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いんたーみっしょん
5.
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「今日はコロッケ? 僕はとろろにしようっと、最近胃がもたれちゃって」
(どうしてボタンを押した後から声が掛かるんだろう。わざとだよね)
千晶はやれやれ顔で誠仁に券売機の前を譲る。この前とは違う駅の違う蕎麦屋である。
バイト上がりの今日は、これから夜の繁華街へボランティアでビラ配り、青少年健全育成条例的な啓蒙活動だ。ショーウインドのクリスマスの飾りつけが一夜で迎春へと変わる、こんな底冷えのする夜は温かいものが恋しい。
「入らないの、伸びちゃうよ」(※食券が売れると同時に作り始めてます)
「はぁ」
今日はゆとりのある店内のテーブル席で対面に座り蕎麦を食べる二人。
「卵あげるから」
「どうも、いただきます」
「いただきます」
「……」
(今日は静かだな、このひと。フラれ…はしないか)テニス布教も無い、いつもの軽さが引っ込んだ誠仁に首をかしげる。
「最終試験があるからね。ちあきちゃん進路とか決めてんの?」
「私は……免許もらえれば、できることも限られますしね」
「難しいよね。女の子…に限らないけどさ、やりたいことと出来ることは違うもんね」
少しの間が開いた意味に気づいたのだろう、誠仁は言葉を濁しつつもこういう所は本当に機敏だ。そして不必要に踏み込んでこない。お互い興味がないと言ってしまえはそれまで。
千晶の今日のボランティアも色々難しいよねといって頷き、気を付けてと言うだけ。
「……今日はあまりトゲがありせんね」
「これでも一杯一杯なの、僕も免許取れればいいだけなんだけどね」
卒業と大学での研修も決まった、残りは国家試験のみ。誠仁の大学も千晶の大学も国家試験対策はされない、受かって当然の扱いなのだ。万一不合格でも研修先はそのままで持ち越し、翌年合格すればいい。
ここまで挫折知らずの誠仁はその万一のネガティブに陥ってしまっていた。系列校から大学への内部進学率がほぼ100パーセントで世間からはエスカレータと揶揄されるが、医学部の学内推薦を取れるのは極一部の狭き門。
「そんなヤワいメンタルでしたっけ?」
「ガラスのハートだよ僕は、試験慣れしてないからさ。ちあきちゃんみたいに浪人…っぽくはないよね再受験…? 学士? んん?」
「……秘密。じゃ卵のお礼に、いいものあげます」
千晶は財布から細長い紙包みを取り出して渡す。
「何コレ」
「猫のひげと鞘ですよ。うちのこ。チャンスの前髪みたいなもんです」
「どうすればいいの」
「丸焼きにして煎じて飲むんです」(※嘘です)
「ふーん、ありがとう。ついでにちあきちゃんの下の――」
「一本につき上の毛100本と交換ならいいですよ、切らないで抜いてくださいね」
誠仁は髪をかき上げボリュームを確かめた。セクハラを加える余裕はでてきたようだ。
「200本あげるからちあきちゃんの心臓の毛を」
「なんですかそれぇ。気の弱い私に――生えてませんよ、そんなこと言ってると落ちますよぉ」
「……」
小首をかしげ急にしおらしく振舞い始めた千晶。
心臓だけでなく血管にも毛が生えている。慣用句を引っこ抜いて投げ捨てる、そのあつかましさに二の句が継げないという顔で誠仁は残りの蕎麦を啜って流し込んだ。
「ご武運を、明日は雪ですって。怪我無いように気をつけてくださいね」
捨てるのがもったいなくて財布に入れていただけの、猫のヒゲが本当にお守りになるらしいと知ったのはずいぶん後になってから、それくらい千晶はどうでもい…何も心配していなかった。
*
煎じて飲んだか定かではないが、誠仁は無事合格となった。そしてそのお祝いパーティになぜか千晶も呼ばれてしまった。
社交辞令だろうと当然丁重にお断りをしたのに、こういう機会は増えるから出ときなよと押し切られた。そのしつこさと強引さはある意味見習うべきかもしれない。
喉元過ぎればなんとやら、ガラスではなくスーパーボールのようなメンタルに、どっちにしても喰えないな、と渇いた笑いがこぼれた。
「ご卒業おめでとうございます。本日はお招きいただきありがとうございます。これ皆さんで、あとお口に合わないでしょうけど(棒)」
ご機嫌に出迎えた誠仁に、手土産の菓子折りとわざわざリサーチして買った酒を渡す。千晶も変なところだけ律儀だ。
綺麗なホテル――ではなく時田家。電車に揺られ80分、乗り換え2回。坂をのぼり、着いた広い家には驚かない。駅まで誠仁姉を迎えに寄越すと言われたのを遠慮しなければよかった。来るだけで疲れた、目の前の男の笑顔に更に疲れが増した。
「ありがとう、すっごい別人。綺麗だねぇ」
TPOというやつだ、面の皮の厚い千晶でもジャージで来る度胸はなかった。グレイピンクのシルクジャガードのワンピースは母親が縫ってくれたもの、ヘアメイクはあんまり気合をいれるのも、と髪はショートボブ風にまとめたら弟がダメ出しをしながら巻いてくれた。
「これ以上何も出ませんよ。時田さんはいつもいつもいい男ですねー(棒)あ、もうセンセイでしたね」
ふふんと鼻高々な顔に一ミリも心配しなくて正解。買ってくる酒を間違えた。
「見違えちゃったよ、記念に一枚――「嫌です」
まるっきり褒めてない流れを、千晶はにっこりほほえんでぶった切る。
「ちぇ、慎に送ろうと思ったのに」
「変な加工してキャプション付ける気でしょう」
慎一郎は来ていない、往復エコノミーと言ったら回線を切られたのだ。
「もっと気まずいとかそういうの無いの?」
(この絡み様…本当に祝って欲しい人は来てないんだ…)
「時田さんは? その葉書見せたい人がいるんでしょ」
「……」
千晶がつつくと、ちょっとだけ悲しそうな笑みを浮かべた。
(元鞘でもなんでも、早くこのひと相手を見つけてくれないかな、お嬢さん方も来て――うーん、違うなぁ)
ゲストの女性を物色する千晶の視線に気づくと、誠仁は首をふってから頷き「一人ずつ解説しようか?」と毒づく。他の招待客は誠仁の学部外の友人知人とその周辺、一度くらいは会ったことがあるかもしれないが、千晶が覚えている顔はいない。
「あはは、紹介するよ。ちあきちゃんのことはガールフレ…っと、慎一郎の名代ってことでいい?」
「…一人で大丈夫です、ほっといてください」
「いっぱい食べてってね。あとでゲームしよ、ハンデつけるから」
「いいけど、何も賭けませんよ」
「一枚ずつ脱いでくれたらいいよ」
「そんなに脱ぎたいんだ? やぁっぱり見られるの好きなんですね」
(…ポーカーで負けたの根に持ってるんだ、呼ばれた本当の目的はこれか)千晶の普段の心のままの表情から一転、無心の切り替えっぷりとはったりに乗せられた誠仁。もう2年以上の前の出来事だ。
かくして誠仁の遠縁はとりあえず飲み物にありつくと、周囲と卒なく過ごしていくのだった。
*
「ちあきちゃん同業は嫌なんだっけ」
挨拶だけで放っておいた千晶に再び誠仁が独り言のように声をかける。言外に滲んだ『いい男いただろう? グイっと行けよ、医者は省いてんだから贅沢いってんじゃねーよ』の圧力。
「ふふ、同業でなくてもセンセイって呼ばれる人はちょっと。ふつーでいいんです。皆さん立派な方ばかりで。ま、時田センセの前では皆霞んでみえますけどね」
「君もセンセイの予定だよ、フツーって普通のサラリーマンってこと? それだから男に逃げられるんだよ。もっと自己評価上げて理想も上げていかないと。釣り合わないで男のプライドを逆なでするの分かってるんでしょ」
千晶は普通の人がいい、忙しくなくて、朝晩一緒にごはんを食べられる相手。その普通がクズ兄弟と仲の良すぎる両親のせいで世間一般とはズレまくっているが。
「…友達にも言われますよ、医者か士業しかいないだろって、そのくせ性格的に合わないって」
「友達よくわかってんじゃんよ、いいひとなだけじゃ――」
以下これまでの付き合いを見てきたように言い当てる誠仁。おまけに友人に言われたことまできっちり言い当てる。エスパーかよ。
「最初からフィルターかけてたら見つからないよ、性格のあうヤツもいるから、多分」
「多分…」
「見つけたら奪いに行くんだよ、たまたま会うのが遅かっただけ。ちょっとバカなふりして甘えたらいいの、出来るでしょ」
「奪う…」
「可愛い子ぶれるのは今だけだよ。新生活でフリーになる奴も出てくるから、そこを――」
今日は誠仁のターン、正論にぐうの音も出ない、千晶の目が死んでいく。
「誠仁もオッサン入ってきたね、レディに説教なんてダッサ」
「…ありがとうヒロキさん」
「あっちでお寿司食べよー、ピザも焼けたって」
少し遅れてやって来ていた弘樹、他のゲストに囲まれていたのに今日も絶妙な間合い。ほんとうにすごいのはこのひとだと千晶も気づいている。
「じゃぁね、時田センセ」
弘樹に笑顔で牽制され、誠仁は自らの変化にはっとする。センセイか、と呟き姿勢を正した。
「昨日家に帰ったらジローが駆け寄ってきたの、ひしっと抱きしめちゃった」
「感動の再会、いいなー」
今は中部地方で一人暮らしの弘樹、昨日実家の猫と久々の蜜月を過ごしたと嬉しそうに語る。共通の話題は猫だけ。
「南出さん?」
「弘樹でいーよ、ぼくも千秋って苗字かと思ってた」
気を取り直した誠仁に姉夫婦を紹介され、確かに誠仁が以前言っていた通り人の好さそうな夫婦に感じた。話ぶりからは家族仲の良さも垣間見られ、誠仁の理想が高くなるのもまぁまぁ納得だった。
おまけに猫派らしい誠仁姉の夫と千晶の通う動物病院の獣医さんが同窓で、これまた世間の狭さに溜息をついたのだった。
ちなみ誠仁は姉から「まぁちゃん」と呼ばれていた。千晶はまぁちゃん24歳からナインボール二連勝(弘樹アシスト一回)で参考書と人間ドック(一泊二日)ペア無料券をゲット。今回も微妙な戦利品。
***
千晶が兄の研修終了パーティに同伴し、うんざりすることになるのは翌週。
(どうしてボタンを押した後から声が掛かるんだろう。わざとだよね)
千晶はやれやれ顔で誠仁に券売機の前を譲る。この前とは違う駅の違う蕎麦屋である。
バイト上がりの今日は、これから夜の繁華街へボランティアでビラ配り、青少年健全育成条例的な啓蒙活動だ。ショーウインドのクリスマスの飾りつけが一夜で迎春へと変わる、こんな底冷えのする夜は温かいものが恋しい。
「入らないの、伸びちゃうよ」(※食券が売れると同時に作り始めてます)
「はぁ」
今日はゆとりのある店内のテーブル席で対面に座り蕎麦を食べる二人。
「卵あげるから」
「どうも、いただきます」
「いただきます」
「……」
(今日は静かだな、このひと。フラれ…はしないか)テニス布教も無い、いつもの軽さが引っ込んだ誠仁に首をかしげる。
「最終試験があるからね。ちあきちゃん進路とか決めてんの?」
「私は……免許もらえれば、できることも限られますしね」
「難しいよね。女の子…に限らないけどさ、やりたいことと出来ることは違うもんね」
少しの間が開いた意味に気づいたのだろう、誠仁は言葉を濁しつつもこういう所は本当に機敏だ。そして不必要に踏み込んでこない。お互い興味がないと言ってしまえはそれまで。
千晶の今日のボランティアも色々難しいよねといって頷き、気を付けてと言うだけ。
「……今日はあまりトゲがありせんね」
「これでも一杯一杯なの、僕も免許取れればいいだけなんだけどね」
卒業と大学での研修も決まった、残りは国家試験のみ。誠仁の大学も千晶の大学も国家試験対策はされない、受かって当然の扱いなのだ。万一不合格でも研修先はそのままで持ち越し、翌年合格すればいい。
ここまで挫折知らずの誠仁はその万一のネガティブに陥ってしまっていた。系列校から大学への内部進学率がほぼ100パーセントで世間からはエスカレータと揶揄されるが、医学部の学内推薦を取れるのは極一部の狭き門。
「そんなヤワいメンタルでしたっけ?」
「ガラスのハートだよ僕は、試験慣れしてないからさ。ちあきちゃんみたいに浪人…っぽくはないよね再受験…? 学士? んん?」
「……秘密。じゃ卵のお礼に、いいものあげます」
千晶は財布から細長い紙包みを取り出して渡す。
「何コレ」
「猫のひげと鞘ですよ。うちのこ。チャンスの前髪みたいなもんです」
「どうすればいいの」
「丸焼きにして煎じて飲むんです」(※嘘です)
「ふーん、ありがとう。ついでにちあきちゃんの下の――」
「一本につき上の毛100本と交換ならいいですよ、切らないで抜いてくださいね」
誠仁は髪をかき上げボリュームを確かめた。セクハラを加える余裕はでてきたようだ。
「200本あげるからちあきちゃんの心臓の毛を」
「なんですかそれぇ。気の弱い私に――生えてませんよ、そんなこと言ってると落ちますよぉ」
「……」
小首をかしげ急にしおらしく振舞い始めた千晶。
心臓だけでなく血管にも毛が生えている。慣用句を引っこ抜いて投げ捨てる、そのあつかましさに二の句が継げないという顔で誠仁は残りの蕎麦を啜って流し込んだ。
「ご武運を、明日は雪ですって。怪我無いように気をつけてくださいね」
捨てるのがもったいなくて財布に入れていただけの、猫のヒゲが本当にお守りになるらしいと知ったのはずいぶん後になってから、それくらい千晶はどうでもい…何も心配していなかった。
*
煎じて飲んだか定かではないが、誠仁は無事合格となった。そしてそのお祝いパーティになぜか千晶も呼ばれてしまった。
社交辞令だろうと当然丁重にお断りをしたのに、こういう機会は増えるから出ときなよと押し切られた。そのしつこさと強引さはある意味見習うべきかもしれない。
喉元過ぎればなんとやら、ガラスではなくスーパーボールのようなメンタルに、どっちにしても喰えないな、と渇いた笑いがこぼれた。
「ご卒業おめでとうございます。本日はお招きいただきありがとうございます。これ皆さんで、あとお口に合わないでしょうけど(棒)」
ご機嫌に出迎えた誠仁に、手土産の菓子折りとわざわざリサーチして買った酒を渡す。千晶も変なところだけ律儀だ。
綺麗なホテル――ではなく時田家。電車に揺られ80分、乗り換え2回。坂をのぼり、着いた広い家には驚かない。駅まで誠仁姉を迎えに寄越すと言われたのを遠慮しなければよかった。来るだけで疲れた、目の前の男の笑顔に更に疲れが増した。
「ありがとう、すっごい別人。綺麗だねぇ」
TPOというやつだ、面の皮の厚い千晶でもジャージで来る度胸はなかった。グレイピンクのシルクジャガードのワンピースは母親が縫ってくれたもの、ヘアメイクはあんまり気合をいれるのも、と髪はショートボブ風にまとめたら弟がダメ出しをしながら巻いてくれた。
「これ以上何も出ませんよ。時田さんはいつもいつもいい男ですねー(棒)あ、もうセンセイでしたね」
ふふんと鼻高々な顔に一ミリも心配しなくて正解。買ってくる酒を間違えた。
「見違えちゃったよ、記念に一枚――「嫌です」
まるっきり褒めてない流れを、千晶はにっこりほほえんでぶった切る。
「ちぇ、慎に送ろうと思ったのに」
「変な加工してキャプション付ける気でしょう」
慎一郎は来ていない、往復エコノミーと言ったら回線を切られたのだ。
「もっと気まずいとかそういうの無いの?」
(この絡み様…本当に祝って欲しい人は来てないんだ…)
「時田さんは? その葉書見せたい人がいるんでしょ」
「……」
千晶がつつくと、ちょっとだけ悲しそうな笑みを浮かべた。
(元鞘でもなんでも、早くこのひと相手を見つけてくれないかな、お嬢さん方も来て――うーん、違うなぁ)
ゲストの女性を物色する千晶の視線に気づくと、誠仁は首をふってから頷き「一人ずつ解説しようか?」と毒づく。他の招待客は誠仁の学部外の友人知人とその周辺、一度くらいは会ったことがあるかもしれないが、千晶が覚えている顔はいない。
「あはは、紹介するよ。ちあきちゃんのことはガールフレ…っと、慎一郎の名代ってことでいい?」
「…一人で大丈夫です、ほっといてください」
「いっぱい食べてってね。あとでゲームしよ、ハンデつけるから」
「いいけど、何も賭けませんよ」
「一枚ずつ脱いでくれたらいいよ」
「そんなに脱ぎたいんだ? やぁっぱり見られるの好きなんですね」
(…ポーカーで負けたの根に持ってるんだ、呼ばれた本当の目的はこれか)千晶の普段の心のままの表情から一転、無心の切り替えっぷりとはったりに乗せられた誠仁。もう2年以上の前の出来事だ。
かくして誠仁の遠縁はとりあえず飲み物にありつくと、周囲と卒なく過ごしていくのだった。
*
「ちあきちゃん同業は嫌なんだっけ」
挨拶だけで放っておいた千晶に再び誠仁が独り言のように声をかける。言外に滲んだ『いい男いただろう? グイっと行けよ、医者は省いてんだから贅沢いってんじゃねーよ』の圧力。
「ふふ、同業でなくてもセンセイって呼ばれる人はちょっと。ふつーでいいんです。皆さん立派な方ばかりで。ま、時田センセの前では皆霞んでみえますけどね」
「君もセンセイの予定だよ、フツーって普通のサラリーマンってこと? それだから男に逃げられるんだよ。もっと自己評価上げて理想も上げていかないと。釣り合わないで男のプライドを逆なでするの分かってるんでしょ」
千晶は普通の人がいい、忙しくなくて、朝晩一緒にごはんを食べられる相手。その普通がクズ兄弟と仲の良すぎる両親のせいで世間一般とはズレまくっているが。
「…友達にも言われますよ、医者か士業しかいないだろって、そのくせ性格的に合わないって」
「友達よくわかってんじゃんよ、いいひとなだけじゃ――」
以下これまでの付き合いを見てきたように言い当てる誠仁。おまけに友人に言われたことまできっちり言い当てる。エスパーかよ。
「最初からフィルターかけてたら見つからないよ、性格のあうヤツもいるから、多分」
「多分…」
「見つけたら奪いに行くんだよ、たまたま会うのが遅かっただけ。ちょっとバカなふりして甘えたらいいの、出来るでしょ」
「奪う…」
「可愛い子ぶれるのは今だけだよ。新生活でフリーになる奴も出てくるから、そこを――」
今日は誠仁のターン、正論にぐうの音も出ない、千晶の目が死んでいく。
「誠仁もオッサン入ってきたね、レディに説教なんてダッサ」
「…ありがとうヒロキさん」
「あっちでお寿司食べよー、ピザも焼けたって」
少し遅れてやって来ていた弘樹、他のゲストに囲まれていたのに今日も絶妙な間合い。ほんとうにすごいのはこのひとだと千晶も気づいている。
「じゃぁね、時田センセ」
弘樹に笑顔で牽制され、誠仁は自らの変化にはっとする。センセイか、と呟き姿勢を正した。
「昨日家に帰ったらジローが駆け寄ってきたの、ひしっと抱きしめちゃった」
「感動の再会、いいなー」
今は中部地方で一人暮らしの弘樹、昨日実家の猫と久々の蜜月を過ごしたと嬉しそうに語る。共通の話題は猫だけ。
「南出さん?」
「弘樹でいーよ、ぼくも千秋って苗字かと思ってた」
気を取り直した誠仁に姉夫婦を紹介され、確かに誠仁が以前言っていた通り人の好さそうな夫婦に感じた。話ぶりからは家族仲の良さも垣間見られ、誠仁の理想が高くなるのもまぁまぁ納得だった。
おまけに猫派らしい誠仁姉の夫と千晶の通う動物病院の獣医さんが同窓で、これまた世間の狭さに溜息をついたのだった。
ちなみ誠仁は姉から「まぁちゃん」と呼ばれていた。千晶はまぁちゃん24歳からナインボール二連勝(弘樹アシスト一回)で参考書と人間ドック(一泊二日)ペア無料券をゲット。今回も微妙な戦利品。
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