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四章 邪教
二十二.痕跡
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お香と葉月を待っていた総二郎は、帰りの遅さに懸念を抱いていた。
荷物をまとめてくるだけであるのに、もう一刻過ぎても戻ってこない。
「旦那! お香はおりますか」
そこへ、お志津が駆け込んでくる。
「まだ戻っておらん」
「おかしいんです。一度家に寄ったんですが、戻った形跡が無いんで」
「なんだと」
「旦那ぁ、お香はどうしたんでしょう」
お志津は泣き出しそうな顔で、総二郎にすがりついた。
「葉月がついておるから、滅多なことは無いはずだが……」
「まさか、拐われたんじゃ」
「この僅かな時間で考えがたいが……。ひとまず探しに参ろう。お志津、すまんが八丁堀の役宅までお鈴を送って欲しい」
「へい、分かりやした」
「で、でも、総二郎様、お香ちゃんたちが戻ってきたら……」
「その時は迎えを行かせる。今日のところは、役宅へ行ってくれ」
「分かりました……。お気をつけて」
お志津はお鈴を連れて、八丁堀へ向かう。
総二郎は手早く身支度を済ませ、お香と葉月を探しに行く。
別宅と藤兵衛長屋は、さほど離れてはいない。
真っ直ぐ往復すれば、半刻もかからないほどだ。
葉月が一緒であったこともあり、余計な道は通らないはずである。
総二郎は最短の道を辿り、富岡八幡宮の門前町へ向かう。
降り続く雨のため、ほとんどの店が閉まっている。
一度長屋まで行って戻ってきたが、お志津が言ったように、お香たちが戻った様子は無い。
もし、どこかで拐われたのだとしたら、葉月であれば何か印を残しているはずだ。
見習いとはいえ、葉月の腕を認めている総二郎は、そのように考えて辺りを探し回った。
「おや、和田様じゃありませんか」
半刻ほど探し、門前町に戻ってきたところで、馴染みの飯屋の主人が声をかけてきた。
夕刻になって、暖簾を出しているところである。
「おい、おやじ。ここらで、お香と葉月を見なかったか。そう時間は経っておらぬと思うのだが」
ここの飯屋には、二人も顔馴染みである。
主人は少し考えた後、ぽんと手を打った。
「ええ、見かけましたよ。ちょうど土砂降りの雨が降っていたときでしたね」
「なに、それで、二人はその後どうしたのだ」
総二郎の剣幕に、主人は少々怯んでいる。
「へ、へい。そりゃもう滝のような大雨でしてね。そこの軒先で雨宿りしてたんでさ。かわいそうだなと思って、声をかけようとしたんですがね。ちょうど、斜向かいの茶屋の親父が先に声をかけて、中に入っていきやしたよ」
飯屋の主人は、茶屋を指差して言った。
「そうか、分かった」
「旦那、何かあったんで?」
「うむ、長屋に戻っていないようなのでな、探しておるのだ」
「少し前に小降りになりやしたからね。入れ違いになったんでは」
「だと良いのだがな。おやじ、すまなかったな」
「いえいえ、お気をつけて」
総二郎は茶屋に向かう。
雨戸が閉じられて、薄暗くなってきたというのに灯りもついていない。
総二郎が荒々しく雨戸を叩くと、中から女将が顔を出した。
「へぇ……どうされましたか?」
「女将、人を探しているんだが」
「あいにくの雨でしたから、今日はずっと店を閉めていたんですよ。何かありましたか」
「そうか、邪魔したな」
「いえいえ。可愛らしい娘さんでしたからね。見つかるといいですねぇ」
女将はさも人の良さそうな笑顔で答え、にっこりと笑いながら雨戸を閉めた。
総二郎は、厳しい目を茶屋に向ける。
飯屋の主人は、お香と葉月が茶屋に入ったのを見ている。
しかし、ずっと店を閉めていたと、女将は嘘をついた。
そして、女将は娘と言ったが、総二郎は娘だとは一言も言っていない。
ここで何かがあったと察し、静かに裏手へ回った。
ちょうど茶屋の裏口から、ぬかるんだ道にくっきりと車輪の跡が残っている。
そして、泥に塗れてはいたが、五色米が撒かれているのを見つけた。
「ここか……」
お香と葉月は拐われた。
茶屋で眠り薬でも飲まされて、連れて行かれたのであろう。
しかし、葉月は自分に知らせるために、手がかりを残していったのだ。
総二郎は轍の跡を辿りながら、五色米を探していく。
闇雲にばら撒くのではなく、曲がり角、石畳の舗装の上など、轍の跡が消えていても見つけられるような場所に五色米が撒かれている。
その中には、僅かな血がこびり付いているものがあった。
きっと、葉月は眠らぬように体のどこかを傷つけてまでも、手がかりを残し続けていたのだ。
その覚悟を思い、総二郎の胸は痛んだ。
「旦那!」
そこへ、お志津が駆けてきた。
「お鈴ちゃんは、役宅に送り届けました」
「御苦労。すまぬが、お志津、行って来いになってしまうが、もう一度役宅へ走ってくれぬか」
「へい、構いませんが、どうしましたか」
「お香と葉月は拐われた。あの角の茶屋、あそこで眠り薬かなにかを飲まされたのではないかと思っている」
「なんだって! それじゃ、茶屋のやつを締め上げて……」
かっとなって走ろうとするお志津を、総二郎は押し止める。
「葉月が手がかりを残していった。おそらく拐われた先にはたどり着けるであろう。お志津、お前は役宅に走り、信兵衛にこのことを伝えよ。茶屋の裏から続く轍と、五色米を辿れとな。また甲賀衆二人で茶屋を見張らせ、主人が戻ってきたらひっ捕らえよと」
「へい! 分かりやした!」
「いいか、お志津。お香と葉月は必ず俺が救い出す。お前は逸らず、そのまま役宅でお鈴と待つのだ」
「うぅっ……旦那……。分かりやした……。行って参ります!」
お志津は泣きながら、一目散に元きた道を駆け戻る。
総二郎はそれを見送ると、葉月の残した五色米を辿っていった。
荷物をまとめてくるだけであるのに、もう一刻過ぎても戻ってこない。
「旦那! お香はおりますか」
そこへ、お志津が駆け込んでくる。
「まだ戻っておらん」
「おかしいんです。一度家に寄ったんですが、戻った形跡が無いんで」
「なんだと」
「旦那ぁ、お香はどうしたんでしょう」
お志津は泣き出しそうな顔で、総二郎にすがりついた。
「葉月がついておるから、滅多なことは無いはずだが……」
「まさか、拐われたんじゃ」
「この僅かな時間で考えがたいが……。ひとまず探しに参ろう。お志津、すまんが八丁堀の役宅までお鈴を送って欲しい」
「へい、分かりやした」
「で、でも、総二郎様、お香ちゃんたちが戻ってきたら……」
「その時は迎えを行かせる。今日のところは、役宅へ行ってくれ」
「分かりました……。お気をつけて」
お志津はお鈴を連れて、八丁堀へ向かう。
総二郎は手早く身支度を済ませ、お香と葉月を探しに行く。
別宅と藤兵衛長屋は、さほど離れてはいない。
真っ直ぐ往復すれば、半刻もかからないほどだ。
葉月が一緒であったこともあり、余計な道は通らないはずである。
総二郎は最短の道を辿り、富岡八幡宮の門前町へ向かう。
降り続く雨のため、ほとんどの店が閉まっている。
一度長屋まで行って戻ってきたが、お志津が言ったように、お香たちが戻った様子は無い。
もし、どこかで拐われたのだとしたら、葉月であれば何か印を残しているはずだ。
見習いとはいえ、葉月の腕を認めている総二郎は、そのように考えて辺りを探し回った。
「おや、和田様じゃありませんか」
半刻ほど探し、門前町に戻ってきたところで、馴染みの飯屋の主人が声をかけてきた。
夕刻になって、暖簾を出しているところである。
「おい、おやじ。ここらで、お香と葉月を見なかったか。そう時間は経っておらぬと思うのだが」
ここの飯屋には、二人も顔馴染みである。
主人は少し考えた後、ぽんと手を打った。
「ええ、見かけましたよ。ちょうど土砂降りの雨が降っていたときでしたね」
「なに、それで、二人はその後どうしたのだ」
総二郎の剣幕に、主人は少々怯んでいる。
「へ、へい。そりゃもう滝のような大雨でしてね。そこの軒先で雨宿りしてたんでさ。かわいそうだなと思って、声をかけようとしたんですがね。ちょうど、斜向かいの茶屋の親父が先に声をかけて、中に入っていきやしたよ」
飯屋の主人は、茶屋を指差して言った。
「そうか、分かった」
「旦那、何かあったんで?」
「うむ、長屋に戻っていないようなのでな、探しておるのだ」
「少し前に小降りになりやしたからね。入れ違いになったんでは」
「だと良いのだがな。おやじ、すまなかったな」
「いえいえ、お気をつけて」
総二郎は茶屋に向かう。
雨戸が閉じられて、薄暗くなってきたというのに灯りもついていない。
総二郎が荒々しく雨戸を叩くと、中から女将が顔を出した。
「へぇ……どうされましたか?」
「女将、人を探しているんだが」
「あいにくの雨でしたから、今日はずっと店を閉めていたんですよ。何かありましたか」
「そうか、邪魔したな」
「いえいえ。可愛らしい娘さんでしたからね。見つかるといいですねぇ」
女将はさも人の良さそうな笑顔で答え、にっこりと笑いながら雨戸を閉めた。
総二郎は、厳しい目を茶屋に向ける。
飯屋の主人は、お香と葉月が茶屋に入ったのを見ている。
しかし、ずっと店を閉めていたと、女将は嘘をついた。
そして、女将は娘と言ったが、総二郎は娘だとは一言も言っていない。
ここで何かがあったと察し、静かに裏手へ回った。
ちょうど茶屋の裏口から、ぬかるんだ道にくっきりと車輪の跡が残っている。
そして、泥に塗れてはいたが、五色米が撒かれているのを見つけた。
「ここか……」
お香と葉月は拐われた。
茶屋で眠り薬でも飲まされて、連れて行かれたのであろう。
しかし、葉月は自分に知らせるために、手がかりを残していったのだ。
総二郎は轍の跡を辿りながら、五色米を探していく。
闇雲にばら撒くのではなく、曲がり角、石畳の舗装の上など、轍の跡が消えていても見つけられるような場所に五色米が撒かれている。
その中には、僅かな血がこびり付いているものがあった。
きっと、葉月は眠らぬように体のどこかを傷つけてまでも、手がかりを残し続けていたのだ。
その覚悟を思い、総二郎の胸は痛んだ。
「旦那!」
そこへ、お志津が駆けてきた。
「お鈴ちゃんは、役宅に送り届けました」
「御苦労。すまぬが、お志津、行って来いになってしまうが、もう一度役宅へ走ってくれぬか」
「へい、構いませんが、どうしましたか」
「お香と葉月は拐われた。あの角の茶屋、あそこで眠り薬かなにかを飲まされたのではないかと思っている」
「なんだって! それじゃ、茶屋のやつを締め上げて……」
かっとなって走ろうとするお志津を、総二郎は押し止める。
「葉月が手がかりを残していった。おそらく拐われた先にはたどり着けるであろう。お志津、お前は役宅に走り、信兵衛にこのことを伝えよ。茶屋の裏から続く轍と、五色米を辿れとな。また甲賀衆二人で茶屋を見張らせ、主人が戻ってきたらひっ捕らえよと」
「へい! 分かりやした!」
「いいか、お志津。お香と葉月は必ず俺が救い出す。お前は逸らず、そのまま役宅でお鈴と待つのだ」
「うぅっ……旦那……。分かりやした……。行って参ります!」
お志津は泣きながら、一目散に元きた道を駆け戻る。
総二郎はそれを見送ると、葉月の残した五色米を辿っていった。
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