129 / 175
血縁の鎖
しおりを挟む
「グラスちゃんのお母さんは、大好きだったわぁ! 気丈で、気高くて、グラスちゃんに似て感情を表すのは苦手だけどそこがいじらしくて……可愛かったわぁ。だから、アタシはグラスちゃんと、グラスちゃんのだぁい好きなカリスティアちゃんを引き取ることにしたのよ?」
「グラス……。私は私を救ってくださったラフゼルージュ様を愛していたわ。けれど、勘違いはしないこと。私はグラス……貴方の親で居られることが誇らしいの、誰と交わってもお前を産みたいと思えるほどに。愛しているからこそ受け止めておくれ……。私は今も昔もラフゼルージュ様を愛している。愛してるのよ」
二人の声が自身の中で反響して消える。二人の目は幼い私の目でもわかるくらいに美しく恋い焦がれてたそれが焼き付いていた。その記憶が黒に黒を塗り込めるように黒い仕舞っていた心をさらに塗りつぶしてくる。カリスティアが生きる為に他を殺めることを見ないようにしていたように、私は……ラブマルージュ様が母を逃がした張本人だということに目を背け続けていた。
ラブマルージュ様は幼少期の私に進んで接触を図ってくださった。私が父に殺されそうになった時に進んで私を保護してくださった。私は……、愛する者を引き裂いた忌々しい父上の血を引いているというのに……。ペルマネンテの利害の一致した友好関係を築くことを条件に母上は、ペルマネンテに嫁いだ。
まだ資源が潤沢で余裕があったとはいえ、ドワーフ国はその時から資源の枯渇の問題に直面していた。そんな中でペルマネンテの友好関係を築き、そこから交易強化することが一番有効な手だった。当時の国王はそれを利用して、変わる予知ではなく不変の未来を見るスキルを持つ母上を求めた。
その、契約や約束を翻されることを知らなかったドワーフ国はそれを飲んだ。
それで、どこをどうなったのかは……。私はわかろうとしなかった。ドワーフ国の傾きの一因を担っているのが自分ではないかという恐怖に勝てなかった。けれど、こんな形で知る事になるならば昔の自分を鞭で打ってでも調べておくべきだった。
第一王子がリチェルリットに居るということは、嫌でも何かがあったことは……火を見るより明らかだ。
「母上……をアダムスから逃がしたのは、ラフゼルージュ・サットサンガ、当時のドワーフ国の第一王子……現ラブマルージュ様です。ご本人の口からは聞いておりませんが……、在りし日の母がその名を教えて頂きました」
名前を変えてまで居るということは……。化粧で顔を変えてこの場に居るということは……。
いつの間にかそこに居てくれたカリスティアに、縋るように手を握った。自分の腕がこれでもというくらいに震えに震えていた。手だけでは足りなくてカリスティアの肩を掴んで身体を引き寄せた。それでもガタガタと私の身体は震えが止まらなかった。
「私は……、ラブマルージュ様は母上を愛していました。母上、も、ラブマルージュ様を愛していました」
「うん」
カリスティアは、カリスティアだけは、そう願って言葉を紡ぐ。心のどこかではカリスティアさえもこの身体に流れる血で……私の目の前から消えてしまうのではないかと、身体が震えて、さらに縋るようにカリスティアの身体を締め付けた。カリスティアの暖かな体温と私の冷えた体温が行き来する度に手放したく無い気持ちが心の中で荒れ狂う。
「けど、父上はそれを引き裂きました。その血が私には流れている。私の……せいで、ドワーフ国が、恩人であるラブマルージュ様のお心が……」
「血は血だよ。私はグラスをずっと見てる。それは……グラスのお父さんの罪だよ、グラスの罪じゃない」
腹違い、汚れた血、疎まれ続けていた私には【血縁】というのが嫌でも心の傷に塗りこまれていった。その楔にカリスティアは柔らかく爪を立てた。
「グラス・ペルマネンテと今のグラス……どっちも貴方のせいじゃない。私はずっと見てたから」
血ではなく私を見てくれ。首にぶら下げられた王子でもなく、母上と父上の血ではなく私を、誰か私を見て欲しい。幼少期に何度も嚥下して、喉から出さずに飲み下して、何度も何度も貯めていた思いを立てた爪で引き裂いた。
「もし、血で自分が過ちをお父さんのように犯してしまうことが怖いなら、私が止める。何度も言うけどちゃんと見てるよ」
言われ続けていると本当に自分もそうなってしまうのではないか、何度も何度も恐怖しては消していた。血は争えない……その言葉に追い回され、自分は違うと否定しては、白い自分を見て絶望して居た思いをするりと引き裂いた。自分では壊したくても壊せなかったものが、彼女の手で壊されていく。
「グラスはグラスだよ。怖いなら私が顔面を殴ってでも止めるし、自分の立っている所がわからないなら、ずっとグラスと近い所で見てた私が手を引くよ……此処がグラスの今居るところだって」
いつの間にか脱力していた私の手をすり抜けたと思ったら、私の手を引いた。咄嗟のことでカリスティアに覆い被さるように倒れて押し倒してしまった。けど、カリスティアは私を受け止めて、私の頭を撫で続けて居た。カリスティアの顔を見ると、それは美しい笑顔で……私の知る本当の笑顔でカリスティアは私を見つめ返していた。ふと、天使という単語が浮かんで、同意する。確かに天使だろう、誰にも成し得なかった私を私として見ることを彼女はやってのけたのだから。
「すこし、こうして居ようか?」
「カリスティア……ありがとうございます」
本当は男の私が胸を貸すものですが、心地が良くて抵抗ができなかった。したくなかった……。お礼だけでも言って私はカリスティアに身体を預けようと、彼女の背中に手を回して抱きついた。仄かな肉が私の顔を包む感触にそのまま意識を手放そう……として。
・
・
私の背中に手を回して引き寄せるグラスの顔を私の貧相な胸で受け止めた。甘えるように顔を私の胸に数回擦り付けたあとに、急に突き飛ばされた。
「あだー!」
「胸が!!!」
急に突き飛ばされたものだから、私の首はしなって後ろのイスに頭が打ち付けられて、両手でぶつけた部分を抑えて、女とは思えない野太い声で痛みを訴えた。グラスが真っ赤な顔で「胸が!!!」なんて言う物だから、そのまま売り言葉と買い言葉に発展した。
「胸くらいでギャーギャー騒がないでよ!!! すけこまし顔!」
「誰がすけこまし顔ですか! カリスティアは年頃なのだからそのような言葉を使うべきではありません! だから年頃なのに対して成長しないのです!」
「口調と胸の成長の関係性研究してから言え! 顔がいい割には反応が未成年のグラスに言われたかないわ!!!」
「カリスティア以外の女は不要なのですから仕方ないでしょう!!! カリスティアは逆に堂々としているようで、貞操概念はどうなっているのでしょうか?」
「貞操疑われようが、私だってグラス以外の男はいらないわ!!! 私なんか拾うのは、美形でかっこいいのにゲテモノ食いのグラスくらいしかいーまーせーん!!!」
「えーえー。天使と間違われて殺される程度の運勢をお持ちのカリスティアが務まるのは私だけでしょうね。歩く死相のカリスティアですから、私以外の軟弱な男は心労で他界してしまうでしょう。ゲテモノ食いで結構です」
「……」
「……」
口の押収の後はいつも通りに、互いに頬を両手で引っ張り合ってにらみ合うという、低レベルな戦いが始まる。結局、パシリとして痴話喧嘩に派遣されたスケイスがくるまで、お互いの頬を両手で掴んだままにらみ合う低レベルな肉体言語は終わることがなかった。
「グラス……。私は私を救ってくださったラフゼルージュ様を愛していたわ。けれど、勘違いはしないこと。私はグラス……貴方の親で居られることが誇らしいの、誰と交わってもお前を産みたいと思えるほどに。愛しているからこそ受け止めておくれ……。私は今も昔もラフゼルージュ様を愛している。愛してるのよ」
二人の声が自身の中で反響して消える。二人の目は幼い私の目でもわかるくらいに美しく恋い焦がれてたそれが焼き付いていた。その記憶が黒に黒を塗り込めるように黒い仕舞っていた心をさらに塗りつぶしてくる。カリスティアが生きる為に他を殺めることを見ないようにしていたように、私は……ラブマルージュ様が母を逃がした張本人だということに目を背け続けていた。
ラブマルージュ様は幼少期の私に進んで接触を図ってくださった。私が父に殺されそうになった時に進んで私を保護してくださった。私は……、愛する者を引き裂いた忌々しい父上の血を引いているというのに……。ペルマネンテの利害の一致した友好関係を築くことを条件に母上は、ペルマネンテに嫁いだ。
まだ資源が潤沢で余裕があったとはいえ、ドワーフ国はその時から資源の枯渇の問題に直面していた。そんな中でペルマネンテの友好関係を築き、そこから交易強化することが一番有効な手だった。当時の国王はそれを利用して、変わる予知ではなく不変の未来を見るスキルを持つ母上を求めた。
その、契約や約束を翻されることを知らなかったドワーフ国はそれを飲んだ。
それで、どこをどうなったのかは……。私はわかろうとしなかった。ドワーフ国の傾きの一因を担っているのが自分ではないかという恐怖に勝てなかった。けれど、こんな形で知る事になるならば昔の自分を鞭で打ってでも調べておくべきだった。
第一王子がリチェルリットに居るということは、嫌でも何かがあったことは……火を見るより明らかだ。
「母上……をアダムスから逃がしたのは、ラフゼルージュ・サットサンガ、当時のドワーフ国の第一王子……現ラブマルージュ様です。ご本人の口からは聞いておりませんが……、在りし日の母がその名を教えて頂きました」
名前を変えてまで居るということは……。化粧で顔を変えてこの場に居るということは……。
いつの間にかそこに居てくれたカリスティアに、縋るように手を握った。自分の腕がこれでもというくらいに震えに震えていた。手だけでは足りなくてカリスティアの肩を掴んで身体を引き寄せた。それでもガタガタと私の身体は震えが止まらなかった。
「私は……、ラブマルージュ様は母上を愛していました。母上、も、ラブマルージュ様を愛していました」
「うん」
カリスティアは、カリスティアだけは、そう願って言葉を紡ぐ。心のどこかではカリスティアさえもこの身体に流れる血で……私の目の前から消えてしまうのではないかと、身体が震えて、さらに縋るようにカリスティアの身体を締め付けた。カリスティアの暖かな体温と私の冷えた体温が行き来する度に手放したく無い気持ちが心の中で荒れ狂う。
「けど、父上はそれを引き裂きました。その血が私には流れている。私の……せいで、ドワーフ国が、恩人であるラブマルージュ様のお心が……」
「血は血だよ。私はグラスをずっと見てる。それは……グラスのお父さんの罪だよ、グラスの罪じゃない」
腹違い、汚れた血、疎まれ続けていた私には【血縁】というのが嫌でも心の傷に塗りこまれていった。その楔にカリスティアは柔らかく爪を立てた。
「グラス・ペルマネンテと今のグラス……どっちも貴方のせいじゃない。私はずっと見てたから」
血ではなく私を見てくれ。首にぶら下げられた王子でもなく、母上と父上の血ではなく私を、誰か私を見て欲しい。幼少期に何度も嚥下して、喉から出さずに飲み下して、何度も何度も貯めていた思いを立てた爪で引き裂いた。
「もし、血で自分が過ちをお父さんのように犯してしまうことが怖いなら、私が止める。何度も言うけどちゃんと見てるよ」
言われ続けていると本当に自分もそうなってしまうのではないか、何度も何度も恐怖しては消していた。血は争えない……その言葉に追い回され、自分は違うと否定しては、白い自分を見て絶望して居た思いをするりと引き裂いた。自分では壊したくても壊せなかったものが、彼女の手で壊されていく。
「グラスはグラスだよ。怖いなら私が顔面を殴ってでも止めるし、自分の立っている所がわからないなら、ずっとグラスと近い所で見てた私が手を引くよ……此処がグラスの今居るところだって」
いつの間にか脱力していた私の手をすり抜けたと思ったら、私の手を引いた。咄嗟のことでカリスティアに覆い被さるように倒れて押し倒してしまった。けど、カリスティアは私を受け止めて、私の頭を撫で続けて居た。カリスティアの顔を見ると、それは美しい笑顔で……私の知る本当の笑顔でカリスティアは私を見つめ返していた。ふと、天使という単語が浮かんで、同意する。確かに天使だろう、誰にも成し得なかった私を私として見ることを彼女はやってのけたのだから。
「すこし、こうして居ようか?」
「カリスティア……ありがとうございます」
本当は男の私が胸を貸すものですが、心地が良くて抵抗ができなかった。したくなかった……。お礼だけでも言って私はカリスティアに身体を預けようと、彼女の背中に手を回して抱きついた。仄かな肉が私の顔を包む感触にそのまま意識を手放そう……として。
・
・
私の背中に手を回して引き寄せるグラスの顔を私の貧相な胸で受け止めた。甘えるように顔を私の胸に数回擦り付けたあとに、急に突き飛ばされた。
「あだー!」
「胸が!!!」
急に突き飛ばされたものだから、私の首はしなって後ろのイスに頭が打ち付けられて、両手でぶつけた部分を抑えて、女とは思えない野太い声で痛みを訴えた。グラスが真っ赤な顔で「胸が!!!」なんて言う物だから、そのまま売り言葉と買い言葉に発展した。
「胸くらいでギャーギャー騒がないでよ!!! すけこまし顔!」
「誰がすけこまし顔ですか! カリスティアは年頃なのだからそのような言葉を使うべきではありません! だから年頃なのに対して成長しないのです!」
「口調と胸の成長の関係性研究してから言え! 顔がいい割には反応が未成年のグラスに言われたかないわ!!!」
「カリスティア以外の女は不要なのですから仕方ないでしょう!!! カリスティアは逆に堂々としているようで、貞操概念はどうなっているのでしょうか?」
「貞操疑われようが、私だってグラス以外の男はいらないわ!!! 私なんか拾うのは、美形でかっこいいのにゲテモノ食いのグラスくらいしかいーまーせーん!!!」
「えーえー。天使と間違われて殺される程度の運勢をお持ちのカリスティアが務まるのは私だけでしょうね。歩く死相のカリスティアですから、私以外の軟弱な男は心労で他界してしまうでしょう。ゲテモノ食いで結構です」
「……」
「……」
口の押収の後はいつも通りに、互いに頬を両手で引っ張り合ってにらみ合うという、低レベルな戦いが始まる。結局、パシリとして痴話喧嘩に派遣されたスケイスがくるまで、お互いの頬を両手で掴んだままにらみ合う低レベルな肉体言語は終わることがなかった。
0
お気に入りに追加
411
あなたにおすすめの小説
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
最底辺の転生者──2匹の捨て子を育む赤ん坊!?の異世界修行の旅
散歩道 猫ノ子
ファンタジー
捨てられてしまった2匹の神獣と育む異世界育成ファンタジー
2匹のねこのこを育む、ほのぼの育成異世界生活です。
人間の汚さを知る主人公が、動物のように純粋で無垢な女の子2人に振り回されつつ、振り回すそんな物語です。
主人公は最強ですが、基本的に最強しませんのでご了承くださいm(*_ _)m
転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~
hisa
ファンタジー
受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。
自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。
戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?
教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!!
※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく!
※第5章に突入しました。
※小説家になろう96万PV突破!
※カクヨム68万PV突破!
※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる