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8月
5.
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霧に霞む影を追ってきたのに、くだらない呟きが聞こえてきて拍子抜けだ。昨夜車中で切ない替え歌を聞かされた身になって欲しい。
そんな気持ちはおくびにも出さず慎一郎は千晶の後姿に声を掛けた。
「茶色く塗らないでやってよ」
バツの悪そうな表情で千晶が振り返る。くだらない自覚はあるようだ。
「おはよう、ここは昔馬がいたの?」
返事の代わりにまた後からふわっと身体を寄せて首筋に頬を寄せる、と。
「やー痛いジョリジョリする」
「だって男だもん」
わざと顎を擦り付ける。顔をそむけ逃げようとする千晶を脇に抱き抱え、麻袋の上に腰かける。
膝の上に乗った千晶が恥ずかしそうに伏し目がちに目を逸らす。その唇に指で触れ、下から軽く啄むように唇を重ね、そっと舌を絡めていく。
慎一郎の手がブラウスをたくし上げ、もう片方の手が腰を撫でる。サブリナパンツのボタンとファスナーが降ろされ、素肌に手が差し込まれる。もう片方の手が背中のホックに掛かり、停める間もなく外され、程よい膨らみの輪郭をなぞっていく。
「やっ ちょっ」
「いいから」
(勝手に居なくなるからだよ)
「よくない。ってなんで用意してんの」
手に収まったちいさな包みを咎める。
「こんなとこで」
「誰もこないよ、屋根もあるだろう」
耳まで赤くなりながら千晶がかぶりをふる。どうしてこんなに恥ずかしがるのか、面白くて仕方がない。目線の位置が逆転しただけなのに鼓動が早くなる。
「ンンメ゛ーーェ」
「ドンキー、get out of here」
朝もやの空気が熱を帯びて、霧は立ち上り雲へと日が昇ってくる。
*
ほら、慎一郎が屈んで背を向ける。
「何?」
「おんぶしてあげるよ」
ロバの上に犬、犬の上に猫、猫の上に鶏、ブレーメンの音楽隊ごっこがしたい訳じゃない。
重いし恥ずかしいからと千晶が断れば、じゃぁ俺を乗せてと覆いかぶさられ、よたよたと数メートル歩いたところで交代した。
「ジャンケンしようか」
「しない」
子供に還ったみたい。彼がそういう遊びをしたのかは知らないが、ジャンケンには負ける予感がした。
おんぶする影に、いつの間にかしっぽをピンと立てた犬と猫が後に連なっていた。
***
二人は遅めの朝食を摂ったあと、なぜかブーツを履きとキャップを被り、茶色い馬の前に立っている。
「いやあの、せめてポニーとか」動物園のポニーにすら乗ったことのない千晶は目前の馬の背の高さに困惑していた。馬に乗ってみる? ときかれて確かに同意はしたのだが。
「生憎ポニーもロバもここにはいないの。
ほら、見てごらん、中学生だって一人で乗ってるよ。大きいお姉さんがあの幼児みたいに前に乗せてもらってたら恥ずかしいでしょ」
「ソウデスネ」
二人乗りの幼児を羨ましそうにみていたのはバレていたらしい。
(映画とかじゃ前に横乗りでキャッキャうふふ…、空想の世界か…)
「彼女はブルーメ」
「よろしくね、花ちゃん」
「……」
慎一郎は表情を崩さずに、でもその目は呆れの色に染まっていた。が、首を撫でられた花ちゃんはまんざらでもなない。なぜなら四人に一人は彼女を花と呼ぶのだから。
こんな機会はそうそうないかと千晶は恐る恐るまたがる、と同時にその高さに背筋が伸びる。馬も何かを感じ取ったのか頭を上げた。
「おっ」
「?」
口頭で一通り説明され、駈足とジャンプの説明って初心者にいる?いらないよねとつっこっむ間もなく引かれていく。
――高いし座ってればいいと思ってたのは大間違いらしい。
前へ、止まって、また少し歩いて止まる。きっと相性は悪くない。程なく速足で緩やかに回れるようになった。
「馬に遊ばれるかと思ったのにな」
「ご期待に沿えませんで」
「いい意味で裏切られたよ、外へ出てみよう」
小休憩をはさんで、二人と二頭は連れ立って場外へ出る。
「俺のはアレクサンダー」
「よろしくね、アレックス」
「……太郎じゃないのか」
「なんでよ」
なんということのない景色も視点が変われば違って見え、馬も気持ちよさそうに歩く。
林の中は涼しく鳥のさえずりが煩い位に降ってくる。千晶は上を見上げる余裕も出てきたが、鳥は声ばかりでどこにいるのか見つけられない。
「鳥から私たちはどう見えているのかなぁ」
「そもそも可視領域が違うのに比較にならないよ。鳥は俺たちのことなんて気にしてないんじゃない? 特にアキのことは空気だろうね」
「どういう意味よ」
「さぁね」
ぐるっと林と川路を回って公苑に戻る。明日は内腿が筋肉痛になるだろうと疲労感を訴える千晶に、全く疲れを見せない慎一郎は余裕の笑み。
「気持ちよかったーぁ、でも膝がぁ」
「ただ乗ってただけじゃ味わえなかったでしょ」
「見てる分には優雅なのになぁ、ありがとね花ちゃん」
馬から降りればふっと意識が変わる、乗っているときは気持ちに迷いがないのに、今そこには感謝とねぎらいがあった。動物とは対等か下にみられてそうな千晶なのに、必要な場面ではきちんと上位になれる。
この切り替えは天性のものなんだろうか、慎一郎は猫相手にに平謝りしていた千晶を思い出しつつ再び目を細めた。
「慣れればうまく力が抜けるよ、でも油断は禁物だ」
「覚えておくよ、」
慣れた身には物足りなかっただろうと千晶が声を掛けると、慎一郎はじゃぁ一駈けと出て行った。
汗ばむ程度に乗ってきた慎一郎がクラブハウスに戻ると、千晶は小学校低学年とおぼしき子供と囲碁に興じていた。顔見知りに軽く挨拶をしてから、千晶の勝負相手に加勢した。
「ずるい」
「子供に味方をするのは当然でしょ、それともお姉さんは本気だしても勝てないのかな」
「言ってくれるじゃない」
――15分後千晶が負けたのは言うまでもない。
そんな気持ちはおくびにも出さず慎一郎は千晶の後姿に声を掛けた。
「茶色く塗らないでやってよ」
バツの悪そうな表情で千晶が振り返る。くだらない自覚はあるようだ。
「おはよう、ここは昔馬がいたの?」
返事の代わりにまた後からふわっと身体を寄せて首筋に頬を寄せる、と。
「やー痛いジョリジョリする」
「だって男だもん」
わざと顎を擦り付ける。顔をそむけ逃げようとする千晶を脇に抱き抱え、麻袋の上に腰かける。
膝の上に乗った千晶が恥ずかしそうに伏し目がちに目を逸らす。その唇に指で触れ、下から軽く啄むように唇を重ね、そっと舌を絡めていく。
慎一郎の手がブラウスをたくし上げ、もう片方の手が腰を撫でる。サブリナパンツのボタンとファスナーが降ろされ、素肌に手が差し込まれる。もう片方の手が背中のホックに掛かり、停める間もなく外され、程よい膨らみの輪郭をなぞっていく。
「やっ ちょっ」
「いいから」
(勝手に居なくなるからだよ)
「よくない。ってなんで用意してんの」
手に収まったちいさな包みを咎める。
「こんなとこで」
「誰もこないよ、屋根もあるだろう」
耳まで赤くなりながら千晶がかぶりをふる。どうしてこんなに恥ずかしがるのか、面白くて仕方がない。目線の位置が逆転しただけなのに鼓動が早くなる。
「ンンメ゛ーーェ」
「ドンキー、get out of here」
朝もやの空気が熱を帯びて、霧は立ち上り雲へと日が昇ってくる。
*
ほら、慎一郎が屈んで背を向ける。
「何?」
「おんぶしてあげるよ」
ロバの上に犬、犬の上に猫、猫の上に鶏、ブレーメンの音楽隊ごっこがしたい訳じゃない。
重いし恥ずかしいからと千晶が断れば、じゃぁ俺を乗せてと覆いかぶさられ、よたよたと数メートル歩いたところで交代した。
「ジャンケンしようか」
「しない」
子供に還ったみたい。彼がそういう遊びをしたのかは知らないが、ジャンケンには負ける予感がした。
おんぶする影に、いつの間にかしっぽをピンと立てた犬と猫が後に連なっていた。
***
二人は遅めの朝食を摂ったあと、なぜかブーツを履きとキャップを被り、茶色い馬の前に立っている。
「いやあの、せめてポニーとか」動物園のポニーにすら乗ったことのない千晶は目前の馬の背の高さに困惑していた。馬に乗ってみる? ときかれて確かに同意はしたのだが。
「生憎ポニーもロバもここにはいないの。
ほら、見てごらん、中学生だって一人で乗ってるよ。大きいお姉さんがあの幼児みたいに前に乗せてもらってたら恥ずかしいでしょ」
「ソウデスネ」
二人乗りの幼児を羨ましそうにみていたのはバレていたらしい。
(映画とかじゃ前に横乗りでキャッキャうふふ…、空想の世界か…)
「彼女はブルーメ」
「よろしくね、花ちゃん」
「……」
慎一郎は表情を崩さずに、でもその目は呆れの色に染まっていた。が、首を撫でられた花ちゃんはまんざらでもなない。なぜなら四人に一人は彼女を花と呼ぶのだから。
こんな機会はそうそうないかと千晶は恐る恐るまたがる、と同時にその高さに背筋が伸びる。馬も何かを感じ取ったのか頭を上げた。
「おっ」
「?」
口頭で一通り説明され、駈足とジャンプの説明って初心者にいる?いらないよねとつっこっむ間もなく引かれていく。
――高いし座ってればいいと思ってたのは大間違いらしい。
前へ、止まって、また少し歩いて止まる。きっと相性は悪くない。程なく速足で緩やかに回れるようになった。
「馬に遊ばれるかと思ったのにな」
「ご期待に沿えませんで」
「いい意味で裏切られたよ、外へ出てみよう」
小休憩をはさんで、二人と二頭は連れ立って場外へ出る。
「俺のはアレクサンダー」
「よろしくね、アレックス」
「……太郎じゃないのか」
「なんでよ」
なんということのない景色も視点が変われば違って見え、馬も気持ちよさそうに歩く。
林の中は涼しく鳥のさえずりが煩い位に降ってくる。千晶は上を見上げる余裕も出てきたが、鳥は声ばかりでどこにいるのか見つけられない。
「鳥から私たちはどう見えているのかなぁ」
「そもそも可視領域が違うのに比較にならないよ。鳥は俺たちのことなんて気にしてないんじゃない? 特にアキのことは空気だろうね」
「どういう意味よ」
「さぁね」
ぐるっと林と川路を回って公苑に戻る。明日は内腿が筋肉痛になるだろうと疲労感を訴える千晶に、全く疲れを見せない慎一郎は余裕の笑み。
「気持ちよかったーぁ、でも膝がぁ」
「ただ乗ってただけじゃ味わえなかったでしょ」
「見てる分には優雅なのになぁ、ありがとね花ちゃん」
馬から降りればふっと意識が変わる、乗っているときは気持ちに迷いがないのに、今そこには感謝とねぎらいがあった。動物とは対等か下にみられてそうな千晶なのに、必要な場面ではきちんと上位になれる。
この切り替えは天性のものなんだろうか、慎一郎は猫相手にに平謝りしていた千晶を思い出しつつ再び目を細めた。
「慣れればうまく力が抜けるよ、でも油断は禁物だ」
「覚えておくよ、」
慣れた身には物足りなかっただろうと千晶が声を掛けると、慎一郎はじゃぁ一駈けと出て行った。
汗ばむ程度に乗ってきた慎一郎がクラブハウスに戻ると、千晶は小学校低学年とおぼしき子供と囲碁に興じていた。顔見知りに軽く挨拶をしてから、千晶の勝負相手に加勢した。
「ずるい」
「子供に味方をするのは当然でしょ、それともお姉さんは本気だしても勝てないのかな」
「言ってくれるじゃない」
――15分後千晶が負けたのは言うまでもない。
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