隠密同心艶遊記

Peace

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五章 決着

二十八.鬼火の最期

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「動くな、甲賀者!」

 鬼火の竜五郎は、短刀を左手に持ち替え、右手で苦無を素早く投げつける。
 それを避けようともせず、左肩、右股で苦無を受け止め、総二郎はじりじりと間合いを詰めて鬼火を威圧した。

「おのれ……毒が効かぬのか」
「毒など効かぬよ。甲賀を舐めぬことだな」

 竜五郎はお鈴の胸元に刃を突きつけ、にやりと笑った。

「我ら風魔が味わってきた辛酸、恨み、甲賀者には分かるまい。将軍家の庇護のもと、ぬるま湯に浸かってきた甲賀衆にはな」
「風魔か。未だに生き残っておったとはな」

 総二郎が嘲るような言い方をすると、竜五郎は屈辱に身を震わせる。

「はるか昔、北条家と共に滅びた風魔が、今さら何をしようと言うのか」
「うるせぇ! お前たちに何が分かる!」

 血走った目で竜五郎は、大声で叫んだ

「我らの恨みを晴らすため、江戸を火の海にしてやろうと思っておったのだ」
「それをして何になる。お主ほどの腕があれば、共に生きていく道もあったであろう」
「共に……? 戯言を言うな。こうなっては致し方ない。出直すとするわ。この娘、道中の慰み者にするつもりであったが、気が変わった。愛しい娘が目の前で殺されるのを見せつけてやるとしよう」

 竜五郎がお鈴に押しつけた短刀に、ぐっと力を込める。
 その瞬間、総二郎の背後から小柄が飛び、竜五郎の右手に突き刺さった。

「ぐっ……なっ……なんだ!?」

 短刀を取り落した竜五郎に飛びかかり、総二郎がその顎を蹴り飛ばす。
 そして、お鈴を背後に庇い、目にも留まらぬ速さで手裏剣を投げつけた。

「ぐあっ……ちくしょう……」

 両腿に手裏剣を受け、竜五郎が膝をついた。

「総二郎! これを使え!」

 ものすごい勢いで投げられた脇差を掴み取り、総二郎は竜五郎の両腕を斬り飛ばす。
 そして、返す刀で首を刎ねると、竜五郎の体が力を失い横倒しになる。
 ごろんと首が転がり、斬られた首噴き出した血が、大地を赤く染めた。

「はぁ……はぁ……」

 総二郎はがくりと膝をつき、脇差を取り落とす。

「お見事!」

 脇腹を押さえて、恒九郎がよろよろと這い寄ってきた。
 その時、お鈴がゆっくりと顔を上げた。

「んっ……むぐぅっ!?」
「お鈴、もう大丈夫だ」

 目を覚ましたお鈴の猿轡を、総二郎が外してやる。

「総二郎様……」
「すまなかったな。怖い思いをさせた」
「いいえ……きっと助けていただけると信じておりました」

 お鈴は総二郎にすがりつき、涙を溢れさせる。
 それを見て、恒九郎が満足そうな笑みを浮かべた。

「これで、鬼火の企みは全て潰えた。人質を取るようなやり方は気に入っておらんかったからな。お主に勝っていたとしても、鬼火は俺の手で始末し、娘は返してやるつもりだったのさ」
「何故だ、恒九郎。お主はそちら側の人間であったはず」
「ふっ、俺は強い者と立ち合い、腕を振るうのが生きがいの男よ。最強の相手と認めた男と刀を交えられて満足なのさ。それにな……」

 恒九郎は穏やかな目でお鈴を見つめる。

「俺はな、お前と同じ年頃の妹がおったのだよ。流行り病で死んでしまったがな。俺には全く似ていない、可愛い娘であった。あのとき、俺に金があれば命を助けてやれたのかもしれぬ。その悔いから、俺は道を踏み外すことになってしまった。娘、怖い思いをさせて済まなかった。命を救ってやれて良かった……」

 お鈴は目に涙を湛えて、恒九郎を見つめている。

「お前のように、可愛らしい娘だった……幸せにしてやりたかった……。総二郎、その娘を大事に……」

 恒九郎は穏やかな笑みを浮かべながら、静かに目を閉じた。
 総二郎とお鈴は、しばしの間、その場に留まって恒九郎の冥福を祈る。
 その場を立ち去ろうとした総二郎は、膝から崩れ落ちそうになった。

「ぐっ……くそ、さすがに体が効かぬ……」
「総二郎様!」

 倒れそうになったところをお鈴に支えられながら、総二郎は体に刺さった苦無や針を抜き取った。
 そこが限界であり、総二郎の両腕は鉄のように重くなっていく。

「毒が……懐に、毒消しの丸薬が入っている……」
「これですか、総二郎様!」
「うむ……それを……」

 お鈴は丸薬を口に含み、総二郎に口づけて唾液と共に流し込んだ。
 ごくりとそれを飲み込んだが、総二郎の体は震え出し、力が入らなくなっている。
 毒に対して鍛え込んでいる総二郎も、許容を超える量を喰らってしまっていたのだ。

「総二郎様、お気を確かに」
「すまない……。深川でお志津と葉月が待っている。二人で帰ろう……」
「はい、総二郎様! 私に掴まってください……。お気を強く……」

 お鈴の肩を借りながら、総二郎は覚束ない足取りで歩き始める。
 全身に脂汗が浮かび、焦点も定まらぬまま、意志の力だけで動いていた。
 幸い、夜半であるため、襦袢姿のお鈴と、黒装束の総二郎が歩いていても、見咎めるものはいない。
 暗闇の中、お鈴は必死で総二郎の体を抱えて歩いていった。
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