Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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9月

7.

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 いろいろ自覚が足りないのは千晶自身もわかっている、まだ腹をくくれてはいないが。

「甘ちゃんなのは自分でも分かってるんだ。同期は迷いはあっても覚悟は段違いだよ」
「一般家庭は少ないって言ってたっけ」
「同期90人で一般家庭の女子は私だけ、男子学生も6-7人って言ってた。最初に話がかみ合わなくて、先生にきいたらほぼほぼ医者の子だって。そういえば入試のときにほかの学科でもいいか聞かれたんだったよ」

「能力や適性のある合格者の親となると当然か、それでも一割未満…自分を棚上げして言わせてもらえば、学費の差からも国立の意義を考えるとどうなのか」慎一郎も眉を寄せる。

 二年次に社会人枠5名が合流するが、二度目の大学生活を送る余裕と覚悟のある人たちだろう。千晶の通った高校は進学校の前に一応とカッコがつく。国公立を目指した授業内容だが、ほとんどの生徒は私立大へ進学する。推薦を除いた国公立の合格率は二割、医学部を目指す生徒はまず入学しない。都立高は過去に学力平均化措置がとられたため、難関大を目指す生徒は中高一貫へ進む流れが出来上がってしまっている。専門の予備校にも行っていない千晶はかなりイレギュラーな存在だ。

「みんな能力は高いよ。私のほうがまぐれで受かっちゃってすいませんだから」
「はいはいまぐれまぐれ、学費が一桁違えば国立を選ぶか、医者でも皆が皆高収入って訳でもないだろう。
 俺の所は地域も家庭環境も…千差万別だから楽しいよ、こっちにしとけばよかったのに(二回目)」

「勘弁して」

 冗談なのか本気なのか、澄ました顔で挑発する顔にまた死んだ魚の目が返す。嫌なら辞めろとも、頑張れとも言わない。受験の時も、大変じゃねとは言われてもやめとけと反対する人はいなかった。
 
「どっちにしても、もうのんびり静かには生きられないだろうね。はい、特製ブレンド」

 テーブルの上に顔を横にして無表情に突っ伏した千晶の目の前に、ティーカップとジャムが置かれた。

(特製…) 目だけを慎一郎に向けると、いたずらそうな瞳と目が合った。
 ずるずると這い起き、恐る恐る口に含む。

「…美味しい」

 あっさりと香りよく喉を過ぎていく、ジャムと交互に頬張ると、千晶に笑顔が戻った。

「特製って?」
「教えない」

***

  大きなウールのまんまるベッドに大きな銀色の――もう雑巾モップとは言わせない――白毛の毛先に灰の混じった猫が手足を投げ出して寝ている。そこへ黒猫が歩いてきて、隣の同じ丸いベッドを素通りして銀色の猫の所へ行き、ぽすっと脚の間に収まった。
 銀色の猫は薄く目を開けただけでまた目を閉じた。黒猫は足元を踏み固めるよう身体を三度ずらし、最適な寝心地が決まると毛づくろいを始めた。

 その一連の動きを見ていた千晶は目をまるくして、隣にいた兄の腕をたたき示す。
 
 ああ、そうって顔をしただけの兄に千晶はがっかりして、風呂から上がったばかりの弟に告げる。

「大変! ブランがひよのベッドに自分から入って行ったよ」
「へー、よかったじゃん」
「だって、奇跡だよ」

 今までは銀猫が先住の黒猫に近づいていくだけで、黒猫から銀猫に寄りはしなかったのだから。黒猫を保護したのは千晶だが、銀猫を拾ってきたのは弟だ。

「ブランはひよがそばにくれば舐めてやってたくらいだもん、あとは時間の問題だったでしょ」

 大袈裟に驚くほどのことじゃないと答え、そっとニ匹を覗き込む弟。
 兄も二匹に近づいてそれぞれ頭を撫でてやる。

「でもいきなりだよ、ひよからは遠慮してブランがベッドで寝てても入っていかないのに」

 そんなの見てないだけで留守中はもう一緒に寝てたかもしれない、冷えてきたからブランはくっつきたかったんだろう、という現実的な弟。
「仲良き事は美しきかな。 おいひよ、お前もブランをペロペロしてやんな」
 兄も然り、ただ千晶だけが二匹が打ち解けて嬉しい反面、寂しく思うのだった。

「うわーん、あたしのブランがぁ」

「あいつ終わってんな」
「しっ」

 床に倒れこんだ千晶を救いようのない目で見る兄弟と、千晶などまったくお構いなしの猫二匹。
 もう季節はすっかり秋だ。
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