隠密同心艶遊記

Peace

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四章 邪教

二十一.悪鬼の巣窟

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 夜半、お香と葉月を載せた大八車は、品川宿郊外の荒れ寺へ到着した。
 茅葺きの山門は朽ちかけているが、門前には煌々と提灯が掲げられている。
 丸に炎を模した、禍々しい紋が印されている。
 門の前には、修験者の姿をした屈強な男が待っていた。

「御苦労」
「上玉二人。確かに」

 修験者は、茣蓙をめくってお香と葉月の顔を確かめる。
 葉月は眠ったふりをしながら、五色米の最後の一掴みを、地面にばら撒いた。

「これは素晴らしい。教祖様も満足されるであろう。庫裏へ運び込め」
「へいっ。おい、お前ら、押せ」

 茶屋の主人は、連れの男たちに大八車を押させて門内に入る。
 誰もいなくなった門前に、僅かな五色米だけが残された。

「ここで良い」
「へい」

 お香と葉月が大八車から降ろされ、後ろ手に縄を打たれて猿轡を噛まされる。
 そのまま、庫裏の中に放り込むと、修験者は懐から包みを出して茶屋の主人に渡した。

「代金だ。かなりの上玉ゆえ、色をつけておいた」
「ありがとうごぜえやす」
「鬼火の親分によろしく伝えておいてくれ」
「へい……」

 茶屋の主人たちが去ると、庫裏の扉が静かに閉じられる。
 鬼火、という単語に衝撃を受ける葉月だが、もはや薬に抗うのは限界にきていた。
 総二郎が来てくれることを強く祈りながら、葉月の意識はついに途切れた。


「んんっ!? んんー!」

 お香の呻く声を聞き、葉月は目を覚ました。
 どれくらい眠っていたのであろうか、そう時間が経っていないことは、着物の乾き具合で知れた。
 運び込まれた庫裏は土間であったはずだが、今いる部屋は真新しい畳が敷かれている。
 周囲には太い木の格子が組まれ、座敷牢のような雰囲気であった。

 片隅に燭台がかけられており、牢内をぼんやりと照らし出している。
 六畳ほどの空間に、お香と葉月は転がされていた。
 気配を感じて周囲を見回すと、牢の隅に人の姿がある。
 同じ年頃の娘たちで、一糸まとわぬ姿で後ろ手に縛られ、猿轡を噛まされていた。
 もう一方の隅には、娘たちが身につけていたのであろう着物が山積みにされている。

『おこうちゃん……かならず……そうじろうさま……くるから……おとなしく……』

 口を塞がれながらも、葉月は甲賀衆に伝わる話法で、お香にだけ聞こえるように言った。
 お香は涙を流しながらも、うんうんと頷いている。
 辺りには濃厚な甘い煙が漂っており、それを吸った葉月は顔をしかめた。
 ひと嗅ぎしただけで、強烈な媚薬であることを察する。
 なるべく床に顔を近づけ、深く息を吸い込まないようにしながら、じっとしている他は無かった。

「起きたか」

 修験者が二人、牢の様子を見に来た。
 一人が牢の鍵を外し、もう一人は牢内に入ってくる。

「これから、教主様のご見分がある。おとなしく言うことを聞けば、ひどいことはせぬ」

 修験者は短刀を突きつけ、二人を脅した。

「縄を解いてやる、ここで着物を全て脱ぐのだ」

 まずは葉月が引き起こされ、縄が解かれた。
 首元に突きつけられた短刀に恐怖している振りをしながら、葉月は気配を探る。
 この二人だけを倒すのは簡単であったが、隣の部屋にも人がいる気配があった。
 うかつに抵抗して、着物を探られれば、葉月が忍びであることが悟られる。
 諦めて、ここは言うとおりにするしか術は無かった。

「ほれ、早うしろ。脱いだ着物はそこへ積んでおけ」

 必死に頷きながら、葉月は帯を解いていく。
 脱いだ着物を一纏めにして、他の娘たちの着物の上に置く。
 そして、葉月はおとなしく両腕を後ろに回した。

「ほほぅ、随分と諦めが良いではないか」

 修験者は葉月の両腕を縛りながら、引き締まった体に好色な眼差しを向けていた。
 屈辱と羞恥に、はらわたが煮えくり返る思いをしながら、葉月はぎゅっと目を閉じる。
 着物を探られなかったのは、幸いであった。
 何とかして忍び道具を取り戻せれば、この場を切り抜けられる。
 そう思いながら、葉月はひたすらに耐えた。
 そして、お香も同じように脅されながら、着物を脱いでいく。

「こちらはまた、素晴らしい体じゃのう」

 肩を震わせながら泣きじゃくり、お香は恐怖と羞恥に震えている。
 二人は短刀を突きつけられたまま、牢から出されて隣の間に連れて行かれた。
 そこには、同じように修験者の装束を着た男が五人、そして上座には白い頭巾をかぶり、顔の下半分に白布を垂らした男が、どっかりとあぐらをかいて座っている。

「教祖様、ご見分を……」

 男たちの前に、葉月が引き出される。
 どこも隠すことができないまま、体のあらゆるところを眺められた。

「ふむ……次……」

 教祖の一声で、葉月は後ろに引きずられていった。
 怒りに身を震わせながらも、葉月は一抹の恐怖を覚えている。
 落ち窪んだ目で見つめる教祖の目が、女に対する欲望ではなく、何かもっと恐ろしいことを考えているように見えたからだ。

「んんぅっ……」

 恥ずかしさから、お香はとめどなく涙を溢れさせている。
 その場でぐるぐると回り、お香は全てを男たちに見られた。
 その背中を見た教祖の目が、ギラリと輝く。

「待て、そのまま……」

 教祖が立ち上がり、お香の背をじっと見つめる。

「この娘じゃ……。背に三つのほくろがある。これこそ、贄に相応しき相じゃ。荼枳尼天様もお喜びになるであろう」
「ははっ……ついに……」
「うむ……。他の娘たちは牢に閉じ込めておけ。儀式を始めるぞ」

 恐怖に泣きわめくお香を、修験者が両側から抱えて連れて行く。
 葉月はそのまま元の牢に戻されて、錠前をかけられてしまった。

「お前たちはここで待つが良い。儀式が終われば、荼吉尼天様の前で酒宴が開かれる。そこでたっぷりと可愛がってやろうぞ。それまでたっぷり媚薬を吸って、充分に体を解しておくことだな。ははは……」

 修験者は立ち去り、後には娘たちの啜り泣きだけが響いている。
 この格好では何もできぬと侮っているのか、見張りもつけられてはいない。
 葉月は静かに着物の傍に這い寄り、襟口に仕込んだ苦無を片手に忍ばせた。
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