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4月
5.
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4月末のこと、同期の女子だけでご飯を食べようと言う話だったはず。はずなのにいつの間にか別の大学の男性が合流しているのはもうお約束なのかもしれない。
ちょっと小洒落たブラッスリーの二階、30席ほどの半分は彼らに抑えられていた。
偶然を装ってはいるものの誰かが声をかけたのだろう。相手方をきけばは少し離れた場所の名門私大の同学部生。で、学力的にも経済的にも上で男性のプライドと女性の欲求は満たされる組み合わせ。
同期19人中12人が参加、残りの女だけじゃつまらないって断った彼女らこそ来るべきだったのに皮肉なもの。
「今から呼んだら絶対くるでしょ」
「彼女たちの豹変ぶりが見たかったわぁ、休み明けに知ったら悔しがるでしょうね」
――右隣の毒がすごい。
千晶は溜息をつきながら、左隣と顔を見合わせて確認する。
「…合コンだって聞いてました?」
「知ってたら来てませんよ、彼氏いるって言ったじゃないですか。彼もあの人たちと同じ大学だから困るなぁ」
「…もしかして彼氏さんに連絡しました?」
「うん、終わったら迎えに来てくれるって、早めに来てもらおうかな、でも恥ずかしいし」
まさかの戦犯発見。
右隣もやれやれって顔をしてから、「来ちゃったものは仕方ないね、使えそうなのいるかしら」不敵なハンターの目に変わった。
「飲み物何にする?」
「ノンアルでー、」
予定外だからと言っても不機嫌そうに人の恋路を邪魔する気はない。千晶も左隣も食事を楽しむ。
「彼氏さん追いかけて?」
「うん、私は母に受験を反対されてたのでこっそりと、でも受かったら喜んじゃって」
「いいねー、俺もそんな彼女がいてくれたら」
交流会の名目通りに適当に話を合わせて過ごしていると、初対面なはずなのに一人見覚えのある男性がいることに気づいた。誰だか思い出せなくて、気になって見ていると目が合ってしまった。
「どうも、新入生だって?」
「はい、どこかでお会いしましたっけ?」
「さぁ、どうだったかな。キミみたいにかわいいこなら忘れないよ」
相手はちょっと片方の眉をあげて軽くかわした。
誘いの常套句だったと気づいたのは口に出してしまってからだった。しかもガン見した後ではどう見ても逆ナンです本当にありがとうございました。
この交流会の目的はともかく小奇麗にしている同期に比べ、高校が私服だった千晶はがっかり大学生活に見合った可愛さ皆無の色気も皆無の普段着に最低限のメイク――これでも食事というから色味を足した結果。
イタイ勘違い女がやらかしてしまった感満載。
「ああ、ごめんなさい。貴方みたいに素敵な人会ってたら忘れたりできませんもんね、勘違いでした(てへ」慌てて訂正すれば意図は通じたようだ。ほっとするも後悔先に立たず、千晶は何度か会わないと人の顔を覚えられないほうだ。弟や友人が一度で人の顔を覚えるので今まで不便を感じずにいた。
向こうが覚えていて声をかけてきたのでなければ、誰かの空似かどうでもいい間柄なんだろうに。
適当に話を合わせ、興味はないことを匂わせているうちに、すぐに別の人から声が掛かりそれきりになった。見目よろしい分言われ慣れてるんだろう、気にした様子もなく千晶は安堵した。
「…人の顔って一度で覚えられる?」
「人によるよね、千晶ちゃんは特徴あるから、佐藤さんも」
「わかる、雰囲気ありますよね」
「悪目立ちって言いたいの?」
そろそろお開きと席を立って待っていると、今度は相手がちょっと考えた風にじっと見つめてきた。視線が下から上へまた下へと移動する。角度を変えてもう一度。
「立ち姿で思い出したよ、この前クラブで…」
今頃になって、しかも顔じゃなく体つきで覚えてるところがゲスい。最低。
(一見人当りのよさそうな顔して…あ)
千晶も思い出した、ソファーの肘掛けに腰かけて人だ、きっと。
やっぱりどうでもいい相手、むしろ思い出さなければ平和だったのに、と声をかけたことを心底後悔した。
「今日はごちそうさまでした、では」
「どういたしまして、これからもよろしくね、高遠さん」
なんとなく嫌な予感がしてさっさと逃げに入ったが、一歩遅かった。
今日のことは穴を掘って埋めてやりたい。にっこり微笑んだ相手――4年生の時田さんといった――を前に千晶もやけくそで笑顔を返した。
「ね、下の名前は? 狭い世界なんだから仲良くしようよ」
「…仲よくなくていいです」
千晶が作り笑顔を引っ込めると、いいねぇと時田は面白そうに微笑んだ。
***
『世間は狭い』
間に二三人の人を介せばほとんどの人と繋がるってのは大げさじゃなかった。全くの無名の人同士でも五六人を介せば繋がるという。東京の半径50㎞なんて皆知人の知人の知人だろう。
そうして途切れたはずの人と再び関わることになる。
ちょっと小洒落たブラッスリーの二階、30席ほどの半分は彼らに抑えられていた。
偶然を装ってはいるものの誰かが声をかけたのだろう。相手方をきけばは少し離れた場所の名門私大の同学部生。で、学力的にも経済的にも上で男性のプライドと女性の欲求は満たされる組み合わせ。
同期19人中12人が参加、残りの女だけじゃつまらないって断った彼女らこそ来るべきだったのに皮肉なもの。
「今から呼んだら絶対くるでしょ」
「彼女たちの豹変ぶりが見たかったわぁ、休み明けに知ったら悔しがるでしょうね」
――右隣の毒がすごい。
千晶は溜息をつきながら、左隣と顔を見合わせて確認する。
「…合コンだって聞いてました?」
「知ってたら来てませんよ、彼氏いるって言ったじゃないですか。彼もあの人たちと同じ大学だから困るなぁ」
「…もしかして彼氏さんに連絡しました?」
「うん、終わったら迎えに来てくれるって、早めに来てもらおうかな、でも恥ずかしいし」
まさかの戦犯発見。
右隣もやれやれって顔をしてから、「来ちゃったものは仕方ないね、使えそうなのいるかしら」不敵なハンターの目に変わった。
「飲み物何にする?」
「ノンアルでー、」
予定外だからと言っても不機嫌そうに人の恋路を邪魔する気はない。千晶も左隣も食事を楽しむ。
「彼氏さん追いかけて?」
「うん、私は母に受験を反対されてたのでこっそりと、でも受かったら喜んじゃって」
「いいねー、俺もそんな彼女がいてくれたら」
交流会の名目通りに適当に話を合わせて過ごしていると、初対面なはずなのに一人見覚えのある男性がいることに気づいた。誰だか思い出せなくて、気になって見ていると目が合ってしまった。
「どうも、新入生だって?」
「はい、どこかでお会いしましたっけ?」
「さぁ、どうだったかな。キミみたいにかわいいこなら忘れないよ」
相手はちょっと片方の眉をあげて軽くかわした。
誘いの常套句だったと気づいたのは口に出してしまってからだった。しかもガン見した後ではどう見ても逆ナンです本当にありがとうございました。
この交流会の目的はともかく小奇麗にしている同期に比べ、高校が私服だった千晶はがっかり大学生活に見合った可愛さ皆無の色気も皆無の普段着に最低限のメイク――これでも食事というから色味を足した結果。
イタイ勘違い女がやらかしてしまった感満載。
「ああ、ごめんなさい。貴方みたいに素敵な人会ってたら忘れたりできませんもんね、勘違いでした(てへ」慌てて訂正すれば意図は通じたようだ。ほっとするも後悔先に立たず、千晶は何度か会わないと人の顔を覚えられないほうだ。弟や友人が一度で人の顔を覚えるので今まで不便を感じずにいた。
向こうが覚えていて声をかけてきたのでなければ、誰かの空似かどうでもいい間柄なんだろうに。
適当に話を合わせ、興味はないことを匂わせているうちに、すぐに別の人から声が掛かりそれきりになった。見目よろしい分言われ慣れてるんだろう、気にした様子もなく千晶は安堵した。
「…人の顔って一度で覚えられる?」
「人によるよね、千晶ちゃんは特徴あるから、佐藤さんも」
「わかる、雰囲気ありますよね」
「悪目立ちって言いたいの?」
そろそろお開きと席を立って待っていると、今度は相手がちょっと考えた風にじっと見つめてきた。視線が下から上へまた下へと移動する。角度を変えてもう一度。
「立ち姿で思い出したよ、この前クラブで…」
今頃になって、しかも顔じゃなく体つきで覚えてるところがゲスい。最低。
(一見人当りのよさそうな顔して…あ)
千晶も思い出した、ソファーの肘掛けに腰かけて人だ、きっと。
やっぱりどうでもいい相手、むしろ思い出さなければ平和だったのに、と声をかけたことを心底後悔した。
「今日はごちそうさまでした、では」
「どういたしまして、これからもよろしくね、高遠さん」
なんとなく嫌な予感がしてさっさと逃げに入ったが、一歩遅かった。
今日のことは穴を掘って埋めてやりたい。にっこり微笑んだ相手――4年生の時田さんといった――を前に千晶もやけくそで笑顔を返した。
「ね、下の名前は? 狭い世界なんだから仲良くしようよ」
「…仲よくなくていいです」
千晶が作り笑顔を引っ込めると、いいねぇと時田は面白そうに微笑んだ。
***
『世間は狭い』
間に二三人の人を介せばほとんどの人と繋がるってのは大げさじゃなかった。全くの無名の人同士でも五六人を介せば繋がるという。東京の半径50㎞なんて皆知人の知人の知人だろう。
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