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7月
1.
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快晴の初夏、車は首都高から中央道へ。
♪~
千晶はは珍しく眠らずに起きている。流れる景色を物珍しそうに眺め、ラジオが入らなくなってからは何かしら曲を口ずさんでいる。
「飴かなんかある?」
「ガムと、アメはグレープとラムネと抹茶味、どれがいい?」
「チェリーはないの?」
「ないね」
「残念、ラムネをちょうだい」
千晶は棒付きのキャンディを包みを剥いて差し出すと、慎一郎はこれもいいねと口のなかで転がしていった。
「朝ごはん作り過ぎたの、食べる?」
「ああ、次のサービスエリアに寄るよ」
(…車内で飲み食いしたくない人だな)千晶はお茶を我慢して、次の休憩でミネラルウォーターを買った。
休憩をはさみながら車は西へ進んでいく。
「ちょっと地図をみてくれる?」
「ん」
「そういえばこの車にはナビが付いていないね」
「取り付けるところがないんだよ」
千晶は助手席脇の地図を手に取ってめくりながら、ダッシュボードの手前を指さす。運転手は見栄えが悪いとため息をつく。今付いてるオーディオはわざわざ純正に戻したのだ。当然、ナビ付の機種に変更などしない。
「……、スマホのナビもあるしね」
「知ってる? 彼女は一通を逆走しろって言うんだ」
「あはは、で、どこに向かってるの」
「ビーナスライン」
「おっけーぐー「地図を見て、あいつはとんでもない砂利道へ誘導してくれる」
「はいはい、この先しばらく道なり、3キロ先のY字路を左ね」
道沿いに並ぶ民家が途切れ、車は山の中へ、エアコンを切って窓を開けて走る。涼やかな高原の空気が頬を髪を撫でる。
「空気がいいねー」
そうしてまた一休み、と軽食の幟に釣られて車を止める。
運転手とナビが互いにストレッチを補助したあとで、ソフトクリームを買って半分ずつ食べる。冷たい甘さ喉がを通っていく。
パーキングの隣では馬が放牧されていた。千晶は白地に茶色のぶち模様の馬に近寄って話しかけ、首をなでる。他に黒や茶が数頭穏やかに草を食んでいる。いるのは牝馬だけのようだ。
背後の道路には車がせわしなく通過していくが、こちら側はゆったりとした時間が流れている。慎一郎も柵にもたれ草原をぼうーっと眺める。
暫しのち車に戻り目的地を目指す、途中の湖と白鳥丸はパスして走ること十数分。
「もうすぐ目的地っぽい」
「そうなの?」
見通しの悪い延々と続いた山道林から、いきなり開ける視界。景色が一変した。
「うわ」
「すごーい、何この景色、森林限界…じゃぁ無い?」
斜面に草の緑と道路だけがある、そこより高地に林も見える。そして空の青。
「ああ、土壌の性質でだったかな」
「うわー」
「すごいな」
千晶のはしゃぎっぷりはともかく、運転手も声に気持ちの高ぶりが乗っている。
「ちょっと降りて歩いてみよう」
緑の所々にオレンジ色の百合のような花が咲いている。車を停め、少し散策してからリフトにのってたどり着いた先は、峰の頂上でゆるやかなパノラマが広がっていた。何の装備もなくサンダル履きで辿り着ける山頂。
「チート過ぎるけど気持ちいいね」
「アキも高いところが好きなんだね」
「ここは人工物じゃないもん」
「天然だって足場がしっかりしてるとは限らないだろ」
「でも違うよー、気分も空気も」
そう言って千晶は歌い始めた。どこでも、自分の立っているところがてっぺんだと笑いながら。
「人はなぜ山に登るのか」
「Because it's there」
「山梨に山頂で温泉に入れる所があったはず、帰りに寄ってみるか」
「なにそれ」
「自然に湧き出した温泉じゃなくてボーリングした温泉なんだ、どんなだろうね」
「そこで私が戸惑うのがみたいの? ほんといい趣味してるね」
*
ガタガタッ、上りの中央道を降りて暫く走り、山道を上ってついに舗装が途絶えた。
車への振動が激しくなる。 慎一郎の車は車高が低い。オフロード車のようにガードもない。
「…道ここだけだから、わざと砂利道を選んでるんじゃないよ」
「……わかってる」
ガタッ コツッ 音がするたびに車内の空気が重くなる。
「…ほんのすぐ先だから、もう歩いて行こうか、ねっ」
「……いい、大丈夫」
駐車場も未舗装の砂利敷、大きなくぼみもなく平らなのに慎重に車を停める。
「…おつかれさまです」
(よくわかんないけど砂利道の何が嫌なんだろうな)車の下回りの構造に考えの及ばない千晶が余計なことを口にしなかったのは正解だった。
♪~
千晶はは珍しく眠らずに起きている。流れる景色を物珍しそうに眺め、ラジオが入らなくなってからは何かしら曲を口ずさんでいる。
「飴かなんかある?」
「ガムと、アメはグレープとラムネと抹茶味、どれがいい?」
「チェリーはないの?」
「ないね」
「残念、ラムネをちょうだい」
千晶は棒付きのキャンディを包みを剥いて差し出すと、慎一郎はこれもいいねと口のなかで転がしていった。
「朝ごはん作り過ぎたの、食べる?」
「ああ、次のサービスエリアに寄るよ」
(…車内で飲み食いしたくない人だな)千晶はお茶を我慢して、次の休憩でミネラルウォーターを買った。
休憩をはさみながら車は西へ進んでいく。
「ちょっと地図をみてくれる?」
「ん」
「そういえばこの車にはナビが付いていないね」
「取り付けるところがないんだよ」
千晶は助手席脇の地図を手に取ってめくりながら、ダッシュボードの手前を指さす。運転手は見栄えが悪いとため息をつく。今付いてるオーディオはわざわざ純正に戻したのだ。当然、ナビ付の機種に変更などしない。
「……、スマホのナビもあるしね」
「知ってる? 彼女は一通を逆走しろって言うんだ」
「あはは、で、どこに向かってるの」
「ビーナスライン」
「おっけーぐー「地図を見て、あいつはとんでもない砂利道へ誘導してくれる」
「はいはい、この先しばらく道なり、3キロ先のY字路を左ね」
道沿いに並ぶ民家が途切れ、車は山の中へ、エアコンを切って窓を開けて走る。涼やかな高原の空気が頬を髪を撫でる。
「空気がいいねー」
そうしてまた一休み、と軽食の幟に釣られて車を止める。
運転手とナビが互いにストレッチを補助したあとで、ソフトクリームを買って半分ずつ食べる。冷たい甘さ喉がを通っていく。
パーキングの隣では馬が放牧されていた。千晶は白地に茶色のぶち模様の馬に近寄って話しかけ、首をなでる。他に黒や茶が数頭穏やかに草を食んでいる。いるのは牝馬だけのようだ。
背後の道路には車がせわしなく通過していくが、こちら側はゆったりとした時間が流れている。慎一郎も柵にもたれ草原をぼうーっと眺める。
暫しのち車に戻り目的地を目指す、途中の湖と白鳥丸はパスして走ること十数分。
「もうすぐ目的地っぽい」
「そうなの?」
見通しの悪い延々と続いた山道林から、いきなり開ける視界。景色が一変した。
「うわ」
「すごーい、何この景色、森林限界…じゃぁ無い?」
斜面に草の緑と道路だけがある、そこより高地に林も見える。そして空の青。
「ああ、土壌の性質でだったかな」
「うわー」
「すごいな」
千晶のはしゃぎっぷりはともかく、運転手も声に気持ちの高ぶりが乗っている。
「ちょっと降りて歩いてみよう」
緑の所々にオレンジ色の百合のような花が咲いている。車を停め、少し散策してからリフトにのってたどり着いた先は、峰の頂上でゆるやかなパノラマが広がっていた。何の装備もなくサンダル履きで辿り着ける山頂。
「チート過ぎるけど気持ちいいね」
「アキも高いところが好きなんだね」
「ここは人工物じゃないもん」
「天然だって足場がしっかりしてるとは限らないだろ」
「でも違うよー、気分も空気も」
そう言って千晶は歌い始めた。どこでも、自分の立っているところがてっぺんだと笑いながら。
「人はなぜ山に登るのか」
「Because it's there」
「山梨に山頂で温泉に入れる所があったはず、帰りに寄ってみるか」
「なにそれ」
「自然に湧き出した温泉じゃなくてボーリングした温泉なんだ、どんなだろうね」
「そこで私が戸惑うのがみたいの? ほんといい趣味してるね」
*
ガタガタッ、上りの中央道を降りて暫く走り、山道を上ってついに舗装が途絶えた。
車への振動が激しくなる。 慎一郎の車は車高が低い。オフロード車のようにガードもない。
「…道ここだけだから、わざと砂利道を選んでるんじゃないよ」
「……わかってる」
ガタッ コツッ 音がするたびに車内の空気が重くなる。
「…ほんのすぐ先だから、もう歩いて行こうか、ねっ」
「……いい、大丈夫」
駐車場も未舗装の砂利敷、大きなくぼみもなく平らなのに慎重に車を停める。
「…おつかれさまです」
(よくわかんないけど砂利道の何が嫌なんだろうな)車の下回りの構造に考えの及ばない千晶が余計なことを口にしなかったのは正解だった。
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