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6月
2.
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お上りさんは行列のできるパンケーキやショッピングより企画展や博物館が好きらしい、慎一郎は今まで他所に廻していた貰いもののチケットで千晶を誘った。
それというのも千晶が自分が来たがったのだからとチケット代を出すとゴネたからだ。その場では慎一郎が払うのをありがとうと言って納め、帰り際にさりげなく渡してくるから質が悪い。
「このくらい遠慮しなくても」
「金額じゃなくて気軽に行きたいと言えなくなるのが嫌なの」
「どうしてそういう発想になるの、もっと強請ってくれていいのに」
とにかく対等で割り勘にしたがる女の子もいるとは聞いたことがある。彼女はそこまででないようだし、金額的には微々たる所なので慎一郎は理解に苦しむ。
「パパって呼んでいいの? 私はあんたのママじゃないけど」
「Mom you're all right, I surrender」(それはやだな)
「Good boy」(でしょ)
1オクターブ上げて皮肉っぽく慎一郎が返すと、腰に両手をあてて千晶が笑う。
「シュガーってことか」
「そ」
どうしてそういう発想なのか、もう口にはしなかった。彼女には彼女の線引きがあるのだろう。
「どうせなら貢がれてみたいね」
「うわぁ…人の欲の闇を聞いた気がする」
「冗談だよ、アキのお父さんってどんな人?」
「んー、うーん、一言でいうと『いるだけでいい人』かな」
千晶は視線を上に這わせがら言いあぐねる。慎一郎は口にしてからちょっと踏み込み過ぎたかと気づいた、彼女は自分や人のプライベートを話さない。無理に聞き出したい訳じゃないと付け足すと更に困った顔になる。
「見れば納得するかな、言葉では説明しにくいんだよ。良くいえば昼行燈」
「それ褒め言葉じゃないよね?」
「んー、ああ、まだ頭は光ってないよ、そういう意味じゃないから、まだ」
慎一郎の頭に視線を移しながら言うのはいただけない。
「時間の問題みたいに言わないで、不可抗力だから」
「あとは、良く言えば…好く言えば…顔だけかな」
「それも褒めてないでしょ」
これ以上きいても本質からは遠ざかる気がして慎一郎は尋ねるのをやめた。本当の父親相手でもアキが強請るところは想像できない。
*
マンションで会うだけかと思いこんでいたらそうでもなくて、ただ車でやって来てバイト先まで送ってくれたり、ご飯を食べるだけの時もあれば、帰りに待ち合わせることもあった。普通の大学生より健全かもしれない。
お互いに予定を開けるよう無理強いすることもなく、先約を優先しても不機嫌になることもなかった。
とある日は土日もずっとバイトだった千晶を慎一郎が迎えにきた。迷路のような駅を歩く。
「どこか寄る?」
「ううん、もう疲れたから座ってたいな、エアコン効きすぎて足が痛い。? なんか臭うよ」
千晶は鼻をスンスンさせる、タバコと香水と化粧品に色々混じったニオイ。
「わかる? ホームパーティという名のまぁアレだよ。昼間だから油断したわ、見てただけだから」
「それも趣味悪いなー」
「……」
じゃぁどうしろと、慎一郎にしっぽがあれば下がって見えたかもしれない。千晶は偉かったと飴をひとつ渡す。
マンションでもごく自然に、無理に会話を繋げるでもなくお互い気ままに過ごしていた。千晶はテレビを観たり、レポートを仕上げたり、慎一郎はPC片手に何かやっていたり。
時折電話が掛かってくれば、事務的な口調で話していたり、少しくだけた口調だったりと、その人となりが垣間見えた。
今日は足が冷えたとこぼす千晶にお風呂で温まったらとお湯を入れてくれた。その程度の気遣いはある、そんなぬるい関係。
♪~(あーきもちいい)
テレビもジェットバスも付いてるのにシャワーしか使ってないなんてもったいない。マンションなのに窓に面していて解放感もある。寛ぎながらこぼれた歌が伸びる。
慎一郎がシャワーだけなのは階下のジムでジャグジーに入れるからなのを千晶はまだ知らない。
「どう?温まった?ゲストルームに入浴剤があったよ」
いくつか示されたうちから、柑橘系を受け取って入れるとさわやかな香りで満たされる。
「ありがとう……なんで入ってくるのかな」
男というのは早脱ぎの天才なのだろうか、一旦ドアが閉まったと思ったらもうすっぽんぽん。前を隠す恥じらいだけはあるようだ。
「俺もクサいって言われちゃったし」
千晶が歌っていた続きを鼻歌で引き継ぎながら、背後から入ろうとする。
「ちょっと流してから入ってよ」
言ってから、問題はかけ湯の有無じゃないと心のなかで突っ込んだ。ゲストルームと慎一郎が言ったように、風呂は客間にもついている。出て行ってほしいのに、最初に風呂場にあらわれた相手にきゃっと可愛く声が出なかった以上どうにもならない。
「そんなに臭う?」
「そうじゃなくて――「じゃぁ、流すから髪洗ってよ」
(こんな人だったんだろうか)
クールに見えて意外とめんどくさい男かもしれない、手を掛け過ぎるともっと面倒くさくなりそうな予感がして、適当に頭からお湯をかけて済ませた。
「はいはい、きれいになったよ」
「……」
「出掛ける前にもシャワー浴びたんでしょ、洗いすぎるとよくないよ」
また千晶が頭を見つめると、頭を振りながら渋々とバスタブにってきた。浴室から出ていく選択肢はない模様。
(今更恥ずかしがっても逆効果だよね、多分)
肩をそっと撫でるよう鼻先で触れてくる、今日も彼は犬か。
「今日はいいにおいがする」
「入浴剤の香りじゃない?」
「なんか違う、おいしそうなにおい」
「…なんか当たってるんだけど」
「生理現象だよ、この状況でふにゃふにゃじゃ恥ずかしいでしょ」
「ぜーんぜん、ソコがどうであろうと貴方は男でしょ、だいたいなんでいつも後からくっついてくるの」
「んー、なんとなく」
そう言って、千晶のうなじに手の甲で触れ、肩、腕、手の先へと滑らせていく。
手のひらに代えゆっくりと引き戻して、肩から身体の脇をなぞっていく。
太ももから膝まできたところですっと膝の裏に手を入れ、くるっと向きを回転させた。
足が浮いたまま向かい合わせになった千晶が、あわててバスタブの持ち手を掴む。
「ちょっと危ない、溺れる」
「溺れて」
睨まれた視線を平然と受け、やや上がった口角の先で足の甲からすーっと、唇が触れるか触れないか、膝までゆっくりと伝って離れる。そしてもう片方の足に代えてまた、足先からまた辿るように、近づいて――
身体の芯がそわっとする。
千晶の頬が熱っぽくなってるのはお湯のせい、きっと。
それというのも千晶が自分が来たがったのだからとチケット代を出すとゴネたからだ。その場では慎一郎が払うのをありがとうと言って納め、帰り際にさりげなく渡してくるから質が悪い。
「このくらい遠慮しなくても」
「金額じゃなくて気軽に行きたいと言えなくなるのが嫌なの」
「どうしてそういう発想になるの、もっと強請ってくれていいのに」
とにかく対等で割り勘にしたがる女の子もいるとは聞いたことがある。彼女はそこまででないようだし、金額的には微々たる所なので慎一郎は理解に苦しむ。
「パパって呼んでいいの? 私はあんたのママじゃないけど」
「Mom you're all right, I surrender」(それはやだな)
「Good boy」(でしょ)
1オクターブ上げて皮肉っぽく慎一郎が返すと、腰に両手をあてて千晶が笑う。
「シュガーってことか」
「そ」
どうしてそういう発想なのか、もう口にはしなかった。彼女には彼女の線引きがあるのだろう。
「どうせなら貢がれてみたいね」
「うわぁ…人の欲の闇を聞いた気がする」
「冗談だよ、アキのお父さんってどんな人?」
「んー、うーん、一言でいうと『いるだけでいい人』かな」
千晶は視線を上に這わせがら言いあぐねる。慎一郎は口にしてからちょっと踏み込み過ぎたかと気づいた、彼女は自分や人のプライベートを話さない。無理に聞き出したい訳じゃないと付け足すと更に困った顔になる。
「見れば納得するかな、言葉では説明しにくいんだよ。良くいえば昼行燈」
「それ褒め言葉じゃないよね?」
「んー、ああ、まだ頭は光ってないよ、そういう意味じゃないから、まだ」
慎一郎の頭に視線を移しながら言うのはいただけない。
「時間の問題みたいに言わないで、不可抗力だから」
「あとは、良く言えば…好く言えば…顔だけかな」
「それも褒めてないでしょ」
これ以上きいても本質からは遠ざかる気がして慎一郎は尋ねるのをやめた。本当の父親相手でもアキが強請るところは想像できない。
*
マンションで会うだけかと思いこんでいたらそうでもなくて、ただ車でやって来てバイト先まで送ってくれたり、ご飯を食べるだけの時もあれば、帰りに待ち合わせることもあった。普通の大学生より健全かもしれない。
お互いに予定を開けるよう無理強いすることもなく、先約を優先しても不機嫌になることもなかった。
とある日は土日もずっとバイトだった千晶を慎一郎が迎えにきた。迷路のような駅を歩く。
「どこか寄る?」
「ううん、もう疲れたから座ってたいな、エアコン効きすぎて足が痛い。? なんか臭うよ」
千晶は鼻をスンスンさせる、タバコと香水と化粧品に色々混じったニオイ。
「わかる? ホームパーティという名のまぁアレだよ。昼間だから油断したわ、見てただけだから」
「それも趣味悪いなー」
「……」
じゃぁどうしろと、慎一郎にしっぽがあれば下がって見えたかもしれない。千晶は偉かったと飴をひとつ渡す。
マンションでもごく自然に、無理に会話を繋げるでもなくお互い気ままに過ごしていた。千晶はテレビを観たり、レポートを仕上げたり、慎一郎はPC片手に何かやっていたり。
時折電話が掛かってくれば、事務的な口調で話していたり、少しくだけた口調だったりと、その人となりが垣間見えた。
今日は足が冷えたとこぼす千晶にお風呂で温まったらとお湯を入れてくれた。その程度の気遣いはある、そんなぬるい関係。
♪~(あーきもちいい)
テレビもジェットバスも付いてるのにシャワーしか使ってないなんてもったいない。マンションなのに窓に面していて解放感もある。寛ぎながらこぼれた歌が伸びる。
慎一郎がシャワーだけなのは階下のジムでジャグジーに入れるからなのを千晶はまだ知らない。
「どう?温まった?ゲストルームに入浴剤があったよ」
いくつか示されたうちから、柑橘系を受け取って入れるとさわやかな香りで満たされる。
「ありがとう……なんで入ってくるのかな」
男というのは早脱ぎの天才なのだろうか、一旦ドアが閉まったと思ったらもうすっぽんぽん。前を隠す恥じらいだけはあるようだ。
「俺もクサいって言われちゃったし」
千晶が歌っていた続きを鼻歌で引き継ぎながら、背後から入ろうとする。
「ちょっと流してから入ってよ」
言ってから、問題はかけ湯の有無じゃないと心のなかで突っ込んだ。ゲストルームと慎一郎が言ったように、風呂は客間にもついている。出て行ってほしいのに、最初に風呂場にあらわれた相手にきゃっと可愛く声が出なかった以上どうにもならない。
「そんなに臭う?」
「そうじゃなくて――「じゃぁ、流すから髪洗ってよ」
(こんな人だったんだろうか)
クールに見えて意外とめんどくさい男かもしれない、手を掛け過ぎるともっと面倒くさくなりそうな予感がして、適当に頭からお湯をかけて済ませた。
「はいはい、きれいになったよ」
「……」
「出掛ける前にもシャワー浴びたんでしょ、洗いすぎるとよくないよ」
また千晶が頭を見つめると、頭を振りながら渋々とバスタブにってきた。浴室から出ていく選択肢はない模様。
(今更恥ずかしがっても逆効果だよね、多分)
肩をそっと撫でるよう鼻先で触れてくる、今日も彼は犬か。
「今日はいいにおいがする」
「入浴剤の香りじゃない?」
「なんか違う、おいしそうなにおい」
「…なんか当たってるんだけど」
「生理現象だよ、この状況でふにゃふにゃじゃ恥ずかしいでしょ」
「ぜーんぜん、ソコがどうであろうと貴方は男でしょ、だいたいなんでいつも後からくっついてくるの」
「んー、なんとなく」
そう言って、千晶のうなじに手の甲で触れ、肩、腕、手の先へと滑らせていく。
手のひらに代えゆっくりと引き戻して、肩から身体の脇をなぞっていく。
太ももから膝まできたところですっと膝の裏に手を入れ、くるっと向きを回転させた。
足が浮いたまま向かい合わせになった千晶が、あわててバスタブの持ち手を掴む。
「ちょっと危ない、溺れる」
「溺れて」
睨まれた視線を平然と受け、やや上がった口角の先で足の甲からすーっと、唇が触れるか触れないか、膝までゆっくりと伝って離れる。そしてもう片方の足に代えてまた、足先からまた辿るように、近づいて――
身体の芯がそわっとする。
千晶の頬が熱っぽくなってるのはお湯のせい、きっと。
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