隠密同心艶遊記

Peace

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四章 邪教

二十四.荼枳尼天の怒り

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「旦那! お香!」
「総二郎様! 加勢いたします!」

 甲賀衆と共に雪崩込んできたのは、お志津と千春であった。
 お志津は十手に革紐をくくりつけ、それを大きく振り回して修験者を牽制する。
 その隙を逃さず、千春が峰に返した刀で打ち据えている。
 ぴったりと息の合った連携を見せる二人に、総二郎は笑みを見せながら、襲いかかる修験者を斬り倒していく。

「ぐぉぉ……儀式を中断してはならぬ……荼枳尼天様のお怒りが……お怒りが……」

 致命傷を負っているはずの教祖が、手首を失った両腕で髑髏を抱えて立ち上がる。
 白く輝いていた髑髏には、教祖の血糊がべったりとついていた。

「おのれ……おのれぇぇ! 娘の血をよこせ……天の相を持つ娘なのじゃ……」

 教祖の覆面の下は、干からびた老人のような顔であった。
 両眼に執念の炎を燃やし、幽鬼のように総二郎へ向かっていく。

「総二郎様!」

 そこへ、総二郎の黒装束を身に纏った葉月が飛び降りてきた。
 太腿を剥き出しにし、脇差を振り回して修験者を斬り捨てながら、総二郎の元に駆けつける。

「葉月! 娘たちは」
「無事です。甲賀衆が守っております」
「分かった、お香を頼む」
「はいっ!」

 総二郎はお香を葉月に託し、教祖と向かい合った。

「おのれ……邪魔を……するなぁぁぁ!」

 髑髏を正面に掲げながら、怨嗟の叫びを教祖が放つ。
 教祖の怨念と呼応したように、激しい雨音が聞こえ、雷鳴が轟いた。
 一太刀、二太刀と浴びせても、教祖は歩みを止めようとしない。
 総二郎はその怨念ごと断ち切ろうと、気合一閃、最上段から刃を振り下ろす。

「ゴボッ……ゴォォ……ダ……ギ……ニ……ザバ……アァァ……」

 胴から上を両断されても、教祖はまだ生きていた。
 恐るべき執念と言える、もはや人ではない動きである。
 腰骨に食い込んで動かぬ刀を手放し、総二郎は葉月とお香を庇いながら後ずさった。

「ガァァァァ……!」
「皆! 伏せろ!」

 総二郎は大声を張り上げ、葉月とお香を抱いて地に伏せる。
 その瞬間、凄まじい光と音が交錯し、教祖の体に刺さった刀に雷が落ちた。

「ゴォォ……グオォォ……」

 教祖の体が燃え上がり、炎が床を舐めて広がっていく。
 その火が荼枳尼天像に燃え移ると、台座が傾いで倒れ込んできた。

「アァァァァァ……」

 荼枳尼天像の持つ刃が、教祖の胴を両断し、激しい炎を散らして燃え上がった。
 真っ赤に染まった髑髏が砕け散り、教祖の体はついに動きを止めた。
 すると、あちこちで戦っていた修験者たちが、憑き物が落ちたように崩れ落ちていく。

「ああ……荼枳尼天様のお怒りが……儀式を完成させられなかった……お怒りが……」

 修験者たちは全ての気力を失ったように、燃え盛る荼枳尼天像に許しを求めるように這い寄っていく。

「教祖様……荼吉尼天様……お許しを……お許しを……」

 生き残った修験者たちは、燃え盛る荼枳尼天像に自ら飛び込んでいった。

「皆の者! 退け!」

 総二郎の号令で、呆気に取られていた甲賀衆が急いで引き上げていく。

「旦那!」
「総二郎様!」
「外へ逃げるぞ。ここはもうだめだ!」

 お志津と千春が駆け寄るのを制し、未だ気絶したままのお香を総二郎が抱き上げる。
 総二郎の後に続き、お志津、千春、葉月が本堂を脱出した。
 すると、再び雷鳴が轟き、本堂の屋根が崩れ落ちた。
 多くの修験者を残したまま、邪教の本拠地が炎に包まれていく。
 呆然とそれを見つめる総二郎の元に、黒装束姿の信兵衛が歩み寄った。

「以前、聞いたことがございます。その昔、やはり荼枳尼天を崇める教団があったとか……。荼枳尼天の力を得る儀式は、一度始めると最後までやり切らねばならぬのだそうでございます。さもなくば、荼枳尼天の怒りが落ちると……」
「なんと……。信者さえも殺すような、恐ろしい神なのだな……」

 迷信の類いは信じぬ総二郎だが、さすがに背筋に怖気が走った。
 本堂を燃やし尽くした炎が、天を焦がすように高く高く伸びていく。
 それを鎮めるかのような激しい雨が、荼吉尼衆の怨念を飲み込むように降り注いでいった。

「う……あ……総二郎……様……?」

 総二郎の腕に抱かれていたお香が、ようやく意識を取り戻した。

「お香、無事で何よりだ」
「あぁ……総二郎様……総二郎様ぁ!」

 お香はわんわんと泣き喚きながら、総二郎の首筋にすがりつく。

「お香……良かった……本当に良かった……」

 お志津も涙を零し、お香に寄り添っている。
 千春や葉月も、安堵の表情で総二郎に抱きついた。

「若様、あとは我々が。拐われていた娘たちも保護いたしました。皆、命に別状はありませぬ」
「うむ……信兵衛、頼んだぞ」

 総二郎はお香を抱えたまま、女たちを連れて深川の別宅へと戻った。
 江戸を騒がせた誘拐事件は、これで一段落となる。
 荼吉尼宗の信者は、儀式のために全員が豪如寺に集っていた。
 それ故に、教祖以下、全ての信者が炎の中に消えたこととなる。

 邪教集団は壊滅の報は瓦版で広められ、江戸市中では薄気味悪い者たちが消えたこと、神隠しに遭った娘たちが戻ってきたことで、北町奉行所の評判が大いに高まった。
 御庭番衆の活躍は闇の中のこと、表向きは奉行所が全て解決したことになっている。

 しかし、葉月の話によれば、拐かした者たちは鬼火の竜五郎の息がかかっている。
 鬼火の竜五郎、そして、あの凄腕の浪人、笹月恒九郎。
 この二人を成敗しないことには、悪の根源を絶つことはできない。

 座敷に並べられた布団では、お志津とお香が抱き合ったまま眠っている。
 その両脇を挟むように、千春と葉月が幸せそうな顔で寝息を立てていた。
 総二郎も含め、鬼火とは浅からぬ因縁を持ってしまった女たちだ。
 それでも付き従ってくれる彼女たちを守ろうと、総二郎は固い決意を胸に秘めた。
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