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五章 決着
二十九.献身
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「総二郎様、もう少しです」
「ああ……すまぬ……」
深川の別宅まで持たぬと判断し、総二郎は霞む目を凝らしながら、甲賀衆の忍び小屋へ向かった。
以前、お志津が毒を受けたときに治療した小屋である。
崩れ落ちそうになる総二郎を懸命に支えながら、お鈴は何とか布団の上に寝かせた。
「そこの棚に……紙包みに入った毒消しがある……それを煎じてくれ……」
「分かりました。総二郎様、お気を確かに!」
お鈴は井戸水を桶に組んで、囲炉裏に火を起こし、鉄瓶に水を入れて沸かす。
そして、汗と泥にまみれた総二郎の装束を脱がせ、手拭いを絞って体を拭いてやる。
総二郎の体は燃えるように熱く、意識は朦朧としていた。
「総二郎様、煎じ薬ができました。飲めますか」
「おぉ……すまぬ……」
お鈴は総二郎の背を支えながら、湯呑を口につけた。
しかし、その身に力が入らぬのを察し、煎じ薬を口に含んで総二郎に口移しで飲ませる。
何とか飲み込んだ総二郎だったが、仰向けに横たわると、そのまま意識を失ってしまう。
お鈴は総二郎の傷を手当てし、冷たい水で手拭いを絞り、脂汗にまみれた体を拭いていく。
寝ずに看病をして夜が明けると、総二郎の容態が変わっていった。
あれほど熱を持っていた体が、今度は冷たくなっていく。
お鈴は目を潤ませながら立ち上がり、肌襦袢と下裳を脱いだ。
「総二郎様……総二郎様……」
冶具の中で総二郎を抱き締め、自らの肌で温めていく。
飲まず食わずで一昼夜、お鈴は総二郎のことをひたすら想いながら肌を合わせていた。
「うぅ……あっ……」
「総二郎様! お気づきになりましたかっ!」
「お鈴……これは……」
素肌の触れ合う感覚に、総二郎が戸惑いの声を漏らす。
力強い鼓動を取り戻した心臓の音を聞きながら、お鈴はぽろぽろと涙を溢れさせる。
「良かった……総二郎様」
「俺は……いったい……。お鈴、ずっと診てくれていたのか」
「はい。こうして、温めるくらいしかできませんでしたが……」
「ありがとう、お鈴」
「総二郎様……」
お鈴は溢れる涙もそのままに、総二郎と唇を重ね合わせた。
「お鈴……お前……」
「お慕い申しております、総二郎様。ずっと、ずっと、私は総二郎さまのことを……」
お鈴の涙が、総二郎の頬に落ちる。
「私も、他の皆さまのように総二郎様の女にしてください」
「しかし、お鈴、俺は……」
「私のこと、お嫌いですか?」
「そんなことはない。お前を引き取って五年、大事に思えばこそ……」
「でしたら、遠慮なく、私の操を捧げます。私も、総二郎様を想う一人の女なのです。ずっと、他の皆様が羨ましかった……。お志津さんも、お香さんも……千春様や葉月ちゃんだって……。私も総二郎様に抱かれたい……。お慕いしてるのです。総二郎様のことが大好きなのです」
「お鈴……」
総二郎は身を起こし、お鈴を抱き寄せた。
目を閉じたお鈴の唇を、総二郎の唇が塞ぐ。
「あぁ……総二郎様……」
「お鈴、お前の気持ちは分かっていたのに、俺は……」
「でも、こうして応えてくださいました。総二郎様、愛しております」
「俺もだ、お鈴。これからも、ずっと俺の傍にいてくれ」
「はい……いつまでも、総二郎様のお側に」
夜明けの日が差し込む小屋で、総二郎とお鈴の体が重なり合った。
長く、熱い時を過ごした後、二人は身繕いを済ませて深川へ向かう。
別宅では、お志津とお香、千春、そして葉月が二人の帰りを待っていた。
「旦那! お鈴ちゃん!」
「ご無事で……良かった……」
「総二郎様、きっと帰って来られると信じておりました」
お志津が、お香が、そして千春が、二人に抱きついて涙を流す。
葉月はこみ上げる想いで言葉にならず、総二郎の背に抱きついて泣きじゃくった。
「心配をかけてすまなかったな。この通り、二人とも無事で帰ってきた」
「総二郎様に救っていただきました。皆さま、ご心配をおかけいたしました」
お鈴は総二郎にぴたりと寄り添いながら、頬を赤らめてお辞儀をする。
それを見て、お志津たちは顔を見合わせ、くすりと笑った。
「旦那、どうやらお鈴ちゃんも……」
お志津に言われて、お鈴はますます赤くなって俯いた。
「まあ、良かった。お鈴ちゃん、想いが通じたんですね」
お香は我が事のように喜び、お鈴に抱きつく。
「帰りが遅かったのは、そういう訳だったのですね。総二郎様ったら」
千春が苦笑いを浮かべながら、総二郎の頬をつつき、お鈴の頭を撫でた。
「総二郎様、風呂が沸いております。お疲れでしょうから、ゆっくりと」
頬を赤らめた葉月が、そっと総二郎の手を引く。
「みんなで入りやしょう! な、お鈴ちゃん」
お志津が言うと、お鈴はにっこりと微笑んだ。
「そうですね。総二郎様、久しぶりに、ゆっくりとお風呂に」
「その後は、たっぷり可愛がってくださいね」
千春の言葉に、皆が頬を赤らめた。
自分を慕ってくれる、可愛らしい女たちを連れて、総二郎は風呂場へ向かう。
まだまだ、日は長い。時間はたっぷりあった。
五人が満足して眠りにつくまで、総二郎はありったけの愛情を注ぐのだった。
「ああ……すまぬ……」
深川の別宅まで持たぬと判断し、総二郎は霞む目を凝らしながら、甲賀衆の忍び小屋へ向かった。
以前、お志津が毒を受けたときに治療した小屋である。
崩れ落ちそうになる総二郎を懸命に支えながら、お鈴は何とか布団の上に寝かせた。
「そこの棚に……紙包みに入った毒消しがある……それを煎じてくれ……」
「分かりました。総二郎様、お気を確かに!」
お鈴は井戸水を桶に組んで、囲炉裏に火を起こし、鉄瓶に水を入れて沸かす。
そして、汗と泥にまみれた総二郎の装束を脱がせ、手拭いを絞って体を拭いてやる。
総二郎の体は燃えるように熱く、意識は朦朧としていた。
「総二郎様、煎じ薬ができました。飲めますか」
「おぉ……すまぬ……」
お鈴は総二郎の背を支えながら、湯呑を口につけた。
しかし、その身に力が入らぬのを察し、煎じ薬を口に含んで総二郎に口移しで飲ませる。
何とか飲み込んだ総二郎だったが、仰向けに横たわると、そのまま意識を失ってしまう。
お鈴は総二郎の傷を手当てし、冷たい水で手拭いを絞り、脂汗にまみれた体を拭いていく。
寝ずに看病をして夜が明けると、総二郎の容態が変わっていった。
あれほど熱を持っていた体が、今度は冷たくなっていく。
お鈴は目を潤ませながら立ち上がり、肌襦袢と下裳を脱いだ。
「総二郎様……総二郎様……」
冶具の中で総二郎を抱き締め、自らの肌で温めていく。
飲まず食わずで一昼夜、お鈴は総二郎のことをひたすら想いながら肌を合わせていた。
「うぅ……あっ……」
「総二郎様! お気づきになりましたかっ!」
「お鈴……これは……」
素肌の触れ合う感覚に、総二郎が戸惑いの声を漏らす。
力強い鼓動を取り戻した心臓の音を聞きながら、お鈴はぽろぽろと涙を溢れさせる。
「良かった……総二郎様」
「俺は……いったい……。お鈴、ずっと診てくれていたのか」
「はい。こうして、温めるくらいしかできませんでしたが……」
「ありがとう、お鈴」
「総二郎様……」
お鈴は溢れる涙もそのままに、総二郎と唇を重ね合わせた。
「お鈴……お前……」
「お慕い申しております、総二郎様。ずっと、ずっと、私は総二郎さまのことを……」
お鈴の涙が、総二郎の頬に落ちる。
「私も、他の皆さまのように総二郎様の女にしてください」
「しかし、お鈴、俺は……」
「私のこと、お嫌いですか?」
「そんなことはない。お前を引き取って五年、大事に思えばこそ……」
「でしたら、遠慮なく、私の操を捧げます。私も、総二郎様を想う一人の女なのです。ずっと、他の皆様が羨ましかった……。お志津さんも、お香さんも……千春様や葉月ちゃんだって……。私も総二郎様に抱かれたい……。お慕いしてるのです。総二郎様のことが大好きなのです」
「お鈴……」
総二郎は身を起こし、お鈴を抱き寄せた。
目を閉じたお鈴の唇を、総二郎の唇が塞ぐ。
「あぁ……総二郎様……」
「お鈴、お前の気持ちは分かっていたのに、俺は……」
「でも、こうして応えてくださいました。総二郎様、愛しております」
「俺もだ、お鈴。これからも、ずっと俺の傍にいてくれ」
「はい……いつまでも、総二郎様のお側に」
夜明けの日が差し込む小屋で、総二郎とお鈴の体が重なり合った。
長く、熱い時を過ごした後、二人は身繕いを済ませて深川へ向かう。
別宅では、お志津とお香、千春、そして葉月が二人の帰りを待っていた。
「旦那! お鈴ちゃん!」
「ご無事で……良かった……」
「総二郎様、きっと帰って来られると信じておりました」
お志津が、お香が、そして千春が、二人に抱きついて涙を流す。
葉月はこみ上げる想いで言葉にならず、総二郎の背に抱きついて泣きじゃくった。
「心配をかけてすまなかったな。この通り、二人とも無事で帰ってきた」
「総二郎様に救っていただきました。皆さま、ご心配をおかけいたしました」
お鈴は総二郎にぴたりと寄り添いながら、頬を赤らめてお辞儀をする。
それを見て、お志津たちは顔を見合わせ、くすりと笑った。
「旦那、どうやらお鈴ちゃんも……」
お志津に言われて、お鈴はますます赤くなって俯いた。
「まあ、良かった。お鈴ちゃん、想いが通じたんですね」
お香は我が事のように喜び、お鈴に抱きつく。
「帰りが遅かったのは、そういう訳だったのですね。総二郎様ったら」
千春が苦笑いを浮かべながら、総二郎の頬をつつき、お鈴の頭を撫でた。
「総二郎様、風呂が沸いております。お疲れでしょうから、ゆっくりと」
頬を赤らめた葉月が、そっと総二郎の手を引く。
「みんなで入りやしょう! な、お鈴ちゃん」
お志津が言うと、お鈴はにっこりと微笑んだ。
「そうですね。総二郎様、久しぶりに、ゆっくりとお風呂に」
「その後は、たっぷり可愛がってくださいね」
千春の言葉に、皆が頬を赤らめた。
自分を慕ってくれる、可愛らしい女たちを連れて、総二郎は風呂場へ向かう。
まだまだ、日は長い。時間はたっぷりあった。
五人が満足して眠りにつくまで、総二郎はありったけの愛情を注ぐのだった。
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