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一章 始まり始まり
一話 只今関東地方、ゾンビ発生中
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なんの変哲もない朝。テレビをつけると、天気予報がやっていた。
「明日の天気は晴れ時々曇り、関東地方ではゾンビが発生します。無理な外出は控えたほうがいいでしょう……」
無理な外出は控えましょうって、サラッと言ってるけどな………………それ台風かよ!? 俺は 思わず突っ込みたくなる。
ここ最近、年がら年中、ゾンビ、ゾンビとテレビで騒いでいるのは、いったいなんなのか? じつのところ、俺はまだ一度も見たことがなかった。さらに言えば、見たという人も身の回りにはいない。家族と狭い交友関係だけだが。
ひょっとしてメディアが作り上げた架空のモンスターなのでは?──なんて考えが浮かんでくる。インフルエンザのワクチン陰謀論から地震災害兵器説まで……ネット上で騒がれるトンデモ情報の一つには、ゾンビも含まれていた。
ゾンビなんか本当はいない。日本政府が国債の返済と社会保障費に充てるため、ゾンビ基金を設立した。すべては国の莫大な借金をごまかすために作りあげられた嘘なのだと。部屋にこもってネットばかり見ていれば、こういった情報を信じたくもなる。
一方、高齢者御用達情報装置─テレビではしつこいくらいにゾンビのニュースばかりやっていた。そう、世界的大不況が起きた時や大地震の時、連続殺人鬼が現れた時、ウィルスが大流行した時なんかと同じだよな?
延々と同じ情報のループ。ゾンビ=死体だから、無論全国ネットでは放映できない。テレビに映るのはボンヤリとモザイクがかった赤黒いシルエットだけだ。
この奥歯に物が挟まってるみたいな、もどかしさ。曖昧で不確定な情報ばかりずっと流し続けるという。同じことばかりネチネチとさ。だから、ネット民たちが信じたくないのも俺にはわかるんだ。
挙げ句の果てに「ゾンビ評論家」なる人物まで登場する始末──
以下、テレビの独擅トークショー↓↓
「いつものだと思って油断すると痛い目に会いますからね。ちゃんと備えが必要です。まず警報が出ている間は絶対に外へ出ないこと、これ基本ですね。警戒レベル1の時点でお近くの避難所の確認、避難経路を確保するようにしてください……」
怪しげな評論家が物知り顔でエラそうに……注意勧告ですか? まったく何様のつもりだ?
それにしても、対ゾンビのハザードマップ、警戒レベルなるものまで出現しているとは驚きだ。寒色から赤へ次第に変わっていくゲージを眺めながら、俺は既視感を覚えていた。
「CMのあとは、ゾンビに出くわした際の角材の使い方を専門家の方にレクチャーしていただきまーす」
にこやかに言う女性アナウンサー。おいおい、穏やかではないぞ。角材の使い方って、おまえ……あ、これは見といたほうがいいかな。もしもの時のために──俺は思い直した。録画しようと反応の悪いリモコンを手に取る。
そもそも、ニートで外にも出ないから必要ないのだが、絶賛パート労働中の母ちゃんが見たがるかもしれないからな? 俺は母ちゃんのために録画してやろうと思った。
目薬の生CMを挟んだ後、ワイドショーは再開される。
「こちら、各市町村からご家庭に配布されてます「角材」ですね。もしもの時のために、皆様のご家庭にも一人一本配布されていると思います……では、先ほどの下飯木先生に、この角材の使い方をレクチャーしていただきたいと思います……」
下先生?……さっきの胡散臭い評論家じゃねぇか!? それに今さらだけど不謹慎な名前してるな、おい!──脳内突っ込みが止まらない、俺。
四角い眼鏡をかけ、白髪混じりの頭頂部は薄く……(いや、なにも言うまい。これ以上は自分に返ってくる)……髪年齢の割に肌ツルッツルで、かわいい目をしたオジサンが雛壇から下りてきた。こいつが下飯木。ゾンビ評論家。
早速、シタは角材の使い方をレクチャーし始めた。
「まずお手元の角材をしっかりと落ちないように両手で握ってください。次にゾンビがこれくらいの距離、だいたい五十センチくらいですかね?……まで引きつけてぇー……引きつけてぇええええ……からの、バーン!!!!」
「おお!! バーン!!ですね!」
嬉々として相づちを打つアナウンサ―。
「では最初から確認いたします。まず角材の端の部分、これくらいの位置ですか? 拳一つ分あけてギュッと握りしめます……」
「絶対に手から落ちないよう、強く握りしめてくださいね?」
言い添える評論家のおっさん。下先生……
いつの間にかMCのおじさんアナウンサーと女性キャスター、ゲストも前に出ていた。皆、下飯木の指導のもと角材を握りしめている。
アナウンサーは真面目な顔で続けた。
「そして、だいたい五十センチです。スタジオの皆さん五十センチですよ? そこまで引き付ける!……引き付けてからのーーーーー……バーンッ!!!」
見ているのがだんだんバカらしくなってきた。俺の意識は別の楽しいことへ移っていく。昨日録画しておいた魔法少女トゥインクルハニーでも見ようかな……今、面白いところだし。
悪役側にいた黒髪美少女キラリちゃんが魔法少女たちの攻撃で崖から落ちそうになってしまうんだけど、すんでのところで主人公のリリカに助けられるんだ。
……で、「なんであたしなんか助けるの? あなたたちにあんな酷いことしてきたのに……」
「友達、だからだよ(にこっ)」(超いい笑顔。)
その時、背後からリリカを襲う黒い影が……
予告編だと悪の組織アンコークにリリカが捕らわれるんだよ。たぶん、キラリが魔法少女に覚醒して助けるんだよな……超見たい……キラリ可愛い。
ちなみになんで動画サービスじゃなくて、録画を見るのかって?? ふふふ。そんな疑問を抱いた君は素人だね。
CMだよ。CMも見たいから、録画という時代錯誤なアナログツールを利用するのさ。
なにはともあれ、俺はテレビを録画画面に変えた……とその時、テーブルの上のスマホが不愉快な音を立てた。
──あっ。母ちゃんからだ
嫌な予感がする。電話に出るのを俺は一瞬躊躇した。画面に映し出された清子(母ちゃん)の二文字をにらみつける。
さあ、不快なバイブレーションに耐えられるかの五秒前! これはワンコが自我を押し込め、飼い主に「お手」をするか、動物的本能と気高き自尊心に従い、ケツを向けてやるかの二択と同じなのだ! 俺の必死を受けて見ろ!! ニートとしてのこの高潔さを!!
五秒後──
結局、俺はズレた眼鏡を直してから出た。
「あっ、太郎? あんたすぐ電話にでなさいよ! こっちは仕事中で忙しいんだからね!」
いや、仕事中で忙しいなら電話しないでほしいんだけど……
「あのね、夕飯の材料、足りないから買っといてくれる? 今日、鍋にするから。豚肉と牛乳と……あともやしも!」
「母ちゃん、あのさ、今日はゾンビ発生するから外に出ないほうがいいって……」
「えーっ! そんなの午後からでしょ? 今のうち行っちゃいなさいよ」
「でもさっき、テレビで関東は警戒レベル3だから、なるべく外出しないようにって言ってた」
「そんなこと言ったって……ゾンビが出ようが、みんな普通に会社へ行ってるのよ? お願いだから家でゴロゴロしてるだけなんだから、買い物ぐらい行ってちょうだいね!」
そこで電話は切れた。
しゃあない、行くか──。録画アニメはお預けだ。俺は重い腰を上げた。
「明日の天気は晴れ時々曇り、関東地方ではゾンビが発生します。無理な外出は控えたほうがいいでしょう……」
無理な外出は控えましょうって、サラッと言ってるけどな………………それ台風かよ!? 俺は 思わず突っ込みたくなる。
ここ最近、年がら年中、ゾンビ、ゾンビとテレビで騒いでいるのは、いったいなんなのか? じつのところ、俺はまだ一度も見たことがなかった。さらに言えば、見たという人も身の回りにはいない。家族と狭い交友関係だけだが。
ひょっとしてメディアが作り上げた架空のモンスターなのでは?──なんて考えが浮かんでくる。インフルエンザのワクチン陰謀論から地震災害兵器説まで……ネット上で騒がれるトンデモ情報の一つには、ゾンビも含まれていた。
ゾンビなんか本当はいない。日本政府が国債の返済と社会保障費に充てるため、ゾンビ基金を設立した。すべては国の莫大な借金をごまかすために作りあげられた嘘なのだと。部屋にこもってネットばかり見ていれば、こういった情報を信じたくもなる。
一方、高齢者御用達情報装置─テレビではしつこいくらいにゾンビのニュースばかりやっていた。そう、世界的大不況が起きた時や大地震の時、連続殺人鬼が現れた時、ウィルスが大流行した時なんかと同じだよな?
延々と同じ情報のループ。ゾンビ=死体だから、無論全国ネットでは放映できない。テレビに映るのはボンヤリとモザイクがかった赤黒いシルエットだけだ。
この奥歯に物が挟まってるみたいな、もどかしさ。曖昧で不確定な情報ばかりずっと流し続けるという。同じことばかりネチネチとさ。だから、ネット民たちが信じたくないのも俺にはわかるんだ。
挙げ句の果てに「ゾンビ評論家」なる人物まで登場する始末──
以下、テレビの独擅トークショー↓↓
「いつものだと思って油断すると痛い目に会いますからね。ちゃんと備えが必要です。まず警報が出ている間は絶対に外へ出ないこと、これ基本ですね。警戒レベル1の時点でお近くの避難所の確認、避難経路を確保するようにしてください……」
怪しげな評論家が物知り顔でエラそうに……注意勧告ですか? まったく何様のつもりだ?
それにしても、対ゾンビのハザードマップ、警戒レベルなるものまで出現しているとは驚きだ。寒色から赤へ次第に変わっていくゲージを眺めながら、俺は既視感を覚えていた。
「CMのあとは、ゾンビに出くわした際の角材の使い方を専門家の方にレクチャーしていただきまーす」
にこやかに言う女性アナウンサー。おいおい、穏やかではないぞ。角材の使い方って、おまえ……あ、これは見といたほうがいいかな。もしもの時のために──俺は思い直した。録画しようと反応の悪いリモコンを手に取る。
そもそも、ニートで外にも出ないから必要ないのだが、絶賛パート労働中の母ちゃんが見たがるかもしれないからな? 俺は母ちゃんのために録画してやろうと思った。
目薬の生CMを挟んだ後、ワイドショーは再開される。
「こちら、各市町村からご家庭に配布されてます「角材」ですね。もしもの時のために、皆様のご家庭にも一人一本配布されていると思います……では、先ほどの下飯木先生に、この角材の使い方をレクチャーしていただきたいと思います……」
下先生?……さっきの胡散臭い評論家じゃねぇか!? それに今さらだけど不謹慎な名前してるな、おい!──脳内突っ込みが止まらない、俺。
四角い眼鏡をかけ、白髪混じりの頭頂部は薄く……(いや、なにも言うまい。これ以上は自分に返ってくる)……髪年齢の割に肌ツルッツルで、かわいい目をしたオジサンが雛壇から下りてきた。こいつが下飯木。ゾンビ評論家。
早速、シタは角材の使い方をレクチャーし始めた。
「まずお手元の角材をしっかりと落ちないように両手で握ってください。次にゾンビがこれくらいの距離、だいたい五十センチくらいですかね?……まで引きつけてぇー……引きつけてぇええええ……からの、バーン!!!!」
「おお!! バーン!!ですね!」
嬉々として相づちを打つアナウンサ―。
「では最初から確認いたします。まず角材の端の部分、これくらいの位置ですか? 拳一つ分あけてギュッと握りしめます……」
「絶対に手から落ちないよう、強く握りしめてくださいね?」
言い添える評論家のおっさん。下先生……
いつの間にかMCのおじさんアナウンサーと女性キャスター、ゲストも前に出ていた。皆、下飯木の指導のもと角材を握りしめている。
アナウンサーは真面目な顔で続けた。
「そして、だいたい五十センチです。スタジオの皆さん五十センチですよ? そこまで引き付ける!……引き付けてからのーーーーー……バーンッ!!!」
見ているのがだんだんバカらしくなってきた。俺の意識は別の楽しいことへ移っていく。昨日録画しておいた魔法少女トゥインクルハニーでも見ようかな……今、面白いところだし。
悪役側にいた黒髪美少女キラリちゃんが魔法少女たちの攻撃で崖から落ちそうになってしまうんだけど、すんでのところで主人公のリリカに助けられるんだ。
……で、「なんであたしなんか助けるの? あなたたちにあんな酷いことしてきたのに……」
「友達、だからだよ(にこっ)」(超いい笑顔。)
その時、背後からリリカを襲う黒い影が……
予告編だと悪の組織アンコークにリリカが捕らわれるんだよ。たぶん、キラリが魔法少女に覚醒して助けるんだよな……超見たい……キラリ可愛い。
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CMだよ。CMも見たいから、録画という時代錯誤なアナログツールを利用するのさ。
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──あっ。母ちゃんからだ
嫌な予感がする。電話に出るのを俺は一瞬躊躇した。画面に映し出された清子(母ちゃん)の二文字をにらみつける。
さあ、不快なバイブレーションに耐えられるかの五秒前! これはワンコが自我を押し込め、飼い主に「お手」をするか、動物的本能と気高き自尊心に従い、ケツを向けてやるかの二択と同じなのだ! 俺の必死を受けて見ろ!! ニートとしてのこの高潔さを!!
五秒後──
結局、俺はズレた眼鏡を直してから出た。
「あっ、太郎? あんたすぐ電話にでなさいよ! こっちは仕事中で忙しいんだからね!」
いや、仕事中で忙しいなら電話しないでほしいんだけど……
「あのね、夕飯の材料、足りないから買っといてくれる? 今日、鍋にするから。豚肉と牛乳と……あともやしも!」
「母ちゃん、あのさ、今日はゾンビ発生するから外に出ないほうがいいって……」
「えーっ! そんなの午後からでしょ? 今のうち行っちゃいなさいよ」
「でもさっき、テレビで関東は警戒レベル3だから、なるべく外出しないようにって言ってた」
「そんなこと言ったって……ゾンビが出ようが、みんな普通に会社へ行ってるのよ? お願いだから家でゴロゴロしてるだけなんだから、買い物ぐらい行ってちょうだいね!」
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