Bittersweet Ender 【完】

えびねこ

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5月

4.

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 翌週末、土曜の授業にも慣れた放課後のこと。

「サークルに遊びに来てよ、女の子は外部の子だけなのちゃんと健全だから」
「高遠さんも行こうよ学園祭、チケットもらったんだ」
「今日はちょっと予定が、また誘って」
 
「あ、そういう事か、じゃぁまたね」
「げっ」

 校門を出て数歩、視線の先にはまたあの青い車が停まっていた。派手な車ではないけれど学生の関心をしっかりととらえている。千晶は既に車にも乗り手のことも、月曜に詰問されてうんざりしたのだ。
 彼女らも本人に訊けばいいのに、こういう時はそそくさと去っていく。

「今日もバイトっていいましたよね」
「きいたよ、明日は?」
「予定はないけれど、部屋なら遠慮しときます」
「なぜ?」
「経験がやめとけって言ってるから」
「直感的には? ダメじゃないよね」

 話の通じない人は厄介だが、通じているのに会話の方向がおかしいのも手に負えない。 

「それでもあなたみたいな人にこのままずるずると会って情が湧くのは困ります。それから違っていたら申し訳ないけれど、直接でも間接的にも共有されるのもするのも嫌なの、病気も含めてね」
「直球で来たね、適当にはぐらかせて手駒に取っておく気もないの?」

 彼は随分な言われようにも気を悪くした風でもなく、眼だけをちょっとおかしそうに細めただけだった。このメンタリティは見習うべきかもしれない。
 
「そうするのが賢いんだろうね、相手に不自由しなくて本気にもならない人には。でも私はそんなに器用じゃないし面倒なのはいらないの。ゲーム自体はあなたの勝ちなんだからいいじゃない」
「シン、ゲームに勝っても試合に負けたって気分だな」
「慎一郎さんは断られたことなさそうだから狩猟本能が刺激されてるだけ。私が毎日マンションに押しかけたら3日で飽きるでしょ」
「……わかったよ」

 失礼すぎる推測にも両手を軽くあげ、面白そうな含み笑いを浮かべただけ。そして、ここまできたから送ると、ドアを開けて乗車を促す。


 結局またパーキングエリアでおにぎりを食べ、バイト先まで送ってもらった。
 誘いを断って乗るのも十分に危機感が欠如している。
 他人になら『断りや別れ話は人目のつく場所で、逆上した人はどう出るかわからないからね』って言えるのに。

 不遜な感じだけど傲慢ではない、思い通りにならない展開でも不機嫌になったり、断られた腹いせに無理強いするようにはみえない。

 果たして千晶の直感通り紳士的だった。

「送ってくれてありがとう」
「どういたしまして」

 内心がどうであれ冷静に振る舞えるのは大人の中でもきちんと過ごしてきたんだろう。気まぐれなのか余裕なのか。
 生理的には嫌いではないんだ、居心地のいいひと。普通なら約束もなく出待ちされたら気持ち悪いだけだもの。顔も好みとはちょっと違うけど嫌じゃないし、――嫌いじゃないってズルい言い訳だな。

 千晶は去り行く車をちらっと見送り、信号を渡った。



 7時間後、まだ慣れないバイトから帰宅すると、ポケットにカードキーが入っているのに気付いた。丁寧に付箋にパスまで書いてある。
「……(やられた)」何も言えないってこういうことか、千晶は溜息も出ない。せめてバイト終わりに気づけよ――と自身に突っ込みをいれた。

 さてどしよう。

・交番や受付に渡す……何か聞かれても困る
・入ってたことを知らずついうっかり落し……悪用されても気分が悪い
・家探しして何か弱みを……

 築40年1Kのアパートの鍵ならいざ知らず、高そうなマンションの鍵ともなると常識と良心が邪魔をする。

 千晶は――少し考えてからネットを検索し工作を始めた。

 それから、わざわざ日曜に出掛けるのもしゃくなので月曜朝イチで郵便受けへ――ポストルーム真横に立つ警備員に怪しまれないようおはようございますとにっこり微笑んで――入れておいた。そのために30分も早く家を出た自分を褒めてあげたい、千晶は晴れ晴れとした顔で晴れた空を見上げ、任務完了と右手をひらりと振った。
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