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第16話 米に文字書くブレイクダンサー
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トイレから戻るとスタジオに瀧崎さんの姿は無く、浪花さんが1人でブレイクダンスを踊りながら楽しんでいた。見事なウインドミルを決めた後、浪花さんは正面のカメラに背を向けたままフリップで会話し出した。
【第2クールはタンス対決よ】
僕はわざわざ回り込んで、フリップを覗き見してからつっこんだ。
「タンスですか!? ダンスじゃないんですか!?」
おそらく回転し過ぎて目が回ったせいで、前も後ろも分からなくなったのだろう。
それにしても、あそこまでゴリゴリのブレイクダンスを踊っていたから、てっきりダンスでも踊らされるのかと思ったが、タンスでどうやって対決するんだ?
【今、サッキーがお色直しをしているから、その間茶番を演じてましょう】
茶番を宣言されて演じるのは初めてだが、まだカメラが回ってないこの状況で、一向に喋ろうとしない浪花さんに、今の内に何気なくいろいろな疑問をぶつけてみるか……
「タッキーじゃなくて、サッキーって呼んでるんですか?」
ビビってどうでも良い事を聞いてしまった……
【あんたさっきから馴れ馴れしいわね! 私がサッキーの事をどう呼ぼうが、ガッキーには関係ないでしょ!】
「確かにガッキーには関係ないです」
【そうでしょ! なのに何でアンタはいつも私の事を、ガッキーみたいだ、ガッキーみたいだと言うの!!】
正直、僕の中ではガッキーより可愛いと思っているのだが、浪花さんは自分の事をガッキーより可愛いと言って欲しいのだろうか……
「浪花さんはガッキーより可愛いですよ」
浪花さんは照れて、顔が真っ黒……いや真っ赤になっているようだった。
【年寄りをからかうもんじゃないよ!】
どこかで聞いたようなセリフだ。
浪花さんが照れ隠しで踊ったスワイプスは、信じられないほどのキレがあり、いずれEXILEに入ろうとしているんじゃないかと思うほどだった。
※スワイプスやウインドミルというのはブレイクダンスの技です。気になった方は検索してみてください。
いや……そうじゃなくて、もっと聞かなきゃいけない事が沢山ある。一つ一つ問題を解決していこう。
「浪花さん! 浪花さんは僕の相棒なんですか?」
「……」
シカトされている……
「浪花さん! 聞いてますか?」
「……」
天井を眺めながらシカトされている理由を考えて、もう一度話し掛けてみた。
「ガッキーより可愛い浪花さん! あなたは僕の相棒なんですか?」
「……」
【年寄りをからかうもんじゃないよ!】
数秒前に聞いたセリフだ。
【その通りよ! 私はあなたの相棒。ナイスバディ相棒よ!】
まぁ、それは良いんですけど……
「じゃあこれからの2ヶ月間は、浪花さんと一緒に生活するって事ですか?」
【そういう事になるわね】
「(笑顔)」
【柳町君。一緒に生活するからといって、エロい事はあまり期待しない方が良いわ】
「べ……別に期待している訳じゃないですけど」
【一応、浪花のブラックダイヤモンドは、生娘の設定だからハレンチな事はやめてね】
「わ……分かりました」
そういうと浪花さんは、見事なエアートラックスからのハローバックを決め、どうだと言わんばかりに腕組みをしながら仁王立ちしていた。
【改めて言うけど、第2クールはタンスでダンス対決よ】
「タンスでダンスですか!?」
いろいろ疑問は残っているが、つっこみだけは緩めてはいけないと思い、もう一度気を引き締めて「つっこみー」として生きていく事を自分の心の中で再確認した。
※「つっこみー」とはつっこみ人の総称である
注)そんな総称はない
【そして2ヶ月後】
「ちょっと待って下さいよ!! これから特訓する大事な2ヶ月間を、フリップ1枚で済ませないで下さい!!」
ここに来て浪花さんは「アンタもしかしてモーガンフリー◯ンなの?」と言わんばかりの表情で、驚きながら僕の顔を覗きこんていた。
「驚いるのはこっちじゃ!! 何でマスク越しに、そんな表情が出来るんじゃ!!」
何処からともなくやってきた瀧崎さんは、全身に白いタイツを着させられた黒いミニチュアダックスフンドを連れていた。
首輪に付いている名札には「大太郎」と書かれている。
果たしてこれはつっこむべきだろうか……
いろいろな事が頭を過り、とにかくつっこまなくてはと思っていたが、つっこむ所が多過ぎて良いフレーズが思い浮かばない……
「ど……ど……どういう状況ですか!?」
「ナギマチよ。ここからの特訓は本気で行くぞ!」
「は……はい」
もう少しつっこみをいじって欲しかった……
「第2クールは、集中力を高める為に米粒に文字を書く特訓じゃ!!」
「全然違うじゃないですか!!」
浪花さんは、黒タイツの中から黒革の手帖を取り出し、スケジュールの確認をしていたが、どうやら明日の予定と間違えていたようだ。
マスクをしていても可愛いかったので、流石の「てへぺろ」も許してしまいそうだったが、滅多に見れない浪花さんの凡ミスに対して、僕はここぞとばかりにつっこんだ。
「スケジュール間違いは良いとしても、瀧崎さんのホスト繋がりで黒革の手帖は分かりにくい!!」
【良く繋げたわね】
「浪花さんはガッキーより可愛いです!!」
【年寄りをからかうもんじゃないよ!!】
浪花さんは本日3度目の名言を残し、ムーンウォークでスタジオの袖にはけてから、生米が入ったお茶碗を2つ持って来た。並べられた机の上に置かれたお茶碗には、生米が並々と盛られている。
浪花さんに「はよ座れや!」とヤンキーばりに威圧された僕は、何故か申し訳なさそうに椅子に座った。
浪花さんは瀧崎さんにペコペコ頭を下げ「何かうちの若い者がすんません」みたいな感じで媚びを売りながら、腰の悪いお爺ちゃんが椅子に座るように必要以上にゆっくりとした動作で着席した。
「2人にはこれから、このお茶碗に入っている米粒に文字を書いてもらう」
「マジですか!?」
「書けるか!!」
「そして書いてもらうにあたって、いくつかルールがあるから良く聞くんじゃ」
「ル……ルールは聞きますけど、この太さじゃ書けませんよ!」
浪花さんがマッキー極太のキャップを外してみると、中のペン先は髪の毛のように細かった。
何かすんません……
「書いてもらう文字のルールその1、自分が愛するものを書いてもらうという事。その2は、危機的状況を連想するものを書いてもらうという事じゃ」
「愛するものと、危機的状況を連想するものですか?」
「そうじゃ。異能力が爆発的に上がる時というのは、心が動いた時じゃ。愛するものの事を考えている時の情熱や、命の危険を感じて窮地に追い込まれた時の心の状態が、一番力を発揮しやすい。米粒に文字を書くという集中力を要する作業をしながら、心を意識的に燃やす事が出来れば、そのうち自分の能力を意のままに操る事が出来るようになる」
「なるほど」
「動揺するくらい、心がかき乱される状況に身を置きながらも、緻密な作業が出来るように訓練するんじゃ!」
「分かりました!」
「そしていずれは、自分自身で自らの感情を意図的に乱せるように訓練して、いつでも爆発的な力が出せるように自分の心をコントロールする! 慣れてきたら、米粒に書くお題のレベルを上げて行くから、必死についてくるんじゃぞ!」
「「チョレイ!!」」
了解したという意味で、僕と浪花さんは大声でハモった!!
本日、初めて聞いた浪花さんの声は信じられないくらいに野太く、実は京子先生ではないのではないかと少し疑ってしまうほどだった。
瀧崎さんから5分後に始める事を告げられた僕達は、手元が少し拡大して見えるような、机に固定されるレンズをセッティングして待っていた。
机の上には各々に小型のモニターが置かれたが、どうやらこのモニターには相手が書いた文字が映し出されるようだった。
マジか……
訓練とはいえ、とにかく動揺させようという気マンマンなのが、既に僕の動揺を誘っていた。
京子先生が幼少期からやっていた訓練というのは、こんな事だったんだろうか……
だとしたら、心臓が強いのも頷ける……
「制限時間は3時間! それまでに全ての米粒に文字を書くんじゃ!」
「3時間で全部ですか!?」
「それでは準備が整ったようなので始めるとしよう! いくぞ! レッツ! ダンシング!!」
さっき、ダンス対決じゃないって言った所じゃん!! と思いながらも、僕は必死に筆を走らせた。
「ナギマチよ。何でつっこまんのじゃ?」
「す……すみませんが、そんな余裕はないです……」
僕は手元をプルプル震わせながらも、とにかく文字を書く事に集中しようと思っていた。
「流石に序盤からは難しいかも知れんが、この特訓は最終的につっこみも行ってもらう事になる」
マジか!?
「今はまだ文字を書く事だけに集中すれば良いが、気が散る中で周りの気配をしっかり感じ取り、心の中ではちゃんとつっこんでおくんじゃ」
【わかりました】
嘘でしょ!?
浪花さん! 米粒に書いた文字で瀧崎さんと会話してる!!
「1つ言い忘れとったが、一応これも対決じゃ。最終的に全ての米粒に文字が書かれてさえいれば、どんな手段を使って相手を動揺させてもかまわん!」
相手を動揺させるとかいう問題じゃない! そもそも米粒に文字書く事自体が、かなり至難の技だ! 一文字書くのにどんだけかかんだ!?
【私は20年間これを続けている】
京子先生!!??
何で一粒に、そんなに書けるんですか!! しかも尋常じゃないスピードで!!
「もう1つ言い忘れとったが、浪花さんは既にこの道のプロじゃ。正直、これ以上鍛える必要が無いというレベルの方じゃから、書いてもらう文字の内容は、殆どナギマチを動揺させるものになるじゃろう」
それ、先に言って!!
【これは、とある成人男性の物語】
浪花さんが、何か物語を書き始めた!?
僕は米粒に【京子先生】と書こうと思って必死に頑張っているが、全く筆が進まない……
すぐに米粒が真っ黒になってしまって一文字も書けないのに、どうしたら良いんだ……
【むかしむかしある所に、変な奴がいました】
入り雑だな!! もう少し何かあるでしょ!!
【そいつは、いつも裸足で猫を追いかけていました】
何か聞いた事あるフレーズだけど、その猫お魚食わえてないよね!?
【その猫は青く、どこから見ても猫型ロボットでした】
ド○えもん!? っていうか、そいつの立ち位置はどういう所?
「ナギマチよ。お前の米粒は殆ど真っ黒になっておるが、文字が書けなかった物は全て食べてもらう事になるからそのつもりでおれ」
「マジですか!?」
正直いろんな事がありすぎて、どこに集中していいのか分からない!
「ちなみに、その筆の墨は微量の毒薬じゃ」
「毒薬!?」
「失敗した米粒で炊き上げたご飯で作る黒おにぎりこそ、瀧崎名物『毒薬砲丸』じゃ」
「毒薬砲丸!?」
何だそのネーミング!?
「じゃが安心せい。この毒薬は微量だと、人体には何ら影響はない。ある一定量を超えると激薬となる代物じゃから、バカみたいに失敗しなければ大丈夫じゃ」
バカみたいに失敗してるんですけど……
【そのバカみたいな男は、爆笑しながら深海の宮殿にたどり着いた】
「どういう物語!?」
その主人公は僕じゃないよなぁと思いながらも、僕は正気を取り戻そうと必死になっていた。乗り越えなくてはいけないハードルが多過ぎて、この特訓はクリア出来そうもないと感じていたが、とにかく今出来る事を必死にやろうと思った。
まずは、一粒でも多くしっかり文字を書く! そしてしっかりつっこむ! 動揺しながらでも良いから、とかにかくこの2つにやる事を絞って集中するぞ!!
【宮殿に入ると、そこは野球場のようなカラオケBOXだった】
「どんな場所!!? 深海の宮殿が野球場のようなカラオケBOXって、世界観がイメージしにくいんですけど!!」
【小太郎】
「そこで愛する物を急に挟まないで!!」
【98歳のお婆ちゃん、餅30個食う】
「だから、命の危険を感じるフレーズも今いらないから!! 物語の内容が全然入ってこないです!!」
【カラオケBOXでバイトをしていた澤田君と、その辺に居たポセイドンをお供にしたその男は……】
「だからどういう状況!? 脈略が無さすぎて、ストーリーが全然分かりせん!! まずその男は、どうやって深海の宮殿まで行ったんですか!? 何目的!?」
【体目当てよ】
「誰の!?」
【男性社員のよ】
「ざっくりし過ぎ! そもそもゲイなの!?」
【宮殿まで乗っていったのはエイよ】
「エイなの!? 竜宮城に行った浦島太郎みたいに亀とかじゃないの!? そもそも何でゲイがエイに乗って、深海の宮殿まで行ったの!?」
【愛ゆえに】
じゃ、しゃーないか……
通りすがりのポセイドン(海を支配する神)をお供に出来た経緯を詳しく知りたいと思いながらも、少しつっこみに比重を置きすぎたので、ここからは文字を書く方に集中しようと思った。
やはり浪花さんのボケと書くスピードが早過ぎるので、つっこみと文字書きを同時に行う事は不可能だと感じた僕は、5分ずつでも良いから交互に集中していく作戦で、少しずつでも結果を出してレベルアップして行こうと思った。
当たり前だが、文字数が多いと書くのが難しい為、とりあえず2文字で【京子】と書く事にトライした結果、何とか初めて文字を書く事が出来た。
【それは何処の女よ】
僕にとって愛する京子は1人しか居ない。
僕の口からわざわざ言わせたいのかも知れないが、浪花さんの質問にいちいち答えていたら進まないので、とりあえず僕はどんどん文字を書く事にした。
【町子】(柳町米粒)
【だから何処の女よ!】(浪花米粒)
母です。
【茂雄】(柳町米粒)
【何処のボーイフレンドよ!】(浪花米粒)
父です。
【沙織】(柳町米粒)
【だから何人女が居んのよ!!】(浪花米粒)
妹です。
【たくみくん】(柳町米粒)
【何でカミナリが出てくんのよ!】(浪花米粒)
弟です。
……?
何か僕、さっきよりも書くスピードが上がっている!?
この特訓を始めて30分以上経つが、何故か最初よりもスムーズに書けるようになってきている気がする。こんな短時間で、こんなにも上達するものなのか? もしかして僕って天才!?
「ナギマチよ。どうやら自分の異変に気付いてきたようじゃな」
どういう事だ?
「通称2人3脚。ナギマチが急に上達し出したのは、紛れもなく浪花さんの影響じゃ」
「浪花さんの!?」
「そうじゃ。これが最初に話していた、相棒と組んで特訓する効果の現れじゃ」
凄い……
確かに繊細な動きが素早く出来るようになっている!
この後の僕は信じられない事に、3時間の間にお茶碗半分くらいの米粒に文字を書く事が出来た。ミスした量も大した事無く、毒薬砲丸を食べるほどではなかった。
「今日は初日じゃからこんなもんじゃろ。まぁナギマチにしては良くやった方じゃ。文字を書くスピードは上がってきておるが、つっこみながら書く事が全然出来ておらん!
動揺も抑えられておらんし、ましてや自分で自分を動揺させながら心をコントロールする事などは、まだまだじゃな」
「す……すみません」
「まだまだこの後も特訓しようと思っとったが、とりあえず今日の所はここまでにしとこう」
「わ……分かりました」
「今日のナギマチを見て、お前の特性が何となく分かったから、明日からの特訓プログラムを改めて考えておく。明日から始まる地獄の特訓の前に、今日はゆっくり休んどくんじゃ」
「ありがとうございます」
そう言い残すと、瀧崎さんはスマホをチラチラ見ながらそそくさと出て行った。そういえば、僕達が米粒に文字を書いている間、瀧崎さんはずっと誰かとLI◯Eをしているようだった。
自分の都合でスケジュールを変えたように思えたが、とりあえず初日の特訓で疲れがどっと出たので、僕にとっては好都合だった。
今日は早く部屋に戻ってゆっくり休もう……
【私の勝ちね】
すっかり忘れていたが、そういえばこれは勝負だった。
【悪いけど、敗者のあなたには私の願い事を1つだけ叶えてもらうわ】
「僕、神龍じゃないんで、そんなにいろんな願いは叶えられませんが……」
【私があなたに願う事は、ただひとつ】
ただひとつ?
【私を甲子園に連れてって】
「無理です!」
【そこのつっこみは早くなくて良いのよ!!】
「だって既に高校生じゃないし!!」
【巨人×阪神戦で良いのよ】
「じゃ……じゃあ行きましょうか……」
【約束よ】
「はい。必ず連れて行きます!」
【それはそうと、いつまで私にこんな茶番を演じさせるつもりなの?】
「ちゃ……茶番と言いますと?」
「たがら、いつまで黒くなきゃいけねーんだよ!! ハゲ!!」
浪花さんは勢い良くマスクを脱ぎ、スタジオが崩れるんではないかというほどの怒号で僕を罵った。
「……? ……京子先生?」
「当たり前でしょ! 何年私と一緒に居るのよ!」
「ですよね……」
見た目があまりにも変わっているせいで、一瞬別人かと思ってしまった……
「もう2人きりだから話すけど、私は本来ここに居てはいけない人間なのよ」
「どういう事ですか?」
「以前も話したと思うけど、私の存在を身内だと知る人はごく一部の人達なの。薄々、私の存在に気付いている人達も中には居たけど、そういう人達には私が死んだという情報を流してあるのよ」
「そうなんですか」
「本人はピンピンしてるのに、私は葬式まで終わってるのよ」
「凄い……。そこまで徹底して、京子先生の存在を隠そうとしていたんですね」
「あの人の事はあまり好きじゃないけど、私達の事を大事にしてくれている事は確かね」
難しい親子関係だ……
「だから私は、ここでは『変人でお馴染みの浪花のブラックダイヤモンド』で通っているのよ……って誰が変人やねん!!」
僕は何も言ってませんが……
「とにかく私は、ここに居る以上は京子では居られないのよ」
「そういう事情があったんですね」
まだまだ謎の多い京子先生だが、本当に複雑な家庭環境だ……
「そういえば、さっきの米粒の特訓の時、京子先生との2人3脚で僕のスキルが急に上がったんですが、あれってB級能力者相談所で働いている間もその状態って事だったんですか?」
「ここまで来たら私の知っている事は話すけど、いろいろな事を知り過ぎると通常の生活には戻れなくなる事だけは覚悟しておいてね」
「分かりました」
「実はブレイブハウンドが解明した技術の1つ2人3脚は、2人1組が前提なのと、主に建物内やエリアを限定して能力を向上させるという技術なの」
「2人1組とエリア限定ですか?」
「そう。新右衛門君、相棒を決める時に髪の毛か何かをサッキーに渡さなかった?」
「渡しました」
「ここでの特訓の前に、何か飲んだ記憶は無い?」
「そういえば、飲みました!何だか分からないけど養命酒で乾杯しました! 栄養ドリンク的な物だと思っていましたけど……」
「知能が低い割には良く覚えていたわね。驚き過ぎて顎が外れる所だったわ」
どんなにメンタルが強くなっても、永遠に京子先生の言葉には傷けられるような気がする……
「実は個人のDNAが含まれている物を分解して、ある方法で精製する事で何故か養命酒が出来上がるんだけど、それをお互いの体内に取り込む事で、その2人には目に見えない能力的相乗効果が生まれるの」
「そうなんですね」
な……何故、養命酒なんだろう……?
「でも実は、それだけでは効果が薄い事も分かっているんだけど、ある技術を使って建てられた建物内には、その効果を倍増させる事が出来るようになるのよ」
凄い……そんな事が出来るようになるなんて……
「この建物内も勿論その技術が施してあるんだけど、特にこのスタジオエリアや直接特訓出来る場所は、その効果が発揮しやすい状態に作られているの」
簡単に話しているけど、これだけの事を追及して発見し、実際に形にして成果をあげるまでに、どれだけのお金と労力を使ったんだろう……
考えただけで恐ろしい……
「勿論、B級能力者相談所もそのように造られてはいるんだけど、流石に毎日養命酒までは作れないから、そこまではやっていないわ」
そういえば以前、京子先生の家に泊まった時に養命酒を出されたけど、もしかしたらあの時から既に始まっていたのか……?
「柳町君。私もいつまでもこんな恥ずかしい格好してられないから、とりあえず部屋に戻りましょう」
「そ……そうですね」
かなり気に入っているように見えたので「本当に恥ずかしいのか?」と思いながら、とりあえず部屋に戻る事にした。
「あの~……僕の部屋はウサギ小屋みたいな所なんですけど、京子先生の部屋に僕が泊まるという事で良よろしいんでしょうか?」
「しょうがないわよね。ウサギ小屋も嫌いじゃないけど、ちょっと寝にくいものね」
外から丸見えなので、それ以前の問題だと思いながらも、とりあえず京子先生の部屋に泊まる流れになった。
自分の荷物もあるので、京子先生の部屋の場所を聞き、一度ウサギ小屋に戻ってから京子先生の部屋に戻る事になった。
黒川さんの方の特訓や相棒も気になったが、とにかく今はこの2ヶ月間で強くなる為だけに頑張ろうと思った。
京子先生と一緒に生活出来る喜びを胸に潜ませ、僕は特訓に集中します!!
いやらしい事など考えずに……
出来るだけ……
そう……出来るだけ……
僕は誰に対して会話しているのか分からなかったが、とにかく出来る範囲で自分を律しようと心に誓った。
【第2クールはタンス対決よ】
僕はわざわざ回り込んで、フリップを覗き見してからつっこんだ。
「タンスですか!? ダンスじゃないんですか!?」
おそらく回転し過ぎて目が回ったせいで、前も後ろも分からなくなったのだろう。
それにしても、あそこまでゴリゴリのブレイクダンスを踊っていたから、てっきりダンスでも踊らされるのかと思ったが、タンスでどうやって対決するんだ?
【今、サッキーがお色直しをしているから、その間茶番を演じてましょう】
茶番を宣言されて演じるのは初めてだが、まだカメラが回ってないこの状況で、一向に喋ろうとしない浪花さんに、今の内に何気なくいろいろな疑問をぶつけてみるか……
「タッキーじゃなくて、サッキーって呼んでるんですか?」
ビビってどうでも良い事を聞いてしまった……
【あんたさっきから馴れ馴れしいわね! 私がサッキーの事をどう呼ぼうが、ガッキーには関係ないでしょ!】
「確かにガッキーには関係ないです」
【そうでしょ! なのに何でアンタはいつも私の事を、ガッキーみたいだ、ガッキーみたいだと言うの!!】
正直、僕の中ではガッキーより可愛いと思っているのだが、浪花さんは自分の事をガッキーより可愛いと言って欲しいのだろうか……
「浪花さんはガッキーより可愛いですよ」
浪花さんは照れて、顔が真っ黒……いや真っ赤になっているようだった。
【年寄りをからかうもんじゃないよ!】
どこかで聞いたようなセリフだ。
浪花さんが照れ隠しで踊ったスワイプスは、信じられないほどのキレがあり、いずれEXILEに入ろうとしているんじゃないかと思うほどだった。
※スワイプスやウインドミルというのはブレイクダンスの技です。気になった方は検索してみてください。
いや……そうじゃなくて、もっと聞かなきゃいけない事が沢山ある。一つ一つ問題を解決していこう。
「浪花さん! 浪花さんは僕の相棒なんですか?」
「……」
シカトされている……
「浪花さん! 聞いてますか?」
「……」
天井を眺めながらシカトされている理由を考えて、もう一度話し掛けてみた。
「ガッキーより可愛い浪花さん! あなたは僕の相棒なんですか?」
「……」
【年寄りをからかうもんじゃないよ!】
数秒前に聞いたセリフだ。
【その通りよ! 私はあなたの相棒。ナイスバディ相棒よ!】
まぁ、それは良いんですけど……
「じゃあこれからの2ヶ月間は、浪花さんと一緒に生活するって事ですか?」
【そういう事になるわね】
「(笑顔)」
【柳町君。一緒に生活するからといって、エロい事はあまり期待しない方が良いわ】
「べ……別に期待している訳じゃないですけど」
【一応、浪花のブラックダイヤモンドは、生娘の設定だからハレンチな事はやめてね】
「わ……分かりました」
そういうと浪花さんは、見事なエアートラックスからのハローバックを決め、どうだと言わんばかりに腕組みをしながら仁王立ちしていた。
【改めて言うけど、第2クールはタンスでダンス対決よ】
「タンスでダンスですか!?」
いろいろ疑問は残っているが、つっこみだけは緩めてはいけないと思い、もう一度気を引き締めて「つっこみー」として生きていく事を自分の心の中で再確認した。
※「つっこみー」とはつっこみ人の総称である
注)そんな総称はない
【そして2ヶ月後】
「ちょっと待って下さいよ!! これから特訓する大事な2ヶ月間を、フリップ1枚で済ませないで下さい!!」
ここに来て浪花さんは「アンタもしかしてモーガンフリー◯ンなの?」と言わんばかりの表情で、驚きながら僕の顔を覗きこんていた。
「驚いるのはこっちじゃ!! 何でマスク越しに、そんな表情が出来るんじゃ!!」
何処からともなくやってきた瀧崎さんは、全身に白いタイツを着させられた黒いミニチュアダックスフンドを連れていた。
首輪に付いている名札には「大太郎」と書かれている。
果たしてこれはつっこむべきだろうか……
いろいろな事が頭を過り、とにかくつっこまなくてはと思っていたが、つっこむ所が多過ぎて良いフレーズが思い浮かばない……
「ど……ど……どういう状況ですか!?」
「ナギマチよ。ここからの特訓は本気で行くぞ!」
「は……はい」
もう少しつっこみをいじって欲しかった……
「第2クールは、集中力を高める為に米粒に文字を書く特訓じゃ!!」
「全然違うじゃないですか!!」
浪花さんは、黒タイツの中から黒革の手帖を取り出し、スケジュールの確認をしていたが、どうやら明日の予定と間違えていたようだ。
マスクをしていても可愛いかったので、流石の「てへぺろ」も許してしまいそうだったが、滅多に見れない浪花さんの凡ミスに対して、僕はここぞとばかりにつっこんだ。
「スケジュール間違いは良いとしても、瀧崎さんのホスト繋がりで黒革の手帖は分かりにくい!!」
【良く繋げたわね】
「浪花さんはガッキーより可愛いです!!」
【年寄りをからかうもんじゃないよ!!】
浪花さんは本日3度目の名言を残し、ムーンウォークでスタジオの袖にはけてから、生米が入ったお茶碗を2つ持って来た。並べられた机の上に置かれたお茶碗には、生米が並々と盛られている。
浪花さんに「はよ座れや!」とヤンキーばりに威圧された僕は、何故か申し訳なさそうに椅子に座った。
浪花さんは瀧崎さんにペコペコ頭を下げ「何かうちの若い者がすんません」みたいな感じで媚びを売りながら、腰の悪いお爺ちゃんが椅子に座るように必要以上にゆっくりとした動作で着席した。
「2人にはこれから、このお茶碗に入っている米粒に文字を書いてもらう」
「マジですか!?」
「書けるか!!」
「そして書いてもらうにあたって、いくつかルールがあるから良く聞くんじゃ」
「ル……ルールは聞きますけど、この太さじゃ書けませんよ!」
浪花さんがマッキー極太のキャップを外してみると、中のペン先は髪の毛のように細かった。
何かすんません……
「書いてもらう文字のルールその1、自分が愛するものを書いてもらうという事。その2は、危機的状況を連想するものを書いてもらうという事じゃ」
「愛するものと、危機的状況を連想するものですか?」
「そうじゃ。異能力が爆発的に上がる時というのは、心が動いた時じゃ。愛するものの事を考えている時の情熱や、命の危険を感じて窮地に追い込まれた時の心の状態が、一番力を発揮しやすい。米粒に文字を書くという集中力を要する作業をしながら、心を意識的に燃やす事が出来れば、そのうち自分の能力を意のままに操る事が出来るようになる」
「なるほど」
「動揺するくらい、心がかき乱される状況に身を置きながらも、緻密な作業が出来るように訓練するんじゃ!」
「分かりました!」
「そしていずれは、自分自身で自らの感情を意図的に乱せるように訓練して、いつでも爆発的な力が出せるように自分の心をコントロールする! 慣れてきたら、米粒に書くお題のレベルを上げて行くから、必死についてくるんじゃぞ!」
「「チョレイ!!」」
了解したという意味で、僕と浪花さんは大声でハモった!!
本日、初めて聞いた浪花さんの声は信じられないくらいに野太く、実は京子先生ではないのではないかと少し疑ってしまうほどだった。
瀧崎さんから5分後に始める事を告げられた僕達は、手元が少し拡大して見えるような、机に固定されるレンズをセッティングして待っていた。
机の上には各々に小型のモニターが置かれたが、どうやらこのモニターには相手が書いた文字が映し出されるようだった。
マジか……
訓練とはいえ、とにかく動揺させようという気マンマンなのが、既に僕の動揺を誘っていた。
京子先生が幼少期からやっていた訓練というのは、こんな事だったんだろうか……
だとしたら、心臓が強いのも頷ける……
「制限時間は3時間! それまでに全ての米粒に文字を書くんじゃ!」
「3時間で全部ですか!?」
「それでは準備が整ったようなので始めるとしよう! いくぞ! レッツ! ダンシング!!」
さっき、ダンス対決じゃないって言った所じゃん!! と思いながらも、僕は必死に筆を走らせた。
「ナギマチよ。何でつっこまんのじゃ?」
「す……すみませんが、そんな余裕はないです……」
僕は手元をプルプル震わせながらも、とにかく文字を書く事に集中しようと思っていた。
「流石に序盤からは難しいかも知れんが、この特訓は最終的につっこみも行ってもらう事になる」
マジか!?
「今はまだ文字を書く事だけに集中すれば良いが、気が散る中で周りの気配をしっかり感じ取り、心の中ではちゃんとつっこんでおくんじゃ」
【わかりました】
嘘でしょ!?
浪花さん! 米粒に書いた文字で瀧崎さんと会話してる!!
「1つ言い忘れとったが、一応これも対決じゃ。最終的に全ての米粒に文字が書かれてさえいれば、どんな手段を使って相手を動揺させてもかまわん!」
相手を動揺させるとかいう問題じゃない! そもそも米粒に文字書く事自体が、かなり至難の技だ! 一文字書くのにどんだけかかんだ!?
【私は20年間これを続けている】
京子先生!!??
何で一粒に、そんなに書けるんですか!! しかも尋常じゃないスピードで!!
「もう1つ言い忘れとったが、浪花さんは既にこの道のプロじゃ。正直、これ以上鍛える必要が無いというレベルの方じゃから、書いてもらう文字の内容は、殆どナギマチを動揺させるものになるじゃろう」
それ、先に言って!!
【これは、とある成人男性の物語】
浪花さんが、何か物語を書き始めた!?
僕は米粒に【京子先生】と書こうと思って必死に頑張っているが、全く筆が進まない……
すぐに米粒が真っ黒になってしまって一文字も書けないのに、どうしたら良いんだ……
【むかしむかしある所に、変な奴がいました】
入り雑だな!! もう少し何かあるでしょ!!
【そいつは、いつも裸足で猫を追いかけていました】
何か聞いた事あるフレーズだけど、その猫お魚食わえてないよね!?
【その猫は青く、どこから見ても猫型ロボットでした】
ド○えもん!? っていうか、そいつの立ち位置はどういう所?
「ナギマチよ。お前の米粒は殆ど真っ黒になっておるが、文字が書けなかった物は全て食べてもらう事になるからそのつもりでおれ」
「マジですか!?」
正直いろんな事がありすぎて、どこに集中していいのか分からない!
「ちなみに、その筆の墨は微量の毒薬じゃ」
「毒薬!?」
「失敗した米粒で炊き上げたご飯で作る黒おにぎりこそ、瀧崎名物『毒薬砲丸』じゃ」
「毒薬砲丸!?」
何だそのネーミング!?
「じゃが安心せい。この毒薬は微量だと、人体には何ら影響はない。ある一定量を超えると激薬となる代物じゃから、バカみたいに失敗しなければ大丈夫じゃ」
バカみたいに失敗してるんですけど……
【そのバカみたいな男は、爆笑しながら深海の宮殿にたどり着いた】
「どういう物語!?」
その主人公は僕じゃないよなぁと思いながらも、僕は正気を取り戻そうと必死になっていた。乗り越えなくてはいけないハードルが多過ぎて、この特訓はクリア出来そうもないと感じていたが、とにかく今出来る事を必死にやろうと思った。
まずは、一粒でも多くしっかり文字を書く! そしてしっかりつっこむ! 動揺しながらでも良いから、とかにかくこの2つにやる事を絞って集中するぞ!!
【宮殿に入ると、そこは野球場のようなカラオケBOXだった】
「どんな場所!!? 深海の宮殿が野球場のようなカラオケBOXって、世界観がイメージしにくいんですけど!!」
【小太郎】
「そこで愛する物を急に挟まないで!!」
【98歳のお婆ちゃん、餅30個食う】
「だから、命の危険を感じるフレーズも今いらないから!! 物語の内容が全然入ってこないです!!」
【カラオケBOXでバイトをしていた澤田君と、その辺に居たポセイドンをお供にしたその男は……】
「だからどういう状況!? 脈略が無さすぎて、ストーリーが全然分かりせん!! まずその男は、どうやって深海の宮殿まで行ったんですか!? 何目的!?」
【体目当てよ】
「誰の!?」
【男性社員のよ】
「ざっくりし過ぎ! そもそもゲイなの!?」
【宮殿まで乗っていったのはエイよ】
「エイなの!? 竜宮城に行った浦島太郎みたいに亀とかじゃないの!? そもそも何でゲイがエイに乗って、深海の宮殿まで行ったの!?」
【愛ゆえに】
じゃ、しゃーないか……
通りすがりのポセイドン(海を支配する神)をお供に出来た経緯を詳しく知りたいと思いながらも、少しつっこみに比重を置きすぎたので、ここからは文字を書く方に集中しようと思った。
やはり浪花さんのボケと書くスピードが早過ぎるので、つっこみと文字書きを同時に行う事は不可能だと感じた僕は、5分ずつでも良いから交互に集中していく作戦で、少しずつでも結果を出してレベルアップして行こうと思った。
当たり前だが、文字数が多いと書くのが難しい為、とりあえず2文字で【京子】と書く事にトライした結果、何とか初めて文字を書く事が出来た。
【それは何処の女よ】
僕にとって愛する京子は1人しか居ない。
僕の口からわざわざ言わせたいのかも知れないが、浪花さんの質問にいちいち答えていたら進まないので、とりあえず僕はどんどん文字を書く事にした。
【町子】(柳町米粒)
【だから何処の女よ!】(浪花米粒)
母です。
【茂雄】(柳町米粒)
【何処のボーイフレンドよ!】(浪花米粒)
父です。
【沙織】(柳町米粒)
【だから何人女が居んのよ!!】(浪花米粒)
妹です。
【たくみくん】(柳町米粒)
【何でカミナリが出てくんのよ!】(浪花米粒)
弟です。
……?
何か僕、さっきよりも書くスピードが上がっている!?
この特訓を始めて30分以上経つが、何故か最初よりもスムーズに書けるようになってきている気がする。こんな短時間で、こんなにも上達するものなのか? もしかして僕って天才!?
「ナギマチよ。どうやら自分の異変に気付いてきたようじゃな」
どういう事だ?
「通称2人3脚。ナギマチが急に上達し出したのは、紛れもなく浪花さんの影響じゃ」
「浪花さんの!?」
「そうじゃ。これが最初に話していた、相棒と組んで特訓する効果の現れじゃ」
凄い……
確かに繊細な動きが素早く出来るようになっている!
この後の僕は信じられない事に、3時間の間にお茶碗半分くらいの米粒に文字を書く事が出来た。ミスした量も大した事無く、毒薬砲丸を食べるほどではなかった。
「今日は初日じゃからこんなもんじゃろ。まぁナギマチにしては良くやった方じゃ。文字を書くスピードは上がってきておるが、つっこみながら書く事が全然出来ておらん!
動揺も抑えられておらんし、ましてや自分で自分を動揺させながら心をコントロールする事などは、まだまだじゃな」
「す……すみません」
「まだまだこの後も特訓しようと思っとったが、とりあえず今日の所はここまでにしとこう」
「わ……分かりました」
「今日のナギマチを見て、お前の特性が何となく分かったから、明日からの特訓プログラムを改めて考えておく。明日から始まる地獄の特訓の前に、今日はゆっくり休んどくんじゃ」
「ありがとうございます」
そう言い残すと、瀧崎さんはスマホをチラチラ見ながらそそくさと出て行った。そういえば、僕達が米粒に文字を書いている間、瀧崎さんはずっと誰かとLI◯Eをしているようだった。
自分の都合でスケジュールを変えたように思えたが、とりあえず初日の特訓で疲れがどっと出たので、僕にとっては好都合だった。
今日は早く部屋に戻ってゆっくり休もう……
【私の勝ちね】
すっかり忘れていたが、そういえばこれは勝負だった。
【悪いけど、敗者のあなたには私の願い事を1つだけ叶えてもらうわ】
「僕、神龍じゃないんで、そんなにいろんな願いは叶えられませんが……」
【私があなたに願う事は、ただひとつ】
ただひとつ?
【私を甲子園に連れてって】
「無理です!」
【そこのつっこみは早くなくて良いのよ!!】
「だって既に高校生じゃないし!!」
【巨人×阪神戦で良いのよ】
「じゃ……じゃあ行きましょうか……」
【約束よ】
「はい。必ず連れて行きます!」
【それはそうと、いつまで私にこんな茶番を演じさせるつもりなの?】
「ちゃ……茶番と言いますと?」
「たがら、いつまで黒くなきゃいけねーんだよ!! ハゲ!!」
浪花さんは勢い良くマスクを脱ぎ、スタジオが崩れるんではないかというほどの怒号で僕を罵った。
「……? ……京子先生?」
「当たり前でしょ! 何年私と一緒に居るのよ!」
「ですよね……」
見た目があまりにも変わっているせいで、一瞬別人かと思ってしまった……
「もう2人きりだから話すけど、私は本来ここに居てはいけない人間なのよ」
「どういう事ですか?」
「以前も話したと思うけど、私の存在を身内だと知る人はごく一部の人達なの。薄々、私の存在に気付いている人達も中には居たけど、そういう人達には私が死んだという情報を流してあるのよ」
「そうなんですか」
「本人はピンピンしてるのに、私は葬式まで終わってるのよ」
「凄い……。そこまで徹底して、京子先生の存在を隠そうとしていたんですね」
「あの人の事はあまり好きじゃないけど、私達の事を大事にしてくれている事は確かね」
難しい親子関係だ……
「だから私は、ここでは『変人でお馴染みの浪花のブラックダイヤモンド』で通っているのよ……って誰が変人やねん!!」
僕は何も言ってませんが……
「とにかく私は、ここに居る以上は京子では居られないのよ」
「そういう事情があったんですね」
まだまだ謎の多い京子先生だが、本当に複雑な家庭環境だ……
「そういえば、さっきの米粒の特訓の時、京子先生との2人3脚で僕のスキルが急に上がったんですが、あれってB級能力者相談所で働いている間もその状態って事だったんですか?」
「ここまで来たら私の知っている事は話すけど、いろいろな事を知り過ぎると通常の生活には戻れなくなる事だけは覚悟しておいてね」
「分かりました」
「実はブレイブハウンドが解明した技術の1つ2人3脚は、2人1組が前提なのと、主に建物内やエリアを限定して能力を向上させるという技術なの」
「2人1組とエリア限定ですか?」
「そう。新右衛門君、相棒を決める時に髪の毛か何かをサッキーに渡さなかった?」
「渡しました」
「ここでの特訓の前に、何か飲んだ記憶は無い?」
「そういえば、飲みました!何だか分からないけど養命酒で乾杯しました! 栄養ドリンク的な物だと思っていましたけど……」
「知能が低い割には良く覚えていたわね。驚き過ぎて顎が外れる所だったわ」
どんなにメンタルが強くなっても、永遠に京子先生の言葉には傷けられるような気がする……
「実は個人のDNAが含まれている物を分解して、ある方法で精製する事で何故か養命酒が出来上がるんだけど、それをお互いの体内に取り込む事で、その2人には目に見えない能力的相乗効果が生まれるの」
「そうなんですね」
な……何故、養命酒なんだろう……?
「でも実は、それだけでは効果が薄い事も分かっているんだけど、ある技術を使って建てられた建物内には、その効果を倍増させる事が出来るようになるのよ」
凄い……そんな事が出来るようになるなんて……
「この建物内も勿論その技術が施してあるんだけど、特にこのスタジオエリアや直接特訓出来る場所は、その効果が発揮しやすい状態に作られているの」
簡単に話しているけど、これだけの事を追及して発見し、実際に形にして成果をあげるまでに、どれだけのお金と労力を使ったんだろう……
考えただけで恐ろしい……
「勿論、B級能力者相談所もそのように造られてはいるんだけど、流石に毎日養命酒までは作れないから、そこまではやっていないわ」
そういえば以前、京子先生の家に泊まった時に養命酒を出されたけど、もしかしたらあの時から既に始まっていたのか……?
「柳町君。私もいつまでもこんな恥ずかしい格好してられないから、とりあえず部屋に戻りましょう」
「そ……そうですね」
かなり気に入っているように見えたので「本当に恥ずかしいのか?」と思いながら、とりあえず部屋に戻る事にした。
「あの~……僕の部屋はウサギ小屋みたいな所なんですけど、京子先生の部屋に僕が泊まるという事で良よろしいんでしょうか?」
「しょうがないわよね。ウサギ小屋も嫌いじゃないけど、ちょっと寝にくいものね」
外から丸見えなので、それ以前の問題だと思いながらも、とりあえず京子先生の部屋に泊まる流れになった。
自分の荷物もあるので、京子先生の部屋の場所を聞き、一度ウサギ小屋に戻ってから京子先生の部屋に戻る事になった。
黒川さんの方の特訓や相棒も気になったが、とにかく今はこの2ヶ月間で強くなる為だけに頑張ろうと思った。
京子先生と一緒に生活出来る喜びを胸に潜ませ、僕は特訓に集中します!!
いやらしい事など考えずに……
出来るだけ……
そう……出来るだけ……
僕は誰に対して会話しているのか分からなかったが、とにかく出来る範囲で自分を律しようと心に誓った。
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