Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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必然

13.

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「ニーズならアキでも満たしてるのに」

 ホスピタリティで名高い大病院、誠仁の立場や役割は計り知れない。かね草鞋わらじをすり減らしてもいいひとに巡り会って欲しい、意外と寂しがりやっぽいし、と、ちょっぴり仏心を出して真面目に考えていた千晶は目玉ドコ状態。

「アキも同族嫌悪なんだろうけれど、誠仁は悪くないでしょ」

(はぁぁぁーーーあ?)

 脳内では某必殺時代劇のトランペットのファンファーレが流れているが、千晶は冷静である。目の前にあるのはお茶と寿司、お茶はシャツが染みになる、食べ物に当たるなど言語道断。植え込みのつつじにダンクするにはベンチの背もたれが邪魔、手元の割り箸をC2――なんでもない。

「…あーゆーなっつ?」
「I'm serious」
 
 誠仁もここに居合わせたら二人目配せをして頷き、この残念な男を川に放り投げてる。
「じゃ心を入れ替えて時田さんにアプローチしようかな(はぁと)」そんな冗談は口にするのも無理。誠仁も「ちあきちゃん? え~、ないでしょ、まぁ一度くらいならやってやれないことも――、べろんべろんに酔っておクスリ飲めば、あー、僕の心臓が先に逝っちゃうかも~(以下省略)」って言う姿しか思い浮ばない。

 千晶は呆れついでに、この男がどうしてこんなアホな発言をするに至ったかを考える。

『嫌い嫌い大嫌い』『ただの友達』そう言い合ってくっつく男女は少なくない。それはどちらか一方か双方が好意を隠しているから。
 二人とも、人の感情に機微だ。自意識過剰だろうと自分に向けられる好意は隠されていてもわかる。ハラスメントにごりごり抵触する発言も気が無いからこその軽口で、親切心もお互いに勘違いをしないと思えるから。
 
 慎一郎が二人の関係性を誤解しているとは思えない。男女のことが理屈ではないのも判っているだろう。千晶が身近な関係者との共有を生理的に嫌悪することも。誠仁が自分で手に入れたい、少なくとも慎一郎のお下がりなんてごめんだと思っているだろうことも。
(私も舐められたもんだわ)
 沸々と怒りが湧いてくるが、まだ冷静。誠仁不在の場で、千晶が答えられることは自分の気持ちだけだ。
 
 感覚の違いと言ってしまえばそれまで、そこを咎めても仕方ないことは千晶も気づいている。

 上流の考えは千晶には預かり知れない。それだけでなく、この不快感を咎める気も起きない位に、慎一郎の女性観はどうしようなもなく絶望的だ、と千晶は確信している。
 表面的な態度はよく訓練されている。だが、女性に何も望んでいないし、理解しようとも思っていない。
 ヒトの感情が読めないのではなく、読めても動かされないように訓練されたのだろう。高知能にありがちなロボット的な人間ではない。だが、何かが欠けている。
 
 これは千晶だって同じことか。病人や死に触れるには、ある種の自己防衛本能が鈍くなければ務まらない。
 
 何が欠けているのか、慎一郎がどうして何も期待しなくなったのか。千晶は突き詰めてぶつかる覚悟も、誰かと暮らす未来を願っていないだろう彼を変えたいという情熱も持っていなかった。

 なんにせよ、今はただのお友達。千晶は唖然とした表情を引っ込めた。

「……悪くないどころか、アレなのに目を瞑っても余りある方で、私が条件を満たしているなんておこがましい。あんなにお出来になる方なのにちっとも奢らず、謙虚で、素晴らしい方ですもの。私の生意気な物言いも大人の対応で受け止めてくださって、懐の深い立派な方。時々うざいのも、面倒見のよさの顕れ、前向きな強引さも人を束ねるにはなくてはならない力よね。欠点は私に正直すぎるところかしら、私にも外面で接してくれて構わないのに。これもひとえに私が女としての魅力に至らないばかりで――」

 千晶はすっと無表情になって数秒後、にっこりと微笑んで柔らかく言葉を紡ぐ。誠仁が心と裏腹なことを口にして表情が曇っていったのと逆だ。
 慎一郎は両手をあげ、物の例え、言葉の綾がズレたと、再びカップ酒を差し出す。
 千晶は瓶を受け取り、手のひらでくるくると回す。可愛らしい絵柄に罪はない。
 誠仁は遊びの守備範囲は広いが、ストライクゾーンは狭め。彼の理想は中背でショートカットのむっちりおっぱいちゃん。こんな時泣きながら怒って感情を露わにする子。医者に向いてるかといえば(略)。

「――私じゃ時田さんのウォンツにかすりもしないの。慎一郎さん、カサンドラってご存じよね、時田さんは人の気持ちに聡いかた。残念なことに機微な人には鈍い人が寄ってきてしまう。時田さん自身自覚してらっしゃるし、その結果どうなるかもよくご存じよ。時田さんが必要とするのは気持ちを共有出来る方、なにより時田さん自身が欲する相手でないと。お仕事でもプライベートでも、ニーズもウォンツもどちらも満たす方でないと、厳しいと私は思ってるわ」
 私はありえない、そして誠仁にも押し付けるな、を真綿にくるむ。こんな回りくどい言い方をするのは、自尊心の高い相手に配慮しているから。
 千晶の拒否感は伝わっている。慎一郎は再び降参と両手を向ける。

「条件なら私より慎一郎さんがぴったりに思えるわ、柔軟な発想が解決のカギになるかもしれなくてよ。お互いよき理解者ですもの、パートナーとして十分すぎるでしょ。七海はどうかしら…当人が良ければ私は祝福するわ、両親は付き合いに困るでしょうけど」

 いろんな意味でやっぱり無いだろう、どんな気分よ、をオブラートにくるんだ意趣返し(のつもり)。
 軽く笑うところなのに、納得したのか、いつもの無表情のまま軽く頷いた慎一郎。

「――なるほどね、じゃぁ、誠仁の好みについて確認しよう」
「…それは慎一郎さんのほうが詳しいでしょ」
「ああ、アキの視点からどうなのか聞きたい」

(それを聞いてどうする。ええと、?)

 千晶はひとの色恋に口を挟まない、慎一郎も同様に干渉しない人だったはず。
 大病院の長男、ある一定の方々からは引く手あまたの超優良物件。慎一郎にも仲介を頼む声はあるだろう。けれど、誠仁の家族は息子の意思に任せる、と特にせっついて無かったはずだ。本人に結婚願望があると言ってもまだ20代半ば。あと10年は余裕がある。
 誠仁も交流きっかけは求めても、一対一の紹介は避けていた。

 気が変わったのか、それとも――、いつものように感情の読めない顔の相手に問う。

「時田さんに頼まれたの?」
「いいや」

 信じたくはないが、やはり慎一郎の独断か、千晶は心の中でまた溜息をついた。
 慎一郎が誠仁の状況を詳しく話したとしても、千晶は反対しただろう。新しい出会いはストレスを強化する。
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