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第10話 京子と柳町の異能力

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 僕はドッグフードや首輪など、一通り必要そうな物を買ってB級能力者相談所サテライトキングダムに戻って来た。
 今はちょうど相談者の人が居なくて、2人とも一息ついている所だった。

「戻りました」
「遅いと思ったら、自分のご飯まで買ってきたの!?」
「ドッグフードです」
「あら。私、何か間違った事言ってる?」
「いや……。いつも迷惑ばかり掛けて、犬並みの事しかやっていないので、人間様のご飯を頂けるほどではない事は分かっているんですが、これは小太郎君のご飯なんです」
「ああそうなの。一応、自分が拾われた野良犬だって事は分かってるのね」
「京子先生。もうその位にしてあげたらどうですか? 柳町さんも困ってますよ」
「だって腹立つじゃない!! 宝くじが当たったのに、分け前をよこさないなんて!」
「当たってないです!! 仕事も出来ないくせに、休みを取ろうとしてるから怒ってるんじゃないんですか!?」
「仕事が出来ないなんて事は百も承知よ!! 今に始まった事じゃないでしょ!!」

 実に説得力のある答えだった。

 何とも言えない空気に耐えきれず、フォローしてくれた黒川さんに笑顔を振り撒いていたら、外の待合席から子供の声が聞こえた。

「すみませ~ん」

 黒川さんがドアを開けると、そこにはランドセルを背負った小学生の男の子が居た。

「ボク、どうしたの?」

 学校帰りだろうか?
 低学年くらいのその子は、右手に握りしめた林檎を黒川さんに渡そうとした。

「さっき、ここに居る人の中で一番頭の悪い人に、この林檎を渡してって言われた」
「柳町君じゃない」
「即答しないで下さい」

 間違ってないけど……

「誰に言われたの?」
「それは言えない。見返りをもらったから、それだけは言えないの」

 そう言うと、男の子は僕に林檎を投げつけ、逃げるように走り去って行った。

「あんなに小さい子なのに、見返りなんて言葉を知っているんですね」

 黒川さん。その前に、人に林檎を投げつけちゃいけませんって教えようよ……

「新右衛門君も見習いなさい。小学生でもギブアンドテイクや義理人情が分かっているんだから、秘密をしゃべっちゃいけない事くらい覚えなさいよ」
「分かりました」

 僕は、また1つ賢くなった。

 黒川さんは僕の事をじっと見ていた。
 もしかして、京子先生の秘密を口止めされていると思っているんじゃないだろうか?
 そんな事を思いながら、僕はさっきの子供に投げつけられた林檎を見ていた。するとそこには、小さい文字で何か書かれていた。

『明後日の朝7時に下記の住所に来たれり。南京横町3丁目の吾妻橋の下辺り。一ノ条  司』

 特訓を行う日時の連絡だ!
 予想外の連絡方法のせいか、急に鼻血が出た!

 


「だ……大丈夫ですか? 黒川さん」

「ちょっと興奮しちゃいました……。私、歳の離れた弟が居るんですけど、ああいう小さい男の子が大好きなんです!」

 まさかの新事実!!
 黒川さん、ブラコン発覚!!

 黒川さんは奥の方へ行き、鼻に詰め物をしていた。

「柳町君。さっき、ちらっと見えたんだけど、その林檎に何か書かれてたわよね」

 ヤバい! いつの間にか見られてた!?

 僕はとっさに、その林檎をかじった! 文字が書かれていた場所を一口で消し去り、証拠を隠滅させた!

「えっ!? 何の事ですか?」
「本当に嘘をつくのが下手ね」

 バレてる……

「文字が小さいからちゃんとは読めなかったけど、一文字だけ読み取れた字があったわ。…………司って」

 あぁ~……バレてる~……

「あなた、シティハンターとどういう関係なの?」
「司、違いです!! この流れで、司=北條 司はないでしょ! 一ノ条! 一ノ条!」

 思わずこらえきれずにつっこんでしまった。

「自分からバラすなんて、本当にお粗末ね。やっぱり小学生以下だわ」

 つっこみの性を利用した誘導尋問だ。
 恐るべし、柊 京子……

「それで結局の所、何が書かれていたの?」

 口止めされている訳ではないが、僕は正直に言うべきかどうか悩んだ。

「まさかとは思うけど、一ノ条に会って何か言われたんじゃないでしょうね?」
「………」
「無言って事は、会ったと受け取るわよ」
「あ……会いました」
「やっぱり!! ったくあのオヤジったら!! 問題が起きてる事は聞いたけど、新右衛門君達を巻き込まないように言ったのに!!」
「でもこれは自分の意思なんです!」
「どういう事よ?」
「どういう問題が起きてるのかは教えてもらえなかったですけど、いずれこの相談所も危ない状況になるかも知れないっていう事は聞かされました」
「確かにその可能性はあるわね」
「何の話ですか?」

 黒川さんは1人、話に取り残され、僕達のやり取りに戸惑っていた。

「ごめんなさい。桃ちゃんには後で説明するから、今は黙っててもらって良い?」
「わ……分かりました」

 黒川さんは待合席を確認した後、誰も居なかったのか、お湯を沸かし始めた。

「それで一ノ条は何て言ってたの?」
「僕に強くなる気は無いか? って聞いてきました」

 豆鉄砲をくらった白鳥のような顔をした京子先生を尻目に、僕は話を続けた。

「今後の事を考えて、自分や身の回りの人達を守る為に、僕も強くなりたいと思ったんです!
 僕にその気があるなら特訓してくれるって言われたので、週末からお願いする事にしました」

 京子先生は黒川さんが出してくれたお茶を飲み、長い沈黙の後、一息ついてから口を開いた。

「舌を火傷したわ」

 何て言って良いのか分からなかった。

 僕のせいでは無い事は確かだったが、何故か申し訳ない気分になった。

「そうなのね……。てっきり一ノ条に、ここを辞めるようにでも言われたのかと思ったわ」
「僕は京子先生に辞めろと言われない限り、ここを辞める気はありません!」

 似たような事は言われたが、僕自身は全くここを離れる気が無かったので、正直な自分の気持ちを言い切った。

「そうね。確かに使い物にならないし、どうしようもないけど辞めさせるかどうかは私が決めるわ」
「はい」

 納得のいくようないかないような話だった。

「そういう事なら分かったわ。特訓に行ってらっしゃい」
「ありがとうございます!」
「どれくらいの期間、特訓するかは聞いたの?」
「いや。具体的な事は全く聞かされてないです」

 京子先生は冷凍庫からアイスの実を取り出し、火傷した舌を冷やす為に1つだけ口に含んだ。そして腕組みをし、大投手『村田兆◯』のカレンダーを見ながら仁王立ちで呟いた。

「多分、期間としては2ヶ月くらいじゃないかしら?」

 京子先生は、なぜか2ヶ月という具体的な期間を公言した。

「なぜ2ヶ月なんですか?」
「柳町君は知らないと思うけど、実はこの世界にもドラフトのような物があるのよ」

 黒川さんも一緒に聞いているせいか、京子先生は裏社会や異能力業界の事を一括りにして、あえてという言い方をしていた。

「そのドラフトが大体2ヶ月後なのよ」
「もしかして、僕もそのドラフトにかかる可能性があるんですか!?」 
「「柳町君は戦力外じゃない!?」」
「なぜ、そこだけハモるんですか!!」

 京子先生と黒川さんは顔を見合せて笑っていた。
 黒川さんが、ここに馴染んできたのは嬉しい事だが、僕にとってこのハモりは、近年稀に見る悲しい出来事だった。

「どちらにしても、異能力ドラフトはビッグイベントの1つだから、新右衛門君が参加するしないに限らず、その辺りが目安になるはずよ」

 異能力ドラフト……そんなものがあるなんて……

「異能力の事を少し説明するけど、異能力ってランク付けされているでしょ?」
「はい」
「まぁ基本的には自己判断なんだろうけど、大きく分けて使える能力と使えない能力でA級かB級に分けられるの」
「ドラフトにかかるのは当然A級の人だけですよね?」
「そうね。でもね、実は異能力って訓練する事で飛躍的に伸びる事があるのよ」
「もしかして、別の能力が身についたりするんですか?」

 黒川さんは凄く興味を示して、質問していた。

「僕が聞いた話だと、基本的に異能力は1人1つだけだったと思うんですけど」
「そう。基本的に1つだという事は確かなんだけど、鍛えれば伸びるっていう事を意外と皆は知らないんです」

 塾の先生にでもなったつもりか、京子先生は何故か敬語だった。

「例えば、メラしか使えない人がメラゾーマを使えるようになったり、ホイミしか使えない人がベホマを使えるようになったり、ラーメンを頼んだのにチャーシューメンが来たりして、使える能力が上級になっていくイメージね」

 最後のは明らかにオーダーミスだと思ったが、店長に報告したらサービスしてくれて、ラーメンの値段で食べられる事になった微笑ましいエピソードだと勝手に想像して、つっこむ事をやめた。

「じゃあ、私のも……」

 今の例え話を、何事も無かったかのようにスルー出来る、黒川さんの鋼の心臓に乾杯。

「そうね。鍛えたら、舐めなくても黄色く出来たり、赤とか緑に出来るかも知れないわ!」

 この時、僕と黒川さんは同じ事を思った。
「あまり嬉しくないかも……」と。

 お茶を飲んだあと席を立ち、アイスの実を口に含んだ黒川さんは、モジモジしながら喋り出した。

「あの~……ずっと気になっていたんですけど、柳町さんと京子先生の能力って一体何なんですか?」

 キターーー!!
 黒川さん……。B級能力というのは、あまり意味の無い能力だから、一般的には公表したくないんですよ! そしてA級の能力者も、自分の能力を公表する事は、自分の身を危険に晒す可能性があるから、メリットが無ければあまり言いたがらないよ!

「桃ちゃんと柳町君には教えてあげても良いけど、実は私はA級能力者なのよ」

 そんな気はしていたが、やっぱり只者では無かった……

「私は反射神経が尋常じゃないの」
「反射神経ですか!?」
「そう。新右エ門君は、私の反射神経を知ってるかも知れないけど、私は目の前で銃を撃たれても、余裕で避ける事が出来ます」
「マジですか!?」
「正直、ケンカだったら誰にも負ける気はしないわ」

 どうりでいつも強気な訳だ。赤スーツ相手でもビビる訳が無い……
 格闘術も一ノ条さんから習ってたって言ってたし、いよいよ特訓しても、京子先生より強くなる事は難しいか……

「柳町さんは?」
「……僕は、ご想像通りB級でございます」
「それで?」
「京子先生は知っているんですけど……」
「あのエロい能力ね」
「エロいって言わないで下さい!」
「新右衛門君は興奮すると、ある所が固くなる能力なのよ」
「違います! 違わないけど、それは特殊な能力ではない!!」
「ぼ……僕は触った物が柔らかくなる能力なんです! それもちょっとだけ……」
「柔らかくですか? それもちょっとだけ……」
「そう。固い物でも、ちょっとだけムニムニにする事が出来ます」
「やっぱり何かエロいですね」

 黒川さんまで、そんな目で見ないで……

「でも新右衛門君は何でそんなにエロいの?」
「エロい所に食い付かないで下さい! 食い付くなら能力の方にして!」
「だからいつも、変な所ばっかり触ってるんでしょ?」
「だから触ってません!!」
「何を勘違いしているの? 私の言っている変な所っていうのは、股間の事よ」
「存じております!! いつも固いから、能力で柔らかくしている訳ではありません!!」

 足下の気配を感じて振り返ると、悲しいかな小太郎が股間を固くしたまましっぽを振っていた。
 冷ややかな目で小太郎を見る2人の視線に耐えきれず、僕は異能力で小太郎の興奮を鎮め、舘ひろ◯のような後ろ姿を見せつけながら、アイスの実を口に含んだ。

「アイスの実って美味しいですね」
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