遠距離恋愛は、バカがやること

僕らについて

　「私が実習期間、どれだけ辛かったか、少しでも想像したの？」幼稚園教諭を志す河原真弓は、ヒステリックに僕に問い詰める。
　「心配してたよ。だから、毎日電話したやろ？」僕は引きつった顔で言葉を絞り出す。
　「じゃあ、会いに来てくれてもよかったんじゃないの？」
　「そりゃ、会いに行きたかったけどさ」
　僕と真弓は、付き合ってもうすぐ一年になるカップルだ。外にいると溶けてしまうほど暑い八月に付き合い始めて、もうすぐ付き合って一年の記念日を迎える予定だ。僕らはいわゆる「遠距離恋愛」をしている。僕は神戸在住の二十一歳の大学生で、真弓は名古屋在住の二十歳の大学生。マッチングアプリで知り合ったのがきっかけで交際に発展した。早くガールフレンドが欲しくて焦っていた僕は、相手の居住地をろくに見もしなかった。愚かだとは思う。でも、仮に真弓がもっと遠くに住んでいても、それがクアラルンプールであっても僕は彼女と付き合いたいと思っただろう。物理的距離に起因する問題なんて愛の力で乗り越えられると、本気でそう考えていた。「名古屋なんて、神戸から新幹線に乗ったら、１時間ちょっとやで」何度となくこの言葉を繰り返した。それが真弓をどの程度安心させていたのかは、今となっては全く分からないのだけど。
　河原真弓は、とても背の低くて華奢な女の子だった。目はパッチリして、どこか魅惑的な雰囲気をもっており、豊かな胸はより一層彼女の魅力を引き立てた。まあ、控えめに言っても彼女はとても可愛くて、また男好きのするルックスだった。僕と出会う前にも多くの男と出会って交わり、数日経ったら別れる、ということを繰り返していた、いわゆる「軽い女の子」だ。
　彼女の恋愛遍歴を聞いていると、僕は深く落ち込んだ。「せっかく名古屋まで会いに来たのに、昔のろくでもない男の話すんなよ。」狭い居酒屋の個室で、酔いもあったせいか、僕は声を荒げてしまった。
　「なんで幼稚園の実習の話から、クソ野郎達とのセックスの話になるねん。おかしいやろ。」
　「あなたは、私の過去のセックスの話を聞くのが嫌かもしれないけど、私は実習中にあなたが一回も会いに来てくれなかったことを、すんごく恨んでるんだから。」真弓も酔っている。ただでさえ不安定な真弓は、酔うと堕ちるところまで堕ちる。
　「いつも遠いことを言い訳にしてるだけなんだよ。綺麗事ばっかり言って全然会いに来てくれないじゃん。」真弓の大きな瞳から大粒の涙が溢れてきた。店内のスピーカーからは、RADWIMPSの「いいんですか。」が流れている。今の僕の気分を害するクソみたいな曲だ。支離滅裂なことを口にし始めた真弓は、僕がプレゼントにあげた真っ赤なプラダの鞄から三日月みたいにとんがったナイフを出した。