隠密同心艶遊記

Peace

文字の大きさ
上 下
21 / 30
四章 邪教

二十一.悪鬼の巣窟

しおりを挟む
 夜半、お香と葉月を載せた大八車は、品川宿郊外の荒れ寺へ到着した。
 茅葺きの山門は朽ちかけているが、門前には煌々と提灯が掲げられている。
 丸に炎を模した、禍々しい紋が印されている。
 門の前には、修験者の姿をした屈強な男が待っていた。

「御苦労」
「上玉二人。確かに」

 修験者は、茣蓙をめくってお香と葉月の顔を確かめる。
 葉月は眠ったふりをしながら、五色米の最後の一掴みを、地面にばら撒いた。

「これは素晴らしい。教祖様も満足されるであろう。庫裏へ運び込め」
「へいっ。おい、お前ら、押せ」

 茶屋の主人は、連れの男たちに大八車を押させて門内に入る。
 誰もいなくなった門前に、僅かな五色米だけが残された。

「ここで良い」
「へい」

 お香と葉月が大八車から降ろされ、後ろ手に縄を打たれて猿轡を噛まされる。
 そのまま、庫裏の中に放り込むと、修験者は懐から包みを出して茶屋の主人に渡した。

「代金だ。かなりの上玉ゆえ、色をつけておいた」
「ありがとうごぜえやす」
「鬼火の親分によろしく伝えておいてくれ」
「へい……」

 茶屋の主人たちが去ると、庫裏の扉が静かに閉じられる。
 鬼火、という単語に衝撃を受ける葉月だが、もはや薬に抗うのは限界にきていた。
 総二郎が来てくれることを強く祈りながら、葉月の意識はついに途切れた。


「んんっ!? んんー!」

 お香の呻く声を聞き、葉月は目を覚ました。
 どれくらい眠っていたのであろうか、そう時間が経っていないことは、着物の乾き具合で知れた。
 運び込まれた庫裏は土間であったはずだが、今いる部屋は真新しい畳が敷かれている。
 周囲には太い木の格子が組まれ、座敷牢のような雰囲気であった。

 片隅に燭台がかけられており、牢内をぼんやりと照らし出している。
 六畳ほどの空間に、お香と葉月は転がされていた。
 気配を感じて周囲を見回すと、牢の隅に人の姿がある。
 同じ年頃の娘たちで、一糸まとわぬ姿で後ろ手に縛られ、猿轡を噛まされていた。
 もう一方の隅には、娘たちが身につけていたのであろう着物が山積みにされている。

『おこうちゃん……かならず……そうじろうさま……くるから……おとなしく……』

 口を塞がれながらも、葉月は甲賀衆に伝わる話法で、お香にだけ聞こえるように言った。
 お香は涙を流しながらも、うんうんと頷いている。
 辺りには濃厚な甘い煙が漂っており、それを吸った葉月は顔をしかめた。
 ひと嗅ぎしただけで、強烈な媚薬であることを察する。
 なるべく床に顔を近づけ、深く息を吸い込まないようにしながら、じっとしている他は無かった。

「起きたか」

 修験者が二人、牢の様子を見に来た。
 一人が牢の鍵を外し、もう一人は牢内に入ってくる。

「これから、教主様のご見分がある。おとなしく言うことを聞けば、ひどいことはせぬ」

 修験者は短刀を突きつけ、二人を脅した。

「縄を解いてやる、ここで着物を全て脱ぐのだ」

 まずは葉月が引き起こされ、縄が解かれた。
 首元に突きつけられた短刀に恐怖している振りをしながら、葉月は気配を探る。
 この二人だけを倒すのは簡単であったが、隣の部屋にも人がいる気配があった。
 うかつに抵抗して、着物を探られれば、葉月が忍びであることが悟られる。
 諦めて、ここは言うとおりにするしか術は無かった。

「ほれ、早うしろ。脱いだ着物はそこへ積んでおけ」

 必死に頷きながら、葉月は帯を解いていく。
 脱いだ着物を一纏めにして、他の娘たちの着物の上に置く。
 そして、葉月はおとなしく両腕を後ろに回した。

「ほほぅ、随分と諦めが良いではないか」

 修験者は葉月の両腕を縛りながら、引き締まった体に好色な眼差しを向けていた。
 屈辱と羞恥に、はらわたが煮えくり返る思いをしながら、葉月はぎゅっと目を閉じる。
 着物を探られなかったのは、幸いであった。
 何とかして忍び道具を取り戻せれば、この場を切り抜けられる。
 そう思いながら、葉月はひたすらに耐えた。
 そして、お香も同じように脅されながら、着物を脱いでいく。

「こちらはまた、素晴らしい体じゃのう」

 肩を震わせながら泣きじゃくり、お香は恐怖と羞恥に震えている。
 二人は短刀を突きつけられたまま、牢から出されて隣の間に連れて行かれた。
 そこには、同じように修験者の装束を着た男が五人、そして上座には白い頭巾をかぶり、顔の下半分に白布を垂らした男が、どっかりとあぐらをかいて座っている。

「教祖様、ご見分を……」

 男たちの前に、葉月が引き出される。
 どこも隠すことができないまま、体のあらゆるところを眺められた。

「ふむ……次……」

 教祖の一声で、葉月は後ろに引きずられていった。
 怒りに身を震わせながらも、葉月は一抹の恐怖を覚えている。
 落ち窪んだ目で見つめる教祖の目が、女に対する欲望ではなく、何かもっと恐ろしいことを考えているように見えたからだ。

「んんぅっ……」

 恥ずかしさから、お香はとめどなく涙を溢れさせている。
 その場でぐるぐると回り、お香は全てを男たちに見られた。
 その背中を見た教祖の目が、ギラリと輝く。

「待て、そのまま……」

 教祖が立ち上がり、お香の背をじっと見つめる。

「この娘じゃ……。背に三つのほくろがある。これこそ、贄に相応しき相じゃ。荼枳尼天様もお喜びになるであろう」
「ははっ……ついに……」
「うむ……。他の娘たちは牢に閉じ込めておけ。儀式を始めるぞ」

 恐怖に泣きわめくお香を、修験者が両側から抱えて連れて行く。
 葉月はそのまま元の牢に戻されて、錠前をかけられてしまった。

「お前たちはここで待つが良い。儀式が終われば、荼吉尼天様の前で酒宴が開かれる。そこでたっぷりと可愛がってやろうぞ。それまでたっぷり媚薬を吸って、充分に体を解しておくことだな。ははは……」

 修験者は立ち去り、後には娘たちの啜り泣きだけが響いている。
 この格好では何もできぬと侮っているのか、見張りもつけられてはいない。
 葉月は静かに着物の傍に這い寄り、襟口に仕込んだ苦無を片手に忍ばせた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

三賢人の日本史

高鉢 健太
歴史・時代
とある世界線の日本の歴史。 その日本は首都は京都、政庁は江戸。幕末を迎えた日本は幕府が勝利し、中央集権化に成功する。薩摩?長州?負け組ですね。 なぜそうなったのだろうか。 ※小説家になろうで掲載した作品です。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

魔斬

夢酔藤山
歴史・時代
深淵なる江戸の闇には、怨霊や妖魔の類が巣食い、昼と対なす穢土があった。 その魔を斬り払う闇の稼業、魔斬。 坊主や神主の手に負えぬ退魔を金銭で請け負う江戸の元締は関東長吏頭・浅草弾左衛門。忌むべき身分を統べる弾左衛門が最後に頼るのが、武家で唯一の魔斬人・山田浅右衛門である。昼は罪人の首を斬り、夜は怨霊を斬る因果の男。 幕末。 深い闇の奥に、今日もあやかしを斬る男がいる。 2023年オール讀物中間発表止まりの作品。その先の連作を含めて、いよいよ御開帳。

やり直し王女テューラ・ア・ダンマークの生存戦略

シャチ
歴史・時代
ダンマーク王国の王女テューラ・ア・ダンマークは3歳の時に前世を思いだす。 王族だったために平民出身の最愛の人と結婚もできす、2回の世界大戦では大国の都合によって悲惨な運命をたどった。 せっかく人生をやり直せるなら最愛の人と結婚もしたいし、王族として国民を不幸にしないために活動したい。 小国ダンマークの独立を保つために何をし何ができるのか? 前世の未来知識を駆使した王女テューラのやり直しの人生が始まる。 ※デンマークとしていないのはわざとです。 誤字ではありません。 王族の方のカタカナ表記は現在でも「ダンマーク」となっておりますのでそちらにあえて合わせてあります

酔仙楼詩話

吉野川泥舟
歴史・時代
中国は明の時代。 都・長安には風流人士たちの集う酒楼があった。 名を酔仙楼という。 かの大詩人、李白ゆかりのこの酒楼で繰り広げられるドタバタ詩文コメディ。 さて、今宵の肴はいったい誰になるのか? 登場人物紹介 すもも 盛唐の詩人李白そのひと。字は太白、号は青蓮居士。天才的な詩才と自由奔放な振る舞いから謫仙人とも呼ばれる。詩仙の尊称を持つ。 しびっち 盛唐の詩人杜甫そのひと。字は子美。真面目で細かく、融通の効かない性格。食い意地が人一倍張っている。詩聖の尊称を持つ。 ブツ子 盛唐の詩人王維そのひと。字は摩詰。やや天然気味のフワッとした性格。詩のみならず絵画にも長け、南画の祖とも呼ばれる。詩仏の尊称を持つ。 ※カクヨムさま、小説になろうさまにても公開中です

処理中です...