B級能力者相談所~だから電気代を払う前に家賃を払いなさいって言ったでしょ!!~

あきらさん

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第18話 クォーター魚人の走馬灯

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 プールでの特訓は本当に体力を使う。その上、重りまで付けて行うとなると本当にしんどい……。しかもこっちのプールはシンクロ用という事もあって、明らかに足が届かない深さだ。5~6mはあろうかと思う深さなので、一度沈んだら浮き上がってこれないかも知れないな……

「ナギマチ、そして浪花さん。2人にはまず、このカプセルを飲んで欲しい」
「何ですか、そのカプセル?」
「このカプセルはある特殊な技法で作られており、飲むと水中でも半分だけ呼吸が出来るようになるんじゃ」
「水中でも呼吸が出来るんですか!?」
「そうじゃ」
「それを飲んで水中で戦うという事でしょうか?」
「まぁそういう事じゃ」
「持続時間はどれくらいなんですか?」
「ナギマチにしては良い質問じゃ」
「一言余計です」
「持続時間は約5分!」
「5分!? 何も出来ないじゃないですか!!」
「慌てるな! 話は最後まで聞くもんじゃ!!」

 さっきまで全然話を聞いていなかった浪花さんが、急に瀧崎さんに注目し、キョロキョロし出した。
 まさかとは思うが「聞くもんじゃ」の「」に食い付いたんじゃないだろうか……?
 浪花さん(京子先生)の半ストーカーと化した僕が思うに、あのリアクションはもんじゃを探していると見てまず間違いないだろう……
 いつも人の話を聞いていないって僕の事を罵るくせに、自分があまり喋れないとなると、途端に人の話を聞かなくなる。
 なんて自分勝手なんだ………
 ……でもそんな浪花さんが大好きです。

「浪花さん。ここに、もんじゃは無いですよ」

 浪花さんは尋常じゃなく驚いていた。
 顔面がマスクに覆われていても、何故か恐ろしく表情が豊かだ。
 その驚いた表情は「アンタ私を騙したのね!200万貸して会社を立て直す事が出来たら、結婚してくれるって言ったじゃない!」と結婚詐欺にあった被害者のようだった。

「総額でいくらアンタに貸したと思ってるの!!」

 自前でボイスチェンジャーを使ったような声を出して僕を罵った浪花さんに、何故か結婚詐欺師扱いされてしまった。
 っていうか、あんなに声色を変えられる人を初めて見た。確か、以前も信じられないくらいの野太い声を出したりしていた事があったが、声優としても第一線でやっていけそうな気がする……

「浪花さん、何を訳の分からん事を言っとるんじゃ? ちょっと落ち着くんじゃ」

 そういうと瀧崎さんは、芸をした後の猿に餌を与えるような感じて浪花さんの口に何かを放り込んだ。
 よほど美味しかったのか、浪花さんは急に大人しくなった。

「さっきの話の続きじゃが、このカプセルを飲んだ後はエラ呼吸が出来るようになるだけじゃなく、水中でも地上と同じくらいに動けるようになる」
「地上と同じように!?」
「そうじゃ。少しだけ魚になったようなイメージかのぉ。半魚人まではいかんから、クォーター魚人といった所か」
「クォーター魚人……」

 聞いた事の無い単語だったが、瀧崎さんは「上手い事例えたじゃろ」みたいな得意気な顔をしていた。

「そしてその状態が5分ほど続いた頃に、ワシがまた新たなカプセルをプールに放り込むから、それを奪ってクォーター魚人状態を保ちながらバトルするのじゃ。プールの中にはいろいろな武器や道具も用意されているから自由に使うと良い。これといってルールは無い! この中がバトルフィールドじゃから、どんな手を使ってでも相手に降参させれば勝ちじゃ!! 制限時間は1時間! お互いカプセルを飲んだら試合開始じゃ!!」

 僕と浪花さんは目を見合せ、同時にカプセルを飲み込んだ!!

「では行くぞ! レディーゴー!!」

 覚悟を決めて勢い良く飛び込んだ僕とは対照的に、浪花さんは温泉にでも浸かるかのように恥部を隠しながらゆっくりとプールの中に入っていった。
 僕は重りのせいですぐに底までたどり着いたが、本当に水中で息が出来るのか怖かったので、まだ息を止めたままだった。
 ほぼ同時に底に着いた浪花さんは、当たり前のように徘徊して武器を物色していた。
 あの様子だと、普通に呼吸をしているんだろうか……?
 ちょっと怖かったけど、プールの隅に命綱があるのを横目で確認出来たので、僕も一度息をしてみようと思い軽く息を吸ってみた。

 凄い!! 確かに呼吸が出来る!!

 体内に取り込まれる酸素の量が少ない感じはしたので、常に息が切れている状態に近い状態ではあったが、正直問題なく水中に居られるレベルだった。
 動く事も思った以上に容易で、確かに地上とほとんど変わらないくらいの動きが出来た。
 まずは水中での動きに慣れようと思い、浪花さんから距離をとって自分の動きを確かめつつ、使えそうな武器を選別してみる事にした。
 良く見るとプールの底には、本当にいろいろな物が置いてあった。

 斧、チェーンソー、そして与作……

「ヘイヘイホー!?」

 自分でも訳の分からないつっこみをしてしまった……

 いや……他にもいろいろな物があった。
 電子辞書、マフラー、指サック、花柄のエプロン、小学2年生の時の通信簿、そして武男から夏子に送られたラブレターなど、役に立ちそうもない物がほとんどだった。
 浪花さんは迷わず花柄のエプロンを身に纏い、武男から夏子に送られたラブレターを野太い声で音読し始めていた。

【夏子さんへ
 お元気でしょうか? 私は今年で82歳になり、そろそろプリキュアを卒業しようと思っている今日この頃です……】
「82歳でプリキュアー!?」
【先日、私の地元ではクラシコが行われ、2対1でバルサが勝ちました】
「武男さん、スペインに住んでんの!?」
【夏子さんは日本での暮らしにもう慣れたでしょうか? あなたと初めて日本で会った日のデートで、迷わず広島カープの応援に行った時の事を昨日の事のように思い出します】
「つっこみづらい! 日本での初デートでカープ戦は、微妙に悪くもないからつっこみ難易度高いです! むやみにつっこんでカープファンを敵に回したくないし!」
【夏代さんは今でも、将棋のプロ棋士として活躍しているのでしょうか】
「武男! 名前、間違ごうとる! 夏子! 夏子! それに夏子さんプロ棋士なんだ! 凄いな!」
【またいつか生きてる内にお会い出来る日が来たら、一局お願いしたいと思います。
 夏代さんが最後に祐也に会ったのは、いつだったでしょうか。まだ幼かったうちの祐也も、今ではすっかり大きくなり、もう毛がボーボーです】
「だから夏子です!! それに子供が成長したという表現を、毛がボーボーは恋文としてはマイナス点でしょ!!」
【そういえば祐也は最近、ドッグレースに出るようになりました】
「犬なのね!! じゃボーボーだよ!!」
【では、また………。  武男】
「そんな終わり方ある!? 武男、文章下手過ぎでしょ!! そのラブレター絶対ダメだよ!!」

 僕はつっこみ過ぎて息が続かなくなり、自分でも何をやっているのか分からなくなってきた。

「ナギマチ! ちょいと早いがサービスでカプセルを投げ込んだぞ! 一度立て直せ! 浪花さんのペースにはまり過ぎじゃ!!」

 何か今日の瀧崎さんは、朝から浪花さんにビビっているせいか僕寄りになっている気がする。この状況で助け船を出してくれるのは本当にありがたい。
 僕と浪花さんは瀧崎さんが投げ入れたカプセルを何とか手にし、とりあえず酸素を確保した。
 浪花さんは、どこで見つけたのか分からないが、今度は夏子から武男へのラブレターを読み始めた。

【武男さんへ
 いかがお過ごしでしょうか? 先日はお手紙を頂きまして、ありがとうございました。とても嬉しくて、毎日何度も読み返しています】
「夏子さん! 何度も読み返してるのって意味が分からないからじゃないよね?  愛ゆえにだよね?」
【武男さんがプリキュアを卒業した事は大変残念に思いますが、武男さんも大人の階段を登っているのですね。私も来年で高校生になるので、タバコを辞めようと思っています】
「夏子さん中学生なの!? タバコ吸っちゃダメでしょ! っていうか中学生プロ棋士って天才じゃん!! 武男さんも孫とか曾孫の世代を相手にしちゃマズイでしょ!!」
【武男さんは、あの日の事を覚えていてくれたのですね。私が武男さんに肩車されながら観戦した、大野 豊の引退試合。あの時の私は大野 豊が誰なのか知りもしませんでした】
「あの試合の時、居たの!? それに肩車されてたって事は、かなり幼かったよね! 流石に野球は分からなったでしょ!?」
【私はてっきり高木 豊だと思って野球を観戦していました】
「そっちの選手は知ってんだ! 想像するに、当時は2~3歳くらいだよね? スーパーカートリオ知ってるって、やっぱり天才児!?」
【ではまた…………夏子】
「だから、そんな終わり方ある!? 良くその詰めの甘さで、将棋勝ててるね! 武男さんとの相性は良いと思うけど、いろんな意味で犯罪の臭いがプンプンするんですけど!!」

 2通の手紙を読み終えた浪花さんは、迷う事なく3通目を読み出そうとしていたので、流石にそこはストップをかけた。

「浪花さん! もう手紙はいいでしょ! 僕、つっこみだけで終わっちゃうから!!」

 今さらだが、こっちのプールに入ってから呼吸が出来るようになった事は勿論だが、僕の声や瀧崎さんの声がしっかり聞こえている事が不思議だった。おそらくこれも、クォーター魚人化したせいなんだろう。
 浪花さんは徘徊している内に見つけたのか、水中でも書けるフリップボードを持って会話しようとしていた。

【それは負けを認めたって事なの?】
「違います!ちゃんと戦って特訓した方が良いと思いまして!」
【戦いは戦いよ! どんな手を使ってでも勝てば良いのよ! 結局の所、歯医者は商社に……いや、敗者は勝者にひざまづくしかないのよ!】

 確かにこの世は弱肉強食。つっこみの性を利用されて負けたとしたら、ただ僕が弱かっただけの話だ……

「でも浪花さん。僕は今の言葉は納得いかない! どんな手を……いやどんな手紙を使ってでも勝てば良いなんて間違っている! 世の中はそんな汚い世界じゃない!!」

 僕は何だか腹が立ってきた! いつもやられてばっかりだけど、何故か今日だけは浪花さんに負けたくないという気持ちが凄く強かった!
 浪花さんは明らかに目の色が変わり、本気で戦う気になったようで、初めて空手の組み手のように、面と向かって構えをとった!

「いいぞナギマチ!! いつも浪花さんにやられてばかりじゃ情けない! 10回に1回……いや100回に1回……いや101回に1回で良いから浪花さんにギャフンと言わせてみせるんじゃ!!」

 何かワンちゃんにプロポーズでも言われそうな雰囲気だったが……
「今日の僕は何かが違う!! 何が違うかは分からないが、いつもの僕とは明らかに何か違うんだ~!!」
【くまさんパンツが前後ろ逆よ】
「そこかい~!!」

 結局いつもの僕だった。
 バックプリントだという気もしていたが、履いた感じの違和感がなかったから間違っていないと思ってたのに、まさかの2拓を外すなんて……

【いいわ。そういう心意気嫌いじゃないから、今日だけ特別に私の本気を見せてあげる!】
「挑発したのはアンタ達だからね!! 私の本気を見て死ぬんじゃないわよー!!!」

 野太い声でそう言った浪花さんは、体を低くして沈み込み、プールの底を思いっきり蹴ってデンプシーロールのような動きをしながら、トマホーク並みのスピードで僕に向かって来た!!
 浪花さんが目の前まで来て僕と目が合った瞬間、僕は即死したと思った! 渾身の力で放たれた浪花さんのアッパーは僕の顎をとらえ、僕はプールの水と一緒に空中に放り出された!!
 その威力は、オールマ○トかサイ○マかと思うほどの強烈なパンチで、薄れゆく意識の中で見えたのは、一緒に吹き飛ばされていた瀧崎さんの姿と、パンチの風圧で水が空っぽになったプールだった。


 気がつくと僕は、プールサイドに横たわっていた。

「うっ……ううっ……」

 まずは自分の顎があるか確かめてみたが、なんとか無事に付いているようだ。
 あれだけの衝撃を受けたので、アンパ○マンのように丸ごと顔が無くなってもおかしくないと思っていたが、驚く事に僕は全身無傷だった!
 夢でも見たのかと思っていたが、空っぽになったプールと、飛び込み台にぶら下がっていた瀧崎さんを見たら、あれは現実なんだと実感した。
 正直、浪花さんの本気がここまで凄いとは思わなかった僕は、このまま実家に帰ろうかと思ったりもしたが、ガチな所その選択肢は無かったので、昨日よりも今日、今日よりも明日、強くなっていれば良いと思い、とりあえず浪花さんに楯突く事を諦めた。
 かろうじて右足首に引っ掛かっていた『くまさんパンツ』を、今度は前後ろ間違えずに正しく履き直し、10mある飛び込み台にぶら下がっている瀧崎さんを下ろしに行こうと思った。
 それにしても浪花さんは何処へ行ったんだろう……?

 飛び込み台の上まで来て下を見下ろしてみたが、浪花さんの姿は見つからなかった。
 気絶している瀧崎さんを起こそうと思ったが、良く考えたら高所恐怖症だから起こした後もおんぶして連れて帰らないといけないのかも知れない……
 プールの水も既に空になっているから、突き落とす……いや飛び込ませる事も出来ないし、誰かに相談したいと思っていたが本当に困ってしまった。

「私ならここにいるわよ」
「!!?」

 振り向くと僕の真後ろに浪花さんが居た!

「びっくりした~!!」
「ずっと柳町君の後ろに居たのに」
「僕の後ろですか!?」

 瀧崎さんはまだ気絶していたが、浪花さんは自分が京子先生だとバレないように野太い声で話を続けていた。

「そうよ! 新右衛門君がパンツを履き直す辺りから、ずっと真後ろにいたわ」

 言われてみれば、少しだけ変な違和感を感じていた。自分の影がデカイというか、影の移動が遅いというか、自分の動作よりも影だけが遅れて動いているような変な感じだった。

「私はずっと柳町君の後ろで、背後霊のようにへばりついていたわ。これぞ名付けて『なんちゃって背後霊』」
「なんちゃって背後霊?」
「何それ?」
「浪花さんが言ったんでしよ!!」

 何て怖い人だ……
 自分がスベった事を人に擦り付けようとしている……
 僕は昔から思っていた……
 スベった空気を押し付けられる事ほど、怖いものは無いと……

「全くしょうがないわね~」

 そういうと浪花さんは瀧崎さんを軽々と持ち上げた。

「サッキーは私が担いで降りるから、新右衛門君は先に下で待ってなさい」
「?……はい…………先に?」

 飛び込み台の降りる階段側に居るのが、瀧崎さんを担いでいる浪花さんで、飛び込む側に居るのが僕なんだけどな~……
 浪花さんの方が先に下りれる場所に居るのにと思う疑問はあったが、嫌な予感を感じる前に僕は浪花さんに蹴り落とされた。

 やっぱりね~!!

 まさか僕まで飛び込む事になるとは……って!!

「プールの水、無いんだった!!」

 ヤバい!! このままじゃガチで死ぬ!!

 そう思った瞬間、視界に入るもの全てがスローモーションになった。
 これが噂の走馬灯か……
 死ぬ間際はこういうものなのかと思っている内に、昔の忘れられない思い出がフラッシュバックしてきた。

 これは小学2年生の時だ。
 学校の授業が終わった雨上がりの帰り道で、道路を横切るカタツムリを見た。それも2匹。
 カタツムリはその移動スピードの遅さから、なかなか出会う事が無いらしい。だから出会った時にオス同士だったりすると困るので、カタツムリは本来オスもメスも無いようだ。出会ってからどちらかがオスに、そしてどちらかがメスになるって何かで聞いた事がある。
 そう……『めったに見れない2匹のカタツムリが出会う』そんな珍しい光景を見たという幼き頃の思い出……

 ……って、どうでも良い~!!

 僕の人生の中で、全然印象にも残ってない記憶~!!
 カタツムリとか興味無いし! 逆に良く思い出したな~俺!!
 小学2年生だったら運動会の借り物競争で、両足の前十字ぜんじゅうじ靭帯断裂じんたいだんれつした時の方がよっぽど思い出深いわ!!

 そして、そうこうしている内に次の思い出が蘇ってきた……

 これは小学4年生の時、同級生の早苗ちゃんに初めて告白された時だ。

「柳町君。私……先々月から柳町君の事が好きなの」
「せ……先々月から!?」
「そう。先々月から柳町君のが好きなの!」
「もも!?」

 生まれて初めての突拍子もない告白だった。
 幼い頃からムエタイをやっていた早苗ちゃんは、先々月からどうしても僕の太ももにローキックを入れたかったらしい。
 ローキックを入れさせてくれたら、付き合っても良いと言われたので、泣く泣く受け入れたが、早苗ちゃんは迷いなく僕の延髄にハイキックを炸裂させた。
 気絶して倒れている僕の太ももに、ローキックを入れ続ける早苗ちゃんを、幽体離脱したまま見ていたのを昨日の事のように思い出した。

 ……って、これって何の思い出~!!
 どっちかというと思い出したくない思い出じゃん!!
 走馬灯ってこんなフラッシュバックじゃないと思うんですけど!!

 一瞬現実に戻り、自分の状況を見てみると、僕は落下してから2mくらいしか落ちていなかった。
 嘘でしょ!? 走馬灯ってスローモーションになるのは知っていたけど、1エピソードで1mくらいしか落ちてないの!?

 これから何エピソードの思い出が蘇るのか分からないが、僕はそのまま落下を続けた。

 あぁ……また思い出が蘇ってきた……

 これは中学1年生の時だ。
 まだ小学生臭さが抜けず、ダボダボの制服を着てた頃に僕が初めてヤンキー達にカツアゲされた時だ。

「よう! お前、お金ちゃん貸してくれよ!」

 ガラの悪い3人組に呼び止められた僕は、ヤバいと思って逃げようとした。運悪くこの時は、EXI◯E ATSUS◯Iと同じサングラスを買う為に、お年玉でもらった3万円を持っていたからだ。

「おいおい逃げんなよ! 俺達に無駄な体力使わせんな!」

 そう言ってヤンキー達は僕を囲み、逃げられない状況になってしまった。諦めた僕は、暴力を振るわれるくらいならと思い、ポケットにある物を全て渡した。

「これしか持ってないんです!」

 僕は、小銭の320円とあめ玉の包み紙を渡した。

「こいつ舐めてんのか?」

 確かに僕はあめ玉を舐めていたが、そういう意味ではない事が分かっていただけに、どういう顔をしていいのか分からなかった。

「くだらない事やってんじゃねーよ!」

 後ろを振り返ると、そこにはレディースの特攻服を着た美人なお姉様が2人居た。
 1人はバイクにまたがり、1人は木刀を持っていた。

「なんだテメェは!?」
「シゲさんヤバいっすよ! あれ破廉恥女楽団グラビアエンジェルスの奴らですよ!」
破廉恥女楽団グラビアエンジェルス!?」
「そうです! ここら一体をシメている暴走族、阿修羅寝癖隊ガーデニングサタンのレディース連合軍の奴らですよ!」
「ヤバいじゃねーか……」

 僕にはネーミングのヤバさしか分からなかったが、ヤンキー3人組はビビって逃げて行った。

「アンタみたいなボンクラが、こんな所を彷徨うろついてんじゃないよ! ここはアタシ達みたいな奴らの溜まり場だから、アンタみたいのはすぐカモられるよ!」
「あ……ありがとうございます」
「……で、いくら持ってんの?」

 結局カツアゲされるみたいだ……

「3万円です」

 美人に弱い僕は、今度は本当の事を言った。

「3万か……。アタシ達はムリヤリ金を取る事は好きじゃないからね。それなりにギブアンドテイクで行こうじゃないか」

 レディースのお姉様がギブアンドテイクなんて言葉を知っている事にも驚いたが、まさかそんな提案をしてくるなんて思っても見なかった。

「しょうがない。サラシを巻いているけど、アタシの胸を揉ませてあげるから、それで3万円もらうよ。良いね?」
「はい!」

 僕が迷わず即答すると、お姉様は特攻服を広げてサラシを巻いた豊満なおむねをさらけ出した。色白だけど筋肉質なその体型は、インドアスポーツをやっているようなアスリート体型だった。
 お言葉に甘えて、両手でおむねを1揉みした瞬間、木刀で殴られた僕は頭と鼻から血を流し、黙って3万円を手渡した。そして、財布の中に残っていた4000円でタモさん風のサングラスを買い、翌日は友達にマジックで髭を書かれて、ではなく2の鈴木マサ◯キとして鮮烈なデビューを飾る事になった。

 ……って、何のエピソード!?
 実話だけど、こういう時に思い出すのって、もう少しほっこりするような、愛する人に感謝する的なエピソードじゃないの!?

 ちょっとずつ走馬灯の扱いに慣れてきた僕は、いつの間にか思い出を呼び起こすタイミングをコントロール出来るようになっていた(今後、何の役にも立たないと思うが……)

 そして、4回目の思い出が蘇る……

 目の前には道に迷っていそうなおばさんが、メモに書かれた地図を見ながら蕎麦屋の前をうろうろしていた。

「目印って言ってたのは、ここの蕎麦屋じゃないのかしら?」

 ぶつぶつ言いながら、うろうろしていた上品なおばさんの横を、小学校低学年くらいの女の子が不思議そうに通りすぎた。

「ラクロスっていう喫茶店が、お蕎麦屋さんから見えるって言ってたのに、ここじゃないのかしらね~」

 わざと人に聞こえるように喋った独り言を聞いて、その女の子が立ち止まり、おばさんに駆け寄った。

「ラクロスならあっちでやってるよ」

 そう言って女の子は、後ろに見える大学を指差した。

「あら、ありがとう! 助かるわ! お礼にあなたには、この金の斧をあげるわ! 本当にありがとうね!」

 こうして2人は、お互いで満足しながら去って行った。

 ……だから何のエピソード!!?
 ほっこりしてる風だけど、大前提として僕の思い出ではない!! それに女の子の言っていたラクロスは喫茶店じゃなくて、本当にやってる大学のラクロス部でしょ!! おばさんもお礼に金の斧をあげるって、童話じゃないんだからあり得ないっしょ!!

 走馬灯をコントロール出来るようになったと思い上がった為に、走馬灯に痛いしっぺ返しを食らったようだ。
 その後、ご機嫌ナナメになってしまったせいか走馬灯が発動する事はなかった。

 ヤバい!!
 現実世界に引き戻された僕は、目の前に迫ったプールの底を見て死を覚悟した瞬間、接触した部分が柔らかくなったのを実感した。
 僕の体とプールの底が同時に柔らかくなり、僕は軽く弾んで着地した!!

 驚いた!!
 過去に何度か同じような事があった時は、気絶していたから何が起きていたのか分からなかったけど、今のは初めて自覚した!!
 僕は知らない内に自分の能力を発動させて、身を守っていたんだ!!

「やっと開花してきたようね」
「浪花さん!」

 飛び込み台の階段から降りてきた浪花さんは、片手で瀧崎さんを放り投げた後、瀧崎さんを踏みつけながら女王様のように振る舞っていた。
 いつの間にかハイヒールを履いていた浪花さんは、コスチュームも若干変わっていて、どことなくドロンジ○様に寄せていた。(ここのシーンの声優さんは小原乃梨◯さんでお願いします)

「新右衛門君に死の恐怖を味わってもらったのは、あなたの能力を開花させる為なのよ!」

 僕には、完全なる悪意と殺意しか感じられなかったが……

「結局の所、B級能力者もスーパーサイ○人も死の淵から這い上がる事でしか、強くなる事は出来ないの! だから私はあなたを殺すしかないの!!」
「殺すしかないって事はないと思います!!」
「正確には、柳町君に本気で死んだと思ってもらうくらい追い込まなくちゃいけないの!!」
「それなら話は分かります!!」
「殺すしかないっていうのは、私の願望なの!!」
「だったらそれは、心の中にしまっておいて下さい!!」
「そんな生き方して何が楽しいのよ!!」

 ある意味深い話ではあるが、人を傷つけてまで楽しみながら生きる必要があるのだろうか……

「私はあなたを傷つけたいのよ……」

 浪花さんの心の底から出る本気の叫びだった。
 そして彼女は泣き崩れながら、延々と叫び続けた。

「自分を偽って生きてて何が楽しいの!?」

 それが大人になるって事だと思ってますけど……

「柳町君を傷つける事以外に、私が生きる意味なんてあると思ってるの!?」

 いろいろあると思いますよ………特に思いつかないけど……

「どういうつもりで私に近づいて来たのよ!?」

 美人先生が居るって聞いて就職を決めました。

「私を自由に生きさせてよ~!!」

 かなり自由に生きてるように見えますが……

 大声で泣き叫んで落ち着いたのか、情緒不安定な悲劇のヒロインのようになっていた雰囲気から一変して、浪花さんは「あ~スッキリした」といった感じで急にケロっとして我に返った。

「久々に取り乱してごめんなさいね」

 いつもでしょ

「どっちにしても柳町君は、自分で能力を発動する時の感覚が、少なからず分かったはずよ」
「確かに分かりました」
「すぐ出来るようになるのは難しいと思うけど、こういう感覚を積み重ねて行く事で、自分の能力が思い通りに使いこなせるようになって行くわ」
「分かりました! 頑張ります!」
「でも新右衛門君が傷つくと思って今まで言わなかったんだけど、あなたの能力で一番大変な所は、超有名漫画の主人公と異能力が似てしまっているという所ね」
「ゴムゴ○な麦わら先輩ですよね……」

 正直分かってはいた。
 僕はあんなに優れた能力では無いと思っていたから気にしてなかったけど、能力を使いこなせるようになったらカブってしまう気はしていた……。でも今気にしててもしょうがない。
 逆に考えれば、あの人くらい強くなれる可能性もあるって事だからそれはそれで1つの目標として捉えよう!
 最悪、麦わら先輩のスタントマンとしてやっていけるかも知れない!!
 そう思って僕は、前向きに物事を捉える事が出来るようになった。

「流石じゃな」
「瀧崎さん! 気付いてたんですか?」

 さっきまで死んで……いや、気絶していた瀧崎さんが目を覚ましていた。

「ナギマチ! お前はワシが思っていた以上に見込みがあるのぉ!」
「そうですか?」

 誉められて嬉しかったが、あまり意味が分からなかった。

「ここでの特訓は、能力を開花させてレベルアップし、新しいステージとして能力を使いこなせるようにしていくのが本来の目的じゃが、やっぱり勝負の鍵を握る上で一番大事なのはメンタルじゃ! 追い込まれても、追い込まれても、ポジティブに考え続けて何とか打開策を見つけ、それにぶつかって行く姿勢をどれだけ持てるかじゃ! どんな状況でも前を向ける事こそ、そいつの本当の強さじゃ!!」
「この段階でそれに気付く事が出来たのは、私の予想よりも早かったわね。流石、いじられ上手の柳町君」

 声変わりした浪花さんに動揺しながらも、少しだけ感動した……ちょっとは認めてもらえたのかな……

「たまには素直に誉めて下さい……」
「甘ったれてんじゃねーよ! クソガキが!! これからもっと地獄を味あわせてやるから覚悟しとけよ!!」

 浪花さんの豹変ぶりには、いつまで経っても慣れない……
 傷つかなくなる事なんてあるんだろうか……
 流石のMっ気もここまで来ると通用しない気がする……
 そういう意味では先が思いやられるが、その反面、特訓を続けていくモチベーションを上げる事も出来る出来事だった。


 そして時は流れ、異能力ドラフトが始まる2週間前に、裏社会に衝撃のニュースが流れた。

『犬飼 治五郎  死去』

 裏社会で圧倒的な力を持つ3大組織『ブレイブハウンド』『イボルブモンキー』『テラフェズント』。
 その中でも実質トップと言われていたブレイブハウンドのボス、犬飼 治五郎の突然の死である。
 詳細は謎のままだが、僕は浪花さんと一緒に泊まっている部屋で、この突然のニュースを聞く事になった。
 何より、浪花さん……いや京子先生の事を想うと、どうして良いのか分からないくらい辛かった……
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※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。  年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。  四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。  

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

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