Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

文字の大きさ
上 下
14 / 140
6月

2.

しおりを挟む
 お上りさんは行列のできるパンケーキやショッピングより企画展や博物館が好きらしい、慎一郎は今まで他所に廻していた貰いもののチケットで千晶を誘った。
 それというのも千晶が自分が来たがったのだからとチケット代を出すとゴネたからだ。その場では慎一郎が払うのをありがとうと言って納め、帰り際にさりげなく渡してくるから質が悪い。

「このくらい遠慮しなくても」
「金額じゃなくて気軽に行きたいと言えなくなるのが嫌なの」
「どうしてそういう発想になるの、もっと強請ねだってくれていいのに」

 とにかく対等で割り勘にしたがる女の子もいるとは聞いたことがある。彼女はそこまででないようだし、金額的には微々たる所なので慎一郎は理解に苦しむ。 

「パパって呼んでいいの? 私はあんたのママじゃないけど」
「Mom you're all right, I surrender」(それはやだな)
「Good boy」(でしょ)
 1オクターブ上げて皮肉っぽく慎一郎が返すと、腰に両手をあてて千晶が笑う。
「シュガーってことか」
「そ」
 どうしてそういう発想なのか、もう口にはしなかった。彼女には彼女の線引きがあるのだろう。
「どうせなら貢がれてみたいね」
「うわぁ…人の欲の闇を聞いた気がする」
 
「冗談だよ、アキのお父さんってどんな人?」
「んー、うーん、一言でいうと『いるだけでいい人』かな」

 千晶は視線を上に這わせがら言いあぐねる。慎一郎は口にしてからちょっと踏み込み過ぎたかと気づいた、彼女は自分や人のプライベートを話さない。無理に聞き出したい訳じゃないと付け足すと更に困った顔になる。

「見れば納得するかな、言葉では説明しにくいんだよ。良くいえば昼行燈」
「それ褒め言葉じゃないよね?」
「んー、ああ、まだ頭は光ってないよ、そういう意味じゃないから、まだ」
 慎一郎の頭に視線を移しながら言うのはいただけない。
「時間の問題みたいに言わないで、不可抗力だから」
「あとは、良く言えば…好く言えば…顔だけかな」
「それも褒めてないでしょ」

 これ以上きいても本質からは遠ざかる気がして慎一郎は尋ねるのをやめた。本当の父親パパ相手でもアキが強請るところは想像できない。



 マンションで会うだけかと思いこんでいたらそうでもなくて、ただ車でやって来てバイト先まで送ってくれたり、ご飯を食べるだけの時もあれば、帰りに待ち合わせることもあった。普通の大学生より健全かもしれない。

 お互いに予定を開けるよう無理強いすることもなく、先約を優先しても不機嫌になることもなかった。

 とある日は土日もずっとバイトだった千晶を慎一郎が迎えにきた。迷路のような駅を歩く。
「どこか寄る?」
「ううん、もう疲れたから座ってたいな、エアコン効きすぎて足が痛い。? なんか臭うよ」
 千晶は鼻をスンスンさせる、タバコと香水と化粧品に色々混じったニオイ。
「わかる? ホームパーティという名のまぁアレだよ。昼間だから油断したわ、見てただけだから」
「それも趣味悪いなー」
「……」
 じゃぁどうしろと、慎一郎にしっぽがあれば下がって見えたかもしれない。千晶は偉かったと飴をひとつ渡す。



 マンションでもごく自然に、無理に会話を繋げるでもなくお互い気ままに過ごしていた。千晶はテレビを観たり、レポートを仕上げたり、慎一郎はPC片手に何かやっていたり。
 時折電話が掛かってくれば、事務的な口調で話していたり、少しくだけた口調だったりと、その人となりが垣間見えた。


 今日は足が冷えたとこぼす千晶にお風呂で温まったらとお湯を入れてくれた。その程度の気遣いはある、そんなぬるい関係。
 
 ♪~(あーきもちいい)

 テレビもジェットバスも付いてるのにシャワーしか使ってないなんてもったいない。マンションなのに窓に面していて解放感もある。寛ぎながらこぼれた歌が伸びる。

 慎一郎がシャワーだけなのは階下のジムでジャグジーに入れるからなのを千晶はまだ知らない。

「どう?温まった?ゲストルームに入浴剤があったよ」

 いくつか示されたうちから、柑橘系を受け取って入れるとさわやかな香りで満たされる。

「ありがとう……なんで入ってくるのかな」

 男というのは早脱ぎの天才なのだろうか、一旦ドアが閉まったと思ったらもうすっぽんぽん。前を隠す恥じらいだけはあるようだ。

「俺もクサいって言われちゃったし」
 千晶が歌っていた続きを鼻歌で引き継ぎながら、背後から入ろうとする。
「ちょっと流してから入ってよ」

 言ってから、問題はかけ湯の有無じゃないと心のなかで突っ込んだ。ゲストルームと慎一郎が言ったように、風呂は客間にもついている。出て行ってほしいのに、最初に風呂場にあらわれた相手にきゃっと可愛く声が出なかった以上どうにもならない。

「そんなに臭う?」
「そうじゃなくて――「じゃぁ、流すから髪洗ってよ」

(こんな人だったんだろうか)

 クールに見えて意外とめんどくさい男かもしれない、手を掛け過ぎるともっと面倒くさくなりそうな予感がして、適当に頭からお湯をかけて済ませた。

「はいはい、きれいになったよ」
「……」
「出掛ける前にもシャワー浴びたんでしょ、洗いすぎるとよくないよ」

 また千晶が頭を見つめると、頭を振りながら渋々とバスタブにってきた。浴室から出ていく選択肢はない模様。
 
(今更恥ずかしがっても逆効果だよね、多分)

 肩をそっと撫でるよう鼻先で触れてくる、今日も彼は犬か。

「今日はいいにおいがする」
「入浴剤の香りじゃない?」
「なんか違う、おいしそうなにおい」

「…なんか当たってるんだけど」
「生理現象だよ、この状況でふにゃふにゃじゃ恥ずかしいでしょ」
「ぜーんぜん、ソコがどうであろうと貴方は男でしょ、だいたいなんでいつも後からくっついてくるの」

「んー、なんとなく」

 そう言って、千晶のうなじに手の甲で触れ、肩、腕、手の先へと滑らせていく。
 手のひらに代えゆっくりと引き戻して、肩から身体の脇をなぞっていく。
 太ももから膝まできたところですっと膝の裏に手を入れ、くるっと向きを回転させた。

 足が浮いたまま向かい合わせになった千晶が、あわててバスタブの持ち手を掴む。

「ちょっと危ない、溺れる」
「溺れて」

 睨まれた視線を平然と受け、やや上がった口角の先で足の甲からすーっと、唇が触れるか触れないか、膝までゆっくりと伝って離れる。そしてもう片方の足に代えてまた、足先からまた辿るように、近づいて――

 身体の芯がそわっとする。
 千晶の頬が熱っぽくなってるのはお湯のせい、きっと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜

羽村美海
恋愛
 古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。  とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。  そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー  住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……? ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ ✧天澤美桜•20歳✧ 古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様 ✧九條 尊•30歳✧ 誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭 ✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦ *西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨ ※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。 ※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。 ※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。 ✧ ✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧ ✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧ 【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...