隠密同心艶遊記

Peace

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五章 決着

二十五.両手に花々

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 梅雨が明け、ギラギラした日差しの眩しい季節となった。
 夕刻、総二郎はお志津と共に、定期の見回りを終えて別宅に戻る。
 日が陰り、涼しい風が吹き始め、暑さもほっと一段落といった様子だ。
 セミの鳴き声を聞きながら、二人は玄関をくぐる。

「お帰りなさいませ! 総二郎様! お志津さんも!」

 奥からお鈴が顔を出し、満面の笑みを浮かべた。
 一時、八丁堀の役宅に身を寄せていたお鈴は、つい先日、ようやくこの別宅に戻ってきたばかりだ。

「変わりはなかったか」
「はい! ちょうど時雨先生のところからの帰りで、お香ちゃんが遊びに来てますよ」
「おっと、悪いね。お鈴ちゃん、お邪魔じゃなかったかい?」

 お志津が尋ねると、お鈴はにっこりと微笑む。

「葉月ちゃんと三人で、楽しくお茶していたところなんですよー。お志津さんもどうぞ」
「ありがてぇー。一日歩きづめでくったくただぁ」

 座敷に上がった二人を、葉月とお香が笑顔で出迎える。

「お役目、お疲れ様でございます」
「うむ。お香、体のほうはもう大丈夫か?」
「ええ……はい……。総二郎様のおかげで……」

 お香はポッと頬を染めて、恥ずかしそうに顔を覆ってしまった。

「葉月も御苦労。お前もまだ本調子ではないだろう」
「いえ、もう大丈夫です。総二郎様に……えっと……なっ、治していただきましたから」

 葉月も、耳まで赤くなりながらお辞儀をした。
 荼吉尼宗に囚われたとき、お香と葉月は大量の薬を嗅がされていた。
 それが抜け切るまでは、とても人前に出られる状態ではなく、七日をかけて総二郎が二人の面倒を見たというわけである。

「はーい、みんな、冷たい麦茶ですよ」

 お鈴が湯呑をお盆に載せて運んでくる。
 そこに、玄関先から千春の声が聞こえてきた。

「ごめんください……」
「はーい。あ、千春様! どうぞ、上がってください」
「これは、皆さまお揃いで」

 千春は手に風呂敷包みを下げていた。
 腰の刀を後ろに置き、千春は包みを開く。

「親戚から届いたのですが、当家では食べ切れぬゆえ、父が総二郎様のところに持って行けと」
「おお、すまんなあ」

 包みの中身は、大きな西瓜であった。

「井戸で冷やしておいたものですので、よろしければ皆さまで」
「かたじけない。お鈴、頼む」
「はい! みんな揃ってて、ちょうど良かったですね。今切ってきますねー」

 西瓜を抱えて、お鈴は土間へ降りる。
 すると、すかさずお志津とお香が総二郎の両脇に擦り寄ってきた。

「旦那ぁ……」
「総二郎様……」

 うっとりと総二郎の肩に頭をもたれさせる双子の姉妹に、千春と葉月も負けじとくっついていく。
 千春は正面から、葉月は背中から、総二郎に身を預けて頬を赤らめる。

「はーい、西瓜切れましたよー! みんなで食べましょう!」

 お鈴が盆に山盛りの西瓜を持ってくると、四人は慌てて身繕いをし、ぎこちなく居住まいを正す。

「どうしたんですか? 皆さん」
「いやいや、みんな今日の暑さにやられてるようでな。西瓜をいただいて体を冷ますことにしよう」

 総二郎はお鈴を隣に座らせて、美味そうに西瓜を頬張る。
 他の四人は、総二郎に熱い眼差しを向けながら、ちびちびと西瓜を齧るのであった。


 その夜、総二郎とお鈴は、仲良く風呂に浸かっていた。
 今日は総二郎が在宅のため、葉月は役宅に帰している。
 久々の二人きりの夜に、お鈴はとても嬉しそうであった。

「西瓜、美味しかったですね」
「六人だから、あっという間に無くなったな」
「そうですね。それにしても、なんかみんなの様子が変じゃありませんでした?」
「そうだったかな……」

 ごまかす総二郎に、お鈴は正面から向き合う。

「絶対変でしたよ。というか、お志津さんと千春様はずっと変だし、お香さんと葉月ちゃんも、この間からおかしいし。総二郎様、何かあったんですか?」

 奥手なお鈴は、四人の変化がよく分からず、戸惑っているようだ。
 なんと答えたものかと頬をかきながら、総二郎は窓の外を眺める。
 まさか、全員と関係を持ってしまったと言えるわけもない。

「でも、良かったです。また総二郎様と、こうして過ごせるようになったんですから」
「ははは、そうだな」
「怖いことばかり続きましたからね。こうして、のんびりできるのが幸せです」
「うむ。お鈴の言うとおりだ」

 お鈴の肩を抱き、ぽんぽんと頭を撫でる。
 総二郎にとっても、久方ぶりに羽を伸ばせる夜であった。
 風呂から上がり、蚊帳を張った中で布団を並べる。

「ん……総二郎様……」

 お鈴が寝つくまで、総二郎は小さな手を握ってやっている。
 うちわで仰いでやりながら、総二郎はお鈴の可愛い寝顔を眺めた。

 お鈴の気持ちは、もう痛いほど伝わってきている。
 他の娘たちと同じように、その想いに応えるべきか。
 すやすやと寝息をたてるお鈴を見つめながら、総二郎は静かに考えていた。
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