隠密同心艶遊記

Peace

文字の大きさ
上 下
24 / 30
四章 邪教

二十四.荼枳尼天の怒り

しおりを挟む
「旦那! お香!」
「総二郎様! 加勢いたします!」

 甲賀衆と共に雪崩込んできたのは、お志津と千春であった。
 お志津は十手に革紐をくくりつけ、それを大きく振り回して修験者を牽制する。
 その隙を逃さず、千春が峰に返した刀で打ち据えている。
 ぴったりと息の合った連携を見せる二人に、総二郎は笑みを見せながら、襲いかかる修験者を斬り倒していく。

「ぐぉぉ……儀式を中断してはならぬ……荼枳尼天様のお怒りが……お怒りが……」

 致命傷を負っているはずの教祖が、手首を失った両腕で髑髏を抱えて立ち上がる。
 白く輝いていた髑髏には、教祖の血糊がべったりとついていた。

「おのれ……おのれぇぇ! 娘の血をよこせ……天の相を持つ娘なのじゃ……」

 教祖の覆面の下は、干からびた老人のような顔であった。
 両眼に執念の炎を燃やし、幽鬼のように総二郎へ向かっていく。

「総二郎様!」

 そこへ、総二郎の黒装束を身に纏った葉月が飛び降りてきた。
 太腿を剥き出しにし、脇差を振り回して修験者を斬り捨てながら、総二郎の元に駆けつける。

「葉月! 娘たちは」
「無事です。甲賀衆が守っております」
「分かった、お香を頼む」
「はいっ!」

 総二郎はお香を葉月に託し、教祖と向かい合った。

「おのれ……邪魔を……するなぁぁぁ!」

 髑髏を正面に掲げながら、怨嗟の叫びを教祖が放つ。
 教祖の怨念と呼応したように、激しい雨音が聞こえ、雷鳴が轟いた。
 一太刀、二太刀と浴びせても、教祖は歩みを止めようとしない。
 総二郎はその怨念ごと断ち切ろうと、気合一閃、最上段から刃を振り下ろす。

「ゴボッ……ゴォォ……ダ……ギ……ニ……ザバ……アァァ……」

 胴から上を両断されても、教祖はまだ生きていた。
 恐るべき執念と言える、もはや人ではない動きである。
 腰骨に食い込んで動かぬ刀を手放し、総二郎は葉月とお香を庇いながら後ずさった。

「ガァァァァ……!」
「皆! 伏せろ!」

 総二郎は大声を張り上げ、葉月とお香を抱いて地に伏せる。
 その瞬間、凄まじい光と音が交錯し、教祖の体に刺さった刀に雷が落ちた。

「ゴォォ……グオォォ……」

 教祖の体が燃え上がり、炎が床を舐めて広がっていく。
 その火が荼枳尼天像に燃え移ると、台座が傾いで倒れ込んできた。

「アァァァァァ……」

 荼枳尼天像の持つ刃が、教祖の胴を両断し、激しい炎を散らして燃え上がった。
 真っ赤に染まった髑髏が砕け散り、教祖の体はついに動きを止めた。
 すると、あちこちで戦っていた修験者たちが、憑き物が落ちたように崩れ落ちていく。

「ああ……荼枳尼天様のお怒りが……儀式を完成させられなかった……お怒りが……」

 修験者たちは全ての気力を失ったように、燃え盛る荼枳尼天像に許しを求めるように這い寄っていく。

「教祖様……荼吉尼天様……お許しを……お許しを……」

 生き残った修験者たちは、燃え盛る荼枳尼天像に自ら飛び込んでいった。

「皆の者! 退け!」

 総二郎の号令で、呆気に取られていた甲賀衆が急いで引き上げていく。

「旦那!」
「総二郎様!」
「外へ逃げるぞ。ここはもうだめだ!」

 お志津と千春が駆け寄るのを制し、未だ気絶したままのお香を総二郎が抱き上げる。
 総二郎の後に続き、お志津、千春、葉月が本堂を脱出した。
 すると、再び雷鳴が轟き、本堂の屋根が崩れ落ちた。
 多くの修験者を残したまま、邪教の本拠地が炎に包まれていく。
 呆然とそれを見つめる総二郎の元に、黒装束姿の信兵衛が歩み寄った。

「以前、聞いたことがございます。その昔、やはり荼枳尼天を崇める教団があったとか……。荼枳尼天の力を得る儀式は、一度始めると最後までやり切らねばならぬのだそうでございます。さもなくば、荼枳尼天の怒りが落ちると……」
「なんと……。信者さえも殺すような、恐ろしい神なのだな……」

 迷信の類いは信じぬ総二郎だが、さすがに背筋に怖気が走った。
 本堂を燃やし尽くした炎が、天を焦がすように高く高く伸びていく。
 それを鎮めるかのような激しい雨が、荼吉尼衆の怨念を飲み込むように降り注いでいった。

「う……あ……総二郎……様……?」

 総二郎の腕に抱かれていたお香が、ようやく意識を取り戻した。

「お香、無事で何よりだ」
「あぁ……総二郎様……総二郎様ぁ!」

 お香はわんわんと泣き喚きながら、総二郎の首筋にすがりつく。

「お香……良かった……本当に良かった……」

 お志津も涙を零し、お香に寄り添っている。
 千春や葉月も、安堵の表情で総二郎に抱きついた。

「若様、あとは我々が。拐われていた娘たちも保護いたしました。皆、命に別状はありませぬ」
「うむ……信兵衛、頼んだぞ」

 総二郎はお香を抱えたまま、女たちを連れて深川の別宅へと戻った。
 江戸を騒がせた誘拐事件は、これで一段落となる。
 荼吉尼宗の信者は、儀式のために全員が豪如寺に集っていた。
 それ故に、教祖以下、全ての信者が炎の中に消えたこととなる。

 邪教集団は壊滅の報は瓦版で広められ、江戸市中では薄気味悪い者たちが消えたこと、神隠しに遭った娘たちが戻ってきたことで、北町奉行所の評判が大いに高まった。
 御庭番衆の活躍は闇の中のこと、表向きは奉行所が全て解決したことになっている。

 しかし、葉月の話によれば、拐かした者たちは鬼火の竜五郎の息がかかっている。
 鬼火の竜五郎、そして、あの凄腕の浪人、笹月恒九郎。
 この二人を成敗しないことには、悪の根源を絶つことはできない。

 座敷に並べられた布団では、お志津とお香が抱き合ったまま眠っている。
 その両脇を挟むように、千春と葉月が幸せそうな顔で寝息を立てていた。
 総二郎も含め、鬼火とは浅からぬ因縁を持ってしまった女たちだ。
 それでも付き従ってくれる彼女たちを守ろうと、総二郎は固い決意を胸に秘めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

三賢人の日本史

高鉢 健太
歴史・時代
とある世界線の日本の歴史。 その日本は首都は京都、政庁は江戸。幕末を迎えた日本は幕府が勝利し、中央集権化に成功する。薩摩?長州?負け組ですね。 なぜそうなったのだろうか。 ※小説家になろうで掲載した作品です。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

織姫道場騒動記

鍛冶谷みの
歴史・時代
城下の外れに、織姫道場と呼ばれる町道場があった。 道場主の娘、織絵が師範代を務めていたことから、そう呼ばれていたのだが、その織姫、鬼姫とあだ名されるほどに強かった。道場破りに負けなしだったのだが、ある日、旅の浪人、結城才介に敗れ、師範代の座を降りてしまう。 そして、あろうことか、結城と夫婦になり、道場を譲ってしまったのだ。 織絵の妹、里絵は納得できず、結城を嫌っていた。 気晴らしにと出かけた花見で、家中の若侍たちと遭遇し、喧嘩になる。 多勢に無勢。そこへ現れたのは、結城だった。

やり直し王女テューラ・ア・ダンマークの生存戦略

シャチ
歴史・時代
ダンマーク王国の王女テューラ・ア・ダンマークは3歳の時に前世を思いだす。 王族だったために平民出身の最愛の人と結婚もできす、2回の世界大戦では大国の都合によって悲惨な運命をたどった。 せっかく人生をやり直せるなら最愛の人と結婚もしたいし、王族として国民を不幸にしないために活動したい。 小国ダンマークの独立を保つために何をし何ができるのか? 前世の未来知識を駆使した王女テューラのやり直しの人生が始まる。 ※デンマークとしていないのはわざとです。 誤字ではありません。 王族の方のカタカナ表記は現在でも「ダンマーク」となっておりますのでそちらにあえて合わせてあります

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

【完結】絵師の嫁取り

かずえ
歴史・時代
長屋シリーズ二作目。 第八回歴史・時代小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 小鉢料理の店の看板娘、おふくは、背は低めで少しふくふくとした体格の十六歳。元気で明るい人気者。 ある日、昼も夜もご飯を食べに来ていた常連の客が、三日も姿を見せないことを心配して住んでいると聞いた長屋に様子を見に行ってみれば……?

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

処理中です...