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他人の身体で何が出来る?

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 重い身体を引き釣りながら、男や女をやり過ごして足を進めた。壁に寄りかかれば時折鋭利な石の壁が私の身体を小さく引き裂いた。湿った空気と反響する音が痛む頭をゴンゴンと揺らしてくる。日々の訓練のお陰で足音が聞こえないようにあることが出来ているお陰で、未だ見つからないで居る。

「う、いつつ……。はやく、はやく」

 ガクガク震え始めた足を何度か叱咤しては足を動かした。【インビジブル】をかけているお陰で何人かが私の横を通り過ぎても気付かずに行ってくれる。このまま、闇属性も持つ者が現れなければ行けるかもしれない。そう思って、足を進めてフラフラと一つの部屋に入った。
 少し休まなければ、と部屋に入ればそこは食料が少し置いてある倉庫だった。ちょっくら拝借がてら個々で休憩しようと、誰も居ないことを確認してから扉を閉めようとした、がコツコツと慌ただしい中でも冷静な足音がこちらに近づいてくる気がした。洞窟の反響のせいで逆に距離が読めない。だから、私はそのまま倉庫の扉の後ろに隠れてやり過ごそうと隠れた。

「近いな」

「まさか、悪魔も闇属性をもっているとは思いませんでしてへっへっへ、よろしおねげぇーしまっせ」

【秩序の汚泥を脱ぎ捨て 迫害を避ける衣を纏う者の居場所を求める】

(やばいッッ)

 ガラガラと深いな音波の声を持つしゃがれた男の声と、別の成人男性の男の二人の足音と声が聞こえる。感覚で私がこの倉庫の中に居るということが、わかったのか詠唱と共に短い間だけ【インビジブル】などの姿を隠す魔法を纏っている者の姿を見ることが出来る詠唱を施しながら、開いている倉庫の入り口の前に二人の足音が同時に止まった。

「……ッッ」

 ガクガク震えながら息を止めてゆっくり入ってくるのを、扉の隙間からのぞき込む。やがて、男は倉庫の中に履いてきて、あたりを歩き回る音がした。どうか、バレないようにと祈って震えれば。

「いやしませんね」

 しゃがれた声の男が落胆を露わにした声音でため息をつくように言うと、そそくさとドアを潜り抜け倉庫の外へ。男も追うように倉庫のドアに足音をならして潜って出て行こうとしている。それに安心してほっと息をなで下ろそうとした頃に。

ザンッ!

 ちょうど、扉の隙間を縫うように私に向けて刃が通された。間一髪ドアの後ろから飛び出したお陰で貫かれる事は無かったが……。

「扉の後ろでやる過ごすなんて、こざかしい悪魔だ」

【空間転移】

 素早く刺した剣を抜いて呆れたように言い放つ男は、飛び上がるように剣を振り上げた。空間転移でどうにか倉庫の外へと移動して走った。しゃがれた声の男が、私が見つけたのを声高々に知らせたおかげであっちこっちから足音が聞こえる。どうにか、足音の遠い方やない方を判断してがむしゃらに走ると、洞窟の中でも広い所へと出た。向こうには別の通路が……早くしないと! そんな焦りが、足を縺れさせて転んでしまった。

「手間をかけさせる。お前は交換条件に必要なんだから必要以上に傷付けさせるな……足の健くらいで許してやる」

「いや、ひぅ……」

 子供の足ではやっぱりたかが知れていて、追いつかれた挙げ句に足に向かって……剣を振り下ろされて私は、泣きながら顔を覆った。

キンッ……。

 高い金属音が混じる音……馴染みのある音が耳に届いた。ゆっくりと、顔を上げると……見慣れた翡翠色の髪と、目をこらさなくても大きくしっかりとした背中の……カペル君が居た。

「我が君……遅くなって申し訳ありません!」

 脇差しくらいの中くらいの剣で相手の剣を受け止めたカペル君はどうにか、男の剣をあしらってから私を担いで走って反対側へ。突然の事で何も言えずに、縋るようにカペル君のしているローブを握って震えることしかできなかった。お礼とか色々言わなければならないものがあるはずなのに……。

「か、カペ」

「我が君、怖かったですよね。もう大丈夫ですから……さぁ一緒にでましょう」

 きゅっと私を抱きかかえる手を強めて走る速度を速めた。それ以上は何も言わずに私はポタポタ泣きながら目を瞑った。ある程度喧噪が小さくなった頃に、カペル君のほうが口を開いた。

「同盟の価値があがるからということで、レミリス様はリエル様……サイ様が一人ででることを望んでいます。できそうですか? 無理でしたら、ヌファンさんとソーラさんが到着した時に一緒に……」

「やる、大丈夫」

「わかり、ました。この後レドビス様がすぐに合流します。そこで一旦出ましょう。話しはそこ」

「がアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

「キャアアアアア!!!」

 途中までカペル君の声が聞こえた。遮ったのは突然洞窟の壁を突き破った……絵本で読んだトロールの姿をした化け物が、私とカペル君を吹っ飛ばした。カペル君は咄嗟に私を抱え込んで守ってくれたけど、私は悲鳴をあげることしかできなかった。数回跳ねて転がって反対側への壁に激突する私とカペル君……。

「ガッッ、ハヒュ……」

 私を守ったカペル君は壁に激突すると同時に、背中の骨が尋常じゃ無い音を立てて、身体の中の空気を無理矢理だされたような痛ましい声が漏れた。

「我が、君……。僕が、僕が引きつけますから、レドビス様が、予め入り口の見張りを、無効に、行けば……。行って下さい」

「でも、カペル、く」

「行って下さいッッ!!! 行け!!!」

「がアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 弾かれるように走った私に反応したトロールは、素早く壁を殴って中を破壊して塞いでしまった。カペル君は悔しげに、息を吐くと私を守るように前に立ってトロールに剣を向けた。

「我が君、下がってください」

 トロールが、構わずに大ぶりに拳を振り上げてカペル君の剣に攻撃をした。小さくて細身な剣はそれを耐えたけど肝心のカペル君の身体は軋むように悲鳴を上げていた。どうにか、援護できないものかと魔力を練るけど……魔力不足……空っぽだった。あのときの【空間転移】で全て使ってしまったららしい、練ろうとしても練る物がそもそもない事態に……絶望した。

剣も、魔力も、力も、技術もない。何にも無い私に何ができる?

「我が君、ぐぁ、我が君……大丈夫ですから、だい、丈夫ですからッッ」

 何度も何度も、私を守る為にトロールの重い攻撃を受け止めるカペル君。カペル君の剣を握る手はいつのまにか血まみれで、ソーラがよくセットしているカペル君の三つ編みにして肩にながした長い髪は紐がきれて、バサリと血と共に広がる。

ピシャリッ。

 あのときの馬車の襲撃のように私の顔には血が降り注いだ。どこの誰かのじゃないカペル君……お兄ちゃんの血が私の顔に掛かる。精神を安定させる魔具のレミリスの指輪が熱くて悲鳴をあげているように指を締め付けてくる。どこかへ行かないでと叫ぶように。

 何度も、何度も、大丈夫と言って許容量を超えても立って私を守ってくれるカペル君を見て居ることしか私にはできない。


【出来ないの?】


「あ……」

 ついに耐えていた剣が音を立てて割れて……カペル君の身体にトロールの重い一撃が入った。もはや声もなく顔を歪ませたカペル君の目がゆっくりと光がなくなっていくのが見える。全てがスローモーションのように落ちていく破片が不意に私の目の前に落ちてくれば、破片の向こうにリエル・メーカー・アンドールが見た。

【思い出して、私は歴代で最悪の再来と呼ばれた……白い悪魔……出来ない事なんてない。前を向いて、手を伸ばして……貴女が出来る事はなに? 私の身体で貴女は何をする?】

 破片の向こうのリエル・メーカー・アンドールは微笑んで……私にそう語りかけてきた。全てが止まった世界で。
 
 





 
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