Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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3月

3.

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 両親はスーツケースと子供達が揃っている理由を聞かされ、に戸惑いと怒りと驚きと、ちょっぴり喜びを浮かべていた。
 
 してやったり顔の兄――費用の半分以上を兄が出している――と、複雑な心境の両親――家族で温泉一泊のつもりだったろうが、二人で飛行機と聞かされ勝手に休暇まで申請され――、そして他人事のように眺める姉弟は慎一郎に付け足す。

アレもほんとはサプライズで南極に送りたかったのに」
「南極より種子島でしょ、結局カズの一人勝ちじゃん」
「なんだ~お前らは~またくだらないこと考えてんだろ、100年早いんだよ」

 聞こえるはずのない小声にすかさず反応する兄。「あいつは声に出さなくても気づくんだよ、――」弟妹は兄の勘の鋭さを慎一郎に愚痴る。兄はそれすらも鼻で笑っている。
「二人とも大変だね」、慎一郎がそれだけ言うと、二人は分かってくれればいいんだよと頷いた。
 
「To do, what to do」

 おかしな一家のやり取りに何を感じたのか、時差ぼけで頭がおかしくなったのか、ちょっと壊れた慎一郎は無表情のまま、らしからぬダジャレを口にした。

「to do? トドのやることったら、喰っちゃ寝ゴロゴロ~でしょ」
「トド? ああ、オスはハーレムだよね」
「あーねー」

 のほほんと返した弟妹を、兄が残念な目で一瞥いちべつする。

「To die, to sleep―To sleep, perchance to dream―there's the rub―For in that sleep of death what dreams may come When we have shuffled off this mortal coil, Must give us pause―there's the respect That makes calamity of so long life― (Hamlet, Prince of Denmark - Act 3)

「カズの口から語られたら喜劇だね、インテリぶって嫌味ったらしい」
「要するにどうでもいいってことじゃない、高尚ぶっていやらしい。その人はせいぜいチョーサーだから、免罪符売りのクズ」

 慎一郎は三人それぞれの答えに目を細め、かるく口角を上げた。一方、弟妹はうんざりしたように自分の言葉で語らない兄を吐き捨てる。
  
「無教養な弟妹が済まないね、これも全て」
「浮世の慰め、ですね」
 
 なぜそこで兄と慎一郎の息がぴったりなのか、やっぱり面倒な二人は合わせると面倒だな、と千晶は再確認した。

「この人どっちの味方なの」
「同朋意識っての? いやーねー」

「負け惜しみか? 言葉なぞ皆誰かの受け売りだ、考えすらもな、さぁ学べ若人よ」

 なぜそこで兄と慎一郎が肩を組むのか、弟もげんなりだ。

「あーあ」
「綺麗にまとめちゃったよ」
「お兄様にはがっかりだよ、衣装も用意してたのに」
「国試浪人ってオチも裏切られるし」
「いくらなんでもそれはマヌケだろう、ほらほら」と合格通知のハガキを見せびらかす兄と、
 
 まだまだ兄に勝てそうもないと項垂れる弟妹と、

 そんなやり取りに苦笑する慎一郎と、少し離れてやっぱり苦笑する両親と。そんな春の日。




「おーいレオ、ローの借りて来たぞ」
「誰だよ」
「おっ、いいじゃん。ナツ、ちょっと」
 レオと呼ばれた兄は自分のガウンを脱いで嫌がる弟に着せ、友人が借りてきたデザインの違う法科院生のガウンを着ると、千晶に写真を撮らせた。

「…何この経歴詐称みたいな写真」
 兄弟で同時卒業かと思わせぶる写真、にただ呆れる妹、をほうっておく兄ではない。ちなみに院生の卒業式は前日に終わっている。
「千晶お前も着てみろ、もう一生こんな機会はないぞ……ってほらトド君も」
 もう一生を強調して千晶にも着せ、慎一郎も巻き込みながらホビットだの蝙蝠だのてるてる坊主だのといじくりまわす兄とその友人。そもそもなぜ千晶が院生のガウンを着させられる羽目になっているのか、ここでもお姉さん扱いにもう何も言い返せない。こっちのほうが似合う、司法試験に受かればジョークで済むじゃん、こいつは三構文でしか話せないから無理だの幼児かよと言われたい放題。
 かたや弟はタイミングよく逃げ、いじられもせず無傷で微笑んでいる。
 
 そうして更に違うガウンと、千晶も見たことのある顔、つまり慎一郎の友人が数人加わった隙に千晶は逃げ出し弟の背に隠れる。もう帰りたい。

「カズが学生に見えない件」そう一人で突っ込む弟に千晶は吹き出す。

 兄は予想を裏切り普通のスーツ姿だ。そう、皆普通のダークスーツなのにマフィアな兄と変わり者なその友人と他の賢そうな坊ちゃま連の差を生む何かが何なのか分からない。

「あのスーツどうしたんだろね」
「ロロかな、オネーサマに買ってもらったんじゃない」

 父親より格段良さそうな生地のスーツに千晶は飽きれた視線を送る。そして見た目はともかく、じゃれあって飛びついたりする集団の中身は中学生か小学生の様だ。
 
「…まぁ楽しそうだよね、修学旅行生と引率の不良教師の図」
「学生と客引き、これから花街へ」

 そんな光景にタイトルをつけて遊ぶ姉弟、と、どこまでも耳ざとい兄。

「いいだろ、学生最後だぞ」
「5留みたいなツラして言わないで」
「カズちゃん当年とって14歳」

 兄妹のしょうもない掛け合いにまた笑いが起きる。今日は男の子の箸が転がってもおかしい日。千晶にはとんだ厄日。
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