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徒然
なおちゃん③
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池のほとりに立ち肩を寄せあう慧一と馨。千晶が二人の背をなまるぬく見つめる横で、慎一郎は鼻を寄せ目を逸らす。少し離れた芝生では直嗣と馨の弟が、イグアナに空芯菜を与えている。
「意外と気が合うのかな、あの二人」
「馨さんが親父に付き合ってくれてるんでしょ」
父親らは子供らの会話などそしらぬ風で、石切りを競い始めた。小石を投げ水面に跳ねさせるそれはちょっとしたコツがある。腕を大きく振り被る大人二人、何度か続けると子供のころの勝手を思いだしたらしく小石が水面を走っていく。慧一の趣味に潜水模型もある。きっと食後はラジコンで遊び、次いで車を自慢する、そんな子供のような父親たちの姿が慎一郎の頭に浮かぶ。
「しかし、直が弟さんに懐くとは」
慧一も直嗣も私的な場面では人見知りがち。聞き役に回ることの多いその二人の口が楽しそうに動いている。イグアナは齢を重ねもう何事にも動じないが、人の好き嫌いははっきりしている。頭を持ち上げ大人しく触らせているのは最大級の甘えた仕草だ。
「親子と兄弟と――、面白い取り合わせだね。親父と直は似てるとして、馨さんと響さんも雰囲気似てるね、育ちの影響って大きいのかな」
「それ本人たちに言ってやって? 喜ぶよ」
「……どんなトラップなの?」
「ちぇ、実は馨さんが本当の父親だと思ってたのに、違うってがっかりして――」
兄弟は16歳離れている。正式に養子になったのは馨が20歳のとき。それ等の事実は思春期の少年の妄想を掻き立てるには十分すぎた。おぼろげながらお兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくなるなんてやだやだとごねた記憶もある。
高校受験で兄夫婦宅(当時はまだアパート住まい)に泊まりにやってきた弟、兄が両親と疎遠なのはひょっとして、と真剣な顔で詰め寄った。
どこの青年漫画だ、つむじが二つあって足の指の形が同じ父と弟。母親の父がまぁまぁな美丈夫だったそうなので隔世遺伝と思われる。
馨の高遠姓は市長の妻の旧姓から、その縁で養父母が里親になった。個人情報だの身分証明にゆるい時代、同じ姓なら不便はなかった。疎遠云々は遠慮と妻側と不仲なのに自分のほうだけと仲良くするのはどうか、そうでなくても家には寄り付かない年頃だ。
「…その話、親御さんは知ってるの?」
「さぁ?『違うのか? そのほうがよかったのに』『やぁだ、どっちにしたって私の子なんだからそこそこにしかならないわよ』位言うんじゃないかな」
「……地獄かよ」
「笑うとこだよ?」
馨が家族の誰とも血縁がないのは昔彼から聞いた。昨晩は祖父母らが馨宅に前泊するというので、慎一郎も顔を出した。彼らは優しく穏やかで、そんな冗談を言うようには見えなかった。それとも高遠さんちのブラックはお家芸なのか、慎一郎は今日も笑うに笑えない。
「昔、馨さんたちに逢いに行ったら、――書類が一枚足りないって言われてね」
「ん?」
「双子なのも知らないのか、何も調べずにきたことに呆れられたよ」
慎一郎はふと思い出したように話し始めた。大阪へ余計なことをしに行った時のことだ。
「ふーん、馨さんだってなにも知らなかったんでしょ。兄たちが言うとは思えないし、どうせ自称種馬が行くとかでしょ」
交渉事は事前の情報収集と根回しが成否を握る。バカなのか、無鉄砲なのか。当然慎一郎もそれなりの場数を踏んでいた。馨もすぐに、慎一郎があえて調べてこなかったことに気づいた。
「ああ、『駄馬がそっち行くかもよ』とだけだったそうだよ。そこで聞くかどうか、聞かれてね」
「そう」
話したければどうぞ、という視線に慎一郎は軽く微笑み返した。あれほどきいて欲しかったのに、今は、いい。何もなく放り出されて、きちんと立っていられる彼。彼の娘も同じ様に一人で立っていられるだろう。その横に立てる、それだけで十分だ。
広間をまた眺め、そしてそのはす向かいの間に目をやる。そこでは大叔父らが祝言歌の予行に励み、慎一郎の母とその末妹が箏を合わせている。
「千晶さん、あの二人ってさ」
「…ふふっ」
慎一郎が意味ありげに尋ねると、千晶も意味ありげに笑った。
「ふふっ、百合子さんにも」
「百合子さんも恵美子さんも強いひとよね」
恵美子が直嗣の母で、百合子が慎一郎の母だ。母親たちに色々あっただろうことは想像に難くない。千晶が何を知っているのか、単に印象を述べているだけなのか。それを確かめたいと思わない自分。ルーツは本能か、アイデンティティは感情か。
ただ、何を打ち明けられても心は動かない。そんな確信を抱く自分は何かが欠けている。
諦めにも似た感情で千晶に微笑むと、千晶も伏し目がちに微笑んだ。
「ふふ、弟は伯父さんに」
「ああ、…え」
視線の先で慎一郎の伯父――慧一の姉の夫、と千晶の弟夫婦とが楽しそうに話している。伯父夫婦はお昔この敷地の別棟で暮らしていた。慎一郎の頭によぎった妄想を、千晶は面白そうに笑って流す。
凪いだ空気は気温の上昇とともに風になる。
「二人一緒に入ってくるのよね」
「ええ、一度玄関に回ってから、――」
「千晶さんちょっといいかしら。変わったお客様が高砂にいらしてるようですけど」
「ああ、仲人さん代わりです、タヌキは生涯番いますからねー。ささ、あちらでお茶でも」
「あれは両方オスじゃないの」
花嫁が到着してもすぐには始まらない。仕度を整え直すまで談話室で待つ段取なのに、皆が興味津々と広間にやってきてはあれこれと口を出す。経験者にお伺いを立てておいたのにこれである。
「今時の若い人は全く――」
「体裁ばかり整えてもねぇ。とにかく二人結婚してくれて、これでうちのが続いてくれるいいんだけど――」
「おばさま、今は多様性の時代ですから」
千晶と慎一郎はうるさがたの雷をやんわり避けつつ苦笑い。彼らも二人に期待しているから小言が出てくる――ということにしておこう。
慎一郎は言って聞く男ではないし、千晶は経緯に加えて職業イメージ――高慢で我が強いか、とんでもない変人、つまり面倒な女――が先行し、綻びにさえならなければよいと親族は諦め半分。
「みんな揃っちゃったね」
「ああ、誰の舞台だかね」
直嗣の伯父らも到着し、また一段と騒がしい。来訪の礼を言うのが精一杯だった慧一に代わり、千晶の父親が話相手を務めている。
*
「賑やかだな」
「……ええ、」
次郎は仏頂面の息子に声をかける。慧一はそのまた息子に頷いてから再び広間に顔を向けた。
直嗣も祖父と父の視線を受け、実母と慎一郎の母に千晶の母、郷里から駆け付けた祖母と伯父二人らをまだ信じられない面持ちで見つめる。
幼少期から藤堂家には礼節をもって接してこられた。直嗣の母は母で、それ以上でもそれ以下でもない。だからこそ、成長するにつれ世間一般の偏見に戸惑うことになったのだが。
片や母方は世間一般の反応、つまり私生児を産んだ母を半ば勘当扱いだった。伯父らは東京に出たついでに時々様子を見にきてくれた。従兄弟らとは年も離れていて思い出はない。
直嗣が幼いころには帰ってこいとも言われたが中学進学とともにその声も消えた。
年初に彼女の強い希望で、直嗣と彼女は母の郷里に挨拶に行った。常識的な対応だったと伝えると母はほっとしていた。
「お母さん。お席はテーブルのほうが楽でしょう」
「ええ?」
「椅子に座ってくださいね」
「孫の晴れ姿ですよ、正座でなくてどうするの」
祖母は足腰を悪くしていてる。母は動きやすい留袖風のドレスをと提案したが、当人は式の間くらい和服で不自由はないと、誰の手も煩わせずに着替えた。
今はカウチに腰掛ける祖母と母と、頑なところはよく似ている。
直嗣も母も、祖母と会うのはもうこれきりかもしれない、口には出さないがそんな予感がしていた。
この婚礼は新郎新婦主催による、連絡をしてよかった、と、思う。
「遅いな、花嫁さんの気が変わったか、のう?」
「お爺様まで」
「はは、そこの男は喜ぶだろ、なぁ」
「来ますよ」
直嗣は兄たちの言葉に一瞬でもうろたえた自分を振り払い、頷いてみせた。
「これから、ですよね」
「ああ、」
今日は単なる節目、直嗣は襟を正し、兄と千晶と、その子らを見る。彼らは誰に何を言われてもぐらつかない。重圧も笑い飛ばす彼らに、敵わない、と思う。
「直、お前にはお前の良さがある。慎一郎は誰に似、誰の影響だか」
「僕らは僕らなりにやっていきます」
兄を目指さなくてもよい、むしろああなってくれるな、言外に滲む父の思いを直嗣は軽く流す。彼らのようにはなれない、けれど、彼らの荷を少し手伝うくらいのことはできる、決して口には出さないけれど。
「あの二人は相当変わってるからな。慧一、お前に似なくてよかったな」
「……」
慧一がそっぽを向くと、次郎と直嗣が目を見合わせて口角をあげた。
父と母は言葉を重ねてやっと今がある、自分と彼女も、たくさん言葉を重ねて今日がある。そしてこれからも。
*
「お着きになりました」
家来の声に、子供らが縁側から駆け下りてゆく。
バスから黒の引き振袖が見えると、直嗣はステップに足を掛け、褄を引き手を差し伸べる。甲斐甲斐しいとみるか、軟弱とみるか、世代で見方が分かれるのだった。
「あやちゃん、きれーい」
「なおくん耳まっかー」
子供らに揶揄われ俯き恥じらう二人を見守る人々。その笑顔のなかでやや黒い笑みを浮かべる男がひとり。
「…今日は何か企んでるの?」
「やりたいが脳卒中でも起こされちゃたまらないからね」
父親がひそかに花束贈呈を期待しているのはわかっている、だからやらない。弟夫婦もサプライズは好まない。
傍らの女が意味ありげな視線を送ると、男は片方だけ口角をあげた。
「意外と気が合うのかな、あの二人」
「馨さんが親父に付き合ってくれてるんでしょ」
父親らは子供らの会話などそしらぬ風で、石切りを競い始めた。小石を投げ水面に跳ねさせるそれはちょっとしたコツがある。腕を大きく振り被る大人二人、何度か続けると子供のころの勝手を思いだしたらしく小石が水面を走っていく。慧一の趣味に潜水模型もある。きっと食後はラジコンで遊び、次いで車を自慢する、そんな子供のような父親たちの姿が慎一郎の頭に浮かぶ。
「しかし、直が弟さんに懐くとは」
慧一も直嗣も私的な場面では人見知りがち。聞き役に回ることの多いその二人の口が楽しそうに動いている。イグアナは齢を重ねもう何事にも動じないが、人の好き嫌いははっきりしている。頭を持ち上げ大人しく触らせているのは最大級の甘えた仕草だ。
「親子と兄弟と――、面白い取り合わせだね。親父と直は似てるとして、馨さんと響さんも雰囲気似てるね、育ちの影響って大きいのかな」
「それ本人たちに言ってやって? 喜ぶよ」
「……どんなトラップなの?」
「ちぇ、実は馨さんが本当の父親だと思ってたのに、違うってがっかりして――」
兄弟は16歳離れている。正式に養子になったのは馨が20歳のとき。それ等の事実は思春期の少年の妄想を掻き立てるには十分すぎた。おぼろげながらお兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくなるなんてやだやだとごねた記憶もある。
高校受験で兄夫婦宅(当時はまだアパート住まい)に泊まりにやってきた弟、兄が両親と疎遠なのはひょっとして、と真剣な顔で詰め寄った。
どこの青年漫画だ、つむじが二つあって足の指の形が同じ父と弟。母親の父がまぁまぁな美丈夫だったそうなので隔世遺伝と思われる。
馨の高遠姓は市長の妻の旧姓から、その縁で養父母が里親になった。個人情報だの身分証明にゆるい時代、同じ姓なら不便はなかった。疎遠云々は遠慮と妻側と不仲なのに自分のほうだけと仲良くするのはどうか、そうでなくても家には寄り付かない年頃だ。
「…その話、親御さんは知ってるの?」
「さぁ?『違うのか? そのほうがよかったのに』『やぁだ、どっちにしたって私の子なんだからそこそこにしかならないわよ』位言うんじゃないかな」
「……地獄かよ」
「笑うとこだよ?」
馨が家族の誰とも血縁がないのは昔彼から聞いた。昨晩は祖父母らが馨宅に前泊するというので、慎一郎も顔を出した。彼らは優しく穏やかで、そんな冗談を言うようには見えなかった。それとも高遠さんちのブラックはお家芸なのか、慎一郎は今日も笑うに笑えない。
「昔、馨さんたちに逢いに行ったら、――書類が一枚足りないって言われてね」
「ん?」
「双子なのも知らないのか、何も調べずにきたことに呆れられたよ」
慎一郎はふと思い出したように話し始めた。大阪へ余計なことをしに行った時のことだ。
「ふーん、馨さんだってなにも知らなかったんでしょ。兄たちが言うとは思えないし、どうせ自称種馬が行くとかでしょ」
交渉事は事前の情報収集と根回しが成否を握る。バカなのか、無鉄砲なのか。当然慎一郎もそれなりの場数を踏んでいた。馨もすぐに、慎一郎があえて調べてこなかったことに気づいた。
「ああ、『駄馬がそっち行くかもよ』とだけだったそうだよ。そこで聞くかどうか、聞かれてね」
「そう」
話したければどうぞ、という視線に慎一郎は軽く微笑み返した。あれほどきいて欲しかったのに、今は、いい。何もなく放り出されて、きちんと立っていられる彼。彼の娘も同じ様に一人で立っていられるだろう。その横に立てる、それだけで十分だ。
広間をまた眺め、そしてそのはす向かいの間に目をやる。そこでは大叔父らが祝言歌の予行に励み、慎一郎の母とその末妹が箏を合わせている。
「千晶さん、あの二人ってさ」
「…ふふっ」
慎一郎が意味ありげに尋ねると、千晶も意味ありげに笑った。
「ふふっ、百合子さんにも」
「百合子さんも恵美子さんも強いひとよね」
恵美子が直嗣の母で、百合子が慎一郎の母だ。母親たちに色々あっただろうことは想像に難くない。千晶が何を知っているのか、単に印象を述べているだけなのか。それを確かめたいと思わない自分。ルーツは本能か、アイデンティティは感情か。
ただ、何を打ち明けられても心は動かない。そんな確信を抱く自分は何かが欠けている。
諦めにも似た感情で千晶に微笑むと、千晶も伏し目がちに微笑んだ。
「ふふ、弟は伯父さんに」
「ああ、…え」
視線の先で慎一郎の伯父――慧一の姉の夫、と千晶の弟夫婦とが楽しそうに話している。伯父夫婦はお昔この敷地の別棟で暮らしていた。慎一郎の頭によぎった妄想を、千晶は面白そうに笑って流す。
凪いだ空気は気温の上昇とともに風になる。
「二人一緒に入ってくるのよね」
「ええ、一度玄関に回ってから、――」
「千晶さんちょっといいかしら。変わったお客様が高砂にいらしてるようですけど」
「ああ、仲人さん代わりです、タヌキは生涯番いますからねー。ささ、あちらでお茶でも」
「あれは両方オスじゃないの」
花嫁が到着してもすぐには始まらない。仕度を整え直すまで談話室で待つ段取なのに、皆が興味津々と広間にやってきてはあれこれと口を出す。経験者にお伺いを立てておいたのにこれである。
「今時の若い人は全く――」
「体裁ばかり整えてもねぇ。とにかく二人結婚してくれて、これでうちのが続いてくれるいいんだけど――」
「おばさま、今は多様性の時代ですから」
千晶と慎一郎はうるさがたの雷をやんわり避けつつ苦笑い。彼らも二人に期待しているから小言が出てくる――ということにしておこう。
慎一郎は言って聞く男ではないし、千晶は経緯に加えて職業イメージ――高慢で我が強いか、とんでもない変人、つまり面倒な女――が先行し、綻びにさえならなければよいと親族は諦め半分。
「みんな揃っちゃったね」
「ああ、誰の舞台だかね」
直嗣の伯父らも到着し、また一段と騒がしい。来訪の礼を言うのが精一杯だった慧一に代わり、千晶の父親が話相手を務めている。
*
「賑やかだな」
「……ええ、」
次郎は仏頂面の息子に声をかける。慧一はそのまた息子に頷いてから再び広間に顔を向けた。
直嗣も祖父と父の視線を受け、実母と慎一郎の母に千晶の母、郷里から駆け付けた祖母と伯父二人らをまだ信じられない面持ちで見つめる。
幼少期から藤堂家には礼節をもって接してこられた。直嗣の母は母で、それ以上でもそれ以下でもない。だからこそ、成長するにつれ世間一般の偏見に戸惑うことになったのだが。
片や母方は世間一般の反応、つまり私生児を産んだ母を半ば勘当扱いだった。伯父らは東京に出たついでに時々様子を見にきてくれた。従兄弟らとは年も離れていて思い出はない。
直嗣が幼いころには帰ってこいとも言われたが中学進学とともにその声も消えた。
年初に彼女の強い希望で、直嗣と彼女は母の郷里に挨拶に行った。常識的な対応だったと伝えると母はほっとしていた。
「お母さん。お席はテーブルのほうが楽でしょう」
「ええ?」
「椅子に座ってくださいね」
「孫の晴れ姿ですよ、正座でなくてどうするの」
祖母は足腰を悪くしていてる。母は動きやすい留袖風のドレスをと提案したが、当人は式の間くらい和服で不自由はないと、誰の手も煩わせずに着替えた。
今はカウチに腰掛ける祖母と母と、頑なところはよく似ている。
直嗣も母も、祖母と会うのはもうこれきりかもしれない、口には出さないがそんな予感がしていた。
この婚礼は新郎新婦主催による、連絡をしてよかった、と、思う。
「遅いな、花嫁さんの気が変わったか、のう?」
「お爺様まで」
「はは、そこの男は喜ぶだろ、なぁ」
「来ますよ」
直嗣は兄たちの言葉に一瞬でもうろたえた自分を振り払い、頷いてみせた。
「これから、ですよね」
「ああ、」
今日は単なる節目、直嗣は襟を正し、兄と千晶と、その子らを見る。彼らは誰に何を言われてもぐらつかない。重圧も笑い飛ばす彼らに、敵わない、と思う。
「直、お前にはお前の良さがある。慎一郎は誰に似、誰の影響だか」
「僕らは僕らなりにやっていきます」
兄を目指さなくてもよい、むしろああなってくれるな、言外に滲む父の思いを直嗣は軽く流す。彼らのようにはなれない、けれど、彼らの荷を少し手伝うくらいのことはできる、決して口には出さないけれど。
「あの二人は相当変わってるからな。慧一、お前に似なくてよかったな」
「……」
慧一がそっぽを向くと、次郎と直嗣が目を見合わせて口角をあげた。
父と母は言葉を重ねてやっと今がある、自分と彼女も、たくさん言葉を重ねて今日がある。そしてこれからも。
*
「お着きになりました」
家来の声に、子供らが縁側から駆け下りてゆく。
バスから黒の引き振袖が見えると、直嗣はステップに足を掛け、褄を引き手を差し伸べる。甲斐甲斐しいとみるか、軟弱とみるか、世代で見方が分かれるのだった。
「あやちゃん、きれーい」
「なおくん耳まっかー」
子供らに揶揄われ俯き恥じらう二人を見守る人々。その笑顔のなかでやや黒い笑みを浮かべる男がひとり。
「…今日は何か企んでるの?」
「やりたいが脳卒中でも起こされちゃたまらないからね」
父親がひそかに花束贈呈を期待しているのはわかっている、だからやらない。弟夫婦もサプライズは好まない。
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