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いんたーみっしょん
3.
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そうして月日は流れていく。
千晶は変わらず週末だけホテルでバイトを続けていた。
暮、千晶がクロークで荷物を預かっていると見知った男の子がやってきた。まだ着慣れない、いや貧弱な体形がスーツに合っていないのか、外の寒さで身体がこわばってしまっているのか、動作もややぎこちない。無愛想な顔で脱いだコートを差し出してきた。
「お預かりします。コートだけでよろしいでしょうか」
「うん」
「浮かない顔ですね、パリピの代表でしょう」
事務的に番号札を渡してから、千晶はハンドサイン付きのポーズを決めて見せる。仮面浪人決めての追い込みかと揶揄うと、慎一郎の弟、直嗣は面倒くさそうに首を鳴らす。
「ああいうのは一部だから……苦手なんだよこういうの。兄さんがいないから俺がひっぱり出されて、今までは内内だけだったのに、てか敬語キモ」
「勤務中ですから、直嗣さんもおつとめがんばってくださいね」
「仕事か、そうだなー、あーあ時給1000円でもいいから欲しい」
「現物支給されてんでしょ」
「おばちゃん相変わらず厳しいな」
「弟ちゃんはまだオレンジジュースだもんね、お酒は二十歳になってから」
千晶はおばちゃん呼びを鼻で笑って返し、頭の横で手を振り舌を出して見送ると、弟は親指を下げて去っていった。
こんなことやってたらクビかな、まぁいいやと千晶が心の中で笑っている一方で、直嗣は相変わらずな千晶に口角を上げていた。
そして時々抜け出しては千晶に油を売りに来るのだった。
*
今年の桜は早い、そんなニュースが流れた翌3月。
「ちあきちゃん久しぶり、天蕎麦? 僕はコロッケにしようっと。こんなとこで会うとはね」
「すいませんねぇ女子力低くて」
(今日は家に一人だしと思ったのがマズかったかな、せめてうどん屋にしておけば……)
こんなところとは大学最寄り駅の立ち食い蕎麦屋の券売機の前、お忙しいサラリーマン御用達のお店。ボタンを押した千晶の横で声を掛けてきたのが誠仁。彼は去年から駅の反対側で一人暮らし中、もちろん行き来する仲ではない。ただ、行き会えば軽く会話を交わし近況を知る程度の仲ではある。
「座って食べようよ、やっぱり卵いいや、あげる」
「どうも、いただきます」
水も汲み、申し訳程度に置かれた椅子席へ座る。
「ねぇ、時々一緒にいるすっごいイケメン君はなんなの?」
「ええぇ、時田さんよりカッコイイ人なんているんですか(棒読み)」
誠仁の大学はここから西方向へ、東方向で来る千晶達と数駅すれ違う。どこかで見られていたんだろう。割と観察眼の優れてそうなこの人にも姉弟だと思われないのか、昔々は千晶のほうが可愛いと言われたのに時間は残酷だ。
「ちあきちゃん面食いってタイプじゃないよね」
「…今度は誰のこと貶してるんですか」
千晶だって見栄えのいい男は好きだ、見るだけなら、中身は大抵アレだから鑑賞で十分。隣で優雅に蕎麦を食べる一見優し気な好青年がいい例だ。
「…まぁいいや、ちあきちゃん運動は? 結局部活入ってないんだよね」
誠仁は5年で退部し、今日はこれからその送別会へ。これからは気楽なOB中心のサークルへ参加するからと来いと誘う。テニス好きはどうしてこう隙あらば布教に励むのか。
今まで適当に濁していた千晶も、負荷の続く運動が無理な体質なのだと白状すると、誠仁は仕方なそうに眉を下げた。
「でも身体は動かしたいですね、なんで運動部しかないのか最近わかってきましたよ」
「ああ、わかった? やらないと潰れるよ、他で発散してるんならいいけど」
「さぁ、どうでしょう」
珍しく真面目なアドバイスに千晶は困ったように首を傾げる。
「そういうタイプじゃないでしょ。来られるときに1ゲームだけでもしたらいいよ。仕事の合間の息抜き会だから。学部限定になっちゃうけどオトモダチ連れて」
もちろんスコートの子ね、ちあきちゃんはジャージでいいよ、と付け足す。
「やっぱりそこなんですね、今春からの子は素直な感じの子も多かったですよ。春からここでって嬉しそうに」
千晶は大学で新入生の入学準備説明会のお手伝い(報酬あり)の帰り。ここじゃないよ、とはうっかり言いそびれちゃった。
「それ目的じゃない健全なほうだから安心して。新入生は…5つも違うと難しいかな。来春はもう卒業だしね。あとは地方に賭けるよ。ねぇ、いい女が残ってると思う?」
「女からは『いい男は結婚してる男か恋人のいる男』って言いますけどね」
「女性もそうだね、いかに途切れたスキマをつつくか」
「略奪じゃないんですか、時田さんなら誰でも落とせるでしょ(続くかは別として)」
余計な一言は声には出してないが顔には出た。誠仁も皮肉で返す。
「まぁね、ほんとにいい女はちゃんとしてるよ、ちあきちゃんだってそうでしょ」
千晶がイケメンにも医者にも富にもセレブレティにも無関心なのはとっくに見抜いている。もっとうまくやれという意味だ。
「買い被り過ぎですよ、ともかく時田さんのことは応援してますから」
千晶は本心そのまま、誠仁にちゃんとした彼女が出来れば自分への八つ当たりが減るだろう、という自分かわいさから。
(それにしても同業で探してるっぽいけど合わなくね? それなりのお相手と結婚して要領よく遊びそうなのに、チャラい割に意外と貞実なの…いやいや心と下半身は別って)
「…全部顔に出てるの隠す気ないでしょ」
「私が言うのもなんですけど女性のお医者さんってちょっと性格が…時田さんと合わないでしょう(性格よしっているっちゃいるけど売約済みでしょ)薬剤師さんとかカウンセラーとか(のお嬢さん系)…だと下が付いてこないか」
「まぁね。姉がもう医者で結婚してるって話はしたよね、義兄は動物のお医者さんで――」
要約すると姉夫婦は人がいいので自分は経営をやりたい、祖父と父母も医師だから後継も含め嫁さんが医師なのは必須、だそうだ。
「昔は適当な相手でもいいと思ったんだけどね」
沢山の例を見聞きしてきた誠仁はため息をひとつ。祖母は内助の功のひと、昔は医者に嫁ぐなどわざわざ苦労しにくるようなものだった。それが今はステータスだの楽できると勘違いした女性が多すぎる、それに釣られる男も多いが、――と医療関係者の内部事情を小声でぶっちゃける。
「なるほど、適性ってありますもんね。ただ、ほんとに能力の高い女性は医者にならないと思いますよ、気立てがよくて賢ければいいじゃないですか」
「……」
誠仁はちょっと困ったように笑う。
(難しそうな条件と性格を満たした彼女がいたのに逃げられたのか……)
「ねぇ、浮気って――「さきっちょだけでも無理です、諦めて」
「……ほんの――「心がなくてもダメだから、諦めて」
「…もう「なかった事には出来ません、以上」
「……」問答無用と言葉をかぶせられ、誠仁は箸が止まる。様々な感情が行きつ戻りつ、まだまだ現実を消化できていない自分に気づく。隣では平然と食べ続ける女。
「お蕎麦伸びちゃいますよー。時田さんは好みと好かれるタイプが違うから大変そうですね」
「どう見えてる?」
「我が強くなくて、けど引っ張ってくれる人。時田さんて男の人にしては人の感情に鋭いから、その内側を理解してくれるような。見た目は――健康的で色気のある、でもすっぴんだとちょっとかわいいひと、かな。
モテるのは他力本願お嬢さんか忠犬ハチ公的な?」
「ちあきちゃんは面白いね(棒)」
「生意気に調子こいてスミマセン」
全部自分にも返ってくる発言だとは思ってもいない千晶に、誠仁は含みのある笑顔を浮かべる。
「うまくいかないもんだよね。ちあきちゃんもせいぜい頑張って、学生のうちにさ」
千晶は変わらず週末だけホテルでバイトを続けていた。
暮、千晶がクロークで荷物を預かっていると見知った男の子がやってきた。まだ着慣れない、いや貧弱な体形がスーツに合っていないのか、外の寒さで身体がこわばってしまっているのか、動作もややぎこちない。無愛想な顔で脱いだコートを差し出してきた。
「お預かりします。コートだけでよろしいでしょうか」
「うん」
「浮かない顔ですね、パリピの代表でしょう」
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「勤務中ですから、直嗣さんもおつとめがんばってくださいね」
「仕事か、そうだなー、あーあ時給1000円でもいいから欲しい」
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「おばちゃん相変わらず厳しいな」
「弟ちゃんはまだオレンジジュースだもんね、お酒は二十歳になってから」
千晶はおばちゃん呼びを鼻で笑って返し、頭の横で手を振り舌を出して見送ると、弟は親指を下げて去っていった。
こんなことやってたらクビかな、まぁいいやと千晶が心の中で笑っている一方で、直嗣は相変わらずな千晶に口角を上げていた。
そして時々抜け出しては千晶に油を売りに来るのだった。
*
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「ちあきちゃん久しぶり、天蕎麦? 僕はコロッケにしようっと。こんなとこで会うとはね」
「すいませんねぇ女子力低くて」
(今日は家に一人だしと思ったのがマズかったかな、せめてうどん屋にしておけば……)
こんなところとは大学最寄り駅の立ち食い蕎麦屋の券売機の前、お忙しいサラリーマン御用達のお店。ボタンを押した千晶の横で声を掛けてきたのが誠仁。彼は去年から駅の反対側で一人暮らし中、もちろん行き来する仲ではない。ただ、行き会えば軽く会話を交わし近況を知る程度の仲ではある。
「座って食べようよ、やっぱり卵いいや、あげる」
「どうも、いただきます」
水も汲み、申し訳程度に置かれた椅子席へ座る。
「ねぇ、時々一緒にいるすっごいイケメン君はなんなの?」
「ええぇ、時田さんよりカッコイイ人なんているんですか(棒読み)」
誠仁の大学はここから西方向へ、東方向で来る千晶達と数駅すれ違う。どこかで見られていたんだろう。割と観察眼の優れてそうなこの人にも姉弟だと思われないのか、昔々は千晶のほうが可愛いと言われたのに時間は残酷だ。
「ちあきちゃん面食いってタイプじゃないよね」
「…今度は誰のこと貶してるんですか」
千晶だって見栄えのいい男は好きだ、見るだけなら、中身は大抵アレだから鑑賞で十分。隣で優雅に蕎麦を食べる一見優し気な好青年がいい例だ。
「…まぁいいや、ちあきちゃん運動は? 結局部活入ってないんだよね」
誠仁は5年で退部し、今日はこれからその送別会へ。これからは気楽なOB中心のサークルへ参加するからと来いと誘う。テニス好きはどうしてこう隙あらば布教に励むのか。
今まで適当に濁していた千晶も、負荷の続く運動が無理な体質なのだと白状すると、誠仁は仕方なそうに眉を下げた。
「でも身体は動かしたいですね、なんで運動部しかないのか最近わかってきましたよ」
「ああ、わかった? やらないと潰れるよ、他で発散してるんならいいけど」
「さぁ、どうでしょう」
珍しく真面目なアドバイスに千晶は困ったように首を傾げる。
「そういうタイプじゃないでしょ。来られるときに1ゲームだけでもしたらいいよ。仕事の合間の息抜き会だから。学部限定になっちゃうけどオトモダチ連れて」
もちろんスコートの子ね、ちあきちゃんはジャージでいいよ、と付け足す。
「やっぱりそこなんですね、今春からの子は素直な感じの子も多かったですよ。春からここでって嬉しそうに」
千晶は大学で新入生の入学準備説明会のお手伝い(報酬あり)の帰り。ここじゃないよ、とはうっかり言いそびれちゃった。
「それ目的じゃない健全なほうだから安心して。新入生は…5つも違うと難しいかな。来春はもう卒業だしね。あとは地方に賭けるよ。ねぇ、いい女が残ってると思う?」
「女からは『いい男は結婚してる男か恋人のいる男』って言いますけどね」
「女性もそうだね、いかに途切れたスキマをつつくか」
「略奪じゃないんですか、時田さんなら誰でも落とせるでしょ(続くかは別として)」
余計な一言は声には出してないが顔には出た。誠仁も皮肉で返す。
「まぁね、ほんとにいい女はちゃんとしてるよ、ちあきちゃんだってそうでしょ」
千晶がイケメンにも医者にも富にもセレブレティにも無関心なのはとっくに見抜いている。もっとうまくやれという意味だ。
「買い被り過ぎですよ、ともかく時田さんのことは応援してますから」
千晶は本心そのまま、誠仁にちゃんとした彼女が出来れば自分への八つ当たりが減るだろう、という自分かわいさから。
(それにしても同業で探してるっぽいけど合わなくね? それなりのお相手と結婚して要領よく遊びそうなのに、チャラい割に意外と貞実なの…いやいや心と下半身は別って)
「…全部顔に出てるの隠す気ないでしょ」
「私が言うのもなんですけど女性のお医者さんってちょっと性格が…時田さんと合わないでしょう(性格よしっているっちゃいるけど売約済みでしょ)薬剤師さんとかカウンセラーとか(のお嬢さん系)…だと下が付いてこないか」
「まぁね。姉がもう医者で結婚してるって話はしたよね、義兄は動物のお医者さんで――」
要約すると姉夫婦は人がいいので自分は経営をやりたい、祖父と父母も医師だから後継も含め嫁さんが医師なのは必須、だそうだ。
「昔は適当な相手でもいいと思ったんだけどね」
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「なるほど、適性ってありますもんね。ただ、ほんとに能力の高い女性は医者にならないと思いますよ、気立てがよくて賢ければいいじゃないですか」
「……」
誠仁はちょっと困ったように笑う。
(難しそうな条件と性格を満たした彼女がいたのに逃げられたのか……)
「ねぇ、浮気って――「さきっちょだけでも無理です、諦めて」
「……ほんの――「心がなくてもダメだから、諦めて」
「…もう「なかった事には出来ません、以上」
「……」問答無用と言葉をかぶせられ、誠仁は箸が止まる。様々な感情が行きつ戻りつ、まだまだ現実を消化できていない自分に気づく。隣では平然と食べ続ける女。
「お蕎麦伸びちゃいますよー。時田さんは好みと好かれるタイプが違うから大変そうですね」
「どう見えてる?」
「我が強くなくて、けど引っ張ってくれる人。時田さんて男の人にしては人の感情に鋭いから、その内側を理解してくれるような。見た目は――健康的で色気のある、でもすっぴんだとちょっとかわいいひと、かな。
モテるのは他力本願お嬢さんか忠犬ハチ公的な?」
「ちあきちゃんは面白いね(棒)」
「生意気に調子こいてスミマセン」
全部自分にも返ってくる発言だとは思ってもいない千晶に、誠仁は含みのある笑顔を浮かべる。
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