Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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必然

16.

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 オトモダチ、ってなんだろう。千晶にも男友達はいる、女友達と付き合い方や距離感が違っても友達と呼ぶことに抵抗はない。疑問に感じるのは、友達とは違うと自覚しているからだ。
 こうして目の前に現れる男の、その姿に悪意や謀は感じられない。下心を持って寄ってくる男とも違う。何の裏もなくただ気まぐれにやってる猫みたいな犬。

 それからも二人は少しずつ、話をした。だからって劇的な変化は起きない、今までも取り繕った会話はしていない。 
「んー、美味しいよ。いかめしは胴、たこめしは足、これいかに」
「……、タコは吸盤で雌雄が――」
 慎一郎の出張土産の壺の隅をつついたり、古書店を覗いたり、街中のへんなものを見て笑いあった。
 千晶の家に酒をかすめる妖精が出没するとか、慎一郎の弟がとうとう幻覚をみたとか、他愛のない話はいくらでもあった。猫の身体に合ったご飯がまた終売になって困っているという千晶のぼやきから企業買収とその後や、慎一郎のお気に入りの靴下が変わった原因が製糸業者の廃業だったと知り、事業継承だのとか、まぁ周囲は呆れるような話の展開なのだけれど。
 平日深夜まで働く慎一郎を千晶から誘うことはなかったが、時々、息抜きになりそうな写真を送った。


 
「もうお肉は見たくない、あのソーセージもいらない」
「あはは、何でも食べられるっていいよね」
「褒めてないでしょ、美味しかったけど量が」
 ある日は慎一郎の職場チームのバーベキューに参加していた。本格的なハンバーガーを食べてみないか、そう言う話だった。差し入れに酒とチーズとフルーツを買った時点でおかしいと気づくべきだった。
 日本人に同伴のホームパーティは馴染まないと知った二時間半。千晶は何が何でも肉を食べさせたがるホストから逃げ出し子供と遊んでいた。
 ガタイのいい人々の陽気な食べっぷりと消極的すぎるお連れさまの温度差。しばらく縁遠かったシャイな女性ばかりを目の前にして、結局男はこういう女性を選ぶんだな、と納得してしまった。
「どうしてにくにくにく」
「今度モルディブ料理が食べられるパ――」
「行きません、港区界隈には寄りません」
 絶対会場は料理店じゃないだろう、千晶はもう食べ物には釣られないとそっぽを向く。


 そんなはちきれそうな胃をさすりながら、慎一郎が少し通った小学校を見た。門戸を潜れば普通の小学校、校舎の前に校庭と遊具もある。
「変わってないな、あの上が教室で、久しぶりの登校で緊張してたのに、普通に朝おはようだけで再開してね」
 留学経験者は多い。皆慣れたもので、話をせがむのは落ちついてから。
「え、藤堂君も緊張するんだ」 
「その言葉は千晶ちゃんに言われたくないね」
「どういう意味よ」

 制服を着ていたのは数人でそれも恥ずかしかったと、慎一郎は不貞腐れる。行事に着用指定があるだけなので、高学年になるにつれ、私服の割合が増えていく。
「制服って、ねぇ、アルバ――」
「プレップは見たでしょ、日本は制服も中身モデルも数段残念だから」千晶の趣味もアレだと薄々気づき始めた慎一郎は軽くあしらう。
 小学校の制服は黒のハーフパンツとノーカラージャケットとリボンタイ。女子はボックスプリーツのスカート、つまり無難。しかも成長を見越したサイズ選択。
「中学も学ランだっけ?」
「そう、普通の黒の学ラン。ボタンも同じ、(高校とは)校章と運動着の色が違ったね」
 これまたぼっちゃま方でも既製服がほぼほぼ、サイズの合ってない制服絶対許さない派の千晶はがっかり感を丸出しにする。

 慎一郎は大学が、ついで高校が楽しかったと言った。留学中のことはただ笑うだけだったが、その表情は悪くなかったと語っていた。

「私ももっと海外を見るべきかな、とは思うよ。家と大学の往復過ぎて」
「糧になるのは間違いないが、危険を冒してまで見る必要はないと言っておくよ。アキの場合、見ても根幹は揺るがないだろうから」
「なんだか、擦れ切ったわりに、危なっかしいって言われてる?」
「まぁまぁ」

 小学校の隣が通うはずだった一番古い大学キャンパス。教会は無いが、噴水や庭園に図書館や大ホール、どれも質実剛健といった趣がある。在学生より詳しそうな、慎一郎の勝手を知り過ぎた案内は、少学校時代から上級生との交流の賜物。

「16年は…確かに飽きるかもね」
「でしょ、たまたま受けたら受かっちゃったからさ」
「まだ言ってる、直嗣さんはここじゃないのかー残念」
「何する気なの、アキ見たら驚くだろうね」
 直嗣に千晶は元気かと尋ねられ、病院にいることが多いと答えたら、切なく複雑な顔をされたことは黙っていた。


 千晶の住んでいた街も見た。
 幼稚園は移転していて住宅が建っていたが、小学校と住んでいたアパートはまだあった。
「あれ、ひょっとしてちあきちゃん? おばちゃん――」
 商店街を覗けば、面影が残っていたのだろう、千晶一家を覚えている人々が声をかけてくる。慎一郎にも気さくに話を振る。
「懐かしいねぇ、元気そうでよかった。いつも兄弟で買い物に来て――」
「水曜日の夕方はコロッケが3個で100円でね、うちの男たちが買い物に行くとおまけのほうが多いの、もうね」
「わかるよ」

 幼稚園の建物も制服もお気に入りだったこと、お祭りで横笛を吹いたこと、そんな思い出を語りながら着いたのは、商店と住宅が入り混じった通りの雑貨店の奥。
 期待を裏切らないその建物の、今の住人は家庭菜園に凝っているようだ。アスパラガスとネギの花が咲いていた。千晶は懐かしそうに目を細める。

「いつまで住んでたの?」
「カズの高校入学で引っ越したから、小4ね。もう今の処のほうが長くなったんだなぁ」

 千晶は高校生活が一番楽しかったと言った。高校が一番利害関係なくいられた、と。大学生活は思ってたのと違うが、慣れたと笑う。
 小中は色々苦労はあったのだろう「まぁ、いいこともイヤなことも、全部ひっくるめて思い出だよね」と笑った、その瞳の奥は笑っていなかった。
「そのうち笑い話になるよ」慎一郎も深く尋ねずにさらっと流した。

 青果店で食べごろのソルダムとプラムを買い、店先の水道を借りて洗う。千晶から一つずつ受け取り、手の上で赤と緑の玉をくるくると回す。

「これからどこで暮らしても、最後に思い出すのはこの雑多な街かな」と千晶はくるっと回って呟く。
「自分の原風景か」慎一郎はプラムを齧る。
「考え事をする時は、あの曇り空の下が浮かぶんだ」

 寝食を共にする、それもまた特別な価値を持つのだろう。いつか見てみたい、千晶は言葉の代わりに北西の空を見上げた。
 橙と灰紫の空は雲一つなく霞んでいた。

 慎一郎は千晶の視線の先を追い、そして商店街を振り返る。うっすらと自然に上がった口角をごまかすようにソルダムを齧る。
「こっちの赤が好きだ」食べ比べた、ソルダムの果肉の赤紫を見つめる。
「私も」

 50円おまけをしてもらったプラムは皮が酸っぱく、ソルダムは果肉が酸っぱかった。
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