Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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願わくは

7.

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 千晶は後ろに背後霊をしょったまま、パウダールームへもつれ込む。

「あー。もう」
「あははっ、アキと誠仁はああいう時だけ仲がいいよね」

 せっかくの衣装も酒まみれで、白地がほんのりイエローとピンクとピーチに染まっている。慎一郎は顔と頭がまだらに白く粉まみれだ。千晶の息子からのプレゼントは箱を開けると音楽が、中身を取り出したときにびっくりが発動する仕様だった。

「千晶ちゃん、一人じゃ脱げないでしょ、お兄さんが――」
「じいの手は必要ありません」

 ドレスは首のうしろから腰まで胡桃ボタンになっている。千晶は手探りでボタンを外して――いく。
 手伝う手が腰のコンシールファスナーに掛かると、千晶はその手を叩き払いのける。

「しっし」

 背後霊は離れたかと思うと屈んで、ドレスの裾に入り込んだ。千晶は足で払うが、ヒールはもう脱いでしまっているのでたいしたダメージは与えられない。
(どうしてくれようこの大きなぼっちゃま)
 スカートはシンプルなAライン、ペチコートの裾にパニエが施され形を保っている。その下で暖かいものがシルクのストッキングのシームを登ってくる。

「ねぇ、この衣装用意したの誰?」

 下着はビスチェにガーターベルトが付いたアレ。透けてはいない。あとはヒモパンにストッキングのみ。胸から上と、背中も半分レースのデザインなのでビスチェなのは仕方ない。下はドロワーズと靴下でいいんじゃないのか。
 
「今日だけだもん♪ふんふふーん」
「……他にもあるの?」
「ふふーん」

 慎一郎は千晶のくるぶしを軽く掴み、そのまま脛をすうぅっと撫で上げる。腿に、そして素肌にふれ、ショーツの紐に指を滑り込ませた。さらっと撫でると、手を引いてスカートの中ほどを上に持ち上げる。やわらかな吐息がストッキングのベルトをなぞり、はみ、紐を引いていく。

「なにしてんの」

 千晶は膝をぎゅっと閉じる。しかしむっちりとした肉の付いていない千晶は肝心なところに隙間が出来てしまう。
はだけたショーツの下を二点三点とくすぐったさが触れてくる、閉じた境ギリギリまで鼻先が忍び込み――。

「汗かいたのにやめて」
「んーん?」

 閉じた脚を膝ごと抱えるように固められ身動きがとれなくなる。酔っ払いのくせに力は強い。スンスンとわざと匂いを嗅ぐマネ…であってほしい、そして境に舌が入りこむ。
 
「やめっ、おすわり」

 千晶はスカートごと慎一郎の首のあたりを絞って抵抗する。
 盛りの付いた駄犬も舌先に力が入る。ぺちゃぺちゃと音を立て――千晶も身をよじりながら締め付ける。濡れたシルクタフタは非常に気密性が高い。犬、もとい、てるてる坊主の中身は暑さと息苦しさに、膝を掴んでいた腕を弛め、足をぽんぽんぽんと3回叩く。ギブ。

「……」

 千晶も多少は学習能力がある、すぐに緩めず、暫し間をおいてから開放した。

「ふっ はぁ~」

 慎一郎は手をついて座り込む。頭を軽くふり、深呼吸を三回。

「やば、飲み過ぎか…トドくんもふらふらだ」
「どんなでも藤堂くんは藤堂くんよ」

 それを聞いて、慎一郎はふっと照れくさそうに笑うと、隣の浴室へ這いずっていった。手を伸ばしてシャワーのコックを捻り、頭から無言で冷水を被る。顔の白が流れると、耳と首と同じ赤みのある顔が現れた。
 
(今度は滝行か……どうでもいいから早く出てってくれないかな)

 千晶は目を瞑った男を冷めた視線で眺める。ドレスを脱ぎ、パンツのひもは結び直した。

「ふふーん、頭が冴えてきた、元気が出てきたよ」
「どこが」

 千晶は赤味の引いてきた顔を見つめたまま、足を延ばして爪先で股間をつつく。20パーセントってとこか? ぐにぐにと軽くこねるとすこし質量が増す。
 さらにつついて――足をひっこめる。

「(洗濯してもらうから)さっさと脱いで」

 慎一郎はベルトに手を掛け、前を寛げた。千晶はシャツの合わせにつま先を潜りこませる。めくれたシャツの下も白、その下にブルーが透けている。パンツとステテコ越しのシルエットを下から上につつっと足の親指でなぞり上げる。白いシルクサテンにソフトフォーカスのかかった白肌が衣擦れの音を立てる。上数センチ分を残して横にちらちらと触れて、また下からなぞる。
 
 肌に張り付いていた白と水色に空間が出来、藤堂くんが50%になったあたりで千晶は足を引っ込めた。

 慎一郎は物足りなそうに千晶と千晶の足と自らの股間を見つめる。まるでおかわりを強請る犬か猫みたい。

 千晶はタイル張りの浴槽の縁に腰掛け、ボディブラシを手に取り毛先を確かめる。やわらかめ。持ち替えて長枝の先で藤堂くんをつつき、ヒモを掛けようとしてみたり。70%くらいになったところでまた、やめた。
 慎一郎は千晶の顔を見上げ、少し首を傾げる。

「ご褒美は? さっきくれなかったよね」

(はぁ?)真顔で抑揚なく放たれた言葉は冗談にも本気にも聞こえる。そもそも慎一郎にとってのご褒美とは何なのか。千晶は頭によぎった想像――に粉を振りまき、火を付けて爆発させた。 

「見ててあげる、」

 千晶は足を組み替え、そして優しく微笑んだ。甘やかすとつけあがるだけの男にご褒美は不要だ。
 慎一郎はもう一度自らの股間に視線を落とし、また、千晶の顔を見上げた。どうしたらいい、そんな顔だ。

誠仁まあちゃんに来てもらう? あの人ほんとは見られたい願望があるみたいだし、仲良し二人で新しい世界を開拓するのもいいんじゃないかしら。それともルームメイトの――」

 慎一郎は力強く首を横に振る。千晶も慎一郎の苦手なことは分かっている。というか、千晶だって男同士の絡みは見たくもないのだが、そこは気取られないよういたずらに微笑む。
 
「ふふっ」

 千晶は思わせぶりに舌で上唇をすーっと舐めてみせる。何をどうしろ、とは言っていないし、うまくできたらご褒美あげる(はーと)とも言っていない。
 戸惑った様子の慎一郎に千晶は顎をしゃくって促す。

 見られることは平気な慎一郎も男としての自尊心は高い、一人で慰めるなど屈辱だろう。

 そんなことできるかって引っ込めて、立ち上がってじゃれてきたら蹴り上げて――と適当に考える千晶の目の前で、慎一郎はパンツを下げて藤堂くんを取り出し、よしよしと軽く撫でてから、千晶に向かって頭をさげさせた。ハーイ。

(えええぇ、やっぱり間違ったわ、何もかも)

 ああ、もう、っどうしてこうなるのか、千晶は目の前が真っ白に――なってほしかった。千晶は残念ながらおひとりさまの行為を見て愉しむ趣味はない、覗くのも遠慮したいほう。――当然、目の前の男がそのことに気づいていない訳がない。
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