Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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願わくは

5.

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 慎一郎が気づいたときにはもう大半の人間が目にした後だった。

 室内の一角で流れるスライドショーは当事者なら決して選ばないだろうというふざけた写真の数々だった。公序良俗ギリギリに、コスプレから雑な切り張りまで。申し訳程度に表向きの経歴と取り澄ました写真が挟んであって、おふざけが際立つ仕様。
 BGMも酷い、キャッチーなメロディラインに乗せつつ歌詞が女々しいのや、偏執的に歪んでいる曲ばかり。

『この後ベッドからすすり泣く声が――』

 ギャラリーの端では千晶と直嗣と、旧友たちが楽しそうに盛り上がっている。引き攣った顔の慎一郎に気づくと、更に笑いが起こった。
 人の回顧録は、本人が隠したいことにこそ面白さが詰まっているそうだ。
 
『懐かしいだろ、テープから起したんだ』
『俺の記憶にはないが?』
『飛んだの?』
「よくできてるよ、ということにしておこうか直ちゃん」
『そうだね、僕らも兄さんの事情くらい理解してるから安心して、どんな姿でも兄さんは僕の兄さんさ』

 直嗣も逞しくなった。心も身体も厚みの増した頼もしさを嬉しく思いつつ、兄としては淋しくもあり。慎一郎はモニタのコードを引き抜きたいのをこらえて、笑みを返す。余裕で微笑む弟に大人気ないふるまいは見せられない。

 暫しの時間を耐えると、そのころ東京某所――の字幕に次いで、動画に切り替わった。録画しているとは気づいていないのか、ありふれた日常の一コマは、のぞき見をしているようなくすぐったさと、しかし、ごく自然な魅力にあふれていた。

『撮られちゃってた(てへ』
『おばさんも可愛い頃があったんだね』
『過去形かよ』

 慎一郎は沈黙を守る。自分の姿には平静を装った笑みを貼り付け、時おり混じる千晶のほほえましい――千晶のメンタルの前には汚点など存在しない――写真には目を細めて。
 


 一通り眺めてから、慎一郎は右袖と思われる悪友の元へ。なお、慎一郎と千晶が二人一緒に写った写真は一枚もなかった。

「時田くーん、ちょっといいかな?」
 千晶の娘を膝にのせてエールを飲んでいる誠仁の前頭部を掴む、クレーンゲーム的アイアンクロー。
「イタた、大人しくしてたでしょ」
「慎ちゃん、せーじくんをイジメないで」

 悪い子は大人でもお仕置きが必要だと説明する慎一郎に、話せばわかるでしょ、ぼうりょくはんたいと庇う娘。真っ当な発言に聞こえるが、問答無用と先制攻撃も辞さないのがこのラスカル。慎一郎の顔が更に引き攣り指に力が入る。

「僕たち仲良しだもんね、僕んちの子になっちゃう?」
「子供? んー、お嫁さんがいいなぁ」

 こてん、と小首をかしげる娘に、誠仁は慎一郎の胸からバラを抜き取って差し出す。

「じゃぁ早く大きくなってね」
「うん、待っててね」
 
「娘ちゃんさすが、そいつはお買い得だよ」
「時田、よかったな、おめでとう」

 娘と見つめ合った誠仁が、ゆっくり慎一郎を見上げ、勝ち誇ったように口角を上げる。傍にいた友人たちも手をたたく。但しイケメンを地で行く男と利発そうな少女の無邪気な微笑み合いは尊い光景である。

「は?」

 慎一郎はたまらず母親を呼び訴えるが、千晶は「なんか懐いてんのよねー、あの子の面食いにも困っちゃう」と困った風もなく流した。

「あこちゃん、せーじくんにもらったの」
「よかったねー、時田センセもよかったですよ、傑作wアーカイヴ
「でしょー、マム、そういうことだからよろしくね」

「よくないでしょ」

 千晶は憮然とした男を置いて、銀のバラを娘の髪に編み込んでやる。そして誠仁と娘が仲良くハーブクッキーを食べさせあっているのもスルー。

「誠仁なら安心だ、くらい言えばいいのにー、ねー」
「そうだよ、何も今すぐ取って喰うわけじゃなし? 僕は紳士だからね、早まってどこかのオニと一緒にならなくてよかったな」
「ですねー」

 誠仁は娘の髪を撫で、10年後が楽しみだと頬を寄せる。千晶たちは娘にたーくさん食べろと皿を回す。皆誠仁の好みをよくわかっている。

「悪かったって、あっちに適齢期のご婦人方がいるだろう」
「ちあきちゃんのオトモダチは、ねぇ?」
 
 千晶はだよねーと誠仁に頷き、慎一郎には面倒くさそうにこういうことは反対したら煽るだけだと諭す。

「オクタヴィアンもあと10年したら普通にオッサンよ、紅顔の美少年も今は昔――」
「こいつはタンホイザーだろ」
「ぶっ、ちあきちゃんは鶴髪すっ飛ばして散らかしてたよね」
「ふふ、お蔭さまでこの通り、島流しも悪くないもんですね。でも、男性型はどうなんでしょう。時田さんとこの大先生はぁ、ねぇ」
「それを言ったら御大も」
「……」

 千晶が誠仁の頭に目をやって不憫そうに口を覆う。誠仁は慎一郎を、ついでその祖父を見て、意味深に慎一郎、千晶へと視線を戻す。あんなことがあってもネタにできる二人の神経に慎一郎はついて行けない。

「おはげ? だいじょうぶ、あたしの髪あげるね」
「んーー、ありがと」

 娘に頭を撫でられると、誠仁は更に勝ち誇った笑みを浮かべる。慎一郎も微笑み返し、千晶も微笑み返す。

「これで当分独身貴族バチェラー気取ってられますねぇ」
「うふ、僕もう修士マスターだから。島流しの甲斐があったよね」
「すいませんねぇ、丁稚アプレンティスで」
「ふふ、僕もこの甘いミストレスの前ではただのスレイブだよ」

 千晶の娘が差し出したアニスクッキーを指ごと口付ける誠仁。千晶はハーブの食べすぎは毒だと笑い、誠仁はとうとうそっちかと囃す声も聞こえてくる。皆ノリノリである。ただ一人を除いて。

「っ、向こうで呼んでるから行こう、ここにいるとバカが伝染るからね」

 慎一郎は捨て台詞を残し、誠仁の手を払い千晶の娘を抱き上げ連れていってしまった。

「なにあれ、さっそく保護者面?」
「まぁちゃん相手だとムキになって、やーねー」
 まだアホになりきれない男に、誠仁も千晶も呆れ半分笑い半分。
「ハインリッヒ殿、高いのってどれ?」
 千晶がワインクーラーのシャンパンを手に尋ねると、誠仁は口角を上げyou betとウインクで返す。言葉少なく会話が成立するのは似た者同士。
「何々、ぼくも混ぜて」
「弘樹、モエだ」
「オーケィ、ピンクね。カーボンもあるかな」
 すっと二人の間に現れた弘樹、今日も絶妙なタイミング。意味に気づいた周囲も目を輝かせ、一緒に足取り軽く装備を整えに行った。

「やっぱ黒かなー」
 弘樹は来月離婚式を控えている、これで×2。千晶親子も呼ばれていてドレスコードは要仮装。ラスカルズはシーツおばけ(安価)。
「ビショップとかどう? 俺はドラキュラ」
「ジョナサン?」(※伯爵から妻を奪還する主人公、派生作品での扱いはモブ)
「……――いい人なんて結局人の人生をかすめてお終いだよなー」
「……ですねー、さ、センセも飲んで飲んで」

 千晶がノンアルコール飲料をグラスに注いで渡すと、誠仁は困ったように、でも、どことなく吹っ切れた顔で飲み干した。
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