Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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10月

2.

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 そして雨天の日曜日、トリコロールのバスケットボール片手ににこやかな男1、ネイビーのステンカラーのショートコート。
 感情の読めない男2、変わり織りグレーのスタンドカラージャケット。

 男1・2の対面、折り畳みの会議デスク越しに営業用スマイルを引っ込める黒いエプロン姿の千晶。そのまさか、だった。

「…ほんとに来ちゃったよ、ドレスコードを満たしておられない方はご遠慮下さーい」
「帰すなや、衣装はこちらで用意してありますんでどうぞ」
「ありがとね」

 前日も今日も雨で来場者はまばら、それでなくてもお客様はご近所さんと見舞客と関係者が大半なのだ。折角の一般客を千晶以外は大歓迎。

「ちあきちゃんこそ、ここはミニスカナース姿でお出迎えでしょ」
「…ぶっといのを刺されたいんですか?」 
「やだなぁ、僕はお医者さん役、実験台はこっち」

 千晶の男二人を見る目が、人に対するものからゴミに変わる。周りには人が居るのに真昼間から破廉恥なゴミクズ。ちなみに千晶のナース趣味は白ワンピよりエプロン派。どちらも見かけなくなって久しい。

「こちらパンフレットになります。ごゆっくりお楽しみください。ああ、出店は一店一品以上お買い上げくださいね。それからショーは一階カウンター前ロビーでお願いします。お帰りの際はぜひアンケートにご協力お願いいたしまーす」

 笑顔で抑揚なく告げ、さっさと行けと手を奥へ示す。

「…ショーって?」
「彼女が慎のことトドだって」

 ヘンタイお医者さんごっこ発言をまるっと無視した男2こと慎一郎の問に、男1こと誠仁はここでもしれっと惚ける。

「…そうは言ってませんよ、大丈夫ですか。100から7を引いていってみてください」

 100から7って?、誰にきくでもなく慎一郎が問えば認知症の検査だと答えが返ってきた。

「ふっ」
 二人の会話を無表情に流していた慎一郎の顔がついに崩れた。

「…どこで会ったかきいたら水族館てとぼけるからさ」

 仕方なく正しく答える誠仁。それを聞いた慎一郎が片眉を上げ、千晶を、次いで誠仁に視線を投げる。誠仁は慎一郎に頼らない千晶と、千晶を助けない慎一郎が面白くない。

「へぇ、で俺にアシカのマネをしろっての?」

「聡いねー、どっちが飼育員なのかわかんないですね」
「調教はちあきちゃんでしょ、でもそいつキバが生えてるから気をつけてね」

「それを言うならセイウチでしょ。
 思い出したよ。誠仁まぁくんも俺のこと舌ったらずなフリしてトド君トド君て呼んでたね」

(マー君ね)千晶の目の奥が勝利に光る。誠仁は足をひっぱったツレに向き直り矛先を変える。

「話を逸らせちゃって、アシカのまねなんてできないか、プライドが高いのはさ」
「「やーねー」」

「…息ぴったりだね」

 なぜ最後に千晶と誠仁が声を合わせるのか。取り澄ました顔を崩さずに一言返すのが精一杯だった。
 千晶がああいえばこう言う男二人が揃うと面倒くささ倍増と感じたように、慎一郎もこの似た者二人が揃うと厄介だと気づいてしまった。


「高遠、暇だし抜けていいよ案内してきなよ」
「私代わるよ、見るとこないけど」
 仲のよさそうな三人に同期が要らない気を利かせる。
「ありがと、それがこの人ナースの案内がいいんだってよ、葛西くーん」

 千晶ががっしり体育会系角刈り男に声を掛けると、誠仁が慌てて断る。

「やっぱり二人でいいや」
「あぁ、彼は理学のほうだった。え、いい? 二人だけで楽しみたい?」
「んなこと言ってないでしょ、僕らは可愛い女の子が」
「そんなー、可愛いのは言われなくても分かってますよー」
「……」
「じゃぁほらナース服をさ」
「あー、自分で着ちゃう系? この先をまっすぐ行って突き当りの左に、衣装を着て記念撮影できるコーナーがありますからね、(子供向けなんで)サイズが合うといいですね」
 着られなくてもナース帽や額帯鏡(頭のアレ)など小物があるから楽しめるだろう。
「…抑制帯もあるかな?」
「ああ、心の相談は三階ですよー秘密厳守ですからお気軽に」
「僕面割れてない?」
「ストッキング貸しましょうか」
「ふっ」まだやるのか、似た者同士の二人が一見にこやかに交わす掛け合いをどっちもどっちだと慎一郎は笑った。「ほら、誠仁が見たいって言ったんでしょ、行くよ」


「仲良くやってるんだね」
「立ち位置が絶妙なんだよねあの子、そこがさー」
「これからどう変わっていくのかな」

「……気になる?」

 誠仁の問には答えず、アウェイとぼやく割には周囲と馴染んでいる千晶を振り返り、先日の疑問をぶつける。ざっとした流れはきいていたが、教育内容を突っ込んできいてみると、言葉を濁しつつ誠仁は答えた。
「――立場に奢らないように徹底的に叩かれるよ、偏屈で自尊心の高い奴らばかりだし」
 学ぶのではなく訓練だと言われれば、千晶の感じている温度差のようなものが分かった。

「あともう一つ、非医業からって少ないの?」
「何、あの子本当に一般家庭なん?」
「誰って言ってない、男も少ないみたいだけど? 国立でしょ」

「慎の所は別枠としてさ、僕も詳しいことは知らないけれど労基も不可侵な領域だもの、どうせなら内情わかってるほうがやりやすいんでしょ。地方は人材不足で一般や女も採ってるってよ、国試通すのが大変らしいけどね。それでも家庭のサポート無しでは難しいんじゃね、特に女の子は。
 まー僕なら仕事は男だけでいいや、フィジカルもメンタルもさ向き不向きってのが――」
「でも、誠仁まだ諦めてないんだろ」
「まーね、自分でも矛盾してると思うよ、逃した魚は大き過ぎたね」

 自虐的な言い方に葛藤が滲む、誠仁の母も姉も医師だ。

「あー時田さーん、ごぶさたしてますぅ」
「どーもね」
「よかったら案内しますよ」

 少し憂いの陰ったように見えた顔も、黄色い声を軽くあしらう頃にはもう通常運転に戻っていた。
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