Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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必然

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 北窓の明かりのように日差しだけがなくなった、おだやかな春の夕刻。
 大学の建物から間隔を開けて少人数の集団が吐きだされてくる。そんな塊の何番目の紅一点が、植え込み横のベンチに腰掛けるスーツ姿の影に気付き立ち止まる。その影に塊の幾人かも覚えがあったようで、邪魔することなく「じゃぁなー」と通り過ぎていく。


 最後に会ったのは半年前、偶然道で会い、「猫が見たい」とそのまま家まで着いて来てご飯を食べ仕事をして帰っていった。
 
 今日は待っていたのか、来るなら来ると連絡を、と言ったら次があるようでいけない。どちらにしても、待つのも偶然会うのも大した違いはないんだろう。そう思う程度には彼の神出鬼没には慣れていた。

(何にしろ忘れたころでも無かったな)

 影、慎一郎も気づくと立ち上がり、「三か月ほど日本こっちで仕事をすることになった」とメディカルチェックを差し出してきた。

 千晶は反射的に手を出して受け取ってしまった。が、これはもしかしなくても『病気もない、また三か月だけよろしく』という意味だ。
 
「……清々しさに言葉がみつからないよ」
 
 ペラペラと3枚の紙を捲り、…特段所見も無し。
 
「だが断る。それに――これ普通の健康診断じゃない、しかも三か月前のだし」そう断って検査結果を返す。
 
「他はアキがチェックしてくれても」
「へー、棒でぐりぐり突っ込むけどいいの? 後も触診あるよ。私はタダの学生だから、免許のある…誰にやってもらおうか、ねぇ」
 
 わざと含みを持たせた言い方をしてみせると、悪びれる様子もない、相変わらず表情の読めない顔にほんの少し困惑の色がにじんだ。

「検査結果がどうこうより私にも学習能力ってものが少しは備わってね、ここで『うん』って言うほどアホではないのだよ」
 
 もう理由を付けて断るのはダメだと悟った。4年前と同じ轍は踏まない。

 タイミングの悪いことに千晶は今フリーだ。既に特定の相手がいると言えれば――あっさり退きそうでもあり、勝手に付いてきて『君はしばらく遠慮してくれるかな』位のことは悠然と言ってのけそうでもある。
 
(読めない、彼よりハイスぺ様にカモフラージュを頼む…は既に横の繋がりがありそうだし、いっそチビデブハゲ…は…ないな)

 嫌いじゃないけどここで絆されてズルズルと流されたら平穏な生活が遠のく。

 4年前は楽しかった。名前の付かない関係だったけれど、どちらの都合も尊重され、立場に優劣は無かった。お互いが自然でいられる相手だった。傲岸不遜なボンボンと可愛げのないマイペース女の組み合わせは思いのほか上手くいっていた。住む世界の違いは視野を広げ、別方向の考え方にも触れられた。主義主張を押し付けない態度とほんの少しの思いやりで期間満了を迎えた。

 ただの一度も『愛』は語らなかった。ばかばかしいほど何でもない関係だった。彼もなんの『未来』も約束しない誠実さがあった。今回もきっといい関係でいられるだろう。三か月、22歳なら割り切って遊ぶのもアリだろう。次は? いずれ帰国したら? 嫌いではないからこそ、かもしれない。

 彼は今も『住む世界が違うひと』でももう理由はそこではない気がする。 


「じゃあオトモダチでいいよ」

 ドヤ顔で言い切った千晶ハトの顔に笑って豆鉄砲を投げつける慎一郎クズ。開いた口が塞がらない。

(私断ったよね? ここで返ってくる言葉は、『そう、残念』で終わりだよね? せいぜい『気が変わったら連絡して』って付け足される位だよね?)

「無理。あなたが男女の友情を信じてるとは知らなかったよ」

『じゃあお友達から』このセリフを千晶は22年生きてきて初めてリアルで耳にした。それに使い方を間違っている。オトモダチからはじめましょう、または、あなたのことは異性としてみれないけれどこれからもいいオトモダチでいてね、と提案されてから返す言葉だ。英語でいうオトモダチにしてもこういう言い方はしないだろう。
 
『お友達』の定義を問うのは止めた、以前も曖昧な『友人』だったことを思い出したから。

「相変わらず真っすぐだね」

 クズは千晶の言葉を肯定せず薄く目だけで笑って受け止める。手にした缶コーヒーを開け、一口飲んでから千晶に渡してきた。

「とりあえずこれからバイトなの」
「じゃ、そこまで」

 交渉事に慣れていない千晶は、感情の読めない相手にお手上げだ。とりあえずバイトという現実に逃避した。
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