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三章 暗躍
十八.秘めた想い
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総二郎は千春を抱えたまま泳ぎ、川沿いにある船宿へ向かった。
そこは、甲賀衆の息がかかった夫妻が営む、忍び宿である。
夫のほうは急ぎ風森家へ使いに走らせ、妻のほうは二人の着替えを整えた後、一階の部屋で控えている。
静まり返った二階では、総二郎が千春と向き合っていた。
交互に湯を使い、二人とも替えの着物に着替えていた。
総二郎の二刀は、水気を拭き取り脇に置いてある。
千春は口元を噛み締めながら、じっと俯いている。
「千春殿。何故、あのような無茶をしたのだ」
優しい声で総二郎が語りかけると、千春の目から涙が溢れる。
「申し訳ありません……」
「謝ってばかりでは、埒が明かぬ。別に怒っておるわけではない」
千春は目元を拭い、ぽつぽつと喋り始めた。
「お梅さんの一件からずっと、私は自分の不甲斐なさを責めておりました。その苛立ちをぶつけるかのように、道場破りの真似事などもして……。でも、総二郎様と立ち合い、私は目が覚める思いでした」
千春の語る言葉を、総二郎は頷きながら聞いている。
「こんな私でも、何かできることはないか……。そう思っていたところ、茶屋で総二郎様たちが話しているのを耳にしたのです。探りを入れるだけ、そのつもりで……」
千春は賭場での出来事を、総二郎に包み隠さず話す。
「鬼火……、鬼火の竜五郎か」
「はい、以前、総二郎様が申されておりました、鬼火でございます」
「なるほど、あの男が……」
「商家の主を装っておりましたが、奴も相当な手練。それでも、遅れを取ることは無いと思っておりました。しかし、笹月まで……。怪しまれて、待ち伏せされてしまったのです」
「何とも、危ない橋を渡ったものだ」
総二郎は頬をかきながら、間一髪助けられたことに安堵していた。
「私の目を覚ましてくださった、総二郎様のお役に立ちたかったのです。それで……」
「もう良い。おかげで、鬼火の竜五郎の手がかりも掴むことができたのだ。千春殿には感謝せねばならぬ」
「いえ……。総二郎様、一つお願いがございます」
涙に濡れた瞳が、総二郎に向けられる。
「私は、鬼火や笹月に肌を見られてしまいました……。武家の娘として、この上ない恥辱。父上や母上に顔向けができませぬ。ここで自害いたします。どうか、介錯を……」
「何を申す! 千春殿の剣捌き、駆けながら俺は見ていた。素晴らしい技の冴えであった。千春殿が気に病むことではない」
そう言われた千春の目から、ボロボロと涙が零れ落ちた。
「ですが……ですが……あのような辱めを受けて……悔しくて……」
「千春殿、俺が仇を取ってやる。必ずな」
「総二郎様……」
崩れ落ちる千春を、総二郎は優しく支える。
「千春殿は立派に戦われた。誰に恥じることもない。俺がお父上にそう申し上げる」
「総二郎様……うぅ……私は……私はどうすれば……」
「生きるのだ! あたら命を捨てるものではない」
「でも、でも……私は全てを見られてしまったのです……」
総二郎は、千春を勇気づけるように笑みを浮かべる。
「強く生きよ。千春殿」
「あぁっ……総二郎様……」
千春は総二郎の胸に顔を埋め、幼子のように泣きじゃくる。
それが落ち着くまで、総二郎は優しく背中を撫でていた。
「千春殿、朝になったら、共に屋敷へ戻ろう」
「はい……。その前に、私に生きる勇気をくださいませ……」
千春は潤んだ瞳で、総二郎を見上げる。
「私は、ずっと総二郎様をお慕い申し上げておりました。私の心から、あやつらの影を追い払ってください。私に、総二郎様のお情けをいただきとうございます……」
「千春殿……」
ひしとしがみつく千春を、総二郎は強く抱き締める。
行灯の明かりが消され、船宿の二階は静寂に包まれた。
翌朝、総二郎は千春を連れて、風森家へ向かった。
父の多一郎は千春を強く叱ったが、母の藤と総二郎がそれを取りなした。
それに免じて許され、千春は今まで以上に剣の修業に励むこととなる。
帰り際、総二郎は藤に呼び止められた。
「和田様、娘のこと、これからもよろしくお頼み申します。じゃじゃ馬ですが、和田様なら乗りこなしてくれましょう」
「藤殿……いや、これは……」
「ふふふ、旦那様には秘密にしておきますゆえ、ご存分に」
妖しく微笑む藤に、総二郎は冷や汗をかきながら退散した。
それからしばらくして、総二郎はお鈴を連れて居酒屋みの吉へと向かう。
「御免よ」
「あら、総二郎様、いらっしゃいまし」
美乃吉の妻、お妙が破顔して出迎える。
四十を超えているはずだが、匂い立つような色気が漂う美人の女将である。
店内には定廻り同心の小林源四郎とお梅、そしてへべれけに酔っ払っている仙吉の姿があった。
「なんだ、随分と派手に飲んでおるな、仙吉」
総二郎が声をかけると、仙吉は真っ赤な顔で見上げてきた。
「あぁ……和田様ぁ……これが飲まずにいられるかってんんで……ひっく……」
「源四郎殿、これはいったい……」
そう尋ねると、源四郎はお梅と目を見交わして困り顔をする。
「いや、実は……」
「はい、ごめんなさいよーっと」
そこに、お妙がどんと割り込んで腰をかけた。
仙吉は跳ね飛ばされて、ごろんと土間に転がる。
「総二郎様、とってもおめでたいことがあるんですよ。小林様とお梅ちゃん、今度祝言をあげるんですって」
「なんと、誠か。源四郎殿!」
「は、はぁ……そういうわけで……」
「おめでとうございます!」
総二郎とお鈴は、向かいの席に座って祝いの言葉をかけた。
「小林様が、ずっと私を守ってくださって……。色々と気遣いもされているうちに……」
お梅が真っ赤な顔をしながら、そっと源四郎に寄り添う。
「いや、そいつはめでたい。今日は前祝いだな。俺の奢りで飲もうではないか」
そこへ、意気揚々とお志津が駆け込んできた。
総二郎から祝言の話を聞いて、飛び跳ねるように喜んでいる。
「いやはや、ようやくなんですね! 小林様! ずーっとお梅ちゃんのこと追っかけてましたもんねえ」
「お志津! そういう言い方をされると、拙者の立場というものがだな」
源四郎は顔を赤くしてお志津を嗜めるも、満更でもなさそうに頬を緩めている。
土間に這いつくばっていた仙吉が、それを恨めしそうに見上げた。
「けっ……おいしいとこ持っていきやがって……俺だって……お梅ちゃんのことが大好きなのによぅ……」
「仙吉、いつまで情けないこと言ってるんだい。そんなんだから女にもてないんだよ。ほら、いつまでも転がってないで、とっとと立ちな」
「うっせぇ……てめえのでかい尻で突き飛ばされて、動けねえんだよ!」
その瞬間、その場にいた全員が、雷の落ちるような音を聞いた気がした。
料理を運ぼうとしていた娘のお玉が、そそくさと裏に姿を隠し、美乃吉は怯えた表情で総二郎の元にやってくる。
「和田様、皆さまも、二階へどうぞ……。すぐ、お料理を運びますので」
「お、すまんな。ささ、皆で上に行こう。うん、そうしよう、それがいい」
バタバタと皆が二階に上がる中で、お妙は張り付いたような笑みを浮かべながら仙吉を見下ろしている。
「でかい尻がなんだって……? 仙吉、お前も随分な口を叩くようになったじゃない」
「いっ、いや! 叔母上、口が滑っただけで……申し訳ない!」
蛙のように這いつくばる仙吉が、お妙の手で抱えられる。
「不肖の甥っ子には、たっぷりと仕置しなくちゃね」
「あーっ! 待ってくれ、叔母上! 勘弁してくれえ! あ、いてええ!」
二階に上がった総二郎たちは、仙吉の悲鳴を聞いて、顔を見合わせて笑い転げた。
美乃吉とお玉が、料理と酒を運んできて、皆の前に並べていく。
「さ、改めて、前祝いといこう」
源四郎にはお梅が酒を注ぎ、お互いに頬を赤らめながら見つめ合っている。
総二郎はというと……。
「総二郎様、どうぞ」
「旦那、あっしのお酒も飲んでくだせえ」
お鈴とお志津に交互に酒を注がれながら、総二郎は初々しい二人を見て顔を綻ばせる。
「総二郎様、下の騒ぎはいったいどういうことなんです?」
そこへ、何か恐ろしいものを見たような顔で千春が姿を見せた。
階下からは、仙吉の悲鳴が断続的に聞こえている。
「ああ、うん。あれは放っておけばいい。それよりな、小林殿とお梅が祝言を上げることになったそうじゃ」
「まあ! 小林様、お梅ちゃん、おめでとうございます」
千春は、二人の前に正座をして、祝いの言葉を述べた。
「今日は前祝いということにした。皆で楽しもうではないか」
「ちょうど、ここに来たら総二郎様がいらっしゃるかと思ってたのです。さあさあ、どうぞお飲みください」
総二郎の向かいに膝を進め、千春はお銚子を手にとった。
その瞬間、お志津と千春の視線が激しく交錯する。
総二郎の手で女にされた者同士、何か察するものがあったのだろう。
「旦那、まさか……」
「ん? ほら、お前も飲め、お志津」
「誤魔化さねえでくだせえ! 旦那ぁ!」
「さ、総二郎様、もう一献」
「私のも! 私も注ぎたいです!」
お志津と千春が無言で牽制しあう中、状況をよく分かっていないお鈴がさらに場をかき乱す。
美女三人に囲まれながら、総二郎は一時の安らぎを得るのであった。
そこは、甲賀衆の息がかかった夫妻が営む、忍び宿である。
夫のほうは急ぎ風森家へ使いに走らせ、妻のほうは二人の着替えを整えた後、一階の部屋で控えている。
静まり返った二階では、総二郎が千春と向き合っていた。
交互に湯を使い、二人とも替えの着物に着替えていた。
総二郎の二刀は、水気を拭き取り脇に置いてある。
千春は口元を噛み締めながら、じっと俯いている。
「千春殿。何故、あのような無茶をしたのだ」
優しい声で総二郎が語りかけると、千春の目から涙が溢れる。
「申し訳ありません……」
「謝ってばかりでは、埒が明かぬ。別に怒っておるわけではない」
千春は目元を拭い、ぽつぽつと喋り始めた。
「お梅さんの一件からずっと、私は自分の不甲斐なさを責めておりました。その苛立ちをぶつけるかのように、道場破りの真似事などもして……。でも、総二郎様と立ち合い、私は目が覚める思いでした」
千春の語る言葉を、総二郎は頷きながら聞いている。
「こんな私でも、何かできることはないか……。そう思っていたところ、茶屋で総二郎様たちが話しているのを耳にしたのです。探りを入れるだけ、そのつもりで……」
千春は賭場での出来事を、総二郎に包み隠さず話す。
「鬼火……、鬼火の竜五郎か」
「はい、以前、総二郎様が申されておりました、鬼火でございます」
「なるほど、あの男が……」
「商家の主を装っておりましたが、奴も相当な手練。それでも、遅れを取ることは無いと思っておりました。しかし、笹月まで……。怪しまれて、待ち伏せされてしまったのです」
「何とも、危ない橋を渡ったものだ」
総二郎は頬をかきながら、間一髪助けられたことに安堵していた。
「私の目を覚ましてくださった、総二郎様のお役に立ちたかったのです。それで……」
「もう良い。おかげで、鬼火の竜五郎の手がかりも掴むことができたのだ。千春殿には感謝せねばならぬ」
「いえ……。総二郎様、一つお願いがございます」
涙に濡れた瞳が、総二郎に向けられる。
「私は、鬼火や笹月に肌を見られてしまいました……。武家の娘として、この上ない恥辱。父上や母上に顔向けができませぬ。ここで自害いたします。どうか、介錯を……」
「何を申す! 千春殿の剣捌き、駆けながら俺は見ていた。素晴らしい技の冴えであった。千春殿が気に病むことではない」
そう言われた千春の目から、ボロボロと涙が零れ落ちた。
「ですが……ですが……あのような辱めを受けて……悔しくて……」
「千春殿、俺が仇を取ってやる。必ずな」
「総二郎様……」
崩れ落ちる千春を、総二郎は優しく支える。
「千春殿は立派に戦われた。誰に恥じることもない。俺がお父上にそう申し上げる」
「総二郎様……うぅ……私は……私はどうすれば……」
「生きるのだ! あたら命を捨てるものではない」
「でも、でも……私は全てを見られてしまったのです……」
総二郎は、千春を勇気づけるように笑みを浮かべる。
「強く生きよ。千春殿」
「あぁっ……総二郎様……」
千春は総二郎の胸に顔を埋め、幼子のように泣きじゃくる。
それが落ち着くまで、総二郎は優しく背中を撫でていた。
「千春殿、朝になったら、共に屋敷へ戻ろう」
「はい……。その前に、私に生きる勇気をくださいませ……」
千春は潤んだ瞳で、総二郎を見上げる。
「私は、ずっと総二郎様をお慕い申し上げておりました。私の心から、あやつらの影を追い払ってください。私に、総二郎様のお情けをいただきとうございます……」
「千春殿……」
ひしとしがみつく千春を、総二郎は強く抱き締める。
行灯の明かりが消され、船宿の二階は静寂に包まれた。
翌朝、総二郎は千春を連れて、風森家へ向かった。
父の多一郎は千春を強く叱ったが、母の藤と総二郎がそれを取りなした。
それに免じて許され、千春は今まで以上に剣の修業に励むこととなる。
帰り際、総二郎は藤に呼び止められた。
「和田様、娘のこと、これからもよろしくお頼み申します。じゃじゃ馬ですが、和田様なら乗りこなしてくれましょう」
「藤殿……いや、これは……」
「ふふふ、旦那様には秘密にしておきますゆえ、ご存分に」
妖しく微笑む藤に、総二郎は冷や汗をかきながら退散した。
それからしばらくして、総二郎はお鈴を連れて居酒屋みの吉へと向かう。
「御免よ」
「あら、総二郎様、いらっしゃいまし」
美乃吉の妻、お妙が破顔して出迎える。
四十を超えているはずだが、匂い立つような色気が漂う美人の女将である。
店内には定廻り同心の小林源四郎とお梅、そしてへべれけに酔っ払っている仙吉の姿があった。
「なんだ、随分と派手に飲んでおるな、仙吉」
総二郎が声をかけると、仙吉は真っ赤な顔で見上げてきた。
「あぁ……和田様ぁ……これが飲まずにいられるかってんんで……ひっく……」
「源四郎殿、これはいったい……」
そう尋ねると、源四郎はお梅と目を見交わして困り顔をする。
「いや、実は……」
「はい、ごめんなさいよーっと」
そこに、お妙がどんと割り込んで腰をかけた。
仙吉は跳ね飛ばされて、ごろんと土間に転がる。
「総二郎様、とってもおめでたいことがあるんですよ。小林様とお梅ちゃん、今度祝言をあげるんですって」
「なんと、誠か。源四郎殿!」
「は、はぁ……そういうわけで……」
「おめでとうございます!」
総二郎とお鈴は、向かいの席に座って祝いの言葉をかけた。
「小林様が、ずっと私を守ってくださって……。色々と気遣いもされているうちに……」
お梅が真っ赤な顔をしながら、そっと源四郎に寄り添う。
「いや、そいつはめでたい。今日は前祝いだな。俺の奢りで飲もうではないか」
そこへ、意気揚々とお志津が駆け込んできた。
総二郎から祝言の話を聞いて、飛び跳ねるように喜んでいる。
「いやはや、ようやくなんですね! 小林様! ずーっとお梅ちゃんのこと追っかけてましたもんねえ」
「お志津! そういう言い方をされると、拙者の立場というものがだな」
源四郎は顔を赤くしてお志津を嗜めるも、満更でもなさそうに頬を緩めている。
土間に這いつくばっていた仙吉が、それを恨めしそうに見上げた。
「けっ……おいしいとこ持っていきやがって……俺だって……お梅ちゃんのことが大好きなのによぅ……」
「仙吉、いつまで情けないこと言ってるんだい。そんなんだから女にもてないんだよ。ほら、いつまでも転がってないで、とっとと立ちな」
「うっせぇ……てめえのでかい尻で突き飛ばされて、動けねえんだよ!」
その瞬間、その場にいた全員が、雷の落ちるような音を聞いた気がした。
料理を運ぼうとしていた娘のお玉が、そそくさと裏に姿を隠し、美乃吉は怯えた表情で総二郎の元にやってくる。
「和田様、皆さまも、二階へどうぞ……。すぐ、お料理を運びますので」
「お、すまんな。ささ、皆で上に行こう。うん、そうしよう、それがいい」
バタバタと皆が二階に上がる中で、お妙は張り付いたような笑みを浮かべながら仙吉を見下ろしている。
「でかい尻がなんだって……? 仙吉、お前も随分な口を叩くようになったじゃない」
「いっ、いや! 叔母上、口が滑っただけで……申し訳ない!」
蛙のように這いつくばる仙吉が、お妙の手で抱えられる。
「不肖の甥っ子には、たっぷりと仕置しなくちゃね」
「あーっ! 待ってくれ、叔母上! 勘弁してくれえ! あ、いてええ!」
二階に上がった総二郎たちは、仙吉の悲鳴を聞いて、顔を見合わせて笑い転げた。
美乃吉とお玉が、料理と酒を運んできて、皆の前に並べていく。
「さ、改めて、前祝いといこう」
源四郎にはお梅が酒を注ぎ、お互いに頬を赤らめながら見つめ合っている。
総二郎はというと……。
「総二郎様、どうぞ」
「旦那、あっしのお酒も飲んでくだせえ」
お鈴とお志津に交互に酒を注がれながら、総二郎は初々しい二人を見て顔を綻ばせる。
「総二郎様、下の騒ぎはいったいどういうことなんです?」
そこへ、何か恐ろしいものを見たような顔で千春が姿を見せた。
階下からは、仙吉の悲鳴が断続的に聞こえている。
「ああ、うん。あれは放っておけばいい。それよりな、小林殿とお梅が祝言を上げることになったそうじゃ」
「まあ! 小林様、お梅ちゃん、おめでとうございます」
千春は、二人の前に正座をして、祝いの言葉を述べた。
「今日は前祝いということにした。皆で楽しもうではないか」
「ちょうど、ここに来たら総二郎様がいらっしゃるかと思ってたのです。さあさあ、どうぞお飲みください」
総二郎の向かいに膝を進め、千春はお銚子を手にとった。
その瞬間、お志津と千春の視線が激しく交錯する。
総二郎の手で女にされた者同士、何か察するものがあったのだろう。
「旦那、まさか……」
「ん? ほら、お前も飲め、お志津」
「誤魔化さねえでくだせえ! 旦那ぁ!」
「さ、総二郎様、もう一献」
「私のも! 私も注ぎたいです!」
お志津と千春が無言で牽制しあう中、状況をよく分かっていないお鈴がさらに場をかき乱す。
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