Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

文字の大きさ
上 下
16 / 138
7月

1.

しおりを挟む
 快晴の初夏、車は首都高から中央道へ。

 ♪~

 千晶はは珍しく眠らずに起きている。流れる景色を物珍しそうに眺め、ラジオが入らなくなってからは何かしら曲を口ずさんでいる。

「飴かなんかある?」
「ガムと、アメはグレープとラムネと抹茶味、どれがいい?」
「チェリーはないの?」
「ないね」
「残念、ラムネをちょうだい」
 
 千晶は棒付きのキャンディを包みを剥いて差し出すと、慎一郎はこれもいいねと口のなかで転がしていった。
 
「朝ごはん作り過ぎたの、食べる?」
「ああ、次のサービスエリアに寄るよ」

(…車内で飲み食いしたくない人だな)千晶はお茶を我慢して、次の休憩でミネラルウォーターを買った。

 休憩をはさみながら車は西へ進んでいく。

「ちょっと地図をみてくれる?」
「ん」
「そういえばこの車にはナビが付いていないね」
「取り付けるところがないんだよ」

 千晶は助手席脇の地図を手に取ってめくりながら、ダッシュボードの手前を指さす。運転手は見栄えが悪いとため息をつく。今付いてるオーディオはわざわざ純正に戻したのだ。当然、ナビ付の機種に変更などしない。

「……、スマホのナビもあるしね」
「知ってる? 彼女は一通を逆走しろって言うんだ」
「あはは、で、どこに向かってるの」
「ビーナスライン」
「おっけーぐー「地図を見て、あいつはとんでもない砂利道へ誘導してくれる」

「はいはい、この先しばらく道なり、3キロ先のY字路を左ね」

 道沿いに並ぶ民家が途切れ、車は山の中へ、エアコンを切って窓を開けて走る。涼やかな高原の空気が頬を髪を撫でる。
 
「空気がいいねー」
 
 そうしてまた一休み、と軽食の幟に釣られて車を止める。
 運転手とナビが互いにストレッチを補助したあとで、ソフトクリームを買って半分ずつ食べる。冷たい甘さ喉がを通っていく。

 パーキングの隣では馬が放牧されていた。千晶は白地に茶色のぶち模様の馬に近寄って話しかけ、首をなでる。他に黒や茶が数頭穏やかに草を食んでいる。いるのは牝馬だけのようだ。
 
 背後の道路には車がせわしなく通過していくが、こちら側はゆったりとした時間が流れている。慎一郎も柵にもたれ草原をぼうーっと眺める。

 暫しのち車に戻り目的地を目指す、途中の湖と白鳥丸はパスして走ること十数分。

「もうすぐ目的地っぽい」
「そうなの?」

 見通しの悪い延々と続いた山道林から、いきなり開ける視界。景色が一変した。

「うわ」
「すごーい、何この景色、森林限界…じゃぁ無い?」

 斜面に草の緑と道路だけがある、そこより高地に林も見える。そして空の青。

「ああ、土壌の性質でだったかな」
「うわー」
「すごいな」

 千晶のはしゃぎっぷりはともかく、運転手も声に気持ちの高ぶりが乗っている。

「ちょっと降りて歩いてみよう」

 緑の所々にオレンジ色の百合のような花が咲いている。車を停め、少し散策してからリフトにのってたどり着いた先は、峰の頂上でゆるやかなパノラマが広がっていた。何の装備もなくサンダル履きで辿り着ける山頂。

「チート過ぎるけど気持ちいいね」
「アキも高いところが好きなんだね」
「ここは人工物じゃないもん」
「天然だって足場がしっかりしてるとは限らないだろ」
「でも違うよー、気分も空気も」

 そう言って千晶は歌い始めた。どこでも、自分の立っているところがてっぺんだと笑いながら。

「人はなぜ山に登るのか」
「Because it's there」


「山梨に山頂で温泉に入れる所があったはず、帰りに寄ってみるか」
「なにそれ」
「自然に湧き出した温泉じゃなくてボーリングした温泉なんだ、どんなだろうね」
「そこで私が戸惑うのがみたいの? ほんといい趣味してるね」



 ガタガタッ、上りの中央道を降りて暫く走り、山道を上ってついに舗装が途絶えた。
 車への振動が激しくなる。 慎一郎の車は車高が低い。オフロード車のようにガードもない。 

「…道ここだけだから、わざと砂利道を選んでるんじゃないよ」
「……わかってる」

 ガタッ コツッ 音がするたびに車内の空気が重くなる。

「…ほんのすぐ先だから、もう歩いて行こうか、ねっ」
「……いい、大丈夫」

 駐車場も未舗装の砂利敷、大きなくぼみもなく平らなのに慎重に車を停める。

「…おつかれさまです」

(よくわかんないけど砂利道の何が嫌なんだろうな)車の下回りの構造に考えの及ばない千晶が余計なことを口にしなかったのは正解だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

長い片思い

詩織
恋愛
大好きな上司が結婚。 もう私の想いは届かない。 だから私は…

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜

花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか? どこにいても誰といても冷静沈着。 二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司 そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは 十条コーポレーションのお嬢様 十条 月菜《じゅうじょう つきな》 真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。 「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」 「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」 しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――? 冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳 努力家妻  十条 月菜   150㎝ 24歳

処理中です...