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第7話 ロマンスの神様、気絶は1日2回まで!!

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「うっ……ううっ……」

 僕はどれくらい眠っていたんだろう……

 気付くとそこは、B級能力者相談所サテライトキングダムの近くにある公園だった。
 なぜかジャングルジムに絡まったまま寝ていた僕は、イルカのぬいぐるみを脇に抱えながら、サンタクロースのブーツを履いていて、ハゲかつらも被っていた。
 服は黒のタンクトップに赤の半ズボンを履かされている。
 ポケットの中には、玉子豆腐と小籠包が入っていた。



 何がなんだか分からない……
 お酒を飲んだ記憶は無いが、ここに来る前に何をやっていたのか全く覚えていない。
 夢遊病にしては悪ふざけが過ぎる。
 十中八九、京子先生の仕業だと思ったが、何の確証も無いので、とりあえず小籠包を地面に叩きつけた。

「そうだ! 思い出した! 確か後ろから誰かに殴られたんだ!」

 でも、誰に殴られたかは覚えていない……
 後頭部の痛さだけが、殴られた凶器の固さを物語っていた。

「そうだ! 思い出した! 確か木彫りの熊の置物だ!」

 そう言うと僕は、ポケットに入っていた玉子豆腐を握り潰し、必死で記憶を辿ってみた。
 覚えているのは、午前中はサテライトキングダムがお休みになり、黒川さんと2人で部屋の片付けをする事になった所までだ。

 う~ん……
 殴られたショックで記憶が、ごちゃごちゃになっている…………
 確か片付けの最中、京子先生お気に入りの猿のぬいぐるみである、歴代のピンキーちゃんの物まねをジョーダンにやらせて、ヘルメットを被せた後、本棚に並べた……
 いや違う!
 歴代のタイガーマスクにジグソーパズルをやらせて、バッシュを履かせた後、本棚に並べたような……
 いや、これも違う!!
 ショートカットにしたジョーダンは、全人口の約1割だって話をして、洗濯した黒川さんを本棚に並べた……

 もう、記憶が支離滅裂で何がなんだか分からない……

 とりあえず僕は、一旦思い出すのをやめてジャングルジムから下りる事にした。

 時計を見ると19時38分。
 午後の診療は19時までなので、もう終わってる時間だ。
 僕はあまりにも奇妙な格好なので、職務質問されないように気をつけて、この公園から徒歩5分くらいにあるB級能力者相談所サテライトキングダムまで帰った。

 診療は終わっているが、部屋の明かりはまだついていた。
 既に鍵がかかっていたが、僕は合鍵を持っているのでそれを使って中に入った。
 黒川さんは帰宅したようでもう姿はなく、京子先生がパソコンに向かい何やら雑務をしているようだった。

「あら、柳町君。凄い格好ね。何かのパーティーでもあったの?」
「ここに来るまでに、2回職務質問されました」
「パーティーも良いけど、警察沙汰は勘弁してね」
「気付いたらこの格好で、七王子公園のジャングルジムに絡まってました」
「一体、何のプレイ? 変態変態とは聞いていたけと、あなたが興奮するポイントが分からないわ」
「別に興奮はしていません」
「私が目の前に居るのに?」

 そういう意味では少し興奮してますが……

「どうやら気絶していたようで、正直、あまり記憶が無いんです。朝は普通に出勤して、京子先生が遅れるという事で、午前中は相談所をお休みにしたのは覚えているんです」

「確かに連絡したわ。その後はどうしたの?」
「黒川さんと一緒に掃除や片付けをして……
 そうだ! 誰か来たんです! 何か、あき◯城みたい名前の人が来て、何だかんだしてたら急に後ろから殴られて、今に至る……みたいな」
「だいぶ間が飛んでるけど、その何だかんだが重要なんじゃないの?」
「そうなんですが……確か殴られた凶器だけは分かっていて、木彫りの熊の置物なんです!」

 振り返った京子先生の右手には、血塗れの木彫りの熊の置物が鷲掴みされていた。

「何で後ろから殴られて気絶したのに、凶器だけは知っているの?」
「教えてくれたんです!」
「誰が?」
「多分、あ◯竹城……」

 その瞬間、僕は再び木彫りの熊の置物で殴られて気絶した。

「誰があき◯城じゃ~」
 薄れ行く意識の中で、ダミ声のような京子先生の声が聞こえた……



「うっ……うう……」

 本日、2度目の気絶から目覚めると、そこはベッドの中だった。

「ここは一体……?」
「あら、やっと目が、覚めたのね。気分はどう?」

 ここは京子先生の家……!?

 2DKくらいの大きさだろうか、シンプルで清潔感溢れる部屋になっていて、思っていたより女の子らしいアレンジになっていた。

「私以外、誰も寝た事が無いベッドで、良く堂々と寝れたもんね」
「すみません」
「謝って済むくらいなら、お金はいらないわ」

 結局金か……

「それにしても、柳町君って寝言が凄いのね。びっくりしちゃった!」
「そうなんです。昔から凄くて、コンプレックスなんです! だから、あまり他人に寝ている所を見せないようにしてたんですけど……。僕、何か変な事言ってました?」
「変な事しか言ってなかったというかなんというか……。申し訳ないけど、私の口からはとてもじゃないけど言えないわ」

 一体、何を言ったんだろう……?

「まぁ、金額次第じゃ教えてあげない事もないけど」

 結局金だ!
 金の亡者だ!
 金の亡者の王者だ!!

 心の声が悟られたのか、気付くと既にビンタされていた。

「誰があ◯竹城じゃ~!」
「!?」

 その声で思い出した!!

「京子先生! 思い出しました!! 今の言葉で、最初に気絶した時の事を思い出しましたよ!!」
「思い出さなかった方が、幸せだったかも知れないわよ」

 どういう意味だろう……

「あの時、一ノ条さんという人が尋ねて来て、京子先生と話をしたいって言ってたんです」
「それで?」
「そしたら、京子先生が来て、一ノ条さんが京子先生の事『お嬢様』って呼んでました」
「良く覚えてたわね」
「お嬢様って……一体どういう事なんですか?」
「新右衛門君。この先の話をしたら、後戻り出来なくなるかも知れないわよ」

 何となくしか想像出来ないが、京子先生は自分の過去の話をするつもりなんだろうか……
 一ノ条さんは昔の京子先生を知っている人だ。
 京子先生の強さの秘密や、お嬢様と呼ばれていた事の真相は知りたい。正直僕は、こんなに京子先生の事が好きなのに、ほとんど何も知らないのだから……

「柳町君に、私の過去を受け入れる覚悟があるかしら?」
「もちろんあります」

 多分、京子先生は自分を受け入れてくれる人を探してたんじゃないだろうか。
 そしてこんな話をするのも、僕が受け入れるって分かっているからこそ、あえて話をしている気がする。

 京子先生はキッチンに向かい、お茶菓子的な物を用意してくれようとしていた。
 僕はベッドから出て、居間の方に行き3人掛けのソファーに座って待っていたら、京子先生がテーブルにお茶菓子を出してくれて、自分の身の上話をし出した。

「一ノ条というのは、昔の私の世話役だったの」
「世話役ですか?」

 お嬢様と呼ばれていた事もあり、京子先生は良い所のお嬢様なんだろうか? 

「京子先生はもしかして、凄くお金持ちの家の人なんですか?」
「そうでもないわよ。ただ、私の父は犬飼 治五郎というの」

 犬飼 治五郎……
 どっかで聞いた事があるような……

「以前の赤スーツの話で、3大闇組織の事を言っていたのを覚えてる?」
「はい。確か……『ブレイブハウンド』『イボルブモンキー』『テラフェズント』という3つの組織ですよね」
「あら。脳みそが小さい割には、記憶力が良いのね」

 何故、僕の脳みそが小さい事を知っているのかつっこみたかったが、先の話が気になったので、謙虚な僕はとりあえず流した。

「実は私の父、犬飼 治五郎はブレイブハウンドのボスなの」

  ……!?
 や……闇組織のボス!?
 しかもブレイブハウンドといえば、その3大闇組織の中でも、実質トップの力があると言われている組織!! 京子先生は、その組織のボスの娘さん……

 僕は座ったままだったが、腰が抜けて開いた口が塞がらなかった……
 そんな中、京子先生は僕の開いた口にシューマイを入れながら話しを続ける。

「私の名字『柊』は母親の姓なの。母は犬飼の愛人で、組織の中でも私達の存在は一部の人間しか知らなかったわ」
「そうだったんですね……」
「驚いた?」
「驚きましたけど、お茶菓子で養命酒にシューマイを出すくらいの人なんで、普通の家柄じゃない気はしてました」

 京子先生は、笑いながら僕の口にシューマイを入れ、さらに話しを続ける。

「一ノ条というのは、私が小さい頃から面倒をみてくれた世話役よ。母一人子一人だったから、ボディーガード兼世話役って感じで、常に私の近くに居て、いろいろな事を教えてくれたわ」

 周りの人達は、京子先生の父親の事を知らないとはいえ、肩身の狭い思いをしたり、幼少期はいろいろと大変だっただろう……

「私も自分の父親が、そんな人だって聞かされたのは、14歳の時だった。それまでは、自分の置かれた環境が普通の人とは違うなんて、あまり意識してなかったの」

 京子先生は僕の口にシューマイを入れる手を休める事なく、話しを続けた。

「一ノ条には、物心つく前から護身術だと言われて、殺人的な格闘術を叩き込まれたり、スパイとしての基礎や情報収集のやり方まで、裏社会で生き抜く為に必要な事を全て教えてもらったわ」

 どうりでいろんな事が、人間離れしている訳だ……

「気付いたら、一ノ条よりも強くなってしまったわ」

 京子先生は笑っていたが、正直僕は笑えなかった。

「思春期になると、流石の私も何か人と違うって感じてたから、父の事を聞かされて、いろいろな事に納得したわ。それから高校2年生くらいまでは、周りに父の事を気付かれず、出来るだけ普通で居るように振る舞っていたんだけど、ある出来事が起きて私の生活が一変してしまったの」
「何があったんですか?」

 京子先生は18個あったシューマイを僕の口に入れ終わると、お皿を片付け出した。

「柳町君。少しお腹空かない?」

 シューマイでお腹いっぱいだったが、京子先生のお腹が空いたんだと思い、僕は強がってみせた。

「そうですね。そろそろ夕飯の時間ですし、少しお腹空いてきましたね」
「もう夜中の11時よ。新右衛門君はいつもこんな時間にご飯を食べるの?」

 京子先生のお腹を気遣ってみたが、どうやら裏目に出たようだ。

「いや……。いつもはもっと早いですけど、寝る前にまた食べたくなるっていうか……」

 京子先生は微笑みながら囁いた。

「ありがとう」
「えっ!?」
「良いわ。今日は特別にご飯を作ってあげるから、その間にお風呂に入ってきなさい」

 何か夢のような展開だった。いつもだったら、もっとメチャクチャに弄られて終わりそうだけど、今日の京子先生は何故か優しかった。

「私の家を出て、右に800mくらい行った所に銭湯があるから、全力疾走で行って来て」

 前言撤回。
 いつも通りの先生だった。
 冗談だと言ってくれるのを半分期待したが、当たり前のように家から閉め出された。
 僕は頑張って走り、1.5㎞くらいの所にあった銭湯に着いたが、既に閉まっていた。とりあえずしょうがないので全力疾走で京子先生の家に戻り、銭湯が閉まっていた事を伝えた。

「知っていたわよ。あそこの銭湯11時までだもの」

 鬼だ。
 悪魔だ。
 いや……そんな生ぬるいものじゃないか……

「ちゃんとお風呂沸かしてあるわ。さぁ入って」

 銭湯から戻ってくるまでに3回職務質問にあったが、全てお湯に……いや水に流そうと思った。
 お風呂に入りながら考えてみたが、京子先生はバスルームを片付ける時間を作りたかっただけなのかと、勝手に解釈していた。
 それにしても、憧れの京子先生の家に来てお風呂に入っていたり、これからご飯も頂けるなんて、こんな夢のような展開が本当にあるんだと思い、急にドキドキしてきた。

「柳町君。私の服だけど、一応着替えを置いておいたから、これ着てね」
「はい。ありがとうございます!」
「私も一緒に入らなくて大丈夫?」

 どう捉えたら良いんだろう……
 京子先生の発言はいつも冗談なのか本気なのか全く分からず、僕は何も答える事が出来なかった。

「一応、私が一緒に入ると別料金だからね」

 やっぱり金か!

「1万2千円よ」

 意外と安いと思い、お願いしようかと思ったが、僕の男としての株が下がると思い、丁重にお断りした。

 京子先生はキッチンに戻ったようだったので、僕はいつもより丁寧に体を洗い、お風呂を出た。
 僕は京子先生が用意したくれた服に着替えて居間の方に戻った。

「良く似合ってるわ。これからピクニックにでも行くの?」

 夜中の12時過ぎてからピクニックに行く人は、そうそういないだろう。

「あと10分くらいで出来るから、座って待ってて」

 ソファーに置いてあった、キーファ・サザーラ◯ドのクッションを抱えながら24分ほど待っていたら、京子先生が料理を運んできてくれた。

「はい。お待たせ!」

 出てきたのは、コーンフレークだった。

 包丁やフライパンを使う音もしていたし、かなり長い時間料理をしていたようだったのに、まさかのコーンフレーク!!
 しかも牛乳が微妙に足らなかった。
 僕は牛乳に浸しきらないコーンフレークを頬張り、笑顔で見ている京子先生にお礼を言った。

「ご馳走さまでした。ありがとうございました」
「どういたしまして」
「あの~……さっき、料理を作っているようだったんですけど、あれは一体……」
「あれは明日の朝ごはんの準備よ。私、夜はあまり食べないで、朝にしっかり食べる派なの」
「そうなんですね」

 何か違うと思いながら、つっこみ所を逃してしまった事に後悔していた。このままだと、ずっと京子先生のペースになりそうだったので、思いきってさっきの話を振ってみた。

「あの~……京子先生」
「何?」
「さっきの話の続きなんですけど、あの後状況が一変した出来事って一体何なんですか?」
「そうね。いろいろ話たい事はあるんだけど、今日はもう遅いから寝ましょう。
 新右衛門君には別に隠す気もないから、またの機会にちゃんと話すわ」
「分かりました」

 分かりましたと言ったものの、分からない事が1つある!
 勇気を出して聞いてみよう!!

「京子先生! 僕は泊まっていってよろしいんでしょうか!!」

 京子先生は笑顔で答えた。

「好きにしたら良いんじゃない? ベッドは1つしかないけど」

 京子先生は意味深な言葉を残し、お風呂に入りに行った。
 僕は期待と不安で、心臓がどうにかなりそうだった。
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