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五章 決着
二十七.決戦
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深夜、品川、豪如寺。
暗く静まり返った山門の前に、総二郎は立っていた。
深川から駆け通してきたが、総二郎は息一つ乱していない。
静かに刀を抜き、開かれた門から境内に入っていく。
階段を上ると、崩れ落ちたままの本堂がある。
その奥にちらりと灯りが見え、総二郎は身を引き締めた。
「よく来たな。御庭番」
低い声で呼びかけたのは、笹月恒九郎である。
その後ろには、松の木に縛られたお鈴の姿があった。
肌襦袢姿で猿轡を噛まされ、ぐったりとして動かない。
お鈴の傍に提灯が下げられ、短刀を抜いた鬼火の竜五郎が不敵な微笑みを浮かべている。
「よくも、私の仕事場を荒らしてくれましたねえ。人買いの市を潰され、賭場にきた娘も邪魔をされ、あげくにはご贔屓だった教団も壊滅させられてしまった。許されざる行為ですよ」
慇懃無礼な口調で、竜五郎は言った。
言葉とは裏腹に、余裕の笑みを浮かべたままだ。
人質をとり、凄腕の用心棒を抱えているので、自らの勝ちを確信しているのであろう。
「鬼火の。ここは私に任せていただこう」
「ええ、もちろん。私は高みの見物をさせてもらいますよ。笹月先生」
「これほどの相手だ。邪魔はするでないぞ」
「はいはい。手出しはいたしません。先生に全てお任せいたします」
すらりと刀を抜いた恒九郎が、正眼に構えて総二郎と相対する。
「俺と立ち会え。今宵は邪魔が入らぬ。決着をつけようじゃないか」
「元よりそのつもりだ」
「御庭番、名は何という」
「悪党に名乗る名は無い」
総二郎は同じく刀を正眼に構え、じりっと間を詰めた。
「将軍家の影となり、闇で蠢く御庭番。太平の世では、さしたる相手もおらぬと思っていたが、貴様のような者がいたことを、嬉しく思うぞ!」
恒九郎と総二郎は、一瞬で間を詰めて刀を打ち合わせる。
一度、二度、三度と刃を交え、さっと間を空けた。
「やはりな……あの夜、僅かに打ち合っただけだが、凄まじいほどの腕前よ」
恒九郎の体から、燃え上がるような殺気が立ち昇る。
「いいぞ……。存分に力を振るうことができる」
楽しげに言う恒九郎を睨みつけながら、総二郎の背には冷たい汗が流れていた。
一瞬でも気を抜くことができない、恐るべき相手である。
「参るぞ!」
上段から振り下ろされた刀を、総二郎が弾こうとする。
その刹那、恒九郎の刀は軌道を変え、横薙ぎに首筋を狙ってきた。
ぎりぎりのところで鉄甲で受け流し、総二郎はさっと飛び退る。
まともに受けていたら、鉄甲ごと腕を斬り落とされていたであろう。
それほど凄まじい斬撃であった。
「やるな……では、これならどうだ!」
真っ直ぐに両手を突き出し、恒九郎は神速の突きを放つ。
下段に構えた姿勢から、総二郎は小さな円を描くように手首を回転させる。
突き出された刀を二重、三重の渦が絡め取り、恒九郎は大きくたたらを踏んだ。
その隙を逃さず、総二郎はそのまま竜巻のような突きを放ち、恒九郎の右肩を粉砕した。
「ぐっ……負けん……」
尚も刀を振りかざそうとした恒九郎だが、肩が動かず動きが鈍くなる。
総二郎はすれ違いに刀を横薙ぎにし、恒九郎の脇をすり抜けた。
「ぐぼぉっ……」
一歩、二歩と足を踏み出した恒九郎が、ばたりと倒れた。
右脇腹を斬り裂かれ、地面に血が広がっていく。
「完敗だ……。お主の強さ、誠のものであった……。俺を倒した者の名を知りたい……」
「公儀隠密御庭番、和田総二郎」
「ありがたい……。見事な腕前……」
「笹月恒九郎、お主の腕も本物であった。勝負は紙一重。立ち合いを心底恐ろしいと思ったのは、お主が初めてであった」
総二郎はヒュッと刀を血振りし、鬼火の竜五郎に視線を向ける。
「くっ……くそ、でかい口を叩いていたくせに、役立たずめ……」
鬼火の竜五郎は、吐き捨てるような口調で、倒れている恒九郎を睨みつけた。
その表情は歪み、裕福な商人を装っていた面影は無い。
「お鈴を返してもらおうか」
総二郎が歩を進めると、竜五郎はお鈴の首筋に短刀を突きつける。
「動くな! 刀を捨てろ。さもなくば娘の命は無いぞ」
竜五郎は焦ったように言い、お鈴の縄を解いて盾にする。
刀を捨て、脇差を放り投げ、総二郎は素手になって竜五郎と向き合った。
「へへへ、もはやこれまで」
「逃げ切れると思うてか」
「逃げ切るさ。動くなよ、甲賀者」
竜五郎はお鈴の首に短刀を押し当てたまま、口に含んだ針を総二郎に向けて放つ。
肩と腕に針を刺されても、総二郎は微動だにせず、竜五郎を睨みつけた。
「風魔の毒針よ。お主の命、もはや風前の灯火」
鬼火の竜五郎は、血走った眼で短刀に力を込めていく。
鉄甲に仕込んだ手裏剣を密かに掌へ忍ばせながら、総二郎は少しずつ間合いを詰めていった。
暗く静まり返った山門の前に、総二郎は立っていた。
深川から駆け通してきたが、総二郎は息一つ乱していない。
静かに刀を抜き、開かれた門から境内に入っていく。
階段を上ると、崩れ落ちたままの本堂がある。
その奥にちらりと灯りが見え、総二郎は身を引き締めた。
「よく来たな。御庭番」
低い声で呼びかけたのは、笹月恒九郎である。
その後ろには、松の木に縛られたお鈴の姿があった。
肌襦袢姿で猿轡を噛まされ、ぐったりとして動かない。
お鈴の傍に提灯が下げられ、短刀を抜いた鬼火の竜五郎が不敵な微笑みを浮かべている。
「よくも、私の仕事場を荒らしてくれましたねえ。人買いの市を潰され、賭場にきた娘も邪魔をされ、あげくにはご贔屓だった教団も壊滅させられてしまった。許されざる行為ですよ」
慇懃無礼な口調で、竜五郎は言った。
言葉とは裏腹に、余裕の笑みを浮かべたままだ。
人質をとり、凄腕の用心棒を抱えているので、自らの勝ちを確信しているのであろう。
「鬼火の。ここは私に任せていただこう」
「ええ、もちろん。私は高みの見物をさせてもらいますよ。笹月先生」
「これほどの相手だ。邪魔はするでないぞ」
「はいはい。手出しはいたしません。先生に全てお任せいたします」
すらりと刀を抜いた恒九郎が、正眼に構えて総二郎と相対する。
「俺と立ち会え。今宵は邪魔が入らぬ。決着をつけようじゃないか」
「元よりそのつもりだ」
「御庭番、名は何という」
「悪党に名乗る名は無い」
総二郎は同じく刀を正眼に構え、じりっと間を詰めた。
「将軍家の影となり、闇で蠢く御庭番。太平の世では、さしたる相手もおらぬと思っていたが、貴様のような者がいたことを、嬉しく思うぞ!」
恒九郎と総二郎は、一瞬で間を詰めて刀を打ち合わせる。
一度、二度、三度と刃を交え、さっと間を空けた。
「やはりな……あの夜、僅かに打ち合っただけだが、凄まじいほどの腕前よ」
恒九郎の体から、燃え上がるような殺気が立ち昇る。
「いいぞ……。存分に力を振るうことができる」
楽しげに言う恒九郎を睨みつけながら、総二郎の背には冷たい汗が流れていた。
一瞬でも気を抜くことができない、恐るべき相手である。
「参るぞ!」
上段から振り下ろされた刀を、総二郎が弾こうとする。
その刹那、恒九郎の刀は軌道を変え、横薙ぎに首筋を狙ってきた。
ぎりぎりのところで鉄甲で受け流し、総二郎はさっと飛び退る。
まともに受けていたら、鉄甲ごと腕を斬り落とされていたであろう。
それほど凄まじい斬撃であった。
「やるな……では、これならどうだ!」
真っ直ぐに両手を突き出し、恒九郎は神速の突きを放つ。
下段に構えた姿勢から、総二郎は小さな円を描くように手首を回転させる。
突き出された刀を二重、三重の渦が絡め取り、恒九郎は大きくたたらを踏んだ。
その隙を逃さず、総二郎はそのまま竜巻のような突きを放ち、恒九郎の右肩を粉砕した。
「ぐっ……負けん……」
尚も刀を振りかざそうとした恒九郎だが、肩が動かず動きが鈍くなる。
総二郎はすれ違いに刀を横薙ぎにし、恒九郎の脇をすり抜けた。
「ぐぼぉっ……」
一歩、二歩と足を踏み出した恒九郎が、ばたりと倒れた。
右脇腹を斬り裂かれ、地面に血が広がっていく。
「完敗だ……。お主の強さ、誠のものであった……。俺を倒した者の名を知りたい……」
「公儀隠密御庭番、和田総二郎」
「ありがたい……。見事な腕前……」
「笹月恒九郎、お主の腕も本物であった。勝負は紙一重。立ち合いを心底恐ろしいと思ったのは、お主が初めてであった」
総二郎はヒュッと刀を血振りし、鬼火の竜五郎に視線を向ける。
「くっ……くそ、でかい口を叩いていたくせに、役立たずめ……」
鬼火の竜五郎は、吐き捨てるような口調で、倒れている恒九郎を睨みつけた。
その表情は歪み、裕福な商人を装っていた面影は無い。
「お鈴を返してもらおうか」
総二郎が歩を進めると、竜五郎はお鈴の首筋に短刀を突きつける。
「動くな! 刀を捨てろ。さもなくば娘の命は無いぞ」
竜五郎は焦ったように言い、お鈴の縄を解いて盾にする。
刀を捨て、脇差を放り投げ、総二郎は素手になって竜五郎と向き合った。
「へへへ、もはやこれまで」
「逃げ切れると思うてか」
「逃げ切るさ。動くなよ、甲賀者」
竜五郎はお鈴の首に短刀を押し当てたまま、口に含んだ針を総二郎に向けて放つ。
肩と腕に針を刺されても、総二郎は微動だにせず、竜五郎を睨みつけた。
「風魔の毒針よ。お主の命、もはや風前の灯火」
鬼火の竜五郎は、血走った眼で短刀に力を込めていく。
鉄甲に仕込んだ手裏剣を密かに掌へ忍ばせながら、総二郎は少しずつ間合いを詰めていった。
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