Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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4月

2.

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 三人とも20代前半位で顔も身なりもいい。一人はシートの肘掛けに腰かけた一見すると優し気ないわゆる典型的なイケメン、一人は女性を膝にのせてるちょっと濃いめの男らしいほうのイケメン、なんで膝にとかきいちゃだめなやつ。
 そしてもう一人が目的の、両方から女性にしな垂れかかられてる、一番ノーブルで冷たい感じの彼。

 女性たちは20歳そこそこから20代後半位までだろうか。典型的な軽く遊びたい感じのおねえさん達と、ややエレガント系のここには違和感がありありなおねえさん達がいて、互いに牽制しあっているのがみてとれた。
  
 そこへ新たな火種を持ち込んだ格好だが、あればのはプリンだけじゃない、そんな兄を持つ千晶にはどうということのない光景だった。

 通路に出て来てくれる気配はないけれど、特に意地悪く反応を楽しんでいる風でもない。むしろ何の感情も見せない相手に千晶も平然とテーブル越しにジャケットを渡す。

「はい、おかげで助かりました」
「帰るの?」
 時間的にはこれからがら本番、彼らも朝までいるのだろう。抑揚なく訊かれ、千晶は軽く微笑みながら頷く。
「明日も早いの」

 敵の敵は更に敵――と女性達の睨むような視線を受けても怯まない千晶に、男二人は興味深そうに成り行きを眺めている。女性は皆何か言いたげなのだが、口を挟めないでいる。当の千晶は自分に自信があるのではなく、どうでもいいから割り込んでいられるのだが。
 
 青年は引き留める風もなくそのままジャケットを受け取り、立ち上がって自ら羽織った。

「気をつけて」
「ありがとう」

 用は済んだとさくっときびすを返し去っていく背に、肘掛けに腰かけた優男が「またねー」と手を振る。

(人当りのよさそうなこのひとが一番喰えないタイプっぽい)

 千晶は無視することなく軽く手を振り返して二階席を後にした。



「ねぇしん
「くっつくなよ鬱陶しい」
「さっきのコ何?」 

 肘掛けの青年がわざわざシートの隣にまで座ってきて耳打ちをする。ジャケットの青年は眉ひとつ動かさずに、さぁね、とだけ言った。




 外に出ると軽く雨が降っていた。音楽の喧騒がピタリと無くなり、ひんやりとした空気がほてった身体を静める。

「あー、雨だー桜が散っちゃう」
「タクシーぃ」
「じゃーん、傘ならありっまーす」
「美帆は用意がいいね」
「ねー、私のコートは撥水だから」
「千晶までずるい」
 女三人、一本の傘の下きゃぴきゃぴ言いながら駅まで歩く。

「明日もバイトだぁ」
「私は入学式だードキドキする、いい出会いあるかな」
「あるよきっと」
「ねー見て、東京タワー色が違うー」

 振り返るとこの都市のシンボルがグラデーションに点灯していく。
 立ち止まり、皆で暫く眺めていた。
 新しい生活への期待と希望にじんわりと染まっていく。

「こうやって見るの久しぶり」
「なーにおのぼりさんみたいなこと言ってんの」
「じっくりは見ないよね」

(あの側だったっけ、上層階の、とても広い部屋だった。ショールームみたいに素敵なのにどこが冷めた部屋。彼もまた冷めた感じの、それでいて――うまく説明できないひと)

 あの日、なぜ、どうしてついていったのか千晶自身も分かっていなかった。ただ、思いがけず出会えた懐かしい香りに、今日は来てよかったと思った。

***

 大学が決まってから千晶は短期で引っ越しの補助バイトを始めた。その春休み最後の土日が終わった。タオルやジュースを差し入れてくれるうちは多い、今日はポチ袋をもらった。作業に差をつけたりしないけど、もらえると嬉しいし疲れが軽くなる。我ながら現金だと人のさがを思う。500円の金券が入っていた。
 力仕事ではなく荷造りの補助でひたすら詰め込んでいく。引っ越しの数だけ暮らしがある、ちょうど千晶の両親が関西へ出向したこともあって、いろんな住まいかたがあるのだなと思う。
 いつか一人暮らしをしてみたいけれど具体的にはまだ思い描けずにいる。

「ただいま、シュークリーム買ってきたよ」
「やった! おつかれ、お風呂わいてるよ」
「なぁーん」

 家に帰れば弟と猫二匹が出迎えてくれる。
 猫もカスタードクリームが好きだ。
 あれから三年、千晶の保護した黒猫と、そしてもう一匹。日吉ひよしくんという弟の七海が駅で保護してきた成猫だ。くすんだ灰色の毛玉ぞうきんは半年もすると絹のように輝く毛色になってきた。獣医の見立ては5歳位だったが綺麗になった今はもう少し若そうだ。
 二匹がうまく馴染むか心配だったけれど、幸い先住は新入りに我関せず、だけれど嫌ってもいない。日吉くんも落ち着いていて仔猫のようにちょっかいをだすこともなく、甘えた気にしながら程よい距離を保っている。

 今は家が落ち着く、帰りたい家があるのはきっと恵まれたことなんだろう。猫二匹をかわるがわる抱っこしてケリを入れられながら思う。
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