Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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いんたーみっしょん

4.

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「――頑張って、学生のうちにさ」あっという間だよ、誠仁の捨て台詞もどこか他人事で聞いていた。

 三年目ともなると毎日のルーティンに追われ、そういえばキャッキャウフフな大学生生活を夢見たことがあったのも忘れていた。都心のキャンパスを楽しんだのは最初の半年だった気がする。空き時間にカフェに行ってみたりしたのは――。
 いつでも行ける、そんな安心感か。
 ちょっと街中を歩き、庭園や美術館に行き、図書館に行くのも徐々にままならくなってきたけれど、別にどうってことはない。ままならないのは千晶はじめごく一部だけで、スポーツに遊びにと疲れも見せないほうが大半なのだけれど。

 家に帰って猫がいる、わがままで気まぐれに寄ってくる。ちょこっと美味しいものを食べて、寝れば十分だった。
 


 5月の大型連休中日。
 高校時代の友人が居酒屋でバイトを始めたというので同級生数人と冷やかしに集まった。仕事帰りのサラリーマンが集う個人経営の赤提灯に不似合いな学生5人。

「大学生活、なんだかもっと遊ぶ予定だったのに、遊ばなくても平気な自分がいる」
「高校の時にそこそこ遊んだからじゃない? 車も金も無かったけど楽しかったし」
「大学生ってもたいして変化なかったうえに、20歳過ぎたらつまらなくなったな」
「わかる、制限があったほうが工夫して楽しめたよね」
 ぽつりとつぶやいた千晶に、充実しているはずの他も同意する。悪いことをしたら名前が載る、そんな素行不良もない彼らでも、大人の自覚と責任感が芽生えたのか、単に枷がなくなってつまらなくなったのか。
「俺はまだ楽しいよ」3月生まれだけが異を唱える。

 卒業後も相変わらず――誰も恋愛関係に発展せず気安さと遠慮のなさが深まっていた。男手と女手を必要な時に貸し借りしあえる、持ちつ持たれつな関係でカレカノを連れてくるような野暮さもない。
 そんな気の置けないという言葉がぴったりの同級生達が会えば変わらずに、遊び、食べ、飲み、話題にも尽きることがない。
 不定形に集まる仲間は今日は男3女2。

「遊ぶって流行りのカフェでお茶することか? おしゃれしてヒルズのバーで飲むことか? サークルで合宿か? 高遠は欲しがりじゃなく好奇心旺盛なだけだからね、どうせどこも一二度行って雰囲気を知って満足したんだろ」
「日野、するどいねぇ」
「サークルったって大体飲みサーだもん。センセイ方の話のほうがおもしろいし、あ、路上調査手伝わね? コーヒー位奢るよ」
「でも千晶最近地味すぎ、たまにはおしゃれして出掛けようよ」
「お、飯島またフラれたん?」
「はぁ? 振られたんじゃなくて振ったんですー、部屋が片付いてるの、なんでだったと思う? ママが通ってきて――」
「まぁまぁ。まだ行ってないところにとりあえず行っとけば、今だけよ時間があるのは」
「時間はあるけど金が無い、それが問題」
「俺はもう就活、で、来年遊ぶ」

 誰が何を言ったか、もうどうでもいい。他愛もないネタから、経済だの教育格差だのを憂いつつ夜のバイトやら春をひさぐ話に脱線したのち、成人年齢だのとまた真面目な議論もし、どこまで彼彼女に就職先を配慮するかとか、そんな将来も語ってみたり。

 遊びや趣味ならもっと気の合う友人も出来た、自分を高められる人との出会いもあった。それでも利害のない人間関係は貴重だと気付き始めた卒業後三年目。



 ゴールデンウイーク後半に両親はやっと車で帰ってきて、家族で久しぶりに動物園へ行った。千晶と弟が運転し、往き帰り助手席に座った父親はサイドブレーキを握ったままだった。
「寿命が3日くらい縮んだよ」
「誤差」
 父親にツッコむのは兄弟の仕事だ。



 秋、千晶の元へまた葉書が届いた。
 芝生の上で大きい黒茶色の犬とサバトラの猫クラシックタビーが少し離れて同じポーズで寝ている写真。
 千晶はちょっと笑って、またクッキーの缶に仕舞った。



 家の猫もいつのまにか同じポーズで寝ているようになったっけ。真夏だけは一匹ヘソ天で伸びていたひよも、ベッドで丸くなって寝る季節になった。そこへぽすっと収まるように寝るブラン。
 仲善き二匹に千晶は目を細める。もう焼きもちは焼かない。



 遊ばなくても、何もなくてもいい、それでも誘われれば出掛けていくだけの気力と好奇心は残っていた。
 
 一時の彼氏優先から再びフリーになった女同士で気楽に遊びたい時だけ、夜の街にも出掛けた。千晶の女友達は顔立ちや服装は派手だったりするけれど、中身はしっかりしている。ナンパ目的の――女性は低料金かタダ同然のお店には行かなかったし、結果おごられることはあっても、それ目的で声が掛かるのを待つこともない。あしらい方もうまくなったかな、と千晶は思う。

 男友達に指摘されたように千晶は一二度行ってどういう場所か理解すると興味は薄くなる。特に夜の街の流れは型にはまり始めると、自分から行きたいと思える程魅力的には映らなかった。その店の常連や顔役とお近づきになりたいとは思わないし、特別扱いされるのも苦手だった。人から言わせたらつまらない人間なんだろう。

 若くてそこそこの見栄えの千晶とその友人達とを、人々はただの傍観者に捨て置いてはくれなかった。獲物を探す目。タバコとは違うニオイ。

 同性のシビアな目でみれば未成年とおぼしきキャバクラの見送りに、客引き、スカウトにナンパ。そして誰もが手にした携帯電話で人を待つ。
 都会の暗部って程じゃない、ごく日常の夜の街の一コマ。
 交差点ひとつで驚くほど雰囲気の変わる通り。

 帰る家が無かったら? 家に帰りたくなかったら? 何もなく放り出されたら? 一人で淋しくなったら? ここに居場所を求めるのだろうか。

 普通に暮らすのは思いのほか難しいのかもしれない。
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