われている。割り当てられた区画を一軒一軒、調べて回るとのこと。
　大体一区画、千軒ほど。俺たちの区画はそれプラス十階建て以下の小規模マンションが三棟ある。割り当て場所までは車で移動だ。

　俺は久実ちゃんともう一人、皆山さんというおじさんとグループを組むことになった。……おじさんというか、ほとんどお爺さんである。うちの親より二十くらい上……下手すりゃ、親の親世代だ。定年退職後、ボランティアに生き甲斐を見いだし、災害があれば各地を回っているという。

　しかし、大丈夫か……これからゾンビと戦うことになるのに、足手まといにならないといいんだが……俺は皆山さんの右頬にできた、大きなシミを見ながら思った。