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9月
2.
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――よく寝た。
慎一郎が目覚め手を伸ばすと、隣は空だった。千晶がいると眠りが深くなるのか、朝まで一度も目が覚めない。慎一郎にしては長く眠り過ぎるともいえる。
時刻はまだ7時30分。起きてもいいし、休日なら二度寝してもいい時間だ。
なんとなく立ち上がり、寝室を出てリビングを覗くと、窓辺にその姿があった。
朝日のなか、マリンブルーを纏った横顔は少し俯いていて、声を掛けるのを忘れてしまう。
慎一郎はスマートフォンのスピーカー部分を抑えそっとその姿を撮った。
くぐもったシャッター音は千晶の耳にしっかり届いたようで、振り向きかけて、しゃがみこむ。
夏のリネン――麻の、慎一郎にはさっぱりとした気持ちのいいものだ。が、千晶には張りが強すぎたようで、引きあげた背中が赤くなっていた。千晶は不満を漏らさなかったが、そのまま抱き寄せて、背中に口づけた。
そして用意した青いシルクのフラットシーツ。
千晶はそれを器用に身体に巻いていた。
「どうなってるの?」
「ちょ、すぐ着替えるからあっちいって、コーヒー入ってるから」
一枚しか隠し撮れなかったぶん、よく見てやろうと近づいていく。首の後ろで結んだ、ホルターネックのイブニングドレス風。
「立ってくるっと回ってみてよ」
「いや、もう恥ずかしいから見ないで」
「何が、恥ずかしがるようなもんじゃないでしょ」
やわらかな布は二重になっていて、透けてはいない。所々身体のラインを拾っているのがまた一興。
恥ずかしがる千晶を見なかったことにはできないのか、からかうように見つめる。髪は下ろして左に寄せている、顕わになった肩と肩甲骨と腕に、しっとりとした青。普通にドレスだったら見せてくれるのか、もっとこうドレープを寄せて、そんなことが頭を過りいろいろ着せてみたい――、
いつも似たような服装の千晶をどうとも思ったことはない程度に女性の服装には無頓着で、日本の女の子は特に皆似たような髪型に化粧と服装で彼女らの努力は空しく記憶にも残らなかったのに。
誰かが『脱がせるために服を贈る』と言った意味がわかった。
「笑わないで、忘れてよ。もう」
「そうじゃないよ、アキが可笑しくて笑ったんじゃないよ」
一方の千晶はまるでこそこそ隠れて母親の服や化粧品を使って遊んでいた子供が、当人に見つかったときのように居たたまれない――いつもこざっぱりと流行りとは無縁の服装の千晶も、おしゃれに興味がないわけではない。既成のサイズが合わなくて諦めてるだけでちゃんと憧れはある。
シャワーついでにシーツを持って出るつもりで身体に巻いたら、とても肌ざわりが良くてなんとなく――二重に折って背中から巻いてパレオみたいに前で重ね首のうしろで結んでみたのだ。
「じゃぁ何よ」
「いいから立ってくるっとしてみせてよ。してくれないとベッドへ戻すよ?」
「どっちもやだ」
「それでは一曲、お手をどうぞ」
慎一郎はしゃがみ込んだままの千晶の両手を取って立たせる。手を組み替えて「左足からね」リードする。
「パンイチの紳士に言われても」
「下は見ないの、目線はこっち」
3/4拍子のロックナンバーをゆっくり鼻で歌いながらリズムを取る。躓きそうになりながらも千晶がなんとかついていくと、サビの手前で手を持ち上げくるっとターンさせた。
ふわっと裾がひらめく。
満足そうに微笑みを浮かべる慎一郎――に、今日もこいつの手のひらで踊らされたのかと千晶は苦々しそうに再び膝を折った。
結局また座り込んだ千晶は抱えられてベッドに逆戻りすることになった。
「とにかくシャワー浴びるつもりだったの」
「じゃぁ一緒に」
「やーだー、それよりまたジョリジョリするんだから、先にひげを剃ってよ」
「どうしようかな」
羽交い絞めにして頬ずりをする。「大人しくしてたら剃ってこようかな」
「うーそー、どうせすぐ剃るとは言ってないって」
「ははっ」
そんなくだらない攻防に慎一郎がとても楽しそうに、まるで修学旅行の夜の枕投げのように無邪気に笑う。
「ブルーも似合う」
ベッドにあおむけに押し倒して足元の、ブルーのシーツの合わせ目からのぞく白い肢体。
横から差し込む光が陰影を濃くする。
膝が上げられないように、慎一郎は膝立ちから脛で千晶の脚を軽く抑える。
伸びた手足、首に頭の形。
さてさてと満面の笑みでほほ笑んだ慎一郎を、千晶はかるく上体を起こし枕で殴って応戦した。
慎一郎が目覚め手を伸ばすと、隣は空だった。千晶がいると眠りが深くなるのか、朝まで一度も目が覚めない。慎一郎にしては長く眠り過ぎるともいえる。
時刻はまだ7時30分。起きてもいいし、休日なら二度寝してもいい時間だ。
なんとなく立ち上がり、寝室を出てリビングを覗くと、窓辺にその姿があった。
朝日のなか、マリンブルーを纏った横顔は少し俯いていて、声を掛けるのを忘れてしまう。
慎一郎はスマートフォンのスピーカー部分を抑えそっとその姿を撮った。
くぐもったシャッター音は千晶の耳にしっかり届いたようで、振り向きかけて、しゃがみこむ。
夏のリネン――麻の、慎一郎にはさっぱりとした気持ちのいいものだ。が、千晶には張りが強すぎたようで、引きあげた背中が赤くなっていた。千晶は不満を漏らさなかったが、そのまま抱き寄せて、背中に口づけた。
そして用意した青いシルクのフラットシーツ。
千晶はそれを器用に身体に巻いていた。
「どうなってるの?」
「ちょ、すぐ着替えるからあっちいって、コーヒー入ってるから」
一枚しか隠し撮れなかったぶん、よく見てやろうと近づいていく。首の後ろで結んだ、ホルターネックのイブニングドレス風。
「立ってくるっと回ってみてよ」
「いや、もう恥ずかしいから見ないで」
「何が、恥ずかしがるようなもんじゃないでしょ」
やわらかな布は二重になっていて、透けてはいない。所々身体のラインを拾っているのがまた一興。
恥ずかしがる千晶を見なかったことにはできないのか、からかうように見つめる。髪は下ろして左に寄せている、顕わになった肩と肩甲骨と腕に、しっとりとした青。普通にドレスだったら見せてくれるのか、もっとこうドレープを寄せて、そんなことが頭を過りいろいろ着せてみたい――、
いつも似たような服装の千晶をどうとも思ったことはない程度に女性の服装には無頓着で、日本の女の子は特に皆似たような髪型に化粧と服装で彼女らの努力は空しく記憶にも残らなかったのに。
誰かが『脱がせるために服を贈る』と言った意味がわかった。
「笑わないで、忘れてよ。もう」
「そうじゃないよ、アキが可笑しくて笑ったんじゃないよ」
一方の千晶はまるでこそこそ隠れて母親の服や化粧品を使って遊んでいた子供が、当人に見つかったときのように居たたまれない――いつもこざっぱりと流行りとは無縁の服装の千晶も、おしゃれに興味がないわけではない。既成のサイズが合わなくて諦めてるだけでちゃんと憧れはある。
シャワーついでにシーツを持って出るつもりで身体に巻いたら、とても肌ざわりが良くてなんとなく――二重に折って背中から巻いてパレオみたいに前で重ね首のうしろで結んでみたのだ。
「じゃぁ何よ」
「いいから立ってくるっとしてみせてよ。してくれないとベッドへ戻すよ?」
「どっちもやだ」
「それでは一曲、お手をどうぞ」
慎一郎はしゃがみ込んだままの千晶の両手を取って立たせる。手を組み替えて「左足からね」リードする。
「パンイチの紳士に言われても」
「下は見ないの、目線はこっち」
3/4拍子のロックナンバーをゆっくり鼻で歌いながらリズムを取る。躓きそうになりながらも千晶がなんとかついていくと、サビの手前で手を持ち上げくるっとターンさせた。
ふわっと裾がひらめく。
満足そうに微笑みを浮かべる慎一郎――に、今日もこいつの手のひらで踊らされたのかと千晶は苦々しそうに再び膝を折った。
結局また座り込んだ千晶は抱えられてベッドに逆戻りすることになった。
「とにかくシャワー浴びるつもりだったの」
「じゃぁ一緒に」
「やーだー、それよりまたジョリジョリするんだから、先にひげを剃ってよ」
「どうしようかな」
羽交い絞めにして頬ずりをする。「大人しくしてたら剃ってこようかな」
「うーそー、どうせすぐ剃るとは言ってないって」
「ははっ」
そんなくだらない攻防に慎一郎がとても楽しそうに、まるで修学旅行の夜の枕投げのように無邪気に笑う。
「ブルーも似合う」
ベッドにあおむけに押し倒して足元の、ブルーのシーツの合わせ目からのぞく白い肢体。
横から差し込む光が陰影を濃くする。
膝が上げられないように、慎一郎は膝立ちから脛で千晶の脚を軽く抑える。
伸びた手足、首に頭の形。
さてさてと満面の笑みでほほ笑んだ慎一郎を、千晶はかるく上体を起こし枕で殴って応戦した。
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