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7月
3.
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“今どこ” その姿を確認してから慎一郎はメッセージを送った。“本校舎近くにいるよ” 返ってきた返信は間違いではない。
――人文の図書館でまた彼女が本を読んでいる、軽く頷いたり首を傾げたり、とその表情を隠そうともせずに。大テーブルではなく書庫の壁際の文机、外からちょうど横顔が見える。外庭の通路からは90度離れた窓だから人目につかないと油断してるんだろう。
都内の国立は手続きをすれば相互利用できると知った。彼女にそれとなく聞いたら「うちの大学は蔵書が少ないから他所の図書館に寄ってる」と言っていた。他所、本校舎近く、嘘はついてないが何故隠すのか。
そこも問い詰めてやろうと心の内に巨大なプラカードを掲げて館内へ入って行った。
「面白い?」
慎一郎が声をかけるのと同時に――、ほんの少しだけ千晶のほうが振り向くのが早かったかもしれない。
「何度か見かけたよ、最初はここの学生かと思った」
慎一郎は文机の上の教科書と図書に視線を落として――M&S? 面白いか? ――また千晶に戻す。
口をしっかり閉じて瞬きをひとつした顔に、止めを刺すようにしたり顔でこうささやくのだった。
「世の中狭いよね、会うもんだねぇ」
千晶はしばらく固まった後、間の抜けた、開いた口が塞がらないとでも言いたそうに表情を変え、ゆっくりと本を書架に戻し、荷物をまとめて外に出た。
「……『偶然に』って言ってた時にはもう気づいてたんだ」
慎一郎はびっくり箱を仕掛けた子供のように目だけで笑う。気まずい顔の千晶と、鬼の首を捕ったかのようにごきげんな顔。
「……さぞかしいい気分でしょうね」
「そりゃぁもう、まぁ誠仁でさえ単なるきっかけにしか過ぎなかったってことさ。もっと楽しみたかったけど、後期はもう週一でしか来ないからね」
はしゃいだ気を抑えた反動で語尾が上擦っている。千晶は噛み潰した苦虫をどこへ吐き出そうかって顔だ。
「何か訊きたいことはある?」
手品のネタばらしをしてやろうとばかりに尋ねると、千晶は苦虫を含んだまま、深呼吸をひとつ。
「…別に」
「何かあるでしょ?」
千晶は慎一郎が何を聞いてほしいのか分かってしまったけれど、愉快愉快な顔をみていたら素直に反応出来ない。図書館には一般の人も手続きをとれば入館は出来る、でもそういうことではないんだろう。
国際経営学専攻の4年だと聞いていたけれど、大学名は言っていなかったかもしれない。ただ名門私大の系列の人だったはず、あのマンションから徒歩圏と電車一本、当然のように内部進学だと思い込んでいた。
『やー、なんで? もしかしてここの大学だったの? 凄いねー』模範解答はわかってるけど言ったら負け。代わりに、上目使いで珍獣をみるように含み笑いをひとつ。
「あ、(どこへとは聞かないけれど)電車で通ってるの? 車?」
「それ訊いちゃう?」
ここへは地下鉄もJRも、どっちでも乗り換えがある、もうひとつのキャンパスにも。駐車場を借りてるのかな。
「(どこのとは言わないけれど)制服を着て受験したの?」
「どうだったかな」
答える気がないらしい。千晶は気まずさが引っ込んで沸々と何かがこみあげてきた。
「…何を聞いてほしいの?」
「医学生さんにはたいしたことないかーどこの学部とかさー、ここの文理だって――」
「…何が? 別に医者なんて30年後はどうなってるかわからないもん」
千晶が他の大学や学部をどうこう言ったことはないし、友達も千晶をどうこう言ってこない。ただ、世間の反応は違った。その世間一般のテンプレのような卑屈な言い方にイラっときたがそこは抑えた。
「はは、誠仁と同じこと言ってる、気が合いそうだもんね」
「…あの人どうも掴めなくて苦手…」
「ああ、近親憎悪ね」
「似てないってば」
(あの人が言わなきゃ学科までばれなかったのに、ああもう、しよーがないな)よりによってという人物を引き合いに出され、再びイラっときた千晶の負け。少しだけ遠回しに確認する。ここまできたらでスゴいねーとは言えない。
「……時田さんと同じ三田じゃなかったんですね」
「誠仁とは高校まででね」
「経済学部なら三田にもあるのにどうして? あそこは大学がゴールでしょう」
「ちょっと違う雰囲気も味わってみたくなってね、試しに受けてみたら受かっちゃったから」
聞いて欲しかったのはそこだったらしい、慎一郎はいたずらな顔で嘯く。千晶の『受かっちゃった』とは別な響き。
経済的理由で公立育ち、お嬢様学校に進学など考えたこともなかった千晶だけれど、その制服や校舎は素直に羨ましいと思う。生徒がジャージで通学していた学校なんて彼らには信じられないだろう。
大学も当然家から通える国公立を目指すために勉強してきた千晶とは根底が違う。
「エスカレータだとゲタを履かされた感は否めないしね。ここは推薦もないから実力だけでしょ。小学校から人間関係も同じだとね、うちは代々三田ってやつであそこに住むのはもう決まってた。で、俺は勝手に手続きしてここに通い始めて今に至るってわけ」
(…なんでここ男子学生ばっかりなのかわかった気がする)
――人文の図書館でまた彼女が本を読んでいる、軽く頷いたり首を傾げたり、とその表情を隠そうともせずに。大テーブルではなく書庫の壁際の文机、外からちょうど横顔が見える。外庭の通路からは90度離れた窓だから人目につかないと油断してるんだろう。
都内の国立は手続きをすれば相互利用できると知った。彼女にそれとなく聞いたら「うちの大学は蔵書が少ないから他所の図書館に寄ってる」と言っていた。他所、本校舎近く、嘘はついてないが何故隠すのか。
そこも問い詰めてやろうと心の内に巨大なプラカードを掲げて館内へ入って行った。
「面白い?」
慎一郎が声をかけるのと同時に――、ほんの少しだけ千晶のほうが振り向くのが早かったかもしれない。
「何度か見かけたよ、最初はここの学生かと思った」
慎一郎は文机の上の教科書と図書に視線を落として――M&S? 面白いか? ――また千晶に戻す。
口をしっかり閉じて瞬きをひとつした顔に、止めを刺すようにしたり顔でこうささやくのだった。
「世の中狭いよね、会うもんだねぇ」
千晶はしばらく固まった後、間の抜けた、開いた口が塞がらないとでも言いたそうに表情を変え、ゆっくりと本を書架に戻し、荷物をまとめて外に出た。
「……『偶然に』って言ってた時にはもう気づいてたんだ」
慎一郎はびっくり箱を仕掛けた子供のように目だけで笑う。気まずい顔の千晶と、鬼の首を捕ったかのようにごきげんな顔。
「……さぞかしいい気分でしょうね」
「そりゃぁもう、まぁ誠仁でさえ単なるきっかけにしか過ぎなかったってことさ。もっと楽しみたかったけど、後期はもう週一でしか来ないからね」
はしゃいだ気を抑えた反動で語尾が上擦っている。千晶は噛み潰した苦虫をどこへ吐き出そうかって顔だ。
「何か訊きたいことはある?」
手品のネタばらしをしてやろうとばかりに尋ねると、千晶は苦虫を含んだまま、深呼吸をひとつ。
「…別に」
「何かあるでしょ?」
千晶は慎一郎が何を聞いてほしいのか分かってしまったけれど、愉快愉快な顔をみていたら素直に反応出来ない。図書館には一般の人も手続きをとれば入館は出来る、でもそういうことではないんだろう。
国際経営学専攻の4年だと聞いていたけれど、大学名は言っていなかったかもしれない。ただ名門私大の系列の人だったはず、あのマンションから徒歩圏と電車一本、当然のように内部進学だと思い込んでいた。
『やー、なんで? もしかしてここの大学だったの? 凄いねー』模範解答はわかってるけど言ったら負け。代わりに、上目使いで珍獣をみるように含み笑いをひとつ。
「あ、(どこへとは聞かないけれど)電車で通ってるの? 車?」
「それ訊いちゃう?」
ここへは地下鉄もJRも、どっちでも乗り換えがある、もうひとつのキャンパスにも。駐車場を借りてるのかな。
「(どこのとは言わないけれど)制服を着て受験したの?」
「どうだったかな」
答える気がないらしい。千晶は気まずさが引っ込んで沸々と何かがこみあげてきた。
「…何を聞いてほしいの?」
「医学生さんにはたいしたことないかーどこの学部とかさー、ここの文理だって――」
「…何が? 別に医者なんて30年後はどうなってるかわからないもん」
千晶が他の大学や学部をどうこう言ったことはないし、友達も千晶をどうこう言ってこない。ただ、世間の反応は違った。その世間一般のテンプレのような卑屈な言い方にイラっときたがそこは抑えた。
「はは、誠仁と同じこと言ってる、気が合いそうだもんね」
「…あの人どうも掴めなくて苦手…」
「ああ、近親憎悪ね」
「似てないってば」
(あの人が言わなきゃ学科までばれなかったのに、ああもう、しよーがないな)よりによってという人物を引き合いに出され、再びイラっときた千晶の負け。少しだけ遠回しに確認する。ここまできたらでスゴいねーとは言えない。
「……時田さんと同じ三田じゃなかったんですね」
「誠仁とは高校まででね」
「経済学部なら三田にもあるのにどうして? あそこは大学がゴールでしょう」
「ちょっと違う雰囲気も味わってみたくなってね、試しに受けてみたら受かっちゃったから」
聞いて欲しかったのはそこだったらしい、慎一郎はいたずらな顔で嘯く。千晶の『受かっちゃった』とは別な響き。
経済的理由で公立育ち、お嬢様学校に進学など考えたこともなかった千晶だけれど、その制服や校舎は素直に羨ましいと思う。生徒がジャージで通学していた学校なんて彼らには信じられないだろう。
大学も当然家から通える国公立を目指すために勉強してきた千晶とは根底が違う。
「エスカレータだとゲタを履かされた感は否めないしね。ここは推薦もないから実力だけでしょ。小学校から人間関係も同じだとね、うちは代々三田ってやつであそこに住むのはもう決まってた。で、俺は勝手に手続きしてここに通い始めて今に至るってわけ」
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