Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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蓋然

春眠夜話(1/4)poo pee do とか言って喜んでんの5歳児かよ

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 それから数度椿の季節を迎え、桃と桜を待つある麗らかな日の午後、――ふっとまどろみを誘う陽気に慎一郎は頭を振り、電話を取り出した。

 
 更に数時間後、誠仁は慎一郎のマンションを訪れていた。
「ちょっと相談がある、内々で」
 かれこれ20年来の付き合いで慎一郎から相談事を持ちかけられたのは初めてだ。健康問題か? ビジネスか? エクソダスか? 取るものもとりあえず駆けつけた誠仁を待っていたのはアホみたいなおままごとの企みと、慎一郎お手製のごった煮ボルシチ

「なぁ、相談って何か一大事かと思えば。こんなことなら藤堂くんが俺のとこ出向くのが筋ってもんでしょ」
「まぁくんちだとお犬様ぷーすけが離してくれないじゃん」

 慎一郎はハンカチを取りだして、俺が? どこへ? とすっとぼける。湾岸線は怖いだの、鶴見川(※多摩川の西)は越えられないだと意味不明な理由を並べ、それから、君の姉さんを刺激したくないんだ、と付け足した。

 誠仁は現在実家暮らし、×バツもつかずに未婚。祖父に両親に姉夫婦と姪っこ、それから犬。両親と祖父は病院にほぼ泊まり込み、全員揃うことはまずないが、居るもの同士で仲良くやっている。バセット犬は姉夫婦の飼い犬だが、誠仁に懐いていて在宅中だと必ず視界に入ってくる。慎一郎がこの前やってきた時は誠仁の友達は僕の友達と愛想をふりまき、ズボンの腿と真ん中に染みをつくったが、それがどうした。慎一郎の靴にお土産を仕込んだ訳じゃない。姉38歳は二人目妊娠中、なんの偶然か長女と予定日が同じ。まさかね。

「ぷー助じゃないよ、ぺー太。なんだよ『~じゃん』て」
「まぁまぁ、夕飯まだだろ?」

 慎一郎との出会いは都内でも有数の私立小学校――、

 誠仁の家は病院規模こそ大きいが収入は一般的な勤務医と同様の専門職一家。元々は誠仁の両親も祖父母も、広く世間を知れと幼稚園は国際色豊かなところ、小学校は公立でと考えていた。そこへ学習指導要領の大幅削減が決まり、先行きを疑った両親が試しにと受験させた。いくつか受かった中で決めたのは系列の高等教育施設に医学部があったから。両親たちのいる病院が近かったのもある。
 片や、私塾だった時代からの塾生のご先祖さまを持つぼんぼんの慎一郎は、当然人脈作りのために入学。本人は『うちは大したことないよ』と言っていたが事業規模は二人の学年の前後では大きかった。
 生徒たちは(誠仁とは違って)育ちのよい坊ちゃん嬢ちゃんが多く、そのなかでも慎一郎は一際大人びていた。

『本当に~じゃんって言うんだね』
 何を話かけたのは忘れたが、彼が返してきた言葉は記憶に残っている。
 ~じゃんの起源がどこかは置いておいて、浜っ子をバカにしたのではなく、その砕けた調子に関心した様子だった。

 同じクラスで名簿順前後、言葉を交わす機会は多かった。
 ある日慎一郎が祖母の見舞いについてきて、それから彼の家に遊びに行って、彼が初めてうちに来たのは帰国後上級生との交流会の帰り、パウルが熱烈に歓迎して、

 ――澄ましているくせに遠慮のない奴だったな、出会ってしまったものは仕方ない。所謂ゆとり教育が二人の高校入学時で終焉を迎えたのも奇妙な偶然だったか。

 回想にふける誠仁の前に皿が置かれた。

 みっつに仕切られたプレート皿の、メインに鯛のマヨネーズ焼き(切り身に味噌とマヨネーズを塗ってオーブンで焼いただけ)とゆでただけの人参とロマネスコ(≒ブロッコリー)、サブに申し訳程度のヤングコーンとプチトマト(のピクルス)。

 付け合わせに不満げな視線を落とすと、無農薬の自然栽培だと笑顔で返された。

「皿は埋めようよ、パンとかないの? サワークリームは?」
「ああ、フルーツね――酒は好きなの飲んで」

 俺は今手が離せないんだ、と慎一郎はカウンターと棚を示す。なんと、揚げ物をしている。
 皿を埋める必要性を感じない、パーティションプレートは洗い物が少なくて済み、収納もかさばらず合理的、彩も赤緑黄色と揃い何の問題もない。そもそもスープには豆も肉も野菜も入っているので慎一郎的には完全栄養食。しかも誠仁は知らないが秘伝のタレ方式、前々日はミネストローネだった。

 誠仁は冷蔵庫周りを漁って、ヨーグルトとカレーパンを見つけた。デコポンとチーズも切って皿を飾る。ちなみに誠仁、当然というか手先は器用である。相変わらず料理はしない。出来ないのではなく、する時間がないだけ。

「なぁ、ものを頼む態度じゃなくない? 藤堂くんは昔っから強引でさ」
「お互い様でしょ」
「これちあきちゃんの代わりに全部飲んだら話を聞いてやらないこともないかもかも」

 取り急ぎでも手土産は欠かさない誠仁。ロッカーに置いていた薬草酒を持ってきたのは正解だった。
 レアもののニガヨモギ酒は貰いもので、いつか千晶にし返そうと思って取って置いたのだが、この悪友にこそ相応しい。 

 誠仁が予定通り3年で留学を終え帰国すると、すれ違うように千晶はフェリーで7時間かかる離島勤務になった。研修プログラムの一環だったのがそのまま、異例だが本人は何も苦にしていないのでよしとしよう。双子と猫も連れて、――それはそれで山のようなエピソードがあるが、またの機会に。
 誠仁や友人たちは視察だの応援だのと口実を作り手伝――遊びに出かけている。慎一郎も然り、定期空路もあり飛行機なら30分、手続きを含めても一時間半の距離である。
 それもあと2か月で本土帰京が決まった、その矢先のこと。
 そう、くだらない計画のターゲットは千晶だ。

 慎一郎は小言を聞き流し、泥緑色の液体の入った酒瓶を横目に、揚げたてのポテトを差し出す。

「ほら」
「うま、なんか懐かしいな、これむかーしさぁ」

 一口食べれば、誠仁の脳裏に公園の坂道が浮かぶ。ポテトの断面を見つめる誠仁を、慎一郎が満足そうに見つめる。

「とにかく頼むよ、ナツ君と仲いいんでしょ」 
「彼に断られたから俺に話を振ってんでしょ、俺もまだ命は惜しいんだよ」
「大丈夫だよ、俺が生きてるんだから」
 
 説得力のない笑顔ウインクとサムズアップ。薄っぺらいリアクションを向けられ、誠仁は頭が痛い、――以前のむっつりのほうがよっぽどましだった。
 
「慎ちゃんキャラ変わってない?」 
「時田君、人の本質は変わらないと思うよ。顕在化する部分が――」
「どうせならもっと面白いことしようよ」
「ん? 誰かさんは昔の機材集めてるんだって? 実家に戻ったのはあの診療所――」
「僕ちゃんこそ葉山にさぁ――」

 何一つ悪びれない悪友に、誠仁は大きくため息をひとつ。そして覚悟を決めた。

「あのさ、その前に慎とちあきちゃんってどういう関係なの?」
「オトモダチ」
「それは知ってる、だからさぁ」

 誠仁は口ごもる。寝た子を起こすようなことはしたくないのだ。
 
 慎一郎が新興企業の二代目三代目、老舗でも零細企業の跡取りなら問い詰めたに違いない。留学から帰ってきた誠仁はガキどもの顔を直接見て驚いた。男の子のほうは黙ってれば可愛い系、女の子のほうが――、どこか目の前の悪友の幼少期の面影があった。
 中身も、容姿と性格は似る、というのが誠仁の持論だが、この男に無邪気なフリを足したらあんな感じだろう。

「誠仁もアキの肩持つよね、何か弱みでも握られてるの?」

 そんな挑発には乗らない、彼女には色々知られているが、それをネタに強請ってくるタイプじゃない。

「ま、もしもの時はよろしくって言われちゃったからさ」
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