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三章 ポスティング

十八話 ポスティング①

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 青山君の同人イベントデビューは最悪な終わり方をした。
 エレベーターに挟まったゾンビの体液が青山君のバッグにかかってしまったのだ。その中には購入したばかりの同人誌が入っていた。バッグだけでなく同人誌数冊、ゾンビの腐った体液でダメになってしまったのである。

 エレベーターを出てから、俺たちはビルの管理人にゾンビのことを伝えた。その時の管理人の緊張感ない態度ったら……


「へぇー。でも良かったね。何事もなくて。すぐ放送して、消防も向かわせるからもう大丈夫ですよ」


 俺の父親より高齢な管理人のおじさんはにこやかに言った。
 何事もなくてって……あったよ! 青山君の本が何冊かダメになっちゃったし、死ぬところだったんだぞ! 事故現場で車が大破しているのに、無傷だったらよかったですねって言うようなもんだぞ、これ。


「あの、エレベーターは危険なので止めておいたほうがいいと思います」
 

 内心激しく憤りながらも、人の良さそうなおじさんにはこれだけを言うのがやっとだった。


 帰りの電車でも俺たちはほとんど無言だった。

 話したことといえば……
 見たことのないぐらい沈んだ青山君が、当分イベントには行かないと。夏の○ミケも行きたいと言っていたが、今はもう考えることすらできないという。こんなことはまれだよと俺は慰めた。
 
 

 しかし二日後、またもゾンビと遭遇することになろうとは……

 二日後、俺は日雇いのポスティングバイトをしていた。母ちゃんに借りた金を早く返すためである。コンビニバイトの給料はまだまだ先だ。

 ポスティングの場所は最寄り駅から二駅ほど上った所にある住宅街。駅にあったレンタサイクルに俺は乗った。真夏にやった時はきつかったのを思い出しつつ、そよ風に身を任す。まだ五月だから軽いサイクリングのような感じだ。

 地図に印を付け、チラシを入れていった。平日の昼間はひとけがないし、ポストに延々とチラシを入れるだけである。そんなに大変でもない。終われば、そのまま帰っていいのが嬉しかった。

 俺は口笛を吹き、自転車をこいだ。小綺麗なマンションが前方に見える。マンションなら一気にさばける。そう思い、住宅街を飛ばしてそっちへと向かった。
 
 しかし、その希望は虚しく打ち砕かれることとなる。マンションのエントランスには鍵がかかっていたのだ。さらに追い討ちをかけるように、管理人と思われる人から声をかけられた。


「ちゃんと、これ読んで! 迷惑チラシ入れないでくださいって書いてあるでしょ? 日本語くらい読めるよね?」


 嫌みったらしく、壁の張り紙を指す。俺は謝り、そのマンションから離れた。

 地道に順番通り、ポスティングしていけばよかった……別にいいじゃん。チラシぐらい。入れられてそんなに迷惑か? 俺はブツブツ心の中で愚痴り、地図を見た。
 
 ああ、このマンションのせいでどこまで入れたか、わかんなくなっちまったよ──
 
 途中で戸建てに入れるのを飛ばして、このマンションへ向かったのでわからなくなってしまった。またさっきの所まで戻って確認するのは、とてつもなく面倒くさい。

 うんざりしていたところ、地図の端に公団を見つけた。ギリギリ担当ポスティング範囲内だ。ここから一キロもないだろう。俺は自転車のペダルを踏んだ。

 それにしても、日本の地形ってなんでこんなに坂道だらけなんだろう? 平坦な道はほとんどなくて、坂ばかりの気がする。緩やかか急か、上りか下りかのちがいだけだ。
 
 普段、運動不足の俺は着くころには息を切らしていた。背中にもジットリ汗をかいている。やっぱり、ポスティングって楽でもない気がしてきた。

 思いながらも、立ち並ぶ公団住宅を前に笑みがこぼれた。全部で二十棟くらいある。一棟あたり、大体五十世帯くらいか……よっしゃあ、これで全部片づくかも!
 
 広い敷地は真新しいフェンスに囲まれていた。パッと見、入り口は見当たらない。俺は自転車を止めて、フェンスをよじ登ることにした。フェンスを超えるなんて小学生以来だ。フェンスの反対側へ移動し、昔やったようにジャンプしてみる。
 
 意外にも軽々と着地……いや、アキレス腱がいてぇ……成人してから運動なんてしないもんな。仕方ない。
 フェンスから建物までは五メートルほどの距離があった。最近はセキュリティーとか厳しくなってんだな? フェンスで囲ったりして。
 
 足取りも軽く建物内へ。よし! 管理人室という厄介なものもないぞ。俺は気分良くチラシを入れていった。



 気づいたのは二棟目だ。人がいない……
 建物の脇にある花壇には雑草が生い茂っているし、しんと静まり返っている。ベランダを見上げると、よく晴れているのに洗濯物を干している部屋は一つもなかった。

 ──もしや、廃墟では

 そんな考えが俺の脳裏をかすめたが、首を振って打ち消した。

 ──いやいや、俺、そんなこと聞いてないし……そこにポストがあるから入れてるだけで

 戻ってまた一軒ずつ入れ直すのはきつい。要は数を捌ければいいのだ。ここが廃墟だと知らずに入れてしまったとしても、それは俺の責任ではない。
 
 しかし、三棟目でがっくりと肩を落とすことになる。集合ポストの口がガムテープで塞がれていたのである。

 仕方ない。戻るか──

 入れられるポストを他の棟で探すことも、チラッと考えた。が、結局面倒くささより罪悪感が勝ったのだった。
 
 クルリと回れ右をしたその瞬間だ。ドタドタッと何かの落ちる音が階段のほうから聞こえてきた。
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