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第1話 もてあそばれる事 山のごとし
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「柳町君!! また家賃を払う前に電気代を払ったの!?」
「払ってないです!! 大丈夫です!! その辺はちゃんとしてますから!!」
「アンタの生活なんて犬も食わないんだから、早く次の人を呼んでちょうだい!」
「わ……わかりました」
京子先生から話を振ったのにヒドイ……
犬も食わないのは夫婦喧嘩だと思いつつも、僕は黙って次の相談者を呼びに行った。
「次の方どうぞ」
ゆっくりと相談所に入って来たのは、20代前半と思われる暗い顔をした男性だ。
左足にギブスをし、松葉杖をついているその男は、右腕も折れているせいか三角巾もしている。首周りは火傷の跡も凄かった。
ソファーに座るのも一苦労という感じだったが、何とか腰を据えて一旦は落ち着いたようだ。
ニット帽を脱いだその男の頭は、サイドだけが肩まで伸びた長髪で、真ん中がハゲ上がっている。そして何故かそのオデコには『無傷』というタトゥーが入っていた。
「ま……待合席で書いていただいた、問診票を見せてもらってよろしいですか?」
僕は心の中で「どないやねん」と思いながら、恥ずかしそうに渡す問診票をその男から受け取り、そのまま先生に渡した。
「谷木田 ヘーゼルさん。22歳」
「はい」
小さくて聞き取りにくかったが、返事をしたその男の声は、明らかに喉が枯れていた。
「ちなみに、ここは病院じゃないという事は分かっていますよね?」
「は……はい」
確かに、端から見たら、ただの怪我人が病院に通院しているように見えるだろう。
「現在は所属なし。出演経験もゼロ。異能力者として開花してからは、メジャーでの活動は、ほぼ何もしていないという事でよろしいですか?」
「はい」
「希望としては、やられ役やモブキャラでも良いが、できればメインキャストの1人になりたいという事ですね」
「はい」
「いくつかオーディションは受けましたか?」
「はい。ワ○ピースや僕のヒーロー○カデミア、ジョジョの奇妙な冒○などを受けましたが、書類選考で落とされました」
「でしょうね」
相変わらず先生の言う事はきつい。
ボクもこの相談所で助手を努めてもうすぐ2年になるが、先生の言葉でどれだけ傷つけられた事か……
「ここに書かれているあなたの能力ですが『全力でダッシュすると眉毛がつながる』という事でよろしいですか?」
「は…はい。それ以上でも、そ……それ以下でもありません」
そう!
ここにはこういう、他の漫画では使いようのない能力者(B級能力者)が、働き口を探しに、相談にやって来るのだ!
そして、そのアドバイザーのスペシャリストとして、この相談所「サテライトキングダム」の医院長を努めているのが僕の憧れの人、柊 京子先生なのだ!
「ちなみに今は結構な怪我をしているようですが、全力で走る事は出来るんですか?」
「だ……大丈夫です……実はこの左足は、もう殆ど治っているんです」
ギブスをはめたその左足を良く見てみると、そこには友達が書いたであろうと思われる落書きで『買う時はいつも10箱分』と書かれていた。
何の事だか意味が分からなかったが、谷木田さんは持っていた松葉杖で思いっきり自分の足を叩き、ギブスを真っ二つに割った。
痩せ細って、女子高生のようにツルツルになったその左足にも、落書きで『のど飴』と書かれていた。
僕は、1箱何個入りののど飴なのか気になったが、京子先生はノーリアクションで問診を続けていた。
「あなたの能力ですと、バトル向きでは無いので、職種の方が限られてしまいます。
ご希望の仕事を探すのは、かなり難しいと思われますので、少しハードルを下げたいのですが」
「は……はい」
「谷木田さん自身がどうしても譲れないという条件を3つだけ挙げて下さい。それを元にお仕事を探させていただきます」
「わ……わかりました。えっ……え~と……1つ目はやはり、この能力を活かした仕事だという事です。人には真似出来ない事をやりたいです。
2つ目は、いずれ大金を掴める、夢のあるプロスポーツのような仕事が良いです。下積みの間はコツコツやりますが、その先に希望が無いと、ずっとは続けられません。サラリーマン的な仕事は無理です。
3つ目は、えっ……え~と……あの~……出来たらで良いんですが……」
「何でしょう?」
少し間を空けた後、谷木田さんが僕の方を見ながら恥ずかしそうに口を開く。
「その~………男の子が沢山居る職場だと嬉しいのですが……」
僕と京子先生は顔を見合せ、少しの間、珍…沈黙が流れる。
「少しお時間を頂いてよろしいですか?」
「はい……」
「ご希望に合ったお仕事があるか、お調べしますね」
京子先生はそう言うと、『目覚まし時計の音がロシアの子守唄』というロゴの入ったTシャツを着た谷木田さんを残し、奥の部屋へと入って行った。
「柳町君! ちょっとこっちへ!」
「はい!」
奥にある京子先生の部屋に入ると、外観からは想像もつかないようなハイテク機器が沢山置いてあり、その部屋のど真ん中で、京子先生がヨーガでやる猫のポーズをとっていた。
「あなた、あの変態に狙われていたの気付いてる?」
「えっ? 僕ですか?」
「そうよ。この相談所に入って来た時から、ずっと新右衛門君を見てたわよ」
「急に下の名前で呼ばないで下さい……(恥ずかしい……)」
それにしても全然気付かなかった……
言われてみれば、良く目が合っていたような気はするが……
確かに僕だったら、こんな綺麗な先生を目の前にしていたら、助手の男になんか目もくれないか……
「まぁそれは良いとして、谷木田さんの働き口は見つかるんですか?」
「ある訳ないでしょ! あんな柳町君みたいな辛気臭い変態に!」
「ちょっと! 谷木田さんと一緒にしないで下さいよ! 僕は辛気くさくないし、変態でもない! それにちゃんとした女性、いや……ちゃんとしていない女性が好きです!」
「あら。それは誰の事かしら? 新右衛門君?」
いやらしい目つきで僕の顔を覗き込みながら、京子先生はあからさまに弄ぶ。
「まぁそれは冗談として……」
冗談……
「彼の仕事先に宛てが無い訳でも無いわ」
「そうなんですか?」
実際の所、意外と怪我は大した事なさそうだとはいえ、あんな無茶苦茶な条件でも仕事先を探せるなんて、さすが京子先生だ。
そういえば、以前の相談者に半透明になれる能力者がいたが(体は透明になれるが内臓が丸見えの能力)、彼には有無を言わさず理科室の人体模型のバイトを斡旋し、最終的には手術の時の練習用教材として、大きな病院に就職が決まっていた。
彼からは今でも正月になると、年賀状が届く。
とにかく、京子先生のネットワークは侮れない。
詳しい事は分からないが、京子先生自身も何かの能力者らしく、その手の人達には顔が広いのは確かだ。
「それで、具体的にはどんな仕事があるんですか?」
「柳町君。こういう難しい条件の時、どういう風に探したら良いか分かる?」
「分かりません」
「さすが新右衛門君! 何も考えずに即答ね! 私が見込んだだけの事はあるわ!」
「ほ……褒められてるんですか?」
「勿論、けなしているのよ」
「…………」
「私は、あなたのそういう所が大好きなのよ!」
「そ……そういう所とは……?」
「基本的に、全く考えない所よ!!」
そんな事は無いと思っていたが、そこまではっきり言われると、なんだか否定出来なかった……
「では、脳ミソが猿以下のあなたに教えてあげる! まぁ普通に考えれば分かる事だけど、まずは一番難しいと思われる条件から探してみるの!」
「なるほど……」
猿以下ではないとつっこみたかったが、話の流れを止めたくなかったので、とりあえずここは流した……
「だから、この条件の中で一番難しいのは全力で走ると眉毛が繋がる能力を活かすと言う所! そして彼の問診票を見ると、全力で走れる時間は約20秒!」
「短っ!!」
「そう!! 眉毛が繋がっている時間が、たったの20秒なの!! そもそも眉毛うんぬんの前に、20秒全力疾走するだけの仕事なんてあると思う!?」
「ないと思います!」
「そうでしょ!! 本当にバカなんじゃないかしら!! 誰に似たんだか!! 助手の顔が見てみたいわ!!」
「僕には似てません!」
「本当かしら~」
また京子先生が、いやらしい目付きで覗き込むように、僕の顔を見つめる。
僕はその度にドキドキしてしまう。
もう嬉しいやら悲しいやらで、僕の鼻の下は20年着たTシャツの首周りのように、信じられないほど伸びていた。
「ケンチャナヨ~ケンチャナヨ~」
聞いた事の無い小さな音(声?)が辺りに響き渡る。
「!? ……なっ!? ……なんですか!? この気色の悪い音は!?」
「もしもし、京子です」
ただの着信音だったようだ。
「どうしたのジョニー。今日は日本語ね」
ジョニーさんというのは、京子先生と古い付き合いらしく、異能力業界の事にも詳しい。具体的には何の仕事をしているのか分からないが、異能力業界と京子先生のパイプ役のような事をやっているみたいだ。
僕も数えるほどしか会った事が無く、話しやすいお兄さんというような感じの人なのだが、実は僕が苦手なタイプなのだ。
「だからその話は何度も言ってるじゃない!! 先に家賃を払ってから電気代を払いなさいって!!」
何の話をしてるんだろう……?
「そんな事より、私もあなたに相談があったのよ! 実は、私の事をいやらしい目で見る変な助手が居て本当に本当に困っているの!」
「ちょっと! 京子先生!!」
「何よ、柳町君。私を困らせてはいるけど、いやらしい目では見ていないとでも言いたいの?」
これも否定出来ない……
「まぁそれは冗談として……」
やっぱり冗談……
「ジョニーは20秒だけ働く仕事なんてあると思う? えっ? 僕を誰だと思っているって? ジョニーじゃないの?」
そういう意味じゃないと思うんですけど……
何で急にバカになったんだろう……
「あら、やっぱりあなたジョニーじゃなかったのね」
嘘!? 違ったの!?
「日本語で喋るから、おかしいと思ったのよ。いつもは韓国語なのに」
それで、着信音がケンチャナヨだったのか! 眉毛じゃないけど繋がった!
「じゃ、あなたは誰なの? 韓国人なの? 中国人? あ~アジア人なのね!」
「範囲が広い!! 全然誰なのか特定出来てないですよ、京子先生!!」
「私、アジア人には興味ないの! 一部の変な助手を除いて…」
「……!」
そう言うと、京子先生は電話を切り、今度は自分で考えたというハシビロコウのポーズをとった。
「結局の所、ただの間違い電話だったわ」
長い事、間違い電話で遊んだが、谷木田さんの問題が全く解決していない。
「そう! 谷木田さんの事で私が1つ思いついたのは、CMなの!」
CM!?
そうか!
あれは確かに出演時間は2~30秒で済む!
眉毛がつながる事でのインパクトも何かに使えそうだ!
「それは良い考えですね!!」
「そうでしょ!! 『眉毛がつながる! 電話もつながる!』みたいな、ネットワーク関連のCMから、育毛関連のCMまで出来ると思うわ!」
「なるほど!!」
「最悪、両津勘○だって言い張るのも良いかも知れない!」
「それはダメだと思います。」
「そうよね。連載終わっちゃったしね」
「そういう問題じゃないですけど……」
「どっちにしろ、一発芸的な事でしか無いから、芸として磨き上げて行くしかないのよね」
「確かに」
そう言うと京子先生は、電話とパソコンをフルに使い、CM関係のコネを探しまくった。
そして目ぼしい所をいくつかピックアップしてこの部屋から出ると、わざわざ3mくらい離れた微妙な距離からiPadを使って谷木田さんに紹介している。
端から見たら、ただの目の検査だ……
僕は待合室に居る相談者のチェックをし、問診票を配ったり集めたりして次の診察に備えていた。
谷木田さんが頭を下げながら部屋を出た後、僕の顔を見てニヤリと笑い、去っていった。良く考えると、男好きの条件をクリアしていなかったので、去り際の笑顔が凄く気になり嫌な予感がしたが、とりあえず僕は次の患者さん……いや相談者を呼んだ。
「次の方どうぞ」
「払ってないです!! 大丈夫です!! その辺はちゃんとしてますから!!」
「アンタの生活なんて犬も食わないんだから、早く次の人を呼んでちょうだい!」
「わ……わかりました」
京子先生から話を振ったのにヒドイ……
犬も食わないのは夫婦喧嘩だと思いつつも、僕は黙って次の相談者を呼びに行った。
「次の方どうぞ」
ゆっくりと相談所に入って来たのは、20代前半と思われる暗い顔をした男性だ。
左足にギブスをし、松葉杖をついているその男は、右腕も折れているせいか三角巾もしている。首周りは火傷の跡も凄かった。
ソファーに座るのも一苦労という感じだったが、何とか腰を据えて一旦は落ち着いたようだ。
ニット帽を脱いだその男の頭は、サイドだけが肩まで伸びた長髪で、真ん中がハゲ上がっている。そして何故かそのオデコには『無傷』というタトゥーが入っていた。
「ま……待合席で書いていただいた、問診票を見せてもらってよろしいですか?」
僕は心の中で「どないやねん」と思いながら、恥ずかしそうに渡す問診票をその男から受け取り、そのまま先生に渡した。
「谷木田 ヘーゼルさん。22歳」
「はい」
小さくて聞き取りにくかったが、返事をしたその男の声は、明らかに喉が枯れていた。
「ちなみに、ここは病院じゃないという事は分かっていますよね?」
「は……はい」
確かに、端から見たら、ただの怪我人が病院に通院しているように見えるだろう。
「現在は所属なし。出演経験もゼロ。異能力者として開花してからは、メジャーでの活動は、ほぼ何もしていないという事でよろしいですか?」
「はい」
「希望としては、やられ役やモブキャラでも良いが、できればメインキャストの1人になりたいという事ですね」
「はい」
「いくつかオーディションは受けましたか?」
「はい。ワ○ピースや僕のヒーロー○カデミア、ジョジョの奇妙な冒○などを受けましたが、書類選考で落とされました」
「でしょうね」
相変わらず先生の言う事はきつい。
ボクもこの相談所で助手を努めてもうすぐ2年になるが、先生の言葉でどれだけ傷つけられた事か……
「ここに書かれているあなたの能力ですが『全力でダッシュすると眉毛がつながる』という事でよろしいですか?」
「は…はい。それ以上でも、そ……それ以下でもありません」
そう!
ここにはこういう、他の漫画では使いようのない能力者(B級能力者)が、働き口を探しに、相談にやって来るのだ!
そして、そのアドバイザーのスペシャリストとして、この相談所「サテライトキングダム」の医院長を努めているのが僕の憧れの人、柊 京子先生なのだ!
「ちなみに今は結構な怪我をしているようですが、全力で走る事は出来るんですか?」
「だ……大丈夫です……実はこの左足は、もう殆ど治っているんです」
ギブスをはめたその左足を良く見てみると、そこには友達が書いたであろうと思われる落書きで『買う時はいつも10箱分』と書かれていた。
何の事だか意味が分からなかったが、谷木田さんは持っていた松葉杖で思いっきり自分の足を叩き、ギブスを真っ二つに割った。
痩せ細って、女子高生のようにツルツルになったその左足にも、落書きで『のど飴』と書かれていた。
僕は、1箱何個入りののど飴なのか気になったが、京子先生はノーリアクションで問診を続けていた。
「あなたの能力ですと、バトル向きでは無いので、職種の方が限られてしまいます。
ご希望の仕事を探すのは、かなり難しいと思われますので、少しハードルを下げたいのですが」
「は……はい」
「谷木田さん自身がどうしても譲れないという条件を3つだけ挙げて下さい。それを元にお仕事を探させていただきます」
「わ……わかりました。えっ……え~と……1つ目はやはり、この能力を活かした仕事だという事です。人には真似出来ない事をやりたいです。
2つ目は、いずれ大金を掴める、夢のあるプロスポーツのような仕事が良いです。下積みの間はコツコツやりますが、その先に希望が無いと、ずっとは続けられません。サラリーマン的な仕事は無理です。
3つ目は、えっ……え~と……あの~……出来たらで良いんですが……」
「何でしょう?」
少し間を空けた後、谷木田さんが僕の方を見ながら恥ずかしそうに口を開く。
「その~………男の子が沢山居る職場だと嬉しいのですが……」
僕と京子先生は顔を見合せ、少しの間、珍…沈黙が流れる。
「少しお時間を頂いてよろしいですか?」
「はい……」
「ご希望に合ったお仕事があるか、お調べしますね」
京子先生はそう言うと、『目覚まし時計の音がロシアの子守唄』というロゴの入ったTシャツを着た谷木田さんを残し、奥の部屋へと入って行った。
「柳町君! ちょっとこっちへ!」
「はい!」
奥にある京子先生の部屋に入ると、外観からは想像もつかないようなハイテク機器が沢山置いてあり、その部屋のど真ん中で、京子先生がヨーガでやる猫のポーズをとっていた。
「あなた、あの変態に狙われていたの気付いてる?」
「えっ? 僕ですか?」
「そうよ。この相談所に入って来た時から、ずっと新右衛門君を見てたわよ」
「急に下の名前で呼ばないで下さい……(恥ずかしい……)」
それにしても全然気付かなかった……
言われてみれば、良く目が合っていたような気はするが……
確かに僕だったら、こんな綺麗な先生を目の前にしていたら、助手の男になんか目もくれないか……
「まぁそれは良いとして、谷木田さんの働き口は見つかるんですか?」
「ある訳ないでしょ! あんな柳町君みたいな辛気臭い変態に!」
「ちょっと! 谷木田さんと一緒にしないで下さいよ! 僕は辛気くさくないし、変態でもない! それにちゃんとした女性、いや……ちゃんとしていない女性が好きです!」
「あら。それは誰の事かしら? 新右衛門君?」
いやらしい目つきで僕の顔を覗き込みながら、京子先生はあからさまに弄ぶ。
「まぁそれは冗談として……」
冗談……
「彼の仕事先に宛てが無い訳でも無いわ」
「そうなんですか?」
実際の所、意外と怪我は大した事なさそうだとはいえ、あんな無茶苦茶な条件でも仕事先を探せるなんて、さすが京子先生だ。
そういえば、以前の相談者に半透明になれる能力者がいたが(体は透明になれるが内臓が丸見えの能力)、彼には有無を言わさず理科室の人体模型のバイトを斡旋し、最終的には手術の時の練習用教材として、大きな病院に就職が決まっていた。
彼からは今でも正月になると、年賀状が届く。
とにかく、京子先生のネットワークは侮れない。
詳しい事は分からないが、京子先生自身も何かの能力者らしく、その手の人達には顔が広いのは確かだ。
「それで、具体的にはどんな仕事があるんですか?」
「柳町君。こういう難しい条件の時、どういう風に探したら良いか分かる?」
「分かりません」
「さすが新右衛門君! 何も考えずに即答ね! 私が見込んだだけの事はあるわ!」
「ほ……褒められてるんですか?」
「勿論、けなしているのよ」
「…………」
「私は、あなたのそういう所が大好きなのよ!」
「そ……そういう所とは……?」
「基本的に、全く考えない所よ!!」
そんな事は無いと思っていたが、そこまではっきり言われると、なんだか否定出来なかった……
「では、脳ミソが猿以下のあなたに教えてあげる! まぁ普通に考えれば分かる事だけど、まずは一番難しいと思われる条件から探してみるの!」
「なるほど……」
猿以下ではないとつっこみたかったが、話の流れを止めたくなかったので、とりあえずここは流した……
「だから、この条件の中で一番難しいのは全力で走ると眉毛が繋がる能力を活かすと言う所! そして彼の問診票を見ると、全力で走れる時間は約20秒!」
「短っ!!」
「そう!! 眉毛が繋がっている時間が、たったの20秒なの!! そもそも眉毛うんぬんの前に、20秒全力疾走するだけの仕事なんてあると思う!?」
「ないと思います!」
「そうでしょ!! 本当にバカなんじゃないかしら!! 誰に似たんだか!! 助手の顔が見てみたいわ!!」
「僕には似てません!」
「本当かしら~」
また京子先生が、いやらしい目付きで覗き込むように、僕の顔を見つめる。
僕はその度にドキドキしてしまう。
もう嬉しいやら悲しいやらで、僕の鼻の下は20年着たTシャツの首周りのように、信じられないほど伸びていた。
「ケンチャナヨ~ケンチャナヨ~」
聞いた事の無い小さな音(声?)が辺りに響き渡る。
「!? ……なっ!? ……なんですか!? この気色の悪い音は!?」
「もしもし、京子です」
ただの着信音だったようだ。
「どうしたのジョニー。今日は日本語ね」
ジョニーさんというのは、京子先生と古い付き合いらしく、異能力業界の事にも詳しい。具体的には何の仕事をしているのか分からないが、異能力業界と京子先生のパイプ役のような事をやっているみたいだ。
僕も数えるほどしか会った事が無く、話しやすいお兄さんというような感じの人なのだが、実は僕が苦手なタイプなのだ。
「だからその話は何度も言ってるじゃない!! 先に家賃を払ってから電気代を払いなさいって!!」
何の話をしてるんだろう……?
「そんな事より、私もあなたに相談があったのよ! 実は、私の事をいやらしい目で見る変な助手が居て本当に本当に困っているの!」
「ちょっと! 京子先生!!」
「何よ、柳町君。私を困らせてはいるけど、いやらしい目では見ていないとでも言いたいの?」
これも否定出来ない……
「まぁそれは冗談として……」
やっぱり冗談……
「ジョニーは20秒だけ働く仕事なんてあると思う? えっ? 僕を誰だと思っているって? ジョニーじゃないの?」
そういう意味じゃないと思うんですけど……
何で急にバカになったんだろう……
「あら、やっぱりあなたジョニーじゃなかったのね」
嘘!? 違ったの!?
「日本語で喋るから、おかしいと思ったのよ。いつもは韓国語なのに」
それで、着信音がケンチャナヨだったのか! 眉毛じゃないけど繋がった!
「じゃ、あなたは誰なの? 韓国人なの? 中国人? あ~アジア人なのね!」
「範囲が広い!! 全然誰なのか特定出来てないですよ、京子先生!!」
「私、アジア人には興味ないの! 一部の変な助手を除いて…」
「……!」
そう言うと、京子先生は電話を切り、今度は自分で考えたというハシビロコウのポーズをとった。
「結局の所、ただの間違い電話だったわ」
長い事、間違い電話で遊んだが、谷木田さんの問題が全く解決していない。
「そう! 谷木田さんの事で私が1つ思いついたのは、CMなの!」
CM!?
そうか!
あれは確かに出演時間は2~30秒で済む!
眉毛がつながる事でのインパクトも何かに使えそうだ!
「それは良い考えですね!!」
「そうでしょ!! 『眉毛がつながる! 電話もつながる!』みたいな、ネットワーク関連のCMから、育毛関連のCMまで出来ると思うわ!」
「なるほど!!」
「最悪、両津勘○だって言い張るのも良いかも知れない!」
「それはダメだと思います。」
「そうよね。連載終わっちゃったしね」
「そういう問題じゃないですけど……」
「どっちにしろ、一発芸的な事でしか無いから、芸として磨き上げて行くしかないのよね」
「確かに」
そう言うと京子先生は、電話とパソコンをフルに使い、CM関係のコネを探しまくった。
そして目ぼしい所をいくつかピックアップしてこの部屋から出ると、わざわざ3mくらい離れた微妙な距離からiPadを使って谷木田さんに紹介している。
端から見たら、ただの目の検査だ……
僕は待合室に居る相談者のチェックをし、問診票を配ったり集めたりして次の診察に備えていた。
谷木田さんが頭を下げながら部屋を出た後、僕の顔を見てニヤリと笑い、去っていった。良く考えると、男好きの条件をクリアしていなかったので、去り際の笑顔が凄く気になり嫌な予感がしたが、とりあえず僕は次の患者さん……いや相談者を呼んだ。
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