Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

文字の大きさ
上 下
44 / 138
11月

4.

しおりを挟む
 ほんの少し残った生ものとグラス類だけ片づけたリビングには昨日の名残がそこはかとなく漂う。結局何人来たのだろう、家主も全てを把握してはいなかった。
 テレビのニュースチャンネルをながら見しつつ、キッチンで二人が朝食にしようかという頃、彼らはやってきた。

 アポ無しはデスクで斬ってくれるが、今朝は昨日の流れでインターフォンが直接部屋に繋がるようにしたままだった。慎一郎がガチャ切りすると今度は千晶の電話が震えた。

「……誰だろ? 090――」
「……出なくていい、誠仁」 
「どうしたのかなこんな朝から。初めて掛かってきたんだけど。何かあったのかな?」
 
 千晶の心配を余所に慎一郎は「引っ掻き廻しにきただけでしょ」と言って、ロックを解除しに行った。
 

「ぐっもーにん、はいこれエッグタルト」
「マカオ?」
「はよー」

 誠仁と、その後からもう一人入ってきた。首を曲げ瞼を押さえつつ、眠そうな男は誠仁より慎一郎よりも少し背が高く、目元の陰影が印象的。

「そうそう弾丸、勝ったからお裾分け(はーと)ちあきちゃんは彼シャツとかじゃないのざーんねん」
「…おはようございまーす」

(朝っぱらから元気で心配したのがバカらしいわ)千晶は客人の対応を家主にまかせ、椅子に座り直す。

「長旅でお疲れのところわざわざありがとう。慣れた枕が恋しいだろうに」
「お茶位飲ませてよ」

 家主の態度がさっさと帰れ言わんばかりなのは、空港からここが客人たちの住まいとは逆方向だから。家主も席につくと、客人も家主の態度などおかまいなしで食卓につく。

「あ、おかゆ、ぼくも頂ける?」
「はーい、時田さんは?」
 動かない家主に代わり、千晶は食器を用意する。
「聞いてくれるんだ、やさしいねぇ。僕はコーヒーだけでいいよ」

「ぼく昆布が欲しいな、あと卵焼きのしょっぱいの」
 慎一郎も仕方ないと席を立ち、無言で缶詰の昆布巻きを渡し、コーヒー豆を挽き始めた。
「しょっぱいのね、えーと御出汁に、卵を」
(顔は一番洋風なのに和食派か)平たくない顔から遠慮のない声が掛かっても気にしないが、千晶は当てにされることを嫌う、次に会う機会があるかはわからないが頼まれて作った実績は不要だ。
「そこちょんとして、くるっと。上手ー」
「出来たねー」
 うまく褒めそやして自分で焼かせ、今は端っこを味見しあう二人に、コーヒーを淹れる慎一郎と見てただけの誠仁は、厭きれ半分になぁ、ああ、と目だけで同意した。

「やっぱり僕も食べる、あとお味噌汁飲みたい」
 ちょっと拗ねたような誠仁を誰も気にしないが、おかゆに味噌汁はいらない。
 慎一郎の視線を受けて千晶はフリーズドライの味噌汁を差し出した。
「えー、インスタントぉ、つくろうよ」
「どれにしますかー、いまならおまけにもう一つ」
「…ひとつでいいよ」

 渋々となめこを選んだ誠仁に慎一郎がお湯を注ぎ、4人は朝食につく。

「いただきます」

(変な光景…)

 昼や夜に比べて親密ではない相手と食べる朝食は、人見知りをしない千晶でも違和感がある。が、男三人は気にした様子もなく静かに食べている。そこは3年の年の差だ。

 時々ニュースについて呟いたり、昨日の来客について訊いたり。誠仁たちはマカオへ二泊、観光という名のカジノデビューを果たしてきたそうだ。
「そう誠仁がね、ぼくは見てただけ。面白いよ、目の色が少しずつ変わってくの」
「ちあきちゃん、社会勉強だよ」
 何か言い訳が聞こえてきたが誰も聞いていない。
「なにはともあれおめでとうございますー」

 食後におもたせのエッグタルトを一口大に切り、コーヒーを温めなおす。
「甘いけど美味しい」
「コーヒーに合うね」
 お味見にといいながらばくばく美味しそうに食べる二人。朝から甘いものを食べない慎一郎と誠仁は見てるだけでお腹いっぱい。
「ごまのお汁粉? おいしそう」
「慎一、このひとは?」
 話がマカオでの食事に移りしばらくして、三人目の男が何の脈絡もなくぶち込んできた。今頃かよ、と皆が心の中で突っ込んだが、千晶もきいてこないし、慎一郎も紹介するのを忘れていた。
「ああ、俺の生き分かれの姉、アキコさん。こっちは弘樹」
「どうもー」
「……どうも」
「ちあきちゃんは弘樹覚えてたの」
「誰かさんよりはー」 
 誠仁はむくれるが、千晶は状況的に気取らない友達だろうと判断しただけで顔は誠仁同様覚えていなかった、ちょっと間があいたのは別の理由、お姉さんってところだ。

「――そんなこともあったねぇ、あの時の? 雰囲気違わない?」

 誠仁がクラブで会ってることだけ説明すると、出来事は覚えていたが印象とは違うようだ。綺麗とカワイイの平均値の顔はよく言えば化粧映えがする。そして今はすっぴん。

(いや、だから問題はそこじゃなくて、お姉さんってトコに突っ込んでよ)

「まぁ、誰かさんも顔じゃなくて身体で覚えてたくらいですからね」
「やだちあきちゃんえちー」
「なにその話」
「座ってるときは気づかなくて、帰り際に立ったところ上から下までスキャンして思い出してんの」

 しかも前からだけでなく横に移動してジロジロと、と千晶が軽蔑混じりで説明すると、二人はああ、と頷く。いつものことらしい。

「骨格と左右の均整がさ、83?アンダー細めかな、Dはないよね。横からのお尻のラインも…パンツどんなの履いてんの、っと」

 その身振り手振りに三人が冷たい視線を送るとようやく本題に入った。

「今日はここに居ていい?」
「俺出るけど、出前はとらないでね」
「いいよ慎はいなくて。ちあきちゃんがお相手してくれるよね」
「私も所要がありますんで」

 慎一郎は内覧会と会合へ、千晶もこれからバイト、無くても帰るに決まってる。

「えー、今度っていったのにぃ」
「…今度はお化けにお相手してもらう番ですよ、ああ、お化けじゃなくてユーレイでしたっけ?」
「そこは生身じゃないとね、肌と――」
「誠仁の番号登録されてなかったよ」
「ひっど」

 面倒くさそうに対応する千晶に次いで、慎一郎も手で払う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

長い片思い

詩織
恋愛
大好きな上司が結婚。 もう私の想いは届かない。 だから私は…

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜

花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか? どこにいても誰といても冷静沈着。 二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司 そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは 十条コーポレーションのお嬢様 十条 月菜《じゅうじょう つきな》 真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。 「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」 「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」 しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――? 冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳 努力家妻  十条 月菜   150㎝ 24歳

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

処理中です...