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11月
5.
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「時田さんたちは学園祭真っ最中でしょ、いいなぁ楽しそうで」
「めんどくさいもんあんな内輪のバカ騒ぎ。ちあきちゃんとこは堅実だよねぇ、見習わないと」
今日が最終日、金も人も集まると有名な学園祭だ。それなのにここに留まっていていいのだろうか。千晶の疑問は口に出さずとも伝わったようで「二人は去年も一昨年も逃げ回ってるんだよ」と慎一郎が答えた。
「あー、ね」
「納得されちゃったよ。ちあきちゃんも、あと5センチ背が低くて胸が5センチ大きかったら苦労しただろうね。僕たちのこと誤解してない?」
見た目はいいし、ヒロキさんもええとこの人なんだろう、ユーズド感たっぷりのカジュアルから漏れ出す育ちの良さ。周囲が放っておいてくれなくて大変だろうなと感じつつも千晶には他人事。持ち過ぎる苦労なんて解りようがない。
「…まんじゅうこわい的な? ネズミーのあと合コンしたって聞きましたけど」
「やだなぁちあきちゃん、交・流・会」
「へぇー」
「……」
千晶はどうでもいい体でコーヒーを飲む。慎一郎と弘樹も相手にしない。
「ねぇ、僕らのことどう思ってんの?」
「……(この人達も10センチ背が低ければ残念枠なのに)」
何を言わせたいんだろう、僕ら、誠仁だけでなくあとの二人も含めた聞き方がいやらしい。このなかで一番女性受けしそうなのは一見優しげなこの男。
千晶も優し気に微笑んでから、軽いため息をひとつ。
「あなたは落とすまでが楽しいタイプ、こっちは言い寄ってくる中から適当につまみ食いして御下賜、でそっちは来るもの拒まずで場外乱闘が絶えない感じ」
――と心の中で思ったけれど口に出すほどアホではなかった。
三人が留学中にハメを外したのは確かだろう。3年で車にも乗ってたそうだし。しがらみから解放されてやることはひとつ。三人とも北米の平均身長をクリアしているし、肉つきも姿勢もしっかりしている。彼らの容姿で人種的な嫌悪がなければ……、耳年魔で下卑た話題にも事欠かない環境にある千晶は、コーカソイドと日本人とのモノの差や行為の違いを聞き及んでいた。
帰国後がどうだったのか、主に行動心理と社会倫理とを鑑みて導き出された仮説が合っているかどうか確かめたい衝動にかられたが、千晶が女である以上、言われたほうは不快だろうし批判されているように受け取るだろう。
知的好奇心は自己防衛で抑えられた。
そもそも彼らは言われなくても自分で自分のことを理解しているように見える。千晶がこの場にとどまっていられるのも人間性は腐っているとは思えないから、そして三人の関係性も良好なのだと思えるからで。
「…お三方とも女性がほっとかなくて大変だろうな、とは」
「あはは、全部顔に出てるよ、調子こいたクズ三匹って。ちあきちゃんは男が逃げ出すほうでしょ」
無難に答えた千晶になんたる言いがかり。慎一郎と弘樹も眉を顰める。
「はいはい可愛げないですからねー、勝手に思い込んで勝手に幻滅して去っていきますよ」
そして次に連れてるのが5センチ背の低い子か2サイズ上のおっぱいちゃんなのまでが様式美。このひと見てたんじゃないのって位に千晶の神経を逆なでする。
「幻滅っていうより……そこまでわかっててさぁ、まぁいいや」
「時田さんはオイタがバレて逃げられるほうでしょうね」
千晶も相手にしなければいいのに、言い返すのはやはり似た者同士か。
図星だったようで誠仁が批難がましく慎一郎に視線を投げる。慎一郎は何も言ってないと首と手を振る。それを見た千晶が鼻で笑う。
「優しくて誠実そうに見えるから挽回しようがないって感じですかねー」
「言われちゃったね」
「……っ」
「アキ、一緒に出よう。今日は俺も電車で行くから」
追い打ちをかけるよう弘樹に肯定され、ぐうの音も出ない誠仁。
「タルトご馳走様です、じゃぁ」
「いってらー」
慎一郎は黙って荷物を千晶の手から取り上げる。千晶が目を合わせ礼を言う。そんな姿をぼーっと見ている誠仁と、呑気に手を振り見送る弘樹。
「誠仁、ツキは逃すなよ」
幼馴染の慰めの声に誠仁は手だけ振って応えた。
*
マンションを出ると溜息もついて出た慎一郎、誠仁が『らしくない』態度だったのは千晶にも分かった。「私に仲間を盗られた気分なのかも」と言えば腑に落ちたようだ。学閥の雄たる絆は排他的でもある。大学と小学校は共学だが、中高は男子校のみ、近代化のあおりで共学の中高一貫が新設されたものの主流は今も昔も男性中心だ。
そして大学生の集まりといえば居酒屋や大学近くの一人暮らしの部屋が定番だけれど慎一郎のマンションが解禁され――特に庶民を装ったりはしていなかったけれど住まいをひけらかすのは抵抗があったらしい。呼んでみれば皆落ち着いていて態度を変えるようなのは居なかった。それは慎一郎を安心させたし、再び招き親睦を深めることになっていった。
以前と付きあいが変わるのをよく思わない者がいる、それはアッパークラスに限ったことではない。ただ、千晶は一時的に離れても男同士のほうがいくつになっても友だちでいられるような気がすると思った。
「朝晩は冷え込むこんな季節だしね。人恋しくなるのかな」
耐え忍び春を待つ真冬より、寒さに移りゆくほうが身体に堪える。
「めんどくさいもんあんな内輪のバカ騒ぎ。ちあきちゃんとこは堅実だよねぇ、見習わないと」
今日が最終日、金も人も集まると有名な学園祭だ。それなのにここに留まっていていいのだろうか。千晶の疑問は口に出さずとも伝わったようで「二人は去年も一昨年も逃げ回ってるんだよ」と慎一郎が答えた。
「あー、ね」
「納得されちゃったよ。ちあきちゃんも、あと5センチ背が低くて胸が5センチ大きかったら苦労しただろうね。僕たちのこと誤解してない?」
見た目はいいし、ヒロキさんもええとこの人なんだろう、ユーズド感たっぷりのカジュアルから漏れ出す育ちの良さ。周囲が放っておいてくれなくて大変だろうなと感じつつも千晶には他人事。持ち過ぎる苦労なんて解りようがない。
「…まんじゅうこわい的な? ネズミーのあと合コンしたって聞きましたけど」
「やだなぁちあきちゃん、交・流・会」
「へぇー」
「……」
千晶はどうでもいい体でコーヒーを飲む。慎一郎と弘樹も相手にしない。
「ねぇ、僕らのことどう思ってんの?」
「……(この人達も10センチ背が低ければ残念枠なのに)」
何を言わせたいんだろう、僕ら、誠仁だけでなくあとの二人も含めた聞き方がいやらしい。このなかで一番女性受けしそうなのは一見優しげなこの男。
千晶も優し気に微笑んでから、軽いため息をひとつ。
「あなたは落とすまでが楽しいタイプ、こっちは言い寄ってくる中から適当につまみ食いして御下賜、でそっちは来るもの拒まずで場外乱闘が絶えない感じ」
――と心の中で思ったけれど口に出すほどアホではなかった。
三人が留学中にハメを外したのは確かだろう。3年で車にも乗ってたそうだし。しがらみから解放されてやることはひとつ。三人とも北米の平均身長をクリアしているし、肉つきも姿勢もしっかりしている。彼らの容姿で人種的な嫌悪がなければ……、耳年魔で下卑た話題にも事欠かない環境にある千晶は、コーカソイドと日本人とのモノの差や行為の違いを聞き及んでいた。
帰国後がどうだったのか、主に行動心理と社会倫理とを鑑みて導き出された仮説が合っているかどうか確かめたい衝動にかられたが、千晶が女である以上、言われたほうは不快だろうし批判されているように受け取るだろう。
知的好奇心は自己防衛で抑えられた。
そもそも彼らは言われなくても自分で自分のことを理解しているように見える。千晶がこの場にとどまっていられるのも人間性は腐っているとは思えないから、そして三人の関係性も良好なのだと思えるからで。
「…お三方とも女性がほっとかなくて大変だろうな、とは」
「あはは、全部顔に出てるよ、調子こいたクズ三匹って。ちあきちゃんは男が逃げ出すほうでしょ」
無難に答えた千晶になんたる言いがかり。慎一郎と弘樹も眉を顰める。
「はいはい可愛げないですからねー、勝手に思い込んで勝手に幻滅して去っていきますよ」
そして次に連れてるのが5センチ背の低い子か2サイズ上のおっぱいちゃんなのまでが様式美。このひと見てたんじゃないのって位に千晶の神経を逆なでする。
「幻滅っていうより……そこまでわかっててさぁ、まぁいいや」
「時田さんはオイタがバレて逃げられるほうでしょうね」
千晶も相手にしなければいいのに、言い返すのはやはり似た者同士か。
図星だったようで誠仁が批難がましく慎一郎に視線を投げる。慎一郎は何も言ってないと首と手を振る。それを見た千晶が鼻で笑う。
「優しくて誠実そうに見えるから挽回しようがないって感じですかねー」
「言われちゃったね」
「……っ」
「アキ、一緒に出よう。今日は俺も電車で行くから」
追い打ちをかけるよう弘樹に肯定され、ぐうの音も出ない誠仁。
「タルトご馳走様です、じゃぁ」
「いってらー」
慎一郎は黙って荷物を千晶の手から取り上げる。千晶が目を合わせ礼を言う。そんな姿をぼーっと見ている誠仁と、呑気に手を振り見送る弘樹。
「誠仁、ツキは逃すなよ」
幼馴染の慰めの声に誠仁は手だけ振って応えた。
*
マンションを出ると溜息もついて出た慎一郎、誠仁が『らしくない』態度だったのは千晶にも分かった。「私に仲間を盗られた気分なのかも」と言えば腑に落ちたようだ。学閥の雄たる絆は排他的でもある。大学と小学校は共学だが、中高は男子校のみ、近代化のあおりで共学の中高一貫が新設されたものの主流は今も昔も男性中心だ。
そして大学生の集まりといえば居酒屋や大学近くの一人暮らしの部屋が定番だけれど慎一郎のマンションが解禁され――特に庶民を装ったりはしていなかったけれど住まいをひけらかすのは抵抗があったらしい。呼んでみれば皆落ち着いていて態度を変えるようなのは居なかった。それは慎一郎を安心させたし、再び招き親睦を深めることになっていった。
以前と付きあいが変わるのをよく思わない者がいる、それはアッパークラスに限ったことではない。ただ、千晶は一時的に離れても男同士のほうがいくつになっても友だちでいられるような気がすると思った。
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