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四章 邪教
二十三.儀式
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夜半、総二郎は、お香と葉月が連れ込まれた寺を見つけた。
煌々と提灯が掲げられた山門に、『豪如寺』と書かれた扁額がかかっている。
元は立派な寺であったのだろうが、今はかなり荒れている様子だ。
門前に五色米が撒かれており、痕跡はそこで途切れている。
幸いに、見張りの姿は無かった。
二人が拐かされてから、だいぶ刻が経っている。
悠長に構えていられないと判断し、総二郎は着流しの小袖を脱いで黒装束姿となった。
近くの松の枝に小袖を引っ掛け、地面に忍び文字で、寺を囲み、合図を送れと指令を残す。
甲賀衆が集うのを待たず、総二郎は音もなく跳躍して塀に飛び上がった。
正面に立派な本堂がある以外、あとは半ば竹林や雑草に埋もれて朽ちた寺である。
本堂の入り口には松明が焚かれており、修験者姿の二人の男が番をしている。
それ以外にも、数人の男が本堂の周囲を警戒している様子であった。
本命はそこだと考え、総二郎は音もなく忍び寄る。
警戒は固いが、修験者の動きは素人である。
総二郎は容易に床下に潜り込み、本堂の様子を窺った。
数多くの人の気配があり、念仏や鈴、太鼓の音が響いている。
そして、床下まで届く強烈な甘い匂いに、総二郎は顔をしかめた。
そのまま本堂の下を横切ると、渡り廊下で繫がる庫裏があった。
一見、人の気配が無いように思えたが、本堂と同じように甘い匂いが漂っている。
見張りの隙をつき、総二郎は庫裏の天井裏に忍び込んだ。
土間が一つ、座敷が三つ、奥の間に数人の気配、そしてその手前に見張りの修験者が一人。
他の者は、本堂に集っているのだろう。
総二郎はそっと天井板をずらし、見張りの男の後ろに飛び降りた。
「むっ……何者……」
声を上げかけた修験者の口を塞ぎ、素早く首を捻る。
ゴキリと鈍い音が響き、修験者は動かなくなった。
そして奥の間へ続く襖を開けると、木の格子で囲まれた座敷牢がある。
奥には数人の娘が身を寄せるように座っており、手前には葉月が俯せに倒れていた。
全員一糸まとわぬ姿で、後ろ手に縛られている。
「葉月……葉月!」
「う……あ……」
顔を上げた葉月が、焦点の定まらぬ目で総二郎を見上げた。
牢内にはあの甘い匂いが濃く立ち込めている。
何とか脱出しようとしたのであろう。
葉月の手には苦無が握られたままであった。
総二郎は太刀を振り下ろし、座敷牢の錠を一刀両断に断ち割った。
そして、牢内に入り葉月の縄を切って助け起こした。
「葉月、しっかりするのだ」
「あ……あぁ……総二郎様……」
「もう大丈夫だ。動けるか?」
「はい……。でも、お香ちゃんが……連れて行かれて……」
「うむ、おそらく本堂であろう。甲賀衆の皆もこちらへ向かっておる。もうしばしの辛抱だ」
総二郎は脇差を葉月に持たせる。
媚薬の煙を吸い続けて力が入らない様子であったが、そこは甲賀のくノ一である。
刀を杖に立ち上がり、気丈に振る舞っている。
「娘たちを連れて、物陰に身を潜めておれ。いいな」
「かしこまりました……。あのっ、総二郎様……」
葉月は総二郎にすがりつき、潤んだ眼差しを向ける。
「あの……薬が……お願いです。一度で良いので……口吸いを……」
「分かった……」
葉月の顎に手を添え、二人は唇を合わせた。
ブルッブルッと葉月は身を震わせて、総二郎を強く抱き締める。
「ありがとうございます。気つけになりました……」
「うむ……。無理はするな。程なく信兵衛たちが駆けつけよう。お香は俺が救い出す。お前は娘たちを守ってやってくれ」
「はい、総二郎様」
総二郎は上衣を脱ぎ、葉月の肩にかけてやる。
鎖帷子姿になった総二郎は、腰に太刀を差し再び本堂へと向かった。
正面突破はせず、渡り廊下伝いに本堂の屋根に上る。
ところどころ瓦がズレているところがあり、そこから天井裏に忍び込んだ。
「むぅ……」
堂内には五十名ほどの修験者が並び、一心不乱に念仏を唱えていた。
本来であれば本尊が置かれているところには、木彫りの荼枳尼天の像がある。
その正面に太い木の磔台があり、白襦袢を着せられたお香が、大の字に縛り付けられていた。
総二郎は梁を伝い、お香の真上に歩を進める。
お香が縛られている磔台の下には、ぬらぬらと輝く髑髏が置かれている。
僧正のような装束を纏い、顔を覆面で覆った男が、念仏を唱えながら髑髏を撫で回していた。
お香は気絶しているのか、ぴくりとも動かない。
じっと身を潜める総二郎の耳に、梟の鳴き声が三度聞こえた。
甲賀衆が到着した合図である。
それと同時に、堂内に響く念仏の声が大きくなり、僧正姿の男が短刀を手に立ち上がった。
「荼枳尼天様……贄の生き血を捧げまする! 我らに力を!」
その瞬間、総二郎は屋根の穴から煙玉を投げ上げ、太刀を構えて飛び降りた。
お香の胸に短刀が突き刺さる寸前に、僧正姿の男の手首が斬り飛ばされる。
「ぬぉぉっ! 何奴……!」
「悪党に名乗る名は無い」
総二郎は太刀を振りかざし、僧正姿の男を真っ向から唐竹割りに斬り捨てた。
男の両手が何かを求めるように突き出され、髑髏の上にバタリと倒れた。
総二郎は素早くお香の縄を解き、脇に抱えて刀を構えた。
「教祖様が……!」
「おのれぇ!」
「逃してはならん!」
堂内に集っていた修験者たちが、錫杖や刀を手にして一斉に襲いかかる。
総二郎は瞬く間に三人を斬り倒し、煙玉で撹乱しながら、苦無を飛ばして四人の喉首を貫く。
そこへ、本堂の扉を開いて甲賀衆が飛び込んできた。
煌々と提灯が掲げられた山門に、『豪如寺』と書かれた扁額がかかっている。
元は立派な寺であったのだろうが、今はかなり荒れている様子だ。
門前に五色米が撒かれており、痕跡はそこで途切れている。
幸いに、見張りの姿は無かった。
二人が拐かされてから、だいぶ刻が経っている。
悠長に構えていられないと判断し、総二郎は着流しの小袖を脱いで黒装束姿となった。
近くの松の枝に小袖を引っ掛け、地面に忍び文字で、寺を囲み、合図を送れと指令を残す。
甲賀衆が集うのを待たず、総二郎は音もなく跳躍して塀に飛び上がった。
正面に立派な本堂がある以外、あとは半ば竹林や雑草に埋もれて朽ちた寺である。
本堂の入り口には松明が焚かれており、修験者姿の二人の男が番をしている。
それ以外にも、数人の男が本堂の周囲を警戒している様子であった。
本命はそこだと考え、総二郎は音もなく忍び寄る。
警戒は固いが、修験者の動きは素人である。
総二郎は容易に床下に潜り込み、本堂の様子を窺った。
数多くの人の気配があり、念仏や鈴、太鼓の音が響いている。
そして、床下まで届く強烈な甘い匂いに、総二郎は顔をしかめた。
そのまま本堂の下を横切ると、渡り廊下で繫がる庫裏があった。
一見、人の気配が無いように思えたが、本堂と同じように甘い匂いが漂っている。
見張りの隙をつき、総二郎は庫裏の天井裏に忍び込んだ。
土間が一つ、座敷が三つ、奥の間に数人の気配、そしてその手前に見張りの修験者が一人。
他の者は、本堂に集っているのだろう。
総二郎はそっと天井板をずらし、見張りの男の後ろに飛び降りた。
「むっ……何者……」
声を上げかけた修験者の口を塞ぎ、素早く首を捻る。
ゴキリと鈍い音が響き、修験者は動かなくなった。
そして奥の間へ続く襖を開けると、木の格子で囲まれた座敷牢がある。
奥には数人の娘が身を寄せるように座っており、手前には葉月が俯せに倒れていた。
全員一糸まとわぬ姿で、後ろ手に縛られている。
「葉月……葉月!」
「う……あ……」
顔を上げた葉月が、焦点の定まらぬ目で総二郎を見上げた。
牢内にはあの甘い匂いが濃く立ち込めている。
何とか脱出しようとしたのであろう。
葉月の手には苦無が握られたままであった。
総二郎は太刀を振り下ろし、座敷牢の錠を一刀両断に断ち割った。
そして、牢内に入り葉月の縄を切って助け起こした。
「葉月、しっかりするのだ」
「あ……あぁ……総二郎様……」
「もう大丈夫だ。動けるか?」
「はい……。でも、お香ちゃんが……連れて行かれて……」
「うむ、おそらく本堂であろう。甲賀衆の皆もこちらへ向かっておる。もうしばしの辛抱だ」
総二郎は脇差を葉月に持たせる。
媚薬の煙を吸い続けて力が入らない様子であったが、そこは甲賀のくノ一である。
刀を杖に立ち上がり、気丈に振る舞っている。
「娘たちを連れて、物陰に身を潜めておれ。いいな」
「かしこまりました……。あのっ、総二郎様……」
葉月は総二郎にすがりつき、潤んだ眼差しを向ける。
「あの……薬が……お願いです。一度で良いので……口吸いを……」
「分かった……」
葉月の顎に手を添え、二人は唇を合わせた。
ブルッブルッと葉月は身を震わせて、総二郎を強く抱き締める。
「ありがとうございます。気つけになりました……」
「うむ……。無理はするな。程なく信兵衛たちが駆けつけよう。お香は俺が救い出す。お前は娘たちを守ってやってくれ」
「はい、総二郎様」
総二郎は上衣を脱ぎ、葉月の肩にかけてやる。
鎖帷子姿になった総二郎は、腰に太刀を差し再び本堂へと向かった。
正面突破はせず、渡り廊下伝いに本堂の屋根に上る。
ところどころ瓦がズレているところがあり、そこから天井裏に忍び込んだ。
「むぅ……」
堂内には五十名ほどの修験者が並び、一心不乱に念仏を唱えていた。
本来であれば本尊が置かれているところには、木彫りの荼枳尼天の像がある。
その正面に太い木の磔台があり、白襦袢を着せられたお香が、大の字に縛り付けられていた。
総二郎は梁を伝い、お香の真上に歩を進める。
お香が縛られている磔台の下には、ぬらぬらと輝く髑髏が置かれている。
僧正のような装束を纏い、顔を覆面で覆った男が、念仏を唱えながら髑髏を撫で回していた。
お香は気絶しているのか、ぴくりとも動かない。
じっと身を潜める総二郎の耳に、梟の鳴き声が三度聞こえた。
甲賀衆が到着した合図である。
それと同時に、堂内に響く念仏の声が大きくなり、僧正姿の男が短刀を手に立ち上がった。
「荼枳尼天様……贄の生き血を捧げまする! 我らに力を!」
その瞬間、総二郎は屋根の穴から煙玉を投げ上げ、太刀を構えて飛び降りた。
お香の胸に短刀が突き刺さる寸前に、僧正姿の男の手首が斬り飛ばされる。
「ぬぉぉっ! 何奴……!」
「悪党に名乗る名は無い」
総二郎は太刀を振りかざし、僧正姿の男を真っ向から唐竹割りに斬り捨てた。
男の両手が何かを求めるように突き出され、髑髏の上にバタリと倒れた。
総二郎は素早くお香の縄を解き、脇に抱えて刀を構えた。
「教祖様が……!」
「おのれぇ!」
「逃してはならん!」
堂内に集っていた修験者たちが、錫杖や刀を手にして一斉に襲いかかる。
総二郎は瞬く間に三人を斬り倒し、煙玉で撹乱しながら、苦無を飛ばして四人の喉首を貫く。
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